百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

ケンは、ブルース・ブロディ護衛官のほうを見る。
ブルースは、表情を変えずケンの眼差しをうけとめた。
「あんたがいれば、おれたちの助けなんざなくても、切り抜けられたろう」
ブルースは、驚いたように目を開きそして微笑む。
「それは、おれひとりでテロリストのミリタリーモジュールを突破し、戦艦を沈めることができたってことか?」
「そうだ」
真面目に頷くケンを見て、シルビアは大きな笑い声をあげる。
「あら、ブロディ護衛官。随分、高い評価をいただいてるじゃない」
ケンも、笑い声をあげる。シルビアのそれとは違い、低くシニカルな笑いだった。
「あんたらは、王族種が自分たちを銀河帝国の首都へ連れて行くような状況を作りたかった。そうだろ」
ブルース・ブロディ護衛官は、穏やかな笑みを浮かべている。
「おれたちは、命辛々ここへたどり着いた。それだけだ。ブラックソード戦闘隊長、あんたはおれを過大評価しすぎだね」
その瞬間、ケン・ブラックソードは、暗黒の炎が燃え上がるような殺気を放つ。
ブルースは一瞬身体をふるわせた。その瞳に、野獣のような光が一瞬だけともる。しかしすぐ、もとの穏やかな笑みを浮かべた。
ケンは、嘲るような笑い声をあげる。
「どうした、ここでやろうぜ。そうしたら、おれのいったことが本当だと判る」
ブルースは、困ったような顔になる。
「おいおい、素手で殴り合ってパイロットの技量が判るっていうのか」
ケンは、大真面目に頷く。
「ああ。おれには、判る。動態視力、反応速度、身体能力が判るからな。説明するより、やったほうがはやいぜ」
既に押さえきれないような野生の殺気が、ケンの体から溢れ出していた。ブルースの身体は、本能的にそれに反応しつつある。ブルースの体が、膨れ上がっていくような錯覚を感じさせた。
ケンは、獲物を前にした狼の笑いを見せている。ブルースは、少し戸惑ったようにそれをみた。まるで、ケンの顔が押さえきれない喜びに歪んでいると思えたからだ。
唐突に、シルビアが大笑いしながら手を叩く。
「あっはははは、面白いわね。テラでは、そういうジョークが流行ってるの?」
ダーナは、平然と微笑みながらケンの前に立ちふさがる。ケンは、ダーナの背中で視界をふさがれ顔をしかめると肩を竦めた。
「ごめんなさい、ガーンズバック調査官。何しろ辺境なもので、帝都のように洗練されたジョークは知らないんです」
「シルビアでいいわよ、ねえ、わたしもあなたをダーナ王女とお呼びしていいかしら」
ダーナは、野に咲く花のように笑って応える。
「もちろんです、シルビア調査官」
「さて、ダーナ王女。そろそろ教えてちょうだいな。あなたがたは、わたしを帝都までつれていってくれるのかしら」
ダーナは、表情を変えない。そして平然と、言い放つ。
「わたしは、この船では一練習生にすぎません。わたしたちの艦長、ワルターとまずお話いただけますか?」
「あぁ、まあそうねぇ」
シルビアは、少しつまらなそうにワルターをみる。
ワルターは、いつもの凶悪な表情でシルビアを睨む。
「シルビア・ガーンズバック調査官。おれにできるのは、あんたをテラに連れて行くところまでだ。その先は、テラの執務官と直に話をしてくれ」
「ありがとう、ワルター艦長。感謝します」
シルビアは、事務的な口調で言った。
ケンは、あきれたように乾いた笑い声をあげる。
「艦長、おれは当直に戻るぜ。ダーナ王女のお説教は、当直明けにしてくれよな」
ワルターは、煩げに頷く。ケンは軽く手をあげ、作戦室を出ていった。
ワルターはあらためて、シルビアのほうを向く。
「さて、ガーンズバック調査官。我々はテラへの帰路を、急ぐことにする。あなたがたの船は捨て去ることになりますが、かまいませんな」
シルビアは、穏やかな笑みをみせ頷く。
