百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

ネグリは、冷たい怒りを潜ませた声を出す。
「戯れ言を許容するのも、時と場合によるぞ。大佐」
ガタリは、不思議そうに問い返す。
「戯れ言? なぜです? ルシフェルの相手をするなんて、簡単でしょ。あんな船、怖くはないですよ」
ネグリは、言葉を失う。
ネグリの刺すような眼差しを、ガタリは平然と見返す。ネグリは、不機嫌さを剥き出しにした声をだす。
「ガタリ大佐、君はもの凄く矛盾したことを言ってるのに、気がついていないのかね」
ガタリは、落ち着いて穏やかな調子で語る。
「ネグリ准将、いやいや、あなたのように聡明な方は判っていらっしゃるはずです。その上で、僕を試すようなことを言っておられる。准将、僕らは艦隊戦をやっているんです。インドラクラスの戦艦だけで構成された艦隊の規模が、三十隻だったとして。准将、その艦隊は怖いですか?」
ネグリは完全にガタリのペースに乗せられていることに苛立ちを感じつつも、首を振って真面目にこたえた。
「我が第七艦隊であれば、簡単に駆逐できるな」
ガタリは、獲物を食い終えたというように満足げな笑みを浮かべる。
「そうでしょう、そうでしょうとも。そしてあのルシフェルが持つ近接戦能力は、インドラクラス三十隻には遠く及びません。そうだな、ベイユ中佐」
ベイユは、ガタリに頷いてみせる。
「艦体があのサイズでは、近接距離での高速機動戦は難しいでしょうね。それに、艦載しているミリタリーモジュールも船のサイズにしては少ないであろうと想定しています」
「ほう」
ネグリは、鋭い目でベイユをみる。
「なぜかね」
ベイユは、ネグリの視線を平然と受け流す。
「対消滅リアクターエンジンを運用するためには、かなり大きな冷却剤タンクが必要になります。おそらくあの船に艦載されたミリタリーモジュールは、大きく見積もっても四十八機程度です」
ネグリは、もの思いに耽る顔つきになった。
ガタリの考えは把握できたように、思う。しかしそれにしても、いくつかガタリの計画には無理があると言わざるおえない部分がある。
「ガタリ大佐、君は近接戦でミリタリーモジュールを使った戦いに持ち込むつもりなんだろうが」
ガタリは、楽しげに頷く。
「我々には、使えるミリタリーモジュールが八十機ありますからね。スペックもテラが持つものより一世代上で、推定キルレシオは一対一コンマ五ですよ。圧勝しますね」
ネグリは、首を振る。
「接近してくれば、ルシフェルはその物体を量子化して消し飛ばせるのだろう」
ガタリがベイユに、眼差しを送る。
ベイユは頷き、口を開く。
「物質が所属する空間を変質させ量子化するには、高度な十次元計算が必要です。高速でランダムに機動するミリタリーモジュールを量子化して消し飛ばすには、かなり大規模な電子装備が必要になります。もし、テラがそんな電子装備を持っていたなら」
ベイユは、少し皮肉な笑みをみせる。
「彼らはわざわざ銀河帝国の帝都にいかなくても、デモンウィルスを解析してワクチンを造れるでしょうね」
ネグリは満足したように、頷く。ガタリが笑いながら何かを言おうとするの制するように、ネグリはさらに問いを発した。
「しかし、どうやって近接戦に持ち込むのかね。彼らのビーム砲は追尾機能があり、ミドルレンジでも使用可能と報告にあったが」
ガタリは、にっこりを凶悪な笑みを浮かべる。
「そのやり方は、このあいだルシフェル自身がみせてくれましたよ」
ネグリは、むっとなり口を歪める。
「まさか、隕石の粉塵でビーム砲の威力を削いだことを言っているのかね。たかが隕石の粉塵が、ルシフェルのビーム砲を防げるとは思えんが」
ガタリは、ゆっくり首を振る。
「ただの粉塵では、無理ですね。けれども金属片の混じった粉塵であれば、ビーム砲の力は半減しますよ」
ネグリは、うんざりしたような声を出した。
「そんな大量の金属片を、どこで入手するつもりなんだ」
ガタリは、上機嫌に答える。
「我が艦隊の工兵部隊は、今まさに木星の衛星で作業中です。手頃な衛星を砕いて、その破片を使います」
ネグリは、もの思いに耽る顔となった。
ガタリは、わくわくして待つ子供のように、耳をたてて答えを待っている。その瞳は、キラキラと輝いていた。ネグリが作戦にゴーサインを出すことに、全く疑いを持っていない瞳だ。
ネグリにしてみれば少しばかり忌々しいことになるが、ガタリの作戦行動を否定する理由はなさそうに思える。
ただ、一点をのぞいて。
「ガタリ大佐。では、これを最後の質問としよう。テラの艦隊には、確かパディウ中尉の隊をたった一機で全滅させたパイロットがいたはずだが」
ガタリは、舌打ちしそうな調子で口を歪める。
「ええ。いますね」

