今日の当市市長選挙の当選確実の報道が、開票が始まると同時に一部メディアで出された。

 現職市長の3選が決まったのである。


 有力な対立候補者は、自民党所属で参議院議員の職を辞した元テレビキャスターだった。

 6年前の参議院議員選挙では無所属で立候補して、トップ当選を果たしていた。テレビで売った抜群の知名度を生かし、有効投票の36%を獲得、2位当選者に6万票、3位の次点者には25万票もの差を着けての悠々当選だった。


 その時の選挙では、テレビキャスターだった時の彼の辛口の発言に期待して、私は彼に投票した。同様に考えて、投票した有権者も少なくなかったはずである。

 しかし、私の思いはすぐに裏切られた。


 当選後間もなく、彼は自民党に入党した。自分の思い描く政策を実現するためには、自民党の中にいなければならないとの弁だった。

 無所属で選挙戦を戦いながら、いきなり自民党所属議員になるのは、有権者に対する背信行為である。

 同時に、県選出衆議院議員の主宰する派閥にも入った。選挙に出馬する時点で、既に話が出来ていたのだ。陰で選挙の応援をして貰っていたに違いない。

 知らなかったのは多くの有権者である。私と同じく、失望の念に駆られただろうと思った。


 そして、今度の市長選挙である。

 これも県選出衆議院議員である現自民党幹事長の勧めで、出馬を決意したということだった。

 市長選挙がなければ、今年7月の参議院選挙では、自民党は定員2名の選挙区に2名の現職議員を立てることになるはずだった。しかも、もう1人は現職の大臣である。

 3年前の参議院選挙では、民主党候補者がトップ当選者だった。それに、最近の選挙では、保守が2名を当選させたことがない。

 自民党執行部としてみれば、この際、1人が市長に鞍替えしてくれれば、実に都合が良い。

 立候補の理由はそんなところだろうと思われる。


 元テレビキャスターとしての知名度があれば、楽々当選するとでも考えたのかも知れない。

 しかし、落選した。多くの有権者は、6年前のあの裏切りを忘れてはいなかったのだ。


 落選の前参議院議員は、今後どうするのだろうか。興味深いものがある。


 世の中は、今日から新年度である。

 そこで、長い間、休眠状態にあったこのブログを再開しようと思う。


 新たな年度が始まるに相応しいことが、現在の私には全く何もない。

 それでも、一つはあると言えそうだ。金魚の稚魚である。


 昨秋から飼っていた金魚が産卵して、それが先週の初めに孵化した。

 大量に孵化したのだが、思案中にほとんどが死んでしまった。今、鉢で泳いでいる稚魚は12匹のみである。何百匹と孵化したのに残念なことをした。


 大量死から3日が過ぎた。それでも生きているのは、ちゃんと餌を食べているということに違いない。

 餌は粉末だから、食べた量など、分かるはずはない。生きていることが食べているという証である。

 その餌は、エビの卵黄を粉末にしたものである。金魚を買った先のホームセンターで教えて貰って買ったのだが、親の餌よりは随分と高かった。


 孵化した直後は黒かった色も、段々と透けて来て、その気で見れば何となく赤っぽくなった。金魚らしくなったということである。


 まだまだ小さくて、数を確認するのも大変なほどだが、鉢を覗く度に数えてしまう。

 このまま、大きくなって欲しいと切に願っている。



 昨夜、21時まで営業している住宅街の小さなスーパーへ、時間ぎりぎりに行った。


 週に1度か2度、この時間に利用することがあるが、昨夜は少し客が多かったようだ。

 籠に詰めてレジに向かうと、レジが3台稼動していた。客が並ぶという程ではないが、もう直に終わりそうに見えた一番遠いレジに行くことにした。

 レジの係りの女性は若い。恐らく、3人とも女子大生のアルバイトのようである。


 行った先のレジ係りのお姉さんが、先客の品物をレジ袋に詰めている。2袋もだ。品物は、ビニル袋に入った乾き物が多かった。

 ここのスーパーでは、普通の場合、レジ袋に詰めるのは客の方である。レジ係りは籠に入れるだけだ。何故だろうか?

