百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

down by the river

neil young

地を彷徨う気配や空気を巻き込み、様々に色を跳ね散らしながら、河は流れていく。
おれの手には提げられた45口径は煙を吐き、その煙は河の流れにそって漂っていた。
河の流れには沈みゆく太陽が放つ光にも似た、赤が混じっている。
赤は、水の中で時折渦を巻き、優雅な舞踏を踊るように流れていく。
おれは、死を纏う鋼鉄を手にその流れをみつめていた。

おれがようやくその部屋にたどり着いたときには、もう夜があける直前であったように思う。
世界から色や気配を奪い去るように降り続けていた雨は、漸く終焉を匂わせつつあるようだ。
夜明け前の最も深い闇が支配するその部屋で、おれソファに横たわった。
おれは苦痛とも恐怖ともつかぬ感情が、閉ざした瞼の裏で踊り狂う様をただ見つめている。
おれは、逃げ込むように深く毛布を被った。
「みつけたよ」
突然ふってきたその声に、おれはクッションの下に隠していた45口径をつかむ。
ブラインドが上げられる気配があり、毛布がはぎ取られる。
夜明けの光が踊るように舞っているその部屋に、彼女がいた。
夜明けの輝きは、彼女に纏いつきその姿を美しく飾りたてている。
おれは、ため息をつくと拳銃をベルトにさす。
「わたしから、隠れることなんてないのよ」
彼女はそういうと、おれの手をとった。
おれもその手を掴むと、夜明けを迎えた部屋の中で起きあがる。
おれと彼女は、洞窟の出口のように見える部屋の窓から外を眺めた。
古代の廃墟にも似たスラムの建物が、朝焼けの中で燃え上がるように見える。
その廃墟の向こうに、菫色の空が輝く。
彼女はおれを見ると、そっと微笑んだ。
おれと彼女は、互いの鼓動が感じ取れるほど近づきあい寄り添いあった。
「みてよ、虹がでている」
彼女のいうとおり、まだ影が色濃い地上の上、藍の残った空高くに虹がかかっていた。
それは地上を祝福するかのように、鮮やかで美しい色彩を放っている。
それは色彩が奏でる、喜びの歌だ。
「きっと、わたしたちはあの虹の向こうにいけるよ」
そういうと彼女はおれの手を握りしめたので、おれもおなじように彼女の手を握り替えした。
ほんとうにおれはそのとき、あの虹の彼方へいけると思ったんだ。
彼女が側に、いさえすれば。

死体は、オフィーリアのように半ば河に沈んでいる。
その金色の髪は、血の赤と混ざり合い河の流れを夕陽の色へと染めていった。
彼女を、おれは撃った。
おれの手には、その反動がまだ忘れえぬ記憶のように残っている。
彼女は、脳天から血をまき散らしながら河へと沈んでいく。
狂った、オフィーリアのように。
おれの右手には、まだガンスモークを漂わせる拳銃がある。
おれは、彼女を撃ったんだ。
彼女の額には、深紅の穴が穿たれている。
破壊された後頭部から、為す術もなく命と血が河へと流れてゆく。
おれは、どうすることもなくただ河の流れをみつめていた。
河は、全てを流してゆく。
罪も。
愛も。
死も。
生命も。
その渦巻き、優雅なダンスを舞うような流れに巻き込みながら流れていった。
おれはただ呆然として、その全てを見つめている。
その全てを、見つめていた。


 

輪るピングドラム

監督:幾原邦彦
原作:イクニチャウダー


「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」

「僕の愛も、君の罰も、すべて分け合うんだ」

鉄道は、当然ながら既知の場所にしか行くことができない。
線路が敷かれるのは、訪れたことのある場所だけだ。
けれど、銀河鉄道の夜において鉄道は未知の場所へと接続される。
それは、どういうことだろうか。
鉄道が接続されることによって、未知の場所があたかも既知の場所のように思うことができる。
未知に場所、そこにはもちろん死もまた含まれるだろう。
だからわたしたちは銀河鉄道に乗ることによって、あの未知の場所へ恐れることなく赴くことができる。
そしてわたしたちは、その既知に接続された未知の彼岸で無垢なる愛をみいだすだろう。
おそらく無垢なる愛は、そこでしかみいだせないからだ。

では、輪るピングドラムはどうだろうか。
丸ノ内線は、決して未知の場所へ接続されることはない。
また、それは線であり、円弧を描き閉ざされることもないのだろう。
けれどそれは、「まわる」のだ。
わたしたちを、生き延びさせるかもしれない場所へ向かってまわってゆく。

生存戦略において重要なのは、反復すること、そして乗り換えること。
95年、丸ノ内線。
わたしたちは変わらず続くかと思った日常が、巨大な虚無に貼り付いた皮膜にすぎないと気がつく。
けれどもこの世界は、その皮膜と化した日常ですら容易に虚無へ呑み込まれうるものだと示す。
だから、ひたすらに反復し演じることで日常を繋ぎとめる必要がある。
それは、生存戦略なのだ。
そして反復することが、虚無を変貌させアルターな世界への乗り換え路線があることを指し示してくれる。
では、そこで愛はなにを担うというのか。
愛はその原理において、不可能性の侵犯である。
罪は侵犯された不可能性であり、表裏のものだ。
だからわたしたちは、愛をわかちあわねばならない。
だからわたしたちは、罪をわかちあわねばならない。
何者にもなれないわたしたちが、ある日常、ある生活を手に入れ未知を既知に変えるであろうピングドラムの回転へたどりつくには、罪と愛を分かち合うしかない。
それこそが虚無の彼方に、既知の光を灯す術。

唯一の、生存戦略なのだから。


 

おれは、もともと霊感は皆無だ。
霊の存在を感じることはない。
けれども半世紀近く生きていると、奇妙と思える体験をすることもある。

昨日の夜のことだ。
元々、おれの中には様々な不安と恐怖がある。
それは具体的な生活と繋がっている場合もあるが。
そもそも生きることそれ自体によって生み出されてくるようなものもある。
あたかも夜の森が湛える闇のようなものが。
おれの中にはある。
それは夢の中では虫の形をとった。
いつも、不安が高じると虫が姿を現す。
その虫は、ムカデにトンボの羽をつけたような姿をしていた。
背中には毛虫のような棘と文様がある。
無数に生えた足は羽毛のように細長く、ざわざわと蠢いており。
影が実体化したかのような。
闇が凝縮して姿をとったような。
こころを騒がせる姿をして。
ベッドに横たわるおれの顔の周りを飛んでいた。
おれはいつもの夢と知りながら。
早く目覚めたいと思いつつ。

そして目を開くと。
傍らにその虫がいた。

まだ、夢の中かと疑ったが、確かにその奇妙な虫はおれの顔のそばにいた。
手を出すと、その棘から毒が回るかとも思ったが。
思わず手を伸ばすと。
そいつはかさかさとベッドの下へと消えていった。

おれは、夢と現の境界が崩れてしまったかのような、いいようのない不安に苛まれつつ。
再び、闇の中へと堕ちていった。