遂に5日にわたる全公演が終了した、演劇集団・東京ストーリーテラー2011年夏公演「リコリス~夏水仙~」
……気がつけば毎日通っていたような(笑)
今年の2月に「悟らずの空」で9公演中4回観に行き疲れたと言っていましたが、今回……8公演中5回です(爆)
ぶっちゃけ出席率5割超えたか……多分、観劇が好きな人からも「馬鹿だろ」と言われておかしくないと思います。
自分でも馬鹿だと思います(汗)
でもそれだけの価値がある舞台だったと思いますし、自分の中ではむしろ毎日、通い続けて良かったと思います。
さて前置きはさておき、「リコリス~夏水仙~」について延々と語りたいと思います。
劇団員の方には酒の肴として読んで欲しいと思います。
また今回この舞台を観た方は思い出しつつ、そうでない方はどんな舞台だったかイメージしながら読んでいただけると嬉しいです。
終演後につきネタバレは有でいきます。
●前説
……と本編に行く前に、開演約10分前に前説があります。
作・演出である久間勝彦氏が舞台の上に立ち、皆様に挨拶します。
どうも「劇団員には不評」だそうですが、皆様に感謝の意を伝えたいとの事で頑なに続けているらしいです。
ただ4日目、千秋楽では名乗りが無かったので、控えめになってしまった(笑)
意外とほんわかトークだったので、前説とは言え好きだったのですが(笑)
こうしてしばらくして本編が始まります。
●本編(あらすじ)
舞台は埼玉県所沢市。
西武ドームの近くに佇むコーヒーショップ「リコリス」
一風変わったマスター・篠崎修二(牧島進一・以下敬称略)が切り盛りするこの店は地元の常連客を中心に成り立っていた。
初夏のある日。この日も常連客の元子(塚本善枝)が他の客お構いなしにマスター・篠崎と「リコリス」の経営状況についてお節介にも熱弁を繰り広げていた。
途中、浪人生の篤志(小山智史)が来店する。大雨で電車が停まってタクシーを使って帰った事を延々と語るが、お金の無駄と一蹴され元子には同情されない。
そこに血相を変えて、寺の跡取り・裕樹(沖村和道)が飛び込んでくる。
「ひき逃げ!」
店の近くの急カーブで女性がはねられているとの事だった。裕樹の一報を聞き、すぐ店を飛び出すマスターと常連客たち。
マスターに頼まれ警察に通報する元子の側で、先程まで一人座っていた初老の男性が立ち上がり、マスターたちの後を追う。
この夏一番の豪雨の中、事故現場にたどり着いたマスターたち。
ひき逃げされた女性を動かそうとした時、後から追いついた初老の男性は女性の顔を見て、そして悲鳴をあげる……。
数日後「リコリス」を被害者の息子・高畑稔(小泉匠久)と妹の愛海(こもりよしこ)が、事故の際お世話になったとお礼のため訪れる。
そこでマスターと居合わせた元子は、稔から被害者が事故から数日後に亡くなった事を知らされる。
ここでマスターは父親も気を落としているでしょうと気遣うと、稔から「父は20年前に亡くなった」と聞かされる。
てっきり初老の男性が被害者の夫だと思っていたマスターたちは首をかしげる。
その矢先、初老の男性が店を訪れる。
事故当日のコーヒーの代金を支払っていなかったためだったが、すぐに事故の話題になる。
「被害者の友人」と自称する男、神尾昇(小川康弘)は被害者の状況をその後知らず、マスターの口から初めて彼女の死を聞き、その場にうなだれる。
そこへ警察官・平山(ハジメ)が訪れ、店の前に事故の目撃情報を集めるための看板を置いていいか確認する。
平山の口から、事故当日の大雨の影響で捜査が難航している事が語られると、神尾は急に席を立ってその場を離れる。
そして看板が立った日の翌日……
「事故を見た人名乗り出てください」と書かれたプラカードを首から下げ、看板の側に座り込む神尾の姿があった……。
……ここまでが大まかに前半の話。
このあらすじを読んでいただいて分かる通り、結構重い話です。
特に前半は本当に観ているこちら側が息が詰まるほど、重苦しい雰囲気に何度もさせられます。
ただその中において息抜きじゃないですが、重くなり過ぎて、息がつまらないよう配慮されているシーンも幾つかありますし、実際笑えたりします。
ここの塩梅を一歩間違えると話全体のテーマが破綻しそうですが、息抜きも丁寧に、そして過度にならないように作りこまれています。
