百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

僕はその迷宮にも似た街の中を彼女と共に、歩いていた。逢魔が時は世界をくすんだ色の無い景色に塗り変え、いたる所にうずくまる影が今にも動き出しそうで不安になり、僕はそっと彼女の手を掴む。彼女はバカにしたようにふっと笑ったがしかたなさそうに、手をにぎりかえす。

空は血を流し込んだように赤く染まり、老いた海獣のように黒い雲が真紅の海を遊弋していた。僕らは螺旋を描くようにその街中を彷徨い続けると、唐突に視界の開けた場所にでる。それは広々とした荒野で、あった。燎原の炎に満たされたように死にゆく太陽は荒野を赤く染めていたが、そこに動くものの気配はない。そこには一片たりとも、生あるものの気配は無かった。

彼女は残酷な光を瞳に宿し、薄く笑う。

「なんだ、墓地じゃあないの」

僕はその言葉に驚き、再び荒野を見る。そこには、屹立する無数の影があった。それらの影は十字の形をしており、なるほど墓標であると僕には理解できる。しかし、これは一体何の墓標であろうかと僕が思ったその時、彼女が嘲るように笑みを浮かべつついった。

「ここには、あらゆるものの墓標があるわね」

彼女の言葉に応えるように影の中で熾火が目覚め、十字の中心に赤い文字が輝く。そこには、そう、あらゆるものの死が刻まれる。

夜の死

言葉の死

歌の死

大地の死

戦いの死

悲しみの死

そしてそこには、

愛の死もあった。

「なんてことだ、これではまるで世界が」

彼女は、鼻で笑う。

「そう、まさに今宵、世界が終わるのよ」

最後の血の一滴が搾り尽くされるように、赤い太陽が死を迎える。真の闇に世界が包まれたその瞬間に、彼女は呪詛を吐くように呟く。

「世界の終わりは。はじまりでもある」

墓地は罅割れその裂け目から獰猛な光が、立ち上る。それは、光の軍勢が地の底より湧き上がり地上を蹂躙するかのようだ。墓地が崩壊し、幾つもの光の柱が天へと昇り輝ける竜のような荒くれた光たちが、空を喰らい尽くす。猛々しい光の暴力が世界を蹂躙し、千の太陽が無情な君臨を遂げた時に唐突に全てが終わり静寂と薄明が訪れる。

再び黄昏のような薄闇に支配された荒野で僕は、呟く。

「なんだ、世界が始まるのなら朝が来てもいいじゃあないか」

彼女はうんざりしたよう、僕を上から下まで眺める。

「だって、あなたはブサイクだし、体型もなんだか貧相だし見た目があれだから」

彼女は、ぷっ、くスクスと笑う。

「はじまりが貧相に、なるのよ」

僕は、ぼんやりと思う。

 

Oh well

 

まあ、しょうがない。


 

