大学四年の時の自画像 | 不思議系画家Hitomiの日記帳♪

不思議系画家Hitomiの日記帳♪

画家として作品販売や、Tシャツデザイン、漫画製作などもしているわたくしの日々のアレコレを気ままにつづります☆
最近は、ガーデニングや自然農の畑、雑穀栽培などを始めて、野良仕事が忙しくなっています☻



いつもブログをお読みいただきましてありがとうございますぽってりフラワー

感謝いたしておりますおやすみ


今日は漫画のシナリオ&絵コンテを描こうと、調べものをしたり、アトリエをゴソゴソしたりしていました。

それで、美大時代のドローイングをまとめたファイルを見つけて、たまに何度か眺める感じなんですけど、また眺めていました。



この頃は、
自分の進路と、プライベートの問題、などなど、人生の岐路に立っておりました。
四年生といえば、卒業制作をしている時期です。
それで、大学院へ進むかどうするか、そのこと以外にも色々と煮えきらないものを抱え込んで、なんだか泣きたい気分になったとき、

「自画像描こう」

って思って、泣きそうになりながら描いたものです。

人に相談しないで、自分で考えて解決する人間だったのですが、絵描きの場合、絵に描いて精神のバランス取ってみたり、言葉にしたためて吐き出したりしてデトックスを図っていました。

だいたい昔の出来事は覚えてるのですが、たしか、独りではどうしようもないところの悩みを、親に思いっきり吐き出して長文の手紙を送ったと思います。

後に、その時の私のことを振り返り、

父は、

「瞳がヒステリック起こしとる」

と思った、と言っていました驚きタラー

私の癖なのですが、抱えきれなくなると、ぜーーんぶ断ち切りたくなるのです。
それって、解決になるのかい?と思うかもしれませんが、なかなかの不器用さで、一旦リセットを図るのです。蟹座の特質ともいえますがタラー

それでも解決できないものがあり、そのように親に手紙を送るという手段に走ったのだと。
ホームシックもないし、依存心もない人間だったのですがね。。
だからこそ、「こりゃやばいぞ」と親はすぐにわかり、なんと、両親そろって私の下宿先まで車で駆けつけてくれました。
今となっては、全てが素敵な思い出になっているのですけれど。。

親にとっては、いくつになっても子は子であって、何もしてやれなくてもとりあえず駆けつけてやる、どうにかなるんだと、言ってやれる存在。
感謝しています。

昔の作品を見ていると、いろ〜んなことを思い出します。

もうそこには居ないわたし。
でも、たしかに居たわたし。

「なんとかなる、大丈夫!」

と、パラレルワールドから過去のわたしに、エールを送ろうキラキラ

最後までお読みいただきましてありがとうございましたふんわりリボン



HITOMI