淡海流 ひさご寿しシャリの作り方 大公開 | 近江八幡の料理人は  ~川西たけしのブログ~

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近江八幡で寿し割烹と日本料理を楽しむお店「ひさご寿し」

料理長のかわにしたけしが料理のことや、近江八幡のこと、営業日誌などを徒然なるままに書いとります。

 

  淡海流、シャリ

ひさご寿しのシャリについて、思い切って名前を付けてみた。

 

名付けて「淡海流」(おうみりゅう)。

 

ひさご寿しの味を決めているのはシャリであると断言できる。

 

 

別邸「淡海庵」(おうみあん)の準備も進めているところで、ひさご寿しが創業以来64年繋いできたシャリのメカニズムを、新しい形で残してゆくために、ここに記しておこう。

 

 

 

節分に寄せて以前に記しておいた。

かなりマニアックに紐解いているのだが、滋賀でシャリを云々言うには必要な話。江戸前の事はさておき。

 

 

  淡海流メソッド

簡単にまとめると次の通り。

 

1.寿し好適米、滋賀県産「日本晴」一等米を使用する。

 

 

2.米は15℃あたりの一定温度で保管し、最低1年を経過した古米、古古米を使用する。

 

 

3.シャリ酢は生酢と加熱酢を5.5:5でブレンドする。塩、砂糖等の調味料は加熱酢に溶かす。

 

 

 

 

  寿し好適米「日本晴」

多様な米品種の中から日本晴を選択する理由は以下の通りである。

 

日本晴は粘り・弾力性が他の品種くらべて低い。シャリ同士がくっつきにくく、そして米粒が握った時につぶれにくい。

 

これは品種の持つ特性で、日本の代表的な品種である「コシヒカリ」「ササニシキ」と比して寿しに適している。

 

特に上方寿しにおいてはその特性が最大限に生きてくる。

 

 

鯖寿しにおいては練り込むように、シャリとシャリの間にある空気を抜く。これは鯖寿しが翌日、翌々日まで美味しくそして衛生的であるために必要な調理工程である。シャリの隙間に残った空気量が多くなると、酵母や乳酸菌といった微生物が増殖しやすくなる。酵母が増殖した場合、シャリの中でアルコール発酵が始まる。稀に手作り鯖寿しのお土産でシャリからアルコールっぽい香りがしたとすれば、脱気が甘いからそうした事になる。

 

同じようにシャリを押し固める押し寿しに違いがあるとすると、棒寿しにはそうした食品衛生の知恵が含まれているのである。ちなみに、簡便な押し寿し・箱寿しではなく、大型の箱を使った伝統的郷土料理によく見かける「杮寿し(こけらすし)」もしっかりと脱気するために重石をしたり閂止めをして、圧力をシャリにかける。

 

こうしたことから、淡海流においては多様な寿しスタイルに対応するシャリ作りでありたい。

 

 

一方、現代的で刹那的な一瞬の美味しさを追求したスタイルの場合、シャリに使用される好適米は必ずしも日本晴ではないことは当然としておこう。そうした場合は、炊き方や加水加減も変わってくるだろうことは言うまでもないが、ここでは記さない。

 

 

ちなみにシャリが粘る粘らない、粒が立つか立たないかに関わるメカニズムは、米に含まれるデンプン質の含有割合による。いわゆるアミロースとアミロペクチンと呼ばれるものなのだが、実は日本晴・コシヒカリ・ササニシキにおいて劇的な差があるわけではない。

 

弾性・粘性を生み出すのはアミロペクチンで、アミロペクチン100%がもち米と言えばわかりやすいだろう。

 

日本晴はコシヒカリ・ササニシキに比して約2%程度のアミロペクチン比が違うだけ。

 

だがしかし、日本晴に含まれるアミロペクチンは弾性・粘性はあるものの、分子結合が他の二種に比して大きい。これが日本晴が上方寿しに適する理由を生み出している。

 

他、一等米を指定しているのは粒の大きさがそろっている事を念頭にしているからである。

 

 

  一定温度での1年を超える保管

 

玄米の保管温度は15℃あたりに設定されている。また最低でも1年、2年の熟成が望ましい。いわゆる古米・古古米と呼ばれてきたものであるが、寝かせるには理由がある。

 

また定温にて寝かせるのは米虫を抑制するためである。米虫、コクゾウムシは低温では虫卵から生まれることができない。また20℃を超えてくると活発になり、一気に増殖する。コクゾウムシが米を食べ散らかすと、当然品質は劣化するのでこれを押さえるのである。

 

 

こうして1年~2年間を一定温度の低温で熟成させる中で、米は「水分が抜けていく」と思われがちだが、実のところそんなに米の水分含有率は多く変動しない。

 