「まあ、身構えることはないよ、ユーリ君。僕は君と、友達になりたいだけなんだ。今日のところは、ちょっとばかり挨拶にきたというわけだね」
そういわれても、どうみても得体の知れない相手に友達となれるとは思えない。パルシファルは頷く。
「こんな反逆の天使ルシフェルのような姿をした相手に友達になろうといわれても、確かに君も困るだろうね」
パルシファルは、そっとため息をつく。
「なんというか、この姿はかつてジョルジュ・エドワルドに凄くうけたから使ってるだけでね。では、こちらの姿ではどうだろう」
十二枚の輝く翼を広げた純白の天使の姿は、一瞬にして消滅する。そのかわりに、軍服姿のおとこが姿を現した。とても古めかしい、先史時代の軍服を身につけたその青年は、軍人らしい精悍さと詩人のもつ繊細さを同時に併せ持っているようだ。
「これがかつてひとであったころの姿だよ、ユーリ君。ひとであったころの名は、ハインリヒ・クライストという。見たとおり、第三帝国の軍人さ」
ユーリは、あまりのショックに目眩を感じた。パルシファルは、こともなげに笑ってみせる。
「できれば詳しい事情を説明したいところだが、またの機会にしよう。そろそろお暇する時間が、きたようだ」
パルシファルは、出現したときと同じように唐突に姿を消した。
それとほぼ時を同じくしてブリッジに、アラート音が鳴り響く。
いつものとおりクラシカルなレースに飾られたドレスに身を包んだ姿のウルズが、声をあげる。
「先行する探索ドローンが、クトゥグア・クラスを発見したよ。その数、六。距離、十三万五千」
ブリッジに緊張が、走った。
ユーリは、ダーナが隣から少し怪訝な目を向けているのを感じる。けれどあえて、気づかないふりをしておく。ダーナは、とりあえず目の前のことに集中することにしたようだ。
ワルターは、吠えるような声を出す。
「本艦は、これより暗黒種族艦隊との戦闘を開始する。総員、戦闘配備だ」
ダーナは、ターゲットスコープを開く。ユーリも、操舵レバーを握りしめる。そして、声をあげた。
「暗黒種族艦隊、クトゥグア・クラスに向けて進路をとります。進路、X3、Y4、最大戦速に加速。ヨーソロー」
ユーリの隣でダーナは、ワルターに向かって声をあげた。
「艦長、グングニルの発射にむけたシーケンスを発動させるよ」
ワルターは、頷く。
「グングニルの、発射準備を開始しろ。目標、クトゥグア・クラス」
ヴェルザンディが、声をあげた。
「対消滅リアクターエンジン出力上昇、百二十パーセントまで上昇」
ウルズが、それに被せるように声をあげる。
「クトゥグアに、エネルギー反応。五百三十秒後に、クトゥグア・クラスの射程に入るよ」
ダーナはウルズに頷きつつ、いつもの不適な笑みを浮かべ、銃把型コントローラを握る。
「グングニル、自動追尾プログラムエクスキュート開始」
ヴェルザンディが、ダーナに応える。
「自動追尾プログラムエクスキュート、エンジン出力百八十パーセントに上昇しました」
ユーリは、全天周スクリーンに不吉な姿を浮かべるクトゥグアをみる。テラの深海を遊弋する軟体生物にも似た流線型の怪物は、先端に突き出た三つの角に鬼火の光を宿していた。
それは凶運を告げる、妖星の輝きでもある。
ユーリは、ごくりと息をのむ。
対消滅リアクターエンジンの出力レベルが警告域に達したらしく、アラート音が鳴り響く。いつものように、ユーリのコンソールには燎原の焔がごとき赤い警告メッセージが並んでいった。
「ビーム砲十次元チェンバーへのエネルギー充填、限界値に達します」
ヴェルザンディの声にダーナは頷き、銃把型コントローラを操作してレティクルにクトゥグア・クラスをとらえる。
「グングニル、自動追尾プログラムエクスキュート完了」
ヴェルザンディの報告と同時に、ウルズが声をあげる。
「クトゥグアのエネルギー反応が、限界値を越える。砲撃、くるよ!」
一瞬、六体のクトゥグア・クラスが放った砲撃により、パルシファルの全天周スクリーンが真っ白になる。艦体が、波を受けたように少し揺らいだ。しかし、ユーリの目の前に表示されている艦のステータスに異常はないようだ。
「ダメージコントロールを」
ワルターは、怒声のような声で指示を出す。スクルドは、報告の声をあげた。
「うーん、なんともないねぇ。あいかわらず呆れるわ、この船のパワー」
おそらくテラの艦体を粉砕するような砲撃に全く無傷であるという事実に、ユーリ思わず目を丸くした。
ウルズが、声をあげる。
「あと三十秒で、クトゥグアをグングニルの射程にとらえられるよ」
「対消滅リアクターエンジン、出力二百パーセントに達します」
アラート音を貫くようにヴェルザンディが声をあげ、ダーナが頷く。
「全砲口の、シールド解除。総員、対衝撃防御」
その瞬間、ウルズが声をあげる。
「クトゥグア、何かを放出したよ。球体状に変化した、インスマウスと思われるわね」
ユーリは、シャボン玉げ吹き出すように球体がクトゥグアを覆っていくのをみる。
ワルターが、不機嫌な声で叫ぶ。
「かまわん、グングニルで撃ち抜け」

 

