「蜘蛛がおる!」








エリは布団を首元まで引っ張りあげて天井をにらんだ。




大きな声を聞き、隣の部屋のオカンが襖をシャーっと開けて


「生かしたりー!」




エリはその後もどうにかして母親に来てもらいたかったが、


大声の掛け合いを数回交わすうちに眠気に負けて寝てしまった。




明日は待ちに待った人生初の運動会。


保育所の小さい校庭なんかじゃないあの開放的な小学校の校庭。




かけっこの得意なエリは、広い校庭で風を切る事を心待ちにして、そして


少し緊張していた。


だから早めに就寝したのに、


珍客が気になったため、結局いつもどおり。






夢の中でエリは蜘蛛にまたがって先頭を切って走った。


妙な気分で目が覚めたら、予報とは裏腹に朝から哀れなほどの雨。








雨を見てエリは、何故か少しほっとして、オカンに聞こえるように残念そうに




「なあオカンー!めちゃ雨やん!最悪やわ!」








と窓を向いてニヤニヤしながら言い放った。





















どう考えても、自分の体勢が妙だった。

お尻と足の裏は床に触れて居るが、両腕が肩の高さで何かに乗っている。


肘から下は二の腕に近づく様に胸の方へ向いている。

頭の上にも何かがあり、左をむいて傾いている。





腕を動かそうにも痺れて痛い。床に着いた足裏も、お尻も、胸に着いた膝も、痺れている。



どうやら長い間意識を失って居たようだ。



暗い中、目が利いてくるとぼんやり薄暗い視界にはたくさんの梱包材が見える。


周囲の袋詰めにされた発砲スチロールが、どこからか吹きいる風でつつき合う音が聞こえてくる。


幸いにも臭いはない…



自分なりに時間を掛けて手足を少しずつ動かし、どうにか状況が変わってきた。


肘は胴に戻ってきて、 頭上を探れる様になった。



ちょうど頬の上に鉄のような手触りの板があるのがわかる。

背中に鉛の壁を感じるが目の前は梱包材ばかりで壁が遠いのか近いのかもわからない。

右手左手を目一杯に広げても、ここの場所の壁には触れられない。体をねじろうとも肩から下が


二センチほどしか動かない。



しかし二センチずつ動いていればいずれ壁に触れられそうだ。



そう気づいてからどれだけの間そうしていたかはわからないが,


左手脇から思い切り反って梱包材を押し合って手を伸ばすと、指先にかすかに鉛の壁に触れられた。


しかし右手は梱包材も動かない上に体が傾かない。

右側は諦め頭上に集中する事にし、肘を移動させて頭上にぐいぐい力を注いだ。




頭上の鉛に手が触れているところ。冷たい感触が妙な気分になってくる。


手を止めると自身の存在を感じなくなるのでは無いかという恐怖。





何より恐ろしいのはこの状況を受け入れつつある事だ。



何も考えないように、手を付く位置を微妙にずらしながら、必死に力を入れる。


なんせ自分の座高より短い高さのため、腰を入れて力を込められず、ますます苛立ちが募るのだ。





その調子で押し続けていると、悶々とするために頭上を気にしている気になってきた。









その時だった





大きな音を立てて天井がぬけ、頭上に四角の空が見えた。









四角の空は近く、そしてはるかに遠かった。





恐る恐る手をのばし、外の空気をつかむ、風に触れた。





風の巡る四角の窓は自分の肩がすり抜けられるか微妙な大きさだったが、


どうにか体をずらしながらわたしは四角の幅から頭を出した。







その時拍手と人々のざわめきがわたしを包んだ。





一瞬何がなんだかわからなかったが、群がる人びとの関心と賞賛によってわたしはヒーローになった。





この村でわたしは生まれ変わった。








過去は全く思い出せない辛さと引き換えに、わたしはわたしを手に入れた。

















風が酷くって、寒くて歩いていたら顔が赤くなるよな冬の日に、あの子はやってきた。

大きな目がくるくるする、声の大きいかわいい男の子だった。

すぐに仲良くなれると思って、声を掛けにいった。もちろん、転入生がいつもそうなるように、あの子の周りにも人だかり。でもわたしはあの子が声を掛けてくれるのを待って居ることを知って居た。

休み時間ごとに意気込んで机の間を進んでも、みんなあの子を離してくれない。

とうとうその日は一言も話せずに終わってしまった。

放課後になって、いつも一緒に帰るのミイちゃんになぜかいつものように優しくできず、自分でも戸惑った。おそらく疲れていた。

うちに帰ると奥からママの柔らかい声。きっとわたしが帰るまで昼寝していたろう、幕がかかった声がした。
あゆみの好きなクッキー焼いたよ~ 食べる~
と 第二声を聞いて浮き立つ単純なわたし。

クラブというところで働くママの出勤は遅く、わたしがおやつを食べだして、アニメがほぼ終わる頃にあわただしく粉の香りを振りまきながらでてゆく。

入れ替わりにやってくるおばあちゃんとすれ違ったときはお店の夕礼に間に合わないから、出がけにおばあちゃんに会うと肝が縮むのだという。

今日は割と早いみたいで、アニメを見てるあいだに、ママは出ていったが、まだおばあちゃんは着かなかった。


そうだクッキーを食べようと皿を覗いていつものあれを摘む。


今日もいつものクッキーのはずなのに、真ん中のチェリーがやけにでかい。


ピンクのギラギラな目は、ちょっと少ないくらいがちょうどいいのに。なんだかじっと見ていても食べる気がしなくなった。
ちょっと考えたけど、手にとったクッキーを皿に戻した。



さあて、宿題でもするかぁ

って

誰も居ない部屋を相手に大きな声で呟いた。

誰かが聞いている筈も無いのに…