昔からよく言い伝えられている話で、「新米は水分が多いから炊飯の水加減を減らす」「古米は新米よりも炊飯の水加減を増やす」とかあるが、米に含まれる水分含有率は13.5%~14.5%あたりで、誤差は1%程度なのである。

 

また、貯蔵中の米は脱水だけでなく湿度によっては吸水し、条件によっては古米の方が新米よりも水分含有率が高い場合もある。

 

こうした理由から、新米だから古米だからという区別で炊飯の水加減を変えたところで、実は水加減が食味の違いに影響しているわけではないのが事実である。

 

新米と古米・古古米の食味の違いの根源とは。

 

 

  シャリの核心

 

米を寝かせる核心は香り成分である。

 

 

新米と古米・古古米において圧倒的な差があるのは香り。

 

なぜ1年後、2年後に香りが大きく変わってしまうのかというと、米の油脂に由来する。

 

米は主食ゆえに多くの人が炭水化物・糖質とみなしているが、米に含まれる成分にはタンパク質も脂質も含まれる、隠れたスーパーフードなのである。

 

特に日本人や東アジアの稲作温帯地域に住んできた民族の消化器は、この米に含まれる糖質・タンパク質・脂質を効率よく吸収して栄養にできるように進化してきた。米に無いのは必須アミノ酸の一部で、それは大豆に含まれている。ゆえに日本人においては、ご飯と味噌汁を日常的に食べることである意味事足りているとさえ言える。

 

話がそれた。

 

 

米の香りの根源は油脂に含まれており、米の油脂はいわゆる玄米外皮に多くある。牛や豚の脂のようにたっぷりと含まれている訳ではないが、このわずかに含まれる植物性油脂が時間経過とともに酸化してゆくと、新米では得られない香りへと変化するのである。

 

新米を白米で炊くと、フレッシュで瑞々しいえも言われぬおいしさを連想させる。これは我々日本人が新米を大切にしてきた証しでもあるのだが、こと淡海流シャリにおいては違うと言っておこう。

 

新米においても油脂はわずかに酸化しているものの、古米となるとその約7.5倍、古古米の場合では約10倍の脂質酸化がある。

 

通常、食材における油脂の酸化は人体の健康にとって好ましくない条件と隣り合わせにあることが多い。ゆえに酸化した油脂から感じる香りは「美味しい」にむずびつきにくい。

 

酸化した油脂の香りの代表例を挙げると、使い古した揚げ油、熟成した生ハムの外皮、鮮度の落ちた魚類の肝臓、時間の経過したレバーペースト、などなど。

 

ゆえに、白米で食味を比べた場合には古米は「美味しくない」となるのが当然なのである。

 

だがしかし。

 

寿しにする場合は条件が違う。

 

寿しの場合は様々な魚介・ネタと口内で咀嚼して風味が出来上がる。つまり、シャリ単体で美味しい不味いが決まるわけではない。複数の素材、複数の油脂と香りがシャリと合わさってゆくとき、古米・古古米の持つ米の香りがあってこそ生まれる寿しの風味が確かにあるのだ。

 

ましてシャリは米酢という調味で強い香りを付加しているのであるから、新米では力が足りない。

 

 

特に伝統的な塩熟成を経た鯖を使った鯖寿しにおいては、力強いシャリの香りと相性が良い。鱧箱、穴子箱、巻寿し、ケラ箱、マス箱、どれもこれもシャリの香りが弱いとバランスが良くない。

 

また、海鮮を握るにしてもネタの個性や香りが強ければ強いほど、シャリは受け止める香りが必要になってくる。

 

 

近年は「赤酢」を使う事でシャリの香りと旨味をより膨らませる手法をとることも多くみられる。これはこれで、米の香りが少ないところへ補完する意味でも理に適っているのだが、赤酢の原料である酒粕の油脂が酸化してふえる香り成分と、米そのものの油脂が酸化した成分とは違いがあることは確かである。いずれにしてもどういう手法・技術を選択するかは料理人の考え方次第なのである。

 

ゆえに、ひさご寿しのシャリの作り方・考え方として「淡海流」と名付けておく。

 

 

別に独占禁止法でもないので、誰でも淡海流を試してみて楽しめばよいと思う。

 

 

参考:

 

玄米の水分変化に関する情報・研究結果について

農水省

 

貯蔵期間の異なる米の掲精歩合と浸水時間の相違が炊飯に及ぼす影響について

井上タツ 鈴木裕

 

品種の異なる米澱粉の構造と糊化特性
大家千恵子 川端晶子

 

米の風味
安松克治