「いいかい?なにもない、を目指すんだ。
なにもない。

何かあってはダメなのだ。」


先生は黒板から勢いよく振り返ってそう言った。

「何もない?」

「何もない。
…。」

二人きりの教室はとても静か。
白い時計の秒針が相づちを打つ。

「先生、それはつまりなにもしないという事でしょうか?」

「…。」

「それが君の思う何もないという事ならね!」



先生は興味深そうにチラリと僕をみて口の端を歪ませた。

秒針と先生の靴音が交互に響いて
夜の教室はいよいよ窮屈さを増して。

暗闇に包まれていった。







私は世間で騒がれているほとんどに興味がない


私が生きる上で必要だと思うものとは何か。を、考えることだけが唯一の興味であり生きていると言うこと。

そのほかの関心事と言えば孤独感であろう。

共有する事は無いが、結局の所行き着く答えはいつもそれ。

だからなおさら、様々に対し気持ちが寒々として来るのかも知れない。

そういうままでもう、60年経った。









天麩羅を語る主人は御歳84

顔には無数の美しい皺が。
而して侮る無かれ。
物事を究むにはには切り捨てる勇気が伴うのをご存知かな? 重なる味と云うものは時には野暮といいうもの。華厳を知らぬは大人ならざりけり。

和かは全く天麩羅を甘く見ていた。 主人は繰り返し云う、

「天麩羅は、日本料理にとっては至極簡単な手法を取るのですが、懲りだしたらもう、切りがないのです。」

その素材は刺身でもいただけるが、衣で瞬間にうまみを閉じ込め。
一口めではなく、口に含んだ後に浮かび上がる“素材の風味”天麩羅を天麩羅らしくさせないためには厳選された油にあるという。
一口いただく毎に広がる甘い香りに酔いしれ、うまいと云うと、
店主は本当にありがたいというように優しく礼を言った。

プロの仕事たるもの、他人に隙を見せるるなかれ。 リズムは一定にして優しく、タイミングは自然に恣意的に。

生き方はそれぞれだけれども。
必ず犯せないこだわりが時に人を深くとらえる。


力、というものは鍛錬の果てに説得力をますものだ。

それを全身から漂わす雰囲気、これこそ本物、実直たるものの姿なり。