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【インタビュー】チェーンも展開するゴッドハンド治療家 「ターニングポイントと2度の開業」

治療家の道へ、素直に納得

中学・高校とサッカーに明け暮れていた丸山正城さん。高校は進学校だったが、大学進学について明確な進路希望はなく、大学でもサッカーが出来たらいいなと漠然と考えていた。

高校3年の2学期、両親のひとことで、丸山さんの進路は決まった。


「整骨院とかやってみたら?」


丸山さんの実家は着物問屋で地元は大きな会社だった。手形取引がメインの商売だったため、資金繰りがとても大変だった。そこで現金の商売を薦めたのだ。


「そうだよなぁと納得したんです。親の商売の大変さは感じていましたし、高校時代に怪我をしたときには整骨院に通っていたので、親しみもありました」


丸山さんは両親のひとことで大学進学をやめ、専門学校へいくことを決めた。専門学校では、まず鍼灸・あん摩・マッサージのコース(3年間)を選んだ。図書館で鍼や麻酔の記事を読み、面白そうと興味をもったからだ。


「あまり深く考えていなかったのかもしれませんね。でも、きっかけってそんなもので良いのではないでしょうか?」


保険が使えるので整骨院の資格も取ったほうがいいよとの先輩のアドバイスを受け、入学の翌年から柔道整復師のコース(当時は2年間)も受講。このように周囲の影響で将来の道を決めてきたので、強い志があったわけではない。授業をさぼることもしばしばで、受験に失敗。翌年再チャレンジして合格し、結局専門学校に4年間通って、無事に鍼灸師と柔道整復師の免許を取得した。


卒業すると、専門学校の講師が院長を務める整骨院に就職。スタートはごくありふれたものだった。

アポなしで飛び込んだ、生涯の師匠

3年ほど経って仕事にも飽きがきた頃、東京から来た先生の講演セミナーを聴く機会があった。


「これだ!」


講演に感動した興奮冷めぬまま、丸山さんは東京へ出掛け、アポなしで先生のもとに飛び込んだ。


「技術的な限界を切り開くことができるんだと知ったことは衝撃的でした。今まで治療ってこんなもんだ…と諦めていたところもあったんですね。そんな気持ちが見事に打ち砕かれた。先生が開発したキネシオテーピング療法の話など、新しい世界があることに目を開かせてくれたんです」と丸山さんは振り返る。


その熱意が伝わり、その先生のもとで働くことになった。先生はキネシオテーピングの開発者であるだけでなく、カイロプラクティックの日本での第一人者のひとりでもある。治療の考えかたから手技まで、ここで3年間みっちり学んだ。


現在、丸山さんの整骨院は、カイロの手技を用いた治療が売りである。背骨のずれや骨盤の矯正を行い、自然治癒力を高めるカイロプラクティックの考え方と手技やテーピング技術は、このとき学んだことがベースとなっている。


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