地球よ、永遠に 102 | 百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

そのとき、唐突に目の前の空間に白い輝きが出現する。
ユーリは、隣にいるダーナも驚いて前を向いたことに気がついた。
雪原の白さをまとう輝きは薄れてゆき、その輝きの中から純白のドレスを纏ったおんなが姿を現す。帝国中央調査局の局長である、シルヴィアの立体映像である。
シルヴィアは、女神の美貌に穏やかな笑みを浮かべていた。ユーリはその姿に、神々しさすら感じる。
シルヴィアは、語りはじめた。
「パルシファルの、皆さん」
それはこころの深いところまで届くような、落ち着いた深みのある声だ。
「パルシファルの皆さんは、これからついに本当の敵、人類を滅ぼそうとする存在と戦うことになります」
ユーリは吟遊詩人の奏でるバラードのように心に染み込んでいく言葉に、耳をかたむけた。そして、隣にいるダーナを少し見る。ユーリは、ダーナのシルヴィアを見る瞳に憧れのようなものを感じぎょっとなった。
しかしユーリは何も言わず、再びシルヴィアの立体映像に視線をもどす。
「皆さんはこれまで経験してきた戦いとは違う、とても危険な戦いに望むことになります。わたしはそのような戦いを前にして恐れることなく果敢に敵へ挑む皆さんを高く賞賛し、また深い感謝の意を捧げます」
ブリッジの皆はシルヴィアに対する思いはともかく、静かに耳をかたむけていた。ワルターですらいつもの不機嫌な顔つきではあったが、シルヴィアの話を黙って聞いている。
「今から皆さんが行う戦いはかつてない困難なものになるやも、しれません」
シルヴィアはそう語りつつも、その瞳を憂慮で曇らすことはなかった。言葉も表情も、強い確信に満ちたものであった。
「それでもわたしは信じています、皆さんが必ず勝利することを」
シルヴィアは、自分の言葉に静かに頷いた。
「わたしは皆さんが無事この戦いを終えれるよう、全霊を込めて祈りを捧げます。そして、わたしは皆さんがだれひとり欠けることなく、共に帝都へたどり着けると信じます」
シルヴィアは手を合わせ、頭を垂れた。
「皆さんに星々の加護と、尽きることのない武運がありますように」
そう言い終えると、シルヴィアはそっと目を伏せる。
ワルターは、吠えるような声で返礼する。
「パルシファル艦長として、帝国調査局長からの感謝の意に礼を言おう」
シルヴィアは月の輝きを宿すその美貌に、そっと笑みを浮かべた。そして深く礼をすると、シルヴィアは自らの立体映像を消した。ブリッジの全天周スクリーンに、宇宙の闇が戻る。
ユーリはふうとため息をつくと、再びダーナのほうを向く。ダーナはユーリの視線に気づき、むっとした感情を目に浮かべる。どうやら、憧れの色を目に浮かべたことに気づかれたことが気に入らないらしい。
ユーリは焦ったが、ダーナは何も言わないまま不機嫌な顔つきになって目の前のコンソールに向き合う。
ユーリは気をとりなおし、操舵レバーを握ると前をむく。そしてそこに見たものにユーリは驚愕し、思わず声をあげそうになった。
ユーリの目の前には、純白に輝く十二枚の翼を広げた天使が浮かんでいる。ひとの身長の倍以上はある、大きな姿ではあるけれど芸術家が’丹念に描いたかのようにその姿は美しくバランスがとれていた。
ユーリは隣のダーナに、目を向ける。
ダーナは忙しくコンソールを操作しており、ちらりとユーリのほうをみたがあまり気にしている様子はない。
ユーリは、ブリッジの気配を伺うがそこにいるものは皆自分の作業に没頭している。ユーリは、どうやらその天使が自分にしか見えていないことに気がつく。そして、おそらくその天使はパルシファルとシンクロしているものにしか見えぬのだろうと、結論づけた。
気がつくと、満月の輝きに覆われた美しい天使の顔がユーリの目の前にきている。ユーリは叫びそうになったが、天使はそっと唇に人差し指をあてて沈黙を促した。ユーリは頷き、かろうじて叫び声を飲み込むことに成功する。
「やあ、ユーリ・ノヴァーリス君。君には、僕がわかるはずだと思う。そう、僕こそがパルシファルといえる」
ユーリは、困惑し眉をひそめる。もしかすると、これが暗黒種族のしかけてきた精神波攻撃なのだろうかとすら思う。
天使は、そっと首を振る。
「確かに、暗黒種族の精神波攻撃はブリッジに届いている。だから、それに乗じて僕はユーリ君、君とのシンクロを強化して姿を現した。でも、君には判るだろユーリ君。僕がまさに、君とシンクロしている存在であると」
ユーリは、頷く。ユーリはパルシファルを操艦するために今まで何度もシンクロを行い、そして今もまさにシンクロを行っている。彼には自分のシンクロしている相手がまさに、目の前の天使であると理解できた。
それは、理屈ではなくこころの奥深いところでだけ、理解できるようなこころの働きである。天使は、そっと笑みをユーリに投げかけた。