百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

 ハクたちは、第一層の最下部である十三階にたどり着いている。ダンジョンの一層は十三の階から構成されていた。ハクたちは時折狼型の魔獣や、ヘラジカ型の魔獣を狩りながら第一層の最下部にたどり着いている。
 めの前には、とても深い森が広がっていた。そこは昏く、邪悪な気配に満ちている。

「ではこれから第一層最下部のボス戦に、とりかかることにする」

 ジークの宣言に、ハクが問をなげる。

「層ごとに、階層ボスがいるということなのか?」

「そのとおりだ。これから、ここのボスについて説明する」

 ジークが、説明を始めた。

「第一層のボス戦は、比較的容易とされているので、軽い気持ちで望むといい。ニンジャ・ボーイ」

 ハクはとても信じられないと、肩を竦めたがジークは気にしたふうもない。

「ボスと戦うといっても、ボスは単体でいるわけではない。まず、彼の軍団を片付ける必要がある」

 ほらみろ、なんだかやっかいな話になるだろ、とハクは思う。

「とはいえ、心配するな。まず相手をするのは、百体ほどのダイアウルフだ。こいつらは数が多いだけで、あのベアウルフに比べると少しだけ格が落ちる」

 少しだけかよ、とハクはこころのなかで突っ込んだ。

「まあ、そいつらの相手はおれとオーフェするよ」

 ハクは少し驚くが、まあ魔法をつかえるオーフェミアがいればなんとかなるのかという気がする。オーフェミアは、ハクに頷きかけた。

「死を受け入れる思いがないところには、真理への愛はないの。わたしはいつでも、それを受け入れる用意がある」

 オーフェミアは、いつも通りの調子である。
 うーんとハクは思ったが、ジークが何も言わないので自分も黙っておくかと思う。

「それでだ、おれたちがダイアウルフの相手をしてる間に、ニンジャ・ボーイ、君がボス本体に迫ってくれ」

 ほらきた、とハクは思う。ジークは、言葉を続ける。

「ボスは、その側近によって守られている。ボスとその側近は獣人種で、基本的に死ぬことはない。彼らは、物理的攻撃に対しては不死身のアビリティによって、自動的に傷を修復する」

 ハクは、目を剥く。

「えっと、おれにどうしろと?」

 ジークは、笑みを浮かべる。

「意識を飛ばして、傷をつけろ。後は、ルビャンカの魔女殿が仕事になる」

 ルサルカは、嫣然と微笑む。

「綺麗に殺してほしいな、ニンジャ・ボーイ」

 ハクは、眉間に皺をよせる。また面倒くさそうなことを、言ってくれるものだ。

「ここのボスは、次の層での戦力となる。身体の損傷が激しいと、次の層での戦力が不足し君ががんばらないといけなくなるよ、ニンジャ・ボーイ」

 また、好きなことをいってくれるなと、ハクは思う。

「で、そのボスってやつは強いんだろ」

 ハクの言葉に、ジークは頷く。

「まあね、でも強いだけさ。特殊能力は、不死身だけだからね。ただ、側近に獣人族の魔導師がいるからね、こいつらは魔法攻撃をしてくる。ニンジャ・ボーイ、君には魔法無効化ができるから、平気だろう」

 ほんとかね、と思ったがハクは口にはしない。

「あと、獣人族の騎士がボスの周りにいる。こいつらは、身体能力がひとより数倍すぐれているから、剣士としてひとが勝てる相手ではない。気をつけたまえ」

 おいおい、どう気を付けろってんだよとハクは思う。

「ボスである獣人王は、その騎士よりさらに数倍強く、不死性もさらに高い。ひとであれば剣聖レベルの剣士が十人がかりで互角ってところかな」

 いや、おれひとりで多分剣聖以下だと思うんだけれど、これってゲームバランスバグってないかと、ハクは思う。

「ケインは、どうするんだ?」

 ハクの問いに、ジークが答える。

「君についていってくれるよ、君が死んだら死体を始末しないといけないが、そこはちゃんとしてくれる。心配するな」

 ケインは、どこか無邪気な笑みを浮かべている。 

「ご安全に、ニンジャ・ボーイ」

 うーんと、ハクは思う。この世界ではひとの命は大切にするといっていたが、おれについては除外されるようだと、思った。

 クラウス・フォーティンブラスはダンジョンの野営地に設営したテントで、兵站の設営をめぐる打ち合わせをしていた。いつもながら人材不足と物資不足はあたまのいたい問題だ。

 クラウスは相変わらず自分の好みとは程遠いリスク満載のプランを選択しようと、していた。突然、いやな気配を感じ後ろを振り向く。

 背の高い、異形のおんながいた。顔を白黒の市松模様でメイクし、さらに纏ったマントも白黒の市松模様だ。神の愛妾かと思うほどに美しいおんなであったが、似合いもしない道化の格好をしている。