「もちろんです。かまいませんとも。必要なものは全て、持ち出してあります」
ワルターは、吠えるように言った。
「ヴェルザンディ、聞いているか」
作戦室の宙に、白いレースに飾られた黒いドレスの少女が姿を現す。
「お呼びですか、ワルター艦長」
シルビアは、興味深そうにヴェルザンディを見ていた。おそらく、帝国にはないタイプのユーザーインターフェースなのだろう。ワルターは、ヴェルザンディに頷きかける。
「ブリッジのユーリ・ノヴァーリスと繋げ」
「ラジャーです、ノヴァーリス航海班長を呼び出します」
ヴェルザンディが手を振ると、リニアシートに座って操舵レバーを握るユーリのホログラム映像が浮かび上がった。
ユーリの映像は、ワルターのほうを向くと敬礼をする。むこうからも、こちらが見えているということだ。
「ユーリ・ノヴァーリス航海班長、本艦はスペースセイルをフルセイル状態にして準光速に到達するまで核プラズマ推進プロセスを発動させる」
ユーリは、頷く。
「ラジャー、これよりブリュンヒルドをフルセイルにして核融合反応弾を使用し、加速プロセスに入ります」
ユーリは、ヴァーチャル・コンソールの操作をはじめた。
ワルターは、シルビアのほうを向く。その不機嫌に見える顔は、相変わらず睨みつけているようであるがシルビアは微笑みながら見つめ返していた。
「ガーンズバック調査官、本艦はこれより加速プロセスに入ります。ブリッジと居住区域はエナーシャル・キャンセラーで加重を1Gまで軽減しますが、それ以外の場所では十Gを越える加重がかかります。居住区域の船室にて、待機してください」
シルビアは頷くと、ダーナに微笑みかける。
「ダーナ王女、船室まで案内していただけるかしら」
ダーナは微笑み、頷く。
「では、こちらへ。シルビア調査官」

いつのまにか、美貌の女性が作戦室に立っている。
美しい青い瞳を、驚きで曇らせていた。
後ろに、護衛官らしい長身で頑強な身体のおとこを従えている。
そのとなりで、アグネスがひきつった顔をしていた。
ダーナが、軽く咳払いをする。
「ワルター艦長、ケン・ブラックソードには、わたしが後でよく言ってきかせます」
そして、ダーナは美貌のおんなのほうを向く。
銀河帝国の調査局長は、夜の闇のように漆黒のナイトドレスを身に纏っていた。胸元には金色に輝くフェニックスをモチーフとしたアクセサリィがつけられている。不死鳥は、明けの明星がごとくおんなの胸で輝く。
ある意味場違いともとれるそのスタイルは、見るものの違和感を消し飛ばすほどの美しさがあった。その場が帝国の宮廷だと思わせられるほどの、存在感と美しさを備えている。
美が強力な兵器のように威圧感を放つその調査局長を前にしても、ダーナ・ロキは少しも臆した様子をみせない。いつもどおりの、ナイーブな笑顔を浮かべていた。
「はじめまして、シルビア・ガーンズバック調査局長。わたしはソル星系国家惑星テラの王女、ダーナ・ロキと申します」
シルビアのサファイアのように青く輝く瞳が、大きく見開かれた。
「あぁ、ではあなたは、王族種なのね」
予想外の反応に、ダーナは少し眉をひそめる。けれどシルビアはダーナの答えを待たず、言葉を重ねた。
「カール・ハインツ・シュトラウス博士が、ケルダー星系の惑星ケルベロスで行った実験について書かれた論文は、幾つも読んだのだけれど。実際に、王族種に会ったのははじめてだわ」
ダーナは、苦笑を浮かべる。
「テラのロキ王家はもう二百年の歴史を持ちますので、実験という段階は通り過ぎてますが。でも今のテラが陥っている窮状からいえば、カール・ハインツ・シュトラウス博士の実験は、失敗だったといえますね」
憮然と言い放ったダーナの言葉を気にとめていないかのように、シルビアは微笑む。まるで宮廷での舞踏会で、王子にダンスを申し込まれた淑女のように。
そして、艶やかな笑みを浮かべたままシルビアは言った。
「ああ、そのことなら心配しなくてもいいわ」