 客を見ると、これもまだ若い青年である。レジ係りと同じ位だ。

 直に合点がいった。このレジ係りのお姉さんの精一杯のサービスなのだ。

 確かに私が行くまで、レジには他の客はいなかった。袋に詰める余裕はあったと思う。しかし、である。客に対する対応が違うではないか。というより、店の方針(?)と違う。一つ二つの買物なら納得も出来る。しかし、2袋である。


 私は一部始終を見ていた。そして、私の番になった。レジ係りは、果たしてどうするのだろう。

 彼女はレジを打ちながら、籠に入れ替えるだけだった。


 確かに、私はもういい加減に年取った中年男に過ぎない。気など引く気にもなれなくて当然であろうとは思う。

 レジを打とうとした時、次の客が来るには来た。それは自分への慰めに過ぎない。

 痛く傷付いてしまった。他の店でも時折、経験することだが、改めて今の我が身を思う。


 声を大にして言いたい。レジのお姉さん達よ、我々にこそサービスしてくれ!

 47年前の1959年9月26日は、後で伊勢湾台風と名付けられた大型台風がやって来た日である。

 伊勢湾沿岸における被害が余りにも大きく、他の地域のことは余り取上げられないが、私に取っては怖い台風であった。


 伊勢湾から350㎞も西に位置する当地方でも、風雨はすさまじかったと記憶する。


 私が暮らしていた田舎は、内海から20kmほど奥に入ったところにある。

 家のある集落は、谷間にあった。幅は200m余りで緩やかに斜面をなしていた。真ん中を2mもないような小川が流れ、流れに沿って車1台がやっと通れる道がある。小川と道の両側には、段々になった田んぼが山際まで続いた。

 私の家は、その集落の中程で道のすぐ傍らにあった。


 台風がやって来た時、家にはお袋と私達4人兄弟がいた。父は、私には義父であったが、所用でいなかった。

 昼間で良かったと今でも思う。

 雨で水嵩の増えた小川を縁側から見ていたら、道までも流れに変えてしまった濁流が一気に押し寄せて来た。縁側の下に置いてあったサンダルを取上げる暇がない程の流れだった。

 家の前は、田舎道にしては珍しく真直ぐであり、上手側に隣家の畑の高い石垣があったのが幸いした。流れに直接巻き込まれなくて済んだのだ。

 少し落ち着いてから、裏口へ回り、高台の隣家へ皆で避難させて貰った。

 後日、上流へ行ってみると、土砂崩れの後があった。これが鉄砲水となって流れ下ったに違いないと思った。


 万年カレンダーによると、当日は土曜日だったとある。午後だとすれば、もう帰っていたのかも知れないし、台風に備えて休校だったのかも知れない。


 これが私の伊勢湾台風の想い出である。

 次期自民党総裁選挙戦も、明日には終止符が打たれる。

 始まった途端に、総裁が決まってしまうというような、建前だけの選挙戦だった。


 新総裁は、安倍晋三現官房長官に決まりのようだ。安倍総裁実現は、直ちに安倍総理大臣誕生に繋がる。

 安倍氏の人気は大変らしい。世論調査での支持率が異常に高い。小泉現首相の、最初の総裁選挙の時よりも高いと思われる。

 世論調査に圧倒された自民党国会議員たちも、雪崩を打った如くに、安倍氏の膝元に屈してしまった。小泉氏の場合は、ここまでのことはなかった。橋本氏返り咲きの目もあったのである。