そのとき、唐突に目の前の空間に白い輝きが出現する。
ユーリは、隣にいるダーナも驚いて前を向いたことに気がついた。
雪原の白さをまとう輝きは薄れてゆき、その輝きの中から純白のドレスを纏ったおんなが姿を現す。帝国中央調査局の局長である、シルヴィアの立体映像である。
シルヴィアは、女神の美貌に穏やかな笑みを浮かべていた。ユーリはその姿に、神々しさすら感じる。
シルヴィアは、語りはじめた。
「パルシファルの、皆さん」
それはこころの深いところまで届くような、落ち着いた深みのある声だ。
「パルシファルの皆さんは、これからついに本当の敵、人類を滅ぼそうとする存在と戦うことになります」
ユーリは吟遊詩人の奏でるバラードのように心に染み込んでいく言葉に、耳をかたむけた。そして、隣にいるダーナを少し見る。ユーリは、ダーナのシルヴィアを見る瞳に憧れのようなものを感じぎょっとなった。
しかしユーリは何も言わず、再びシルヴィアの立体映像に視線をもどす。
「皆さんはこれまで経験してきた戦いとは違う、とても危険な戦いに望むことになります。わたしはそのような戦いを前にして恐れることなく果敢に敵へ挑む皆さんを高く賞賛し、また深い感謝の意を捧げます」
ブリッジの皆はシルヴィアに対する思いはともかく、静かに耳をかたむけていた。ワルターですらいつもの不機嫌な顔つきではあったが、シルヴィアの話を黙って聞いている。
「今から皆さんが行う戦いはかつてない困難なものになるやも、しれません」
シルヴィアはそう語りつつも、その瞳を憂慮で曇らすことはなかった。言葉も表情も、強い確信に満ちたものであった。
「それでもわたしは信じています、皆さんが必ず勝利することを」
シルヴィアは、自分の言葉に静かに頷いた。
「わたしは皆さんが無事この戦いを終えれるよう、全霊を込めて祈りを捧げます。そして、わたしは皆さんがだれひとり欠けることなく、共に帝都へたどり着けると信じます」
シルヴィアは手を合わせ、頭を垂れた。
「皆さんに星々の加護と、尽きることのない武運がありますように」
そう言い終えると、シルヴィアはそっと目を伏せる。
ワルターは、吠えるような声で返礼する。
「パルシファル艦長として、帝国調査局長からの感謝の意に礼を言おう」
シルヴィアは月の輝きを宿すその美貌に、そっと笑みを浮かべた。そして深く礼をすると、シルヴィアは自らの立体映像を消した。ブリッジの全天周スクリーンに、宇宙の闇が戻る。
ユーリはふうとため息をつくと、再びダーナのほうを向く。ダーナはユーリの視線に気づき、むっとした感情を目に浮かべる。どうやら、憧れの色を目に浮かべたことに気づかれたことが気に入らないらしい。
ユーリは焦ったが、ダーナは何も言わないまま不機嫌な顔つきになって目の前のコンソールに向き合う。
ユーリは気をとりなおし、操舵レバーを握ると前をむく。そしてそこに見たものにユーリは驚愕し、思わず声をあげそうになった。
ユーリの目の前には、純白に輝く十二枚の翼を広げた天使が浮かんでいる。ひとの身長の倍以上はある、大きな姿ではあるけれど芸術家が’丹念に描いたかのようにその姿は美しくバランスがとれていた。
ユーリは隣のダーナに、目を向ける。
ダーナは忙しくコンソールを操作しており、ちらりとユーリのほうをみたがあまり気にしている様子はない。
ユーリは、ブリッジの気配を伺うがそこにいるものは皆自分の作業に没頭している。ユーリは、どうやらその天使が自分にしか見えていないことに気がつく。そして、おそらくその天使はパルシファルとシンクロしているものにしか見えぬのだろうと、結論づけた。
気がつくと、満月の輝きに覆われた美しい天使の顔がユーリの目の前にきている。ユーリは叫びそうになったが、天使はそっと唇に人差し指をあてて沈黙を促した。ユーリは頷き、かろうじて叫び声を飲み込むことに成功する。
「やあ、ユーリ・ノヴァーリス君。君には、僕がわかるはずだと思う。そう、僕こそがパルシファルといえる」
ユーリは、困惑し眉をひそめる。もしかすると、これが暗黒種族のしかけてきた精神波攻撃なのだろうかとすら思う。
天使は、そっと首を振る。
「確かに、暗黒種族の精神波攻撃はブリッジに届いている。だから、それに乗じて僕はユーリ君、君とのシンクロを強化して姿を現した。でも、君には判るだろユーリ君。僕がまさに、君とシンクロしている存在であると」
ユーリは、頷く。ユーリはパルシファルを操艦するために今まで何度もシンクロを行い、そして今もまさにシンクロを行っている。彼には自分のシンクロしている相手がまさに、目の前の天使であると理解できた。
それは、理屈ではなくこころの奥深いところでだけ、理解できるようなこころの働きである。天使は、そっと笑みをユーリに投げかけた。