女というものの自由

女というものの幸せ

生きる矛盾 圧力

子供を生まない、生んでいない罪悪感というものを

感じることは自由や幸せはあまい砂糖のような

一瞬で溶けて流れる。

そのほとんどがたとえば労働にまみれた。


働かざるもの、食うべからずならぬ

産まざるもの、ほかに選択した

こんな閉塞感を感じている。

どのように見られているかを重要視しはじめると広がるものも

狭くなる。どうしたいの?と優先すると非人間のように云われる。

ひとと同じことがそんなに正しいのか?

ひとと違うことをなぜ大事にできないのか?


忍耐のみに生きる自由は派生するのであれば

耐えられないなら生きられないのか。

耐える以外に道はないのか。耐えないことがなぜ悪いのだろう。

耐えて得る自由と最低限の労働から得る自由、

個人が満ちていれば同じなはず?


耐えて、慣れることが何かを生み出せるものなのか。

耐えて慣れても何かを生み出せたら、とても素敵だ。

しかし耐えることは退屈でとても骨が折れる。

リズム感さえあれば、季節を感じていられるように、

憧れたってよかろう。




どんつうーと目が合う夜中のことー
トランシーバー故障ー
うぐいす嬢のういろう祭りー
しかばねはまだかねー
ワインと鰯、ソバージュ、ソバカス、ソシラシソー
榊は買ったか飯はまだかー
海から風がようさんふくひぃはー
あんまり夜更かししなさんなー

ラーメン伸びたらやめどきやでー
明ける空に沈むつきー
目ぇ凝らさな見えへんのはー
ネコちゃんを探しきれてないからー

豆電球で満たす炎のゆらぎー
赤パジャマ黄パジャマゴマメー
シラス・トンカツ・義太夫先生ー
ハラショーソーショーむぴょこぴょこー
始めちょろちょろ中ぱっぱー
やむなし御苦行 鮭とばせんにんー
なんかいややわ、アホかいなー
今の今まで夢ならまだしも
明けても明けてもまだよなかー

塩も砂糖も持ってきて四角。



いろいろ忙しい。心が波打ち粒粒がいぼに変わってじんじんと痛む。


いつもの五月より、元気でいれるなあ、というのはただの予感だった。




朝の日差しは容赦なく夏を予感させるし、


かといってさっきまで冬だったでしょう、といった感じの


二の腕もなんだか落ち着かない。ひんやり吹いてきた、まだ冷たい五月の風を受ける。


駅の改札の屋根が、会社の入り口まで続いていたら


きっと毎日天気も気にせず好きな靴が履けるのに。




更衣室で着替えていると別の課のFさんが私のことを背中で


話題にしている気配がしている。帰りたい。


もそもそ着替えを終えてフロアーに降りてきて。


メールを立ち上げたところで朝礼が始まった。




プロジェクトをやり終えたチームの功績をたたえる今日の司会の課長の話が


まったく頭に入ってこない。あなたは何、一緒に嬉しがりたいの、ただねたんでるの。


つ、つまらない。。つらい。ツライ。そうこうしていると


頭がぼんやりしてきて、頭の先から心が紙がはがれるようにふんわり離れていく。

足元はかろうじてつながっているようで、まだ実態のある色をしている。

そこで私はヤバイと核心して、次の一手へ出る。

おなかの辺りに自分がいることを確認して、大丈夫とつぶやく。心の中で。

そうして考えながら気持ちがすとんと落ちるまで


おなかをくるくる触るのである。手を載せているだけでも効果あり。


最近はそうして乗り越えている。




どうにかやり終えている一日。今週も良くがんばったよね。


あと何日経ったらあの子とおしゃべりできる、あと何時間縦と横のアオイセンに向き合えば、


今日発売でサイン会であの先生に会える、


やっぱりほほえむだけにするか質問をもう一度シュミレーションする、


ああ、やっぱりまだめまいはおさまらない、


おへそのしたに添えた手に汗がにじむ、愛しても愛しても手に汗かくばかりの日常でも


自分の存在をなぞりながら生きる、生きる。