 安倍氏は、世間と自民党国会議員に支えられている。しかし、テレビのワイドショーは分からないが、文字メディアの受けは良くない。

 そして、文字メディアが報じるところの、安倍氏に精通した政界関係者の情報が芳しくない。


 小泉首相が、記者との会見を、1日2回から1回に減らしたのも、安倍新首相に対する配慮だと言う。どうも、安倍氏は、官僚作成の原稿がないと、コメントが出来ないということのようだ。

 しかも、安倍氏周辺は、この1日1回の会見も止める方向で検討しているとあった。

 小泉首相のようには頭の回転が利かない、ということを暴露したようなものである。嘆かわしい。

 この会見が、小泉首相の支持率の高さ維持に貢献したが、安倍氏はこれを放棄したことになる。北朝鮮拉致問題や、自民党幹事長、また官房長官としてテレビで顔を売った御仁が、テレビから逃げようとしている。


 安倍氏の自民党内応援団にも、昨年の郵政総選挙で当選したばかりの女性議員が多い。まるで、ミーハーのノリであるそうだ。このようなことが、何時まで続くというのだろうか。


 安倍政権は、1年も持たないという評論家もいた。評論家の言うことだから、言った者勝ちだろうが、それにしても手厳しい。

 やはり、こそこそと隠れるようにして行ったという靖国神社参拝が起因している。この人の根性はどこにあるのだろうか。


 それにしても、世論調査というものは、何処でどのようにしてなされているのだろう。

 私には、一切聞いてくれないが・・・

 2年余り前、携帯電話を拾ったことがある。


 朝早く、樹木の多い大通りの歩道を、自転車で家路に付いていた。

 その通りは、繁華街を縦断するメイン道路ではない。間に商店街や飲食店街を挟むように、その南側を平行に走っている。幅員は市内で一番である。中央部分は片側2車線で真ん中に右折レーンを持ち、両側には植栽帯と側道、さらに歩道が配置してある。


 公園の前に差し掛かった時、荷台のバッグが気になって、自転車を止めた。

 その時、携帯電話の着信音が鳴った。慌てて自分の携帯電話を見たが、違っていた。見回したところ、歩道から2m位外れた植栽部分で、着信音を鳴らし続けている携帯電話を見つけた。


 手に取って受話ボタンを押して、耳に当てる。すると、若い男性の声が聞こえて来た。

 何か、ほっとしたような声である。話を聞いてみるとこういうことだった。


 今朝、自分の携帯電話を探したが見つからない。昨夜、帰宅途中に落としたらしい。それで携帯電話を呼び出した。

 それを、たまたま通り掛かった私が聞き付けたのだ。偶然だが、良く出来た話のようでもある。

 どうも、飲んで帰る途中で落としたに違いない。学生当時、私もここら辺りで寝てしまったことがある。飲食店街を出て1.5km余りであり、少し歩き疲れて、しかも、酔いも回るところだ。


 2人で話し合って、帰り掛けの途中の駅前にある交番に届けることに決めた。相手が、頻りに名前を聞いて来たが、こんなことで特別な礼に及ばずとも良い。

 交番の警官にも名前を尋ねられた。それを丁重に断って、携帯電話だけを置いて交番を出た。


 何事もなく、無事に彼の元へ帰ることの出来た携帯電話は、本当に幸運だった。

 私の前に現れたことが、その幸運に繋がったのだ。

 それにしても、人助けとは、気持ちの良いものである。 

 台風13号がやって来た。

 九州は大変だったようだが、日本海に抜けたために、当地では、風による災害は、さほどには起きなかった。

 ただ、前々日来の大雨による洪水では、かなりの被害が生じた。何人かが亡くなったりもした。


 さて、強い台風がやってくる、その対策は、と問われるとお寒い限りであった。

 ここは、4階建てが2棟で、住戸数は合わせて44戸のワンルームマンションである。それに駐車場、2棟の自転車置場とプロパン庫がある。

 このワンルームマンションは、建設会社が所有し、管理している。相当数を所有しているはずである。ここにも、1週間か2週間に1回の割合で、定期的に保守点検をするために回って来ている。