そんな前半を経て中盤に移ります……。
神尾が座り込みを始めてから半日、主婦の深田(有田佳名子)が血相を変えて店を訪れる。
近所のこども会の会長をしているという深田は、神尾の座り込みが地域のために良くないとヒステリックに主張する。
交番にも神尾の事を聞いたが神尾の座っている場所が「リコリス」の敷地内なので、追い出すように主張する。
マスターと居合わせた元子の二人が神尾の説得を試みると、一度は無言で立ち去った神尾だったが夜になると再び戻っていた。
これに立腹した深田は、神尾の件を町内会の議題で「リコリス」の問題として提起したため、地元の常連客でもっている「リコリス」には苦情が寄せられるようになり客足も遠退いていった。
そんな中、神尾が何者かに襲われる事件が発生した。偶然通りかかった篤志のおかげで襲った者は逃げて行ったが、神尾は顔にかすり傷を負う。
すぐさま「リコリス」店内に神尾を連れて行く篤志だが、この時の篤志との会話、そして店を訪れた裕樹の言葉から「リコリス」の置かれた状況を神尾は初めて知る。
「なんで迷惑と言わないんだ?」と聞く神尾に対し、マスターは実は神尾の座り込み自体は迷惑じゃない、むしろ亡くなった人のために行動出来る神尾を羨ましいとまで言う。
神尾の体を思いなんとか説得を試みるマスターと常連客たち。しかしそれでも神尾の決意は変わらない。
どうにかして立ち退いてもらおうと考える常連客たちの意見をよそに、思案にふけるマスター。
すると彼は常連客たちに提案する……。
「全力で神尾さんをサポートしよう」
……ここまでが中盤。
看板の側に座り込む神尾と「リコリス」を中心にに物語は変化を迎えます。
その変化は地域やそれに携わる人たちに影響を与えていきます。
とにかくここまでは悪影響ばかりで、観ている側としても一番辛い心境になるかもしれません。
しかしそれをマスターが常人離れした包容力で全てを受け止めて、そして理解を示すのです。
そしてマスターを中心に常連客たちが行動を起こし、少しずつ神尾を取り巻く環境にも変化が生まれてくるのですが……。
あらすじを語るのはこのへんにしておきましょう。
そして皆まで言わないでおきましょう。
このお話の結末はこの舞台を観た人だけが知るべき特権でしょうから。
(もしくはDVD化や、再演がある際に観る人の楽しみが半減するから・笑)
それではここからは各出演者について延々と語るとしましょう。
ここまでのあらすじで触れられていない部分についても一部触れるかも(笑)
・牧島進一(篠崎修二)
所沢にあるコーヒーショップ「リコリス」の店長。通称「マスター」
常連客たちからは「変わっている」と言われているが、非常に頼りにされている一面も。三年前に妻が他界している。
一風変わった雰囲気の役柄でしたが、独特の優しい語り口調で表現。
とにかく彼が演じる篠崎の、とてつもなく深い優しさが演技全体から滲み出ていました。
全編に渡って、見事に主役として演じきったと思います。
・塚本善枝(元子)
一日2~3回は「リコリス」に通う常連客で、近所の酒屋の娘。通称「ゲンちゃん」
「リコリス」に一生通うと断言するほどの常連で、いわば「リコリス」常連の象徴でもある。
とにかくお節介で姉御肌。だけど誰よりも「リコリス」の事を思っている姿が印象的。
元気で明るい元子の姿は、物語全体が重い中、一服の清涼剤のように透き通っていきました。
マスターとの距離感、間の取り方も非常に絶妙。見事にマスターの相方・ヒロインとして機能してました。
・小山智史(篤志)
「リコリス」の常連客で浪人生。
寺の跡取り・裕樹とは後半、セットで行動を共にする。
演じた本人も非常に若く、全編を通して初々しくハツラツとした演技が印象的でした。
表情もとても豊かで、きっとこれからもっと伸びると思います。
・沖村和道(裕樹)
「リコリス」の常連客で寺の跡取り。ひき逃げの第一発見者でもある。
篤志と後半はセットで行動を共にする事が多い。
ひき逃げを最初に告げるシーンと、神尾を説得する際のエピソードが彼の最大の見せ場。
最初のシーンのTシャツが毎日変わっていたりするなど、細かいこだわりを見せてくれた(笑)