 

「敵艦ルシフェルは、我が艦隊インドラクラス六隻、ヴァーハナクラス十隻を一斉射で行動不能に陥れました。戦艦十六隻のバリアをものともせず、電磁パルスを艦体に浴びせることができるパワーを持つということです。推定されるルシフェルのエンジン出力は少なく見積もっても、インドラクラス三十隻分はあると思われます」
ガタリはなぜか楽しげに剥き出しの牙を、赤い舌で舐める。
「聞きましたか、ネグリ准将? ルシフェルのやつ、あなたの第七艦隊だって一撃で壊滅させますよ」
ネグリは、うんざりした風情で首を振る。
「戯れ言はいいから、話を進めたまえ」
ネグリの言い放った言葉にベイユは無表情で頷くと、言葉を続ける。
「ルシフェルは規格からはずれた大きな船ではありますが、そのサイズであったとしても通常のリアクターエンジンでそれだけの出力を行うには小さすぎます。あの艦体サイズでそれだけのエネルギー出力を可能にするエンジンは、ただひとつだけ想定可能です。それは、対消滅リアクターエンジンになります」
ネグリは、気品のある顔を疑わしげに歪める。
「対消滅リアクターエンジンを可能にするには、色々と技術的な課題があるはずだが」
険のあるネグリの口調にベイユは臆することなく、話を続けた。
「もちろん。まず、反物質を生み出すディラックの海へ安定したアクセスが可能でなければならない。そして、エンジン内の炉を暴走させないための、十次元空間制御をしなければならない。あのルシフェルは、そうした技術を持っていることを、そのふるまいでわたしたちに示しています」
「ほう」
ネグリは、目を細める。
ベイユは頷き、冷静な口調で驚くべき話を続けた。
「まずルシフェルは、テラの地上から戦闘宙域まで十次元跳躍を行っています。艦体自身や、周囲の物質が存在する空間を制御し、量子化、実在化のコントロールが可能ということです。そんな技術があれば、対消滅リアクターエンジンを実現するのはそう難しい話ではないでしょう」
「しかし」
ネグリは、困惑しているような表情で口をはさむ。
「本当にそんな技術があるのならば、ビーム砲なぞつかわずに相対する艦隊を量子化して消し飛ばせばいいのでは?」
ベイユは、まじめな顔で頷く。
「おそらくそうしなかったのは、主に有効射程の問題でしょうね。ルシフェルに接近すれば、量子化されて宇宙の彼方へ消し飛ばされる可能性があると想定されます」
「素晴らしい!」
うんざりしているネグリとは対照的に上機嫌なガタリが立ち上がって、手を叩くと叫ぶように声を発する。
「素晴らしいとは、思いませんか? 准将」
呆れたように、ネグリは首を振る。
「何を言っているのかね、ガタリ大佐」
ガタリは牙を剥き出しにして、浮かれたように語る。
「もしわたしたちがルシフェルを手に入れ、その技術をリバースエンジニアリングで解析し再現可能にすれば、どうなりますかね?」
ネグリは、馬鹿にしたように笑う。
「銀河連邦は、無敵になるだろうな」
ガタリは、ぱちりと指を鳴らす。
「では、手に入れましょう。ルシフェルを」
ネグリは、冷静な態度でガタリに言葉を返す。
「ガタリ大佐、ベイユ中佐の話ではルシフェルと互角に戦うには、最低でも三十隻の戦艦が必要であるように聞こえたが。君の艦隊は、あと何隻残っているのかね」
ガタリは、落ち着き払って答える。
「まともに運用可能な船は旗艦ヴィシュヌと、ヴリトラクラスが二隻。三隻、ですね」
ネグリは、うんざりしたように鼻をならす。
「十六隻を一撃で蹴散らす船を相手に、三隻でどう戦うというのかね」
ガタリは、牙を剥き出しにして笑う。
「では、第七艦隊を援軍として派遣してくれますか? それだけの価値がある、戦いですよ。あなたがたの駐在している位置からここまで、せいぜい三十パーセクだ。二十四時間、かからないでしょう」
ネグリは、不機嫌そうな声をだす。
「君たち参謀本部直属の特務機動艦隊と、我々方面軍所属艦隊を同じように考えるのはやめてくれ」
ガタリは、声をださず楽しげな笑みをうかべる。
ネグリはとりあう必要のないガタリのくだらない嫌みに、まともにつきあってしまった。
そのせいで、ガタリは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
ネグリはそのことに気がつき、思わず牙をのぞかせた。しかし、かろうじて自制すると沈黙を守る。
ガタリは、楽しげな笑みのまま言葉を繰り出す。
「もちろん、理解しております。たとえ我が銀河連邦の命運を左右する戦いであっても、あなた方には簡単に参戦できないような、重要な役割がある」
もうネグリにはガタリの戯れ言につき合う気がなく、黙殺する。ガタリは一切気にせず、話を続けた。
「たとえ三隻しかなくても、ちゃんとわたしたちは勝ちますよ。あの、ルシフェルに」