 しかし、台風が来る前の、状況把握には来なかったようである。

 真夜中、風が強くなるとともに、バタンバタンと屋根を波板が叩く音でうるさい。

 窓は開けていた。それ程に強い風ではない。しかし、屋根の音は、雨音と一緒になって耳障りだった。

 雨が上がったので、外に出てみた。風は依然強い。音を切って吹いている。

 自転車置場の屋根が、騒々しい。1棟の屋根に葺いてある樹脂製の波板が、何枚か捲れて風に煽られていた。それが屋根を叩きつけて、大きな音になっている。もう1棟の方は何ともない。


 部屋に戻って、ブログの投稿記事に専念した。とにかく、何か書かなければ。気は焦る。


 投稿が終わっても、外の風と屋根の音は依然うるさい。また、外に出てみる。

 屋根の波板が、2枚飛んで行っていた。残る波板も煽られている。

 直してやろう。意を決して部屋に戻る。脚立と針金を持って、再度外に出る。

 2枚の波板の前と後を針金で留めた。要は、留め金が腐食して、用をなさなくなっていたのだ。


 飛んで行った2枚の波板を回収した。ついでに、オートバイのカバー2枚も回収し、まとめて玄関ホールに置いた。


 さすがに自転車置場の音はしなくなった。しかし、隣家の物干が、同様にうるさい。これは処置なしだ。


 明るくなるとともに、風もなくなった。

 用があって、1日中出掛けていたが、帰ってから玄関ホールを覗いて驚いた。波板とカバーはそのままである。もちろん、自転車置場の屋根も針金で留められたままだ。

 台風一過でも、管理者は見回りに来ていないのだ。確かに、今日は祝日には違いない。しかし、どのような状況になっているのか、近隣に迷惑を掛けてはいないか、これ位は確認に来るべきではないのか。


 我が国では、現在様々な問題が起きている。しかも、ほとんどが事後対策ばかりだ。

 ここだって不始末が生じたのだ。管理者の気構えが問われて然るべきである。


 去る13日の夜、NHKの番組「ゆるやかナビゲーション」の第17回放送分を流しながら、パソコンに向かっていた。 聞くともなしに、聞いていた訳だ。


 そうしている中、“恋する算数”の声が聞こえた。久し振りだと思った。確かに、このコーナーを長く目にしなかったような気がしたのだ。


 その日に取上げたテーマは。

 123123÷123=1001 と 456×1001=456456。


 何だ、これは!? 全く当たり前のことではないか。

 123123123÷123=1001001 などは直に分かる。

 678×1001001001=678678678678  である。


 こんなことを、このコーナーでわざわざ紹介するようなことではない。


 過去のこのコーナーのテーマを、NHKのサイトで探してみる。

 前回はなし。その前、第15回放送分にはあった。


 5÷9=0.5555555555・・・

 23÷99=0.2323232323・・・

 456÷999=0.456456456456456・・・

 これだって、1÷9=0.1111111111・・・ は誰でも知っていることだから、5÷9 なんて直に暗算出来る。暗算するほどのことでもない。

 同じように、1÷99=0.0101010101・・・ であるし、

 1÷999=0.001001001001001・・・ である。


 第15回と第17回で取上げたテーマは、詰まるところ、同じ内容である。

 どうもこれが1回飛ばして放送した理由のようだ。


 第9回から第14回の放送では、このコーナーは無かった。

 ネタ切れなのだ。無理してこのコーナーを続ける意味は、もうない。 

 昨日の夕食後、ネットが繋がらなかった。

 サーバー側の支障によるのか、自分のパソコンの不具合なのか、どちらの問題なのか分からないので焦った。しかも、この時刻では、サーバーは電話を受付けてくれないから、問合せも出来ない。