・小川康弘(神尾昇)
ひき逃げの被害者の古くからの友人(自称)
目撃情報の看板の側に、座り続ける。
ちょっとおどおどした言動や、目線の配り方、細かいところが非常に秀逸。
言い方は悪いけど、非常に不器用で自分勝手な中年男性を見事に演じきって見せた。
これで実年齢がまだ20代後半というから、本当に驚いた。
・小泉匠久(高畑稔)
ひき逃げの被害者の遺族で二人兄弟の兄。
20年前に亡くなった(とされる)父に変わり、被害者だった母と妹を守るために頑張るのだが……。
一番最初の登場時のシーンと、途中から登場するシーンでは全く印象が変わる。
後半の激昂するシーンは彼の最大の見せ場であり、真骨頂。
個人的にはラスト前のシーンでの彼が見せた演技が、稔という人物の変化を象徴する上で非常に上手かったと思います。
・こもりよしこ(高畑愛海)
ひき逃げの被害者の遺族で二人兄弟の妹。
実は母の秘密を全て知っているのだが……。
一番最初の登場時はほぼ無口。それが後半に出てきた時には、とにかくしゃべりっ通し。
この後半のワンシーンのためだけに居たと言って過言では無い登場人物。
出番は少ないけど、非常に印象に残ったキーパーソンの一人です。観ていて切なくなった。
・原田侑咲(美津子)
「リコリス」を頻繁に利用する主婦。
ほぼ必ずと言っていい程、静江とセットで登場する。
いかにも近所にいそうな主婦を好演。
物語の後半で不良コンビをどついたり、いいおっかさんぷりが印象的でした。
・光沢優穂(静江)
「リコリス」を頻繁に利用する主婦。
ほぼ必ずと言っていい程、美津子とセットで登場する。
実年齢は世間一般の主婦層よりは若いのではないでしょうか。とにかくいいおばちゃんっぷりでした。
終盤の「自分の亭主ならこんな事してくれないよ」は名台詞(笑)
・鈴木達雄(八田常雄)
近所に住む年金暮らしの老人。
妻・靖子との散歩が日課。ふとしたキッカケでマスター・篠崎に助けられ知り合う。
ちょっと軽い感じの気さくな老人を好演。
男性陣が若いキャストが多かった中でその存在感で、場を締めてくれました。
妻・靖子とのおしどり夫婦っぷりも秀逸。
・結城えり子(八田靖子)
八田常雄の妻。
夫・常雄に常に付き添う妻。常雄同様、マスター・篠崎に助けられ知り合う。
いかにも古き良き、夫に従う良き妻を好演。
気だけが若い常雄とは対照的に、常に落ち着いて上品な振る舞いを見せてくれました。
老夫婦の妻というポジションでしたが、本当にきれいで素敵な女性を演じてました。
・ハジメ(平山)
近所の交番に勤める警察官で巡査。
空気を読めなかったり、警察官らしからぬ軽い言動が目立つ。
とにかくポジション的にはお笑いポジション(笑)重くなりがちなストーリーに軽い笑いで場を和ませてくれた。
それ故、唯一見せた真面目なシーンは彼の正義感が滲み出ている、隠れた名シーンと言って過言では無い。
・金澤辰典(啓太)
近所の不良少年。
バイクの走行中に常雄に杖を投げつけられて因縁をつけるのだが……。
不良……というよりは悪い子(笑)突っ張っているんだけど、どこか憎めないキャラを好演。
とにかく最初から最後まで頭の悪さっぷりを貫いた姿勢に拍手(笑)
・渡部晴信(卓也)
近所の不良少年で啓太の親友。
啓太同様、常雄に因縁をつけるのだが、どちらかというと彼が炊き付けるタイプ。
やっぱり不良というよりは悪い子(笑)やっぱり彼もどこか憎めないキャラを好演。
まぁ啓太とは完全にワンセットなので、あまり啓太と感想が変わらないけど(笑)若干、彼の方が頭良さそうに見えた(笑)
・有田佳名子(深田)
近所の主婦で、こども会の会長を務める。
ヒステリックな性格で物事を大袈裟に考える節がある。
とにかく凄いキャラが作りこまれていた。
常に眉間にしわを寄せたりして表情を作ったり、また感情的に言葉をまくし立てるなど、圧倒的な存在感を示していた。
かなり美人で若くみえるので、別の機会で全く違う役を観たいと思わせてくれる役者さんでした。
・藤澤太郎(サラリーマン・通行人)
物語の転換などで「リコリス」の前を通るサラリーマン、通行人。
完全にモブやエキストラだと思われたのですが……。
最後の最後に台詞を与えられるのですが、それまでは完全に景色に溶け込んでいたはずの人。
