最近では、見え隠れする不確実さを飲み込み、うまくやれる本の出現で私はだいぶ息がしやすくなったように思う。

野望は在る方が良いのかどうかはまだ分からないが、野望を実現していない状態だから、現時点を認めないのは間違いのような気がする。

最も2を経て3に着くわけだから、2すら見えない私には理解できない。

思えば足元のどんぐりを拾い続けてはきたものの、一向にどんぐりの木の影は見えない。そもそもどんぐりの木を探しているのかさえ当の本人は分からない。



さあて。答えは拾うものなのか?
探すふりをして過ごすのか?
区切りを付けて魚を釣るのか?

師匠に『青』の絵の具を分けてもらい、

窓から見える空の景色を描く、という夢を見た。


私はどうも構図が決まらず、

あーでもない、こーでもないと

いろいろ考えていたところだった。


その師匠の助言にも快諾する気になれず、

優柔不断に思案しているうちに目が覚めた。


起きたら本当に晴れていて、

通勤の自転車も快調に飛ばし、

永遠なるものを歌いながら

珍しく上機嫌で会社に着いたものの、


朝礼が長く

立ちっ放しで気分が悪くなって、

なんだかテンションで乗り切ることも出来ないまま

一日を何とか終わらせた。



師匠の青ってどんなだろう。


とりあえず、私の青とはイメージが違って

私はそれを断ったんだ。


でも、

師匠の青ってどんなだろう。







【残像】
山頂付近。
夜明けの明かり。
雲の切れ目。
雲の海で下は見えぬ。

或いは雪によって塗り潰された山山。

季節は冬。
或いは季節も関係無いような高度。

夜と太陽が同じレベルで在る。

風は強く、空気は薄い。

日差しは有れど、とにかく寒い。

ずっとそうだった、そしてこれからも其処にに在る。



寂しくはない。
悲しくもない。
何故ならそうでしかないから。


地平線は見えない。


ただ其処に在る以上には何も無い、そして何より存在する事に意味を為す。



想像を絶する絶望は、其処に在ると云う事では無いか。