司馬遼太郎とシナの歴史家   | 人差し指のブログ

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「 人間万事塞翁が馬   谷沢永一対談集  」

谷沢永一 (たにざわ・えいいち 1929~2011)

株式会社潮出版社 1995年9月発行・より

 

  司馬遼太郎と藤沢周平の世界   向井敏 / 山野博 / 谷沢永一

 

 

 

 

向井 そういえば、司馬さんの創作した 「歴史」 というのがいくつもある

    のね。

 

 

    たとえば、北政所が秀吉の死後、家康によしみを通じて、豊臣家を

    滅ぼすのに手を貸したという説。

 

 

    司馬さんは自分の独創だなどとはいわずに、いかにも自明のことの

    ようにさらっと書いているんだけれど。

 

 

    こういう 「歴史」 の筆法は司馬遷の 『史記』 の筆法でもあるんで

    すね。

 

 

     高島俊男の 『三国志人物縦横談』 (大修館書店刊)によると、

    『史記』 『漢書』 『三国志』 をはじめとする中国二十四史は、その

    とき王朝に都合のいい事実だけが撰ばれているとはいえ、ともかく

    も史実の記録であった、歴史家に恣意は何も加えられていないよう

    に見える、しかし実際は小説顔負けのフィクション化がほどこされて

    いるというんですね。

 

 

    人物の対話がそれで、中国の正史では前後の事実の脈絡に抵触し

    ないかぎり、人物の会話は自由に作っていいし、それが歴史家の

    腕のふるいどころだったという。

 

 

     司馬さんの場合はそれをさらに拡大している。

 

 

    決して史実そのものをいじっているわけではないんですが、当時の

    人物が交わしたであろう会話なり行動を拡大して 「歴史」 を書い

    ていった。

 

 

    そういう気がしてならない。

 

 

谷沢 『三国志』 の研究家の渡邉精一の説では、とにかく向こうの歴史家

    は、ひとつのことをまとめて一ヵ所に書かない。

 

 

    あっちこっちに、ちょっとずつ書く。

 

 

    だから諸葛孔明のことを研究しようと思ったら、尨大な資料から探し

    てこなければならない。

 

 

    岡田英弘も 『日本史の誕生』(弓立社刊)でシナの史書の読み方を

    懇切に説いていますが、あっちこっちの資料を突きあわせることによ

    って、はじめて作者の陳寿(ちんじゅ)が何を言おうとしたかがわかるん

    です。

 

 

向井 『史記』 や 『三国志』 の 「列伝」 というやつでしょう。

 

 

    あれはタイトルになっている人物の話がのっていたりするんです。

 

 

    だから、『史記』 なら 『史記』、『三国志』 なら 『三国志』 を一切

    合切読まないと、その人物の全貌が浮かび上がってこない。

 

 

    同じことが司馬さんの歴史小説についていえそうですね。

 

 

谷沢 司馬さんはシナの史書のように、いろいろな角度から立体的に人物

    像を描き出しますからね。

 

 

向井 秀吉ひとりを取り上げても、『国盗り物語』 や 『新史太閤記』 だけ

    でなく、他の小説にも出てくる。

 

 

    『この国のかたち』 や 『街道をゆく』 でも、そういうかたちでネタの

    ばらまきをやってます。

 

 

    つまり、『新史太閤記』 の補遺に当るものがあちこちにあるわけ

    だ。

 

 

谷沢 あれらはすべて合流してくる大河小説のような叙述ですから。

 

 

山野 司馬さんはイデオロギーを 「正義の体系」 という日本語に訳すほ

    どの人ですから、いわゆる四角い言葉ではなく、まるみのある言葉

    をたくみにころがすことによって、人間の姿をきちんと浮かび上がら

    せるよう、たえず工夫をしているにちがいない。

 

 

     うわっつらをなでるようにして読むと、司馬遼太郎の文章には繰り

    返し出てくる表現があるように感ずるかもしれませんが、それが

    司馬語法。

 

 

谷沢 ちょっとずつ、ずらしているんです。

 

 

    前に 『翔ぶが如く』 のなかで西郷隆盛を評した言葉を総ざらえし

    て並べてみたけれども、ついに一度もだぶっていなかった。

 

 

    何年もかかって西郷を書きながら、一ヵ所も同じ表現が出てこない。

 

 

    多少、接触はしていますが、これは繰り返しだというところは見つけ

    られませんでした。

 

 

    ものすごい記憶力です。

    自分が一度書いたことを全部覚えているわけでしょう。

 

 

原題「両雄の魅力を大いに謳う」平成7年1月1日「小説歴史街道」13号

 

 

 

                          7月2日 奈良市内にて撮影