 まず、パソコンの電源を落したり、ターミナルの電源を引っこ抜いたりしてみた。

 実は、2、3日前にも、何かの拍子にネットが遮断されたことがあったからだ。


 この時は、日中だったので、サーバーに電話した。男性が出て来て、対応してくれた。

 事情を話して、サーバー側に支障が発生しているのか尋ねたが、サーバーの機器には問題ないということだった。パソコンに問題があると思うので、パソコンの電源を落としてから、ターミナルの電源を引き抜くことでリセット出来るから、試してくれと言う。

 コンセントには多くのコードが差し込んであって、どれがパソコンのコードか分からない。パソコンのスイッチだけ切って、ターミナルの電源コードを抜いたりしていたら、どうにか繋がった。

 しかし、手馴れた対応は、先にサーバー側に問題が発生したのではないかと思わせた。


 だから、また同様なことかと思い、電源を切ってり入れたりと様々に試してみたが、繋がらない。

 ブログに書込みたかったが、それも出来ない。諦めるまでには、随分時間が掛かったが、仕方なく放って措くことにした。今までにも、それで復活したことがあった。


 どの位経ってからか、ようやく繋がった。まずはほっとする。いつも思うのだが、繋がらないということは、落ち着かず不安な状態に陥れるものだ。


 真夜中に、サーバーからメールが入った。

 接続機器に支障が生じて、3時間余りに亘り、迷惑を掛けたというものだった。

 ただ、このメールは、回復して3時間半後発信されていた。


 サーバーに、次の2点をお願いしようと思う。

 ①問題が発生した場合には、携帯電話へのメール等で直ちに連絡すること。

 ②回復についても、同様な手段で速やかに知らせる事。

 坂東眞砂子女史の例のエッセイ「子猫殺し」に書かれている彼女の行為を、彼女の友人であるという東野圭吾氏が全面的に擁護している。


 私は、作家たる東野圭吾氏の作品を読んだことはない。テレビで放映していた「白夜行」の原作者であることを知っているだけだ。それさえも断片的に見ただけである。

 坂東眞砂子女史に至っては、全く知らない。

 本を読むことは好きだし、普通に読んでいる積りだが、対象の作家は限られている。


 もう先週号と言うのだろうが、「週刊文春 9月14日号」に、東野氏の「坂東眞砂子『子猫殺し』について」と銘打った一文が載っている。不覚にも、今日まで目に止まらなかったのだが。


 「子猫殺し」について、世間は反論や異論で喧しいのは知っていた。

 人間は、生きて行くためには、他の生命に犠牲を強いらざる得ない。だから、せめて殺生は最小限にしよう。これが、世の中一般の普遍的通念であろう。私もこれに与する。

 これに価値基準を置けば、子猫殺しは間違っている。


 東野氏の意見は以下のようであった。

 子猫殺しに対して。

 猫に、避妊手術を施すこと、交尾という“生”を与える代わりに生まれた子猫を殺すこと、この2つの残酷さは比べようもないし、猫の気持などは分からないからのだから、誰にも非難出来ないと言う。

 この人の価値基準は、一体何処にあるのだろうか。作家の自己満足的隘路に嵌っている。


 女史が猫を飼ったことについて。

 我々人間は猫に対して、「飼う」「殺す」「害獣扱い」の3つしか選択肢を持たない。「飼わない」ということは、「殺す」あるいは「害獣扱い」のいずれかに該当する。だから、彼女が猫を飼うことは、世間が認めていることである。子猫が増え過ぎれば、当然全てを飼えないから殺すことになる。この現実的判断は誰にも責められないと言う。

 ついに、我々をも「子猫殺し」の共犯にしてしまった。


 去勢した猫を飼う自分について。

 罪深い人間である。猫を飼う習慣を容認し、猫を飼い、多くの捨て猫が保健所で処分されるのを知りながら何もしていない。彼女を非難する資格などない。彼女への避難は、私に対するものである。

 自虐的妄想の世界に逃げ込んでしまった。


 彼は、この先、どのように生きていくのだろうか。意外と平然としているに違いない。