31年前の4月に私は故郷大分から東京へ出てきました。
31年前はインターネットもなくて
大分で洋楽の情報を知れるのは1局しかなったFMラジオか
テレビの「ベストヒットUSA」という番組しかないような土地で www
音楽を生業にするには東京へ行くしか選択肢がありませんでした
22歳での上京
普通に就職なら全然遅くないスタートなのでしょうが
芸能界で22歳の新人は
31年前でも需要はかなり少ない年齢でした
結局この需要の少ない年齢っていうが
そのまま加齢とともに需要のなさを加速させてゆくだけだったなというのが
53歳の今の私の素直な感想です
勿論 年齢など関係なくぶっちぎりの才能が有れば別なんでしょうが
そこはこの年齢まで誰もが口ずさめる歌も持てていないというのが
真実でしかないのだと思います
沢山売れていない自分がダメなわけじゃない
ダメじゃないけど売れてないだけ
商品としての自分を冷静に最近見る事があります
相方べり君に
「ヒトミリリィはこの先売れると思う」
問われることがありました
答えは
「売れる可能性はあると思ってる」
商品としての自分
人に必要とされる歌うたい
「もう必要となんかされないよね」
なんて自分ではとても口には出来ないですよね
必要とされたいな
もっと・・・
歌うたいとして
ひとりの人間として
生きてるって実感したいな・・・
なんてことを想った3月1日でした