うまく潜伏していたと思うべきか、それとも「え?」と思うべきか、今回一番評価が出来ない方。
また日替わり友情出演として、英会話講師の猪股という役がありましたが、毎日、違う方が登場。
自分は結果として、毎日違う猪股を拝見しましたが、これは結構楽しませていただきました。
個人的には4日目の猪股役だった、鈴木智晴氏が一番爆笑ものでした。
……個々の感想については以上という事で。
それにしても今回の舞台、色んなものがストーリー全体を通して描かれていました。
でも一番にこの作品で描きたかったのは「絆」だと思うんです。
本当に色んな「絆」がこの1時間40分の舞台で濃密に描かれていました。
夫婦の絆
家族の絆
地域の絆
そして人と人としての絆
色んなものが濃密に絡み合っていました。
それを全て受け止めるために、マスター・篠崎は存在したと思えます。
とにかく彼は最初から完成された人物でした。
亡くなった妻を今でも大切に思いながら、そしてとてつもなく大きな懐、優しさで色んな人を包み込んでいく。
最初からそれを理解していた元子たち常連客たちに加え、八田夫妻や、近所の主婦たち、最終的には頑なだった神尾までも包んでいきます。
まさしく物語の中心にいて、彼無しではなしえなかった物語がこの「リコリス」だと思います。
しかし物語全体を通して、一番作・演出の久間氏が描きたかったのは恐らく神尾昇だと思います。
ただ一人、誰にも理解されるでも無く、看板の側に座り込みを始めた神尾。
とにかく頑なで、誰に何を言われても、動かないその姿勢は頑固そのもの。
そんな彼もマスター・篠崎を中心とする周囲の優しさに触れ、ようやくその頑固さを崩していく……。
自分一人で何もかも抱える必要は無い。
久間氏は彼を通じて、そういうメッセージを我々に届けたかったのではないでしょうか。
私はそう思います。
最終的にはマスター・篠崎と神尾の間には、男の友情も芽生えていたように見えます。
終盤のマスターに対して「約束だろ」と言った神尾の台詞に、つい目頭が熱くなったのは内緒です。
ただこの二人の友情物語ではきっと伝えたかった数々の「絆」は描ききれなかったと思います。
それを表現するために見事に他の登場人物が生きていたと思います。
夫婦の絆という点では八田夫妻の存在が強かった。
マスター・篠崎も亡くなった妻を引き合いに出したりしましたが、そこに同意する八田夫妻の存在が無ければ、結構薄っぺらになっていた可能性もあります。
マスター、そして神尾も共に妻を亡くした身の上でしたが、八田夫妻という寄り添った夫婦の存在が彼らとは対照的に映り、より一層夫婦の絆の強さを体現していたと思います。
家族の絆という点では高畑兄妹の存在無くして語れないし、地域の絆はほぼ全てのキャストが終盤に見事に演じて見せていました。
そして一番忘れていけないのが元子の存在。
「リコリス」一の常連かつ「リコリス」における良心の塊だと思います。
誰よりも「リコリス」そしてマスター・篠崎に対する理解を示し、「リコリス」しいてはマスター・篠崎のために篤志たちと共に動き回ります。
マスター・篠崎とはとても近い距離にいるのに、だけどそこで必要以上にお互い踏み込んでいません。
近所の主婦たちには好奇の対象で見られる事はあってもお構いなし。
男と女、店主と常連客、もしくは友人といった関係を超越した、型にあてはまらない信頼関係がありました。
劇中におけるマスターの相棒という意味で、最高のヒロインだったと思うし、彼女の存在があったからこそマスター・篠崎の存在感も光ったと思います。
本当はもっと色々書きたいのですが、そろそろまとまらなくなってきました。
それくらい書こうと思えば、もっともっと溢れてきてしまうのです。
この5日間、毎日、それこそ「リコリス」の常連として通い続けた日々がとても思い出になりました。
この夏、一番の思い出になりました。
本当に素敵な舞台に出会えた。
そう思っています。
今度、所沢の街に出かける事があったら「リコリス」が無いか探してみようと思います(笑)
本当にあったりして。
そしてそこには、一風変わったマスターがいたりして……。
そんな事を思いつつ、今回のレポートを締めたいと思います。