坂本龍馬は何もしていない  | 人差し指のブログ

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「 歴史を記録する 」

吉村昭 (よしむら あきら 作家 1927~2006)

株式会社河出書房新社 2007年12月発行・より

 

 

徳川幕府は偉かった 半藤一利( 元文藝春秋編集長 1930~ )

  

 

 

 

 

半藤 それで不思議なのは、戦前は幕末の映画がたくさんありました

    けれども、坂本龍馬って いまほど人気じゃなかったですよねえ。

 

 

吉村 それを私にいわせるんですか?

 

 

半藤 ええ、それを・・・・(笑)。

 

 

吉村 全然出てこなかったですね、あのころ。

 

 

半藤 私もかなり見ているんですけれども、記憶にないんですよ。

 

 

    ただ 『維新の曲』 という映画で阪妻(阪東妻三郎)が坂本龍馬に

    扮して活躍したのは覚えている。

 

 

吉村 『生麦事件』 を書いたとき、資料を読みながら坂本龍馬がどこで

    出てくるんだろうと想った (笑)。

 

 

    生麦事件の翌年、薩英戦争が起こりましたね。

    イギリス艦隊七隻が鹿児島で砲撃した。

 

 

    あの闘いを冷静に振り返ると、五・五対四・五ぐらいの差で薩摩が

    勝っていますね。

 

 

    なぜなら、イギリスは旗艦の艦長も副長の戦死しているんです。

 

 

    人命を失ったのはイギリス側のほうが多い。

 

 

    だからあれは薩摩の勝ちだと思うんですが、薩摩はそうとらなかっ

    た。

 

 

半藤 あのあと攘夷から開国へいっぺんに変っちゃう。

 

    (略)

 

 

 

吉村 幕府は長州にだけは武器を売るなと長崎の外国商人たちに通達を

    出した。

 

 

    そのとき、伊藤俊輔(博文)と桂小五郎(木戸孝充)が買いに行った

    わけですが、たまたま長崎に薩摩藩家老の小松帯刀(たてわき)がい

    た。

 

 

    そこで彼らは小松に薩摩の名義で買ってくれないかと頼んだところ、

    小松は快諾する。

 

 

    喜んだ長州藩の藩主は薩摩藩の藩主に礼状を出した。

 

 

    斡旋していただいてありがとう、これからも ともに手を組んでいきま

         しょうって、それが薩長同盟なんです。

 

 

半藤 その過程で坂本龍馬はどこにも出てこない (笑)。

 

 

吉村 だいいち、彼は土佐の郷士でしょう。

 

 

    当時、薩摩と長州は強大な藩です。

 

 

    その両藩を他藩の郷士がまとめるなんて できっこないんだな、

    常識的に。

 

 

    薩長同盟の根本は武器なんです。

    それで幕府を倒したわけですから。

 

 

    そういう話を書いても、坂本龍馬が出てこないので、困ってしまう

    (笑)。

 

 

半藤 坂本龍馬は、少し丁寧に幕末を調べた人からは、評判が悪いです

    よね、何もしていないと (笑)。

 

 

    しかも彼の思想は他人の受け売りばっかり。

    だから、くるくると変る。

 

 

    最初は強烈な攘夷論者だったのが、たちまち解明派になったのは

    勝海舟の影響だし、船中八策は横井小楠のおかげ、薩長同盟は

    中岡慎太郎と土方久元(ひじかたひさもと)のおかげ、大政奉還は

    勝海舟と大久保一翁のおかげと、ほとんど自分の発想じゃない。

 

 

    そういう意味では変わり身の早い、身軽な人であり、フィクサーとし

    ての能力はあったと思う。

 

 

吉村 ちょこちょこ表舞台に出てくるけれども、歴史を動かした人ではあり

    ません。

 

 

    もともと歴史というのは一人の人間が動かせるものではない。

 

 

    薩摩と長州がともに外国と大戦争をやって、その教訓から 

    「ああ、武器だ」 とわかって結びついた。

 

 

    つまり、藩という大きな体制によって歴史が動いたわけで、

    一人の個人がうごかせるほど軽いもんじゃないですよ。

 

               「徳川幕府は偉かった」 『Voice』 00 2

 

 

                                      

 

 

 

2017年8月25日に 「坂本龍馬が革靴を履いた理由」 と題して安岡章太郎の文章を紹介しました。コチラです。  

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12303968782.html

 

 

 

2019年7月14日に 「司馬遼太郎とシナの歴史家」 と題して谷沢永一と向井敏と山野博の鼎談を紹介しました。コチラです。 ↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12476347997.html

 

 

 

2019年8月23日に 『 「偶然」 が歴史を変える 』 と題して山田風太郎の文章を紹介しました。コチラです。↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12490706906.html

 

 

 

 

 

          生駒山の夕日。奈良市内にて9月26撮影