あっけにとられるダーナを無視するように、シルビアは言葉を重ねる。
「わたしたちは、テラに散布されたデモンウィルスを除去可能なワクチンを提供できるわ。もちろん、帝都までわたしたちと一緒にきてくれたらだけれど」
ダーナは、呆然として呟く。
「ワクチンですって?」
シルビアは、不思議そうに小首を傾げる。
「あら、あなた王族種の未来決定能力を使って、こうなる前提で、わたしたちを助けてくれたんじゃあないの?」
シルビアは、何が可笑しいのかうふふと笑う。
「そりゃあ、びっくりだわ」
一同が唖然として美貌の帝国調査官を見つめる中、シルビアの後ろにいた護衛官が言葉を放つ。
「ガーンズバック局長、今のあんたは許容しがたいほど調子に乗ってるように、見えるんだが」
シルビアは身内からの突っ込みに、全く表情を変えない。
それどころか、楽しげな笑みを浮かべたまま護衛官の紹介をはじめる。
「ああ、あなたを皆に紹介し忘れてたわね。ごめんなさい。ダーナ・ロキ王女」
長身なだけではなく分厚く岩のように頑強そうな身体を持つその護衛官は、髭に覆われた顔に少し苦笑を浮かべている。
「おれは、銀河帝国護衛官ブルース・ブロディという。ダーナ王女、ガーンズバック局長のいささか礼を失っした言動を詫びよう」
「いえ、謝られるようなことは何も」
ダーナが戸惑った笑みを浮かべる。
シルビアも、少し憮然とした口調になった。
「そうよ。わたしは、てっとりばやく話を進めたいだけなのに」
「気にいらねぇな」
ケン・ブラックソードが不機嫌な声で、割ってはいる。
シルビアは花のように微笑みながら、問いかけの眼差しをダーナになげた。
ダーナが、ケンのほうに手をさし出す。
「彼は本艦の戦闘隊長、ケン・ブラックソード。あなたの、船を救ったのは実質彼ですわ」
シルビアは輝くような笑みを浮かべ、頷く。
「あら、お礼を言わなければならないようね」
ケンは、鼻で笑う。
「どうでもいいことに、時間を使うな。あんた、ワクチンがあるといったな。あんたら銀河帝国中央政府は、おれたちの忠誠に対する見返りとして、暗黒種族からの攻撃からおれたちを保護する義務があるはずだ。なぜ、ワクチンがあるのに配布されてないんだ」
「うーん、まあそうなんだけれど。ひとくちにデモンウィルスといっても、散布された瞬間からそれぞれの惑星で独自進化するから全部違う種類になるの。だから、ワクチンも散布された惑星単位に、個別のものを用意しないといけない」
シルビアは、少し困った顔になる。
「ウィルスの散布された惑星は、およそ百。百種類のワクチンを造る必要があるのだけれど、残念ながらひとつのワクチンを造るのに六ヶ月はかかってしまう。帝国は設備を増強してペースをあげようとはしてるんだけど、まだ無理なのよね。だから、わたしたちは帝国への貢献度に応じて、ワクチンの配布順序を決めざるおえない。現時点でワクチンが配布できたのは、二十の惑星だけ」
ケンは、皮肉な笑みをみせる。
「おれたちは、列の最後尾らしいな」
シルビアは、首を横に振った。
「あなた方は、わたしを救出してくれた時点で列の先頭に立つ権利を得たのよ」
ケンは、あざ笑うように口を歪めている。
「ただし、あんたらを帝都までつれていけば、って話だろ」
シルビアは、咲き誇る花のような笑みを浮かべて頷く。
「ええ。だってウィルスを届けないと、それに適応したワクチンが作れないから」
ケンは、鼻で笑う。
「それと、もう一つ気に入らないことがある」

ブリュンヒルドは既にテラへ向かって1Gの加速を開始していたため、作戦室も1Gの疑似的な重力が発生している。
ブリーフィングルームとしても使用される作戦室は、とても殺風景な部屋であった。
シンプルな椅子に腰を降ろしているワルターの前にあるのは、無愛想なワークデスクだけである。
その部屋に、最初に入ってきたのはダーナ・ロキ王女とケン・ブラックソードであった。