 

フェリックス・ガタリは連邦艦隊旗艦ヴィシュヌの執務室で、ヴァーチャル・コンソールを操作する。
殺風景な部屋が、大きなヴァーチャル会議室の映像に切り替わった。
そして、となりに彼の副官であるシモーヌ・ベイユ中佐の姿が現れる。ホログラム映像であるベイユ中佐は低重力惑星に適応するための身体改造を受けているため、細くしなやかな体つきをしていた。
神話に登場する妖精のように、中性的で繊細な美しさを感じさせる顔立ちである。
「ガタリ大佐、作戦会議の準備が整いました」
ガタリは、ベイユの言葉に頷く。
二度にわたってありえてはならない大敗を喫っしたガタリの艦隊は、もはや独自の判断での行動をさせてもらえなくなっている。
量子リンクを使って、近隣の星系に待機している銀河東部第七艦隊の旗艦と通信回線を確立し、第七艦隊の参謀部の査察を受けながらの作戦会議をすることになっていた。
星系を跨がっての通信を行うのは、おそろしくリソースを消費しコストの高い行為だ。とんでもない、リソースの無駄使いともいえる。
まあ、くびになって軍法会議にかけられず査察つきの作戦続行は、ある意味温情のある措置ともいえたし他に選択肢が無く仕方がない緊急措置ともとれた。
なににせよ、せいぜい温情に感謝するとしようかとガタリは笑みを浮かべる。
笑みを浮かべるといっても、毛皮に覆われた猫の顔で口を歪め牙を剥きだしただけだ。笑っているというより、獲物をまえにして舌なめずりしているようにみえる。
「えっと、大佐?」
ガタリの表情をみて、思わずベイユが声をかける。ガタリは真顔に戻ると、呆れ顔のベイユに頷きかけた。
「では、始めようか。わたしの、弾劾会議を」
ベイユは軍人らしからぬガタリのものいいに対して軍人らしい態度は崩さす、慇懃に頷く。
「はい、大佐。会議システムを起動します」
ベイユがヴァーチュアル・コンソールを操作すると、仮装会議室上に次々と会議参加者のホログラム映像が出現していく。
二十名の会議参加者のうち半数は、ガタリの艦隊に所属する士官でクレルボーやドルーズの姿もある。その対面側に、第七艦隊の参謀部に所属する士官たちの姿が現れた。
銀河東部方面軍所属第七艦隊の士官たちは、いかにも連邦軍らしく多彩な出で立ちである。
あるものは、ベイユのように低重力に適応した妖精のように細く優美な身体をもつ。
その隣には、高重力惑星に適応したらしく背の低い頑強な身体を持つものがいた。
また、海洋惑星に適応したなめし革のような無毛の皮膚と、鰓のような器官を首筋にもつ種族もいる。
その雑多な種族からなる士官たちの中心にいる艦隊司令官は、ガタリと同じ様に毛皮に覆われた身体をもつおとこだ。
ただその艦隊司令は猫科がベースとなっているガタリとは違い、犬科をベースに身体改造をしたようにみえる。
かつてアフガン・ハウンドと呼ばれた口吻がながく、長く優美なウエーブのかかった毛を持つ犬に似た姿をしていた。長く柔らかそうで光沢のある毛に覆われたその顔は、貴族的な気品を感じさせる。
そしてその艦隊司令は気品ある姿に相応しい、プライドが高く規律に厳しいおとこであったはずだ。ガタリが苦手とするタイプのおとこを監査役として任命するあたりに、軍の悪意をガタリは感じる。
とはいえガタリは表情を変えることなく、その艦隊司令に向かって語りかけた。
「さて、アントニオ・ネグリ准将、あまり時間を無駄にしたくないので早速会議をはじめさせてもらいます」
ネグリは、無言で頷く。その黒曜石のように輝く瞳からは、何の感情も読み散れない。
ガタリは牙を剥き出しにした、凶悪な笑みを浮かべ指をならす。
「では、ベイユ中佐。さっそく、わたしの艦隊を壊滅させた未知の戦艦に関する報告をはじめてくれ」
ベイユは、樹木を思わせる細くしなやかな身体をまっすぐのばし、報告をはじめた。
「未知の敵艦にわたしたちは、ルシフェルというコードネームをつけました。神話に登場する天使と同じく、十二枚の翼を持ちますので。これからわたしは未知の戦艦をルシフェルという名で、呼びます」
ネグリは、黙ってうなずく。ベイツは、話を続けた。