奥ゆかしさは、必ずしも美徳ではない | 意識デザイン
昨日は、「私」という神を殺すことについて言及をした。

その舌の根も乾かぬうちに、真逆のことを書く。

「きちんと自分を表現しよう!」



昨日も書いたとおり、ぼくは「モデル」という考え方をお勧めしている。

たとえば、ぼくはあるときには「東の空から陽が昇る」といい、別の場面では「動いているのは太陽ではなく、地球だ」と言う。

小さな子どもと道を歩くときには青信号で横断歩道を渡り、急いでいるときには必ずしも杓子定規なことはしない。

死ぬことは悪いことでも、悲しむべきことでもないと思っているけれど、たいていの場合、お葬式の場ではご遺族には「ご愁傷さまです」とお伝えする。



──ぼくが見たり、聞いたり、感じたり、考えていることはあくまでも世界の模型(モデル)であって、真実とか現実とは別のものだ。

だからそれに固執することなく、つねにそのときその場における最善のモデルを選択することを心がける。



で、今日のモデルは──「きちんと自分を表現しよう!」(^^)v

いま、「はもにあすフェア」というイベントの準備を進めている。
ひとことでいうと「ボディ、マインド、スピリットに関する施術、ワーク、物品販売、ミニセミナー等を行う交流会」。

8月に東京で開催し、ご好評をいただいたノウハウをもとに、東海地区ならではのイベントにしたいと思っている。

出展する方はこのようなことは初体験という方が大多数なので、けっこう手取り足取サポートをさせていただいている。

また、それとは別に、ぼくはふだんから仕事のコンサルティングもやっていて、なかには同業者をはじめとして、個人で仕事をなさっている方のお手伝いもしている。

そうした方々とのやりとりをとおして思うこと。
──みなさん、自分を隠したがる。



まあ、気持ちは判らなくもない。

恥ずかしいし、「こっちを見て!」というほど自分に自信がないというか、そこまで言う勇気がない。

信じてもらえないかもしれないけれど、じつはぼくだってそういうところはあって、ただぼくの場合はちょっとカッコをつけて、「いや、無理にこっちを見てくれとは言わないよ。でも、もしオレのことがいいなと思ってくれたなら、まぁ気が向いたときに来てくれよ」……、みたいなポーズをつけちゃうところがある。



でも、そういうのって傍から見て、あんまりカッコよくないんだよね。

よく人前で喋るとき、照れて、何言ってるんだか判らないような人がいるけれど、いい感じはしないでしょ?
けっきょく、その人が気にしているのは、みんなことではなくて自分のことだからさ。



きちんと自分を表現した方がいいと思う。

いまの若いコたちは、フェイスブックでもラインでも自分の写真を上手にアップしているよね。
下向いてたり、ぼかしたり、周りの背景のなかで小さくなってたり、そんな写真使ってたら、「コミュニケーション拒否ってる?」とかって言われるんじゃないかと思う。

まして、ペットの写真だとか、訳わかんないイラストなんか使ってたら、「ともだちはいりません」って言っているようなものじゃないかな。



カウンセラーの心得のひとつに、「自己開示」というのがある。

まず、カウンセラーの側から自分をオープンにしないと、クライアントさんは心を開かない。



ちっぽけな自分を守ることを手放すところから、あたらしい出会いがはじまる。

あなたは、これからも相手が先に扉を開けてくれるのを待ちつづけるのだろうか。
それとも、勇気をもって自分から先に扉を開ける、そのような生き方を選べるか。



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