ワルターは立ち上がり、ふたりを迎え入れる。
ワルターはまず、ダーナ・ロキのほうを向く。
「姫さま、我らの艦にひとりの負傷者もださずに勝利できたのは、あなたのおかげだ。礼をいう」
ダーナは、にっと微笑むと親指をたてる。
いささか慇懃な態度の謝辞ではあったが、フギンの説教と帰艦後サーシャに怒られたあとであったせいかダーナは思わず涙ぐむ。
ワルターは、次にケン・ブラックソードをみた。
ふたりはしばらく何も言わないまま、睨みあう。
先に言葉を発したのは、ワルターだった。
「まず、報告してはどうか。戦闘隊長」
ケンは、無表情で敬礼をする。
「敵機八機撃墜、一機中破。当方の被害なし」
素人の部隊がなした戦果としては破格であり、奇跡ともいえる。
しかし、ワルターは失笑しただけだ。
「戦闘隊長、なぜおれの指示をまたずに、出撃した」
ケンは、失笑を返す。
「おいおい、おれたちは軍ではなく、もっと自律的に自己組織化された集団じゃあなかったのかよ」
「そういう話を、しているのではない」
ワルターは、憮然とした表情で語る。
「今はひとつの行動の結果が、血なまぐさい殺戮を生み出すこともある。その責を負うべきはおれたち老人で、おまえたち子供ではない。違うか?」
ケンは、声をあげて笑う。
そして、ぐいっとワルターを睨んだ。
「ふざけんな。あんたら大人が何考えてるかは知らんが、少なくとも火に飛び込まなくては火の海から逃げ出せはしねぇんだよ」
ワルターは、ケンの眼差しを真っ直ぐ受け止める。
「艦長、あんたの考えなんざ知ったことじゃあないがな、おおかた適当に戦ってうまいこと降伏してその場をしのごうとしたんだろ。それじゃあ、だめだ。本質的な危機状況を、打開できねぇ。これはチャンスだ。違うか?」
ワルターは、口を歪めて笑う。
「戦闘隊長、おまえの言うことが正しいとすればだ。おまえは、なんとしてでも敵機の攻撃をかわし、敵戦艦を撃沈しなければならなかった。しかし」
ワルターは、ダーナの方へ眼差しを投げる。
「敵艦を沈めたのは、そこの姫さまだ。どう思ってる、そこのところ」
ケンは、むうと言葉につまる。
つい、夢中になって遊んでしまったことは否定できない。
ダーナは、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「おまえのやった行動は、結果的にブリュンヒルドを危機に陥れ、姫さまの命も危険にさらした。違うか?」
「ケン、あんたお詫びとして、わたしのケツを舐めてきれいにしなといけないねぇ」
とんでもないことを言うダーナを、ケンとワルターは驚いた顔でみる。
ダーナは、にこにこと無邪気に笑っていた。
ケンは、額を押さえる。
「わかった。悪かったよ、おれが。確かに、心得違いをしていたのはおれだ」
ケンは、ぐっと顔をワルターのほうに差し出す。
「ワルター艦長、おれを一発殴ってくれ。おれの根性を、叩き直してくれよ」
ワルターは、一瞬あきれ顔になったがすぐ真顔にもどる。
「いいだろう、歯を食いしばれ」
ワルターはファイティングポーズをとると、鋭いパンチをケンに向かって放つ。
しかし、がつんとした衝撃を顎にくらい、膝をついたのはワルターのほうであった。
ケンが、ワルターのパンチに合わせて拳を出したため、クロスカウンターになってしまっている。
ワルターの顔色が、赤くなった。
「ケン・ブラックソード、いったいおまえ、何考えている!」
ワルターの怒声に、ケンは両手をあわせて頭をさげる。
「いや、反射的に手がでてしまった。本当に、申し訳ない。もう一回やり直そう」
ワルターのジャブが、ケンを襲う。
ケンがスウェイでかわし、ワルターの繰り出すコンビネーションを、上体をウェービングさせて紙一重でかわしてゆく。
「ケン、貴様」
「いや、ごめん。本能的な動作で、身体が勝手に」
「いったい、あなたがたは、何をやっているのですか?」