 おんなは、身を屈めクラウスを覗き見た。まるで魔獣に魅入られているような気がして、クラウスは少し目をふせる。

「フォーティンブラス卿、聞いたわよ」

 クラウスは、ため息をつく。

「レイアティーズ閣下、卿は勘弁してください」

 異形の風体をしたレイアティーズは、野獣の笑みを浮かべる。

「では、クラウス。あんたも閣下は、やめなさい。それよりわたしの可愛い配下をひとり、殺されたそうじゃあないの」

 クラウスは、ため息をつく。

「ちゃんと、アルケミア金貨十枚もらいましたよ」

「お金の問題じゃあ、ないの」

 じゃあ、なんの問題だよクソがと思うが、もちろんクラウスは表情にも出さない。レイアティーズは、闇色の光をぎらぎら光らせながら語る。

「ひとり死んだら、ひとり殺すべきでしょうよ」

 流石にクラウスは、うんざりした口調になるのを止められない。

「おれたちの作戦はジーク殿下が最下層で魔王を殺して巨人の死体を手に入れたところで、そいつを横取りしてからジーク殿下を殺すってのじゃないですか? 一人殺したら、殿下は最下層にたどりつけませんよ」

 レイアティーズは、ふんと鼻をならす。

「デルファイからきたおとこは殺せなけれど、ジークは残った左手を奪ってから犯してやって許しを乞わしても、かまわないんじゃあないの」

 クラウスは、そいつぁいい趣味とはいえませんなというのを辛うじて思いとどまる。

「何あんた、それはいい趣味じゃないとでもいいたいの?」

 レイアティーズの言葉に、クラウスは苦笑する。そういえばレイアティーズは魔法で身体をおんなのそれに変えたときくが、男性器はそのまま残したとも言われていた。なるほど、殿下を犯すつもりなのかと妙に感心する。

 黙り込んでしまったクラウスに、レイアティーズは舌打ちした。

「で、ジーク御一行はどうしてるの」

「まずは第一層の、ボス戦にとりかかるみたいですね」

 レイアティーズは道化の顔に、大きな笑みを浮かべる。それは、残忍な野獣の笑みであった。

「じゃあ、わたしもそこにいくわよ」

 クラウスは、冗談だろと思う。補給路と兵站の状態から考えて、そんなところにレイアティーズを送り込む余裕はない。

「何をなされるんです、クランマスター」

 ひひっ、とレイアティーズは少し道化らしい滑稽な笑みを浮かべる。

「嫌がらせをしにいくに、決まってるじゃあない」

 クラウスは、うんざりした顔になる。レイアティーズは、クラウスを睨んだ。

「なんとかなさい、それがあんたの仕事よ、作戦参謀。できないってんなら、あんたから犯すわよ」

 はぁ、とクラウスは吐息をつく。

「おおせのままに、クランマスター」

 ああ、廃棄処分になって異世界にきたわけか。ハクはそう思い、なぜか笑えてきた。ルサルカは、少し不思議そうにハクを見る。

「今の境遇は、不満かな?」

 ハクは、首を振った。

「いや、それなりに楽しんでる」

 まあ、ジークのことをとやかく言えないかと思う。

「ついでに訊いておきたいことが、いくつかあるんだが」

 ルサルカは笑みを浮かべて、頷く。

「なんでも、どうぞ」

「ダンジョンには、寄生虫型魔獣がいるというが。ルサルカ、あんたの魔法の原理は似たようなもんだろ」

 ルサルカは少し、ほぅという顔をする。

「ニンジャ・ボーイ。君は、カマキリを知ってるかな?」

 ハクは、苦笑する。

「もしかして、線虫の話かな」

 ルサルカは、ハクの答えに頷く。

「カマキリの中にいる線虫は最近の研究で、カマキリの遺伝子を自分の都合がいいように変えていることがわかった。わたしが扱えるのは、にんげん向けの線虫と思ってくれ」

 ハクは、うんざりした顔をする。

「狂ったボリシェビキがひとの脳内に人工的に造った線虫を埋め込む実験を、したわけだ」

 ルサルカは、楽しげに頷く。

「カンパニーではシベリアン・ワームと呼ばれている線虫を、ボリシェビキはわたしの脳内に埋め込んだ。そいつでひとの脳を白痴のサヴァン化して、スーパーコンピュターを凌ぐ演算処理能力を与えようとしたんだ。その結果わたしは死んで蘇った。超高性能人力コンピュータとしてね」

 なるほど、ルサルカはシベリアは自分の中にあるといってたが、そういう意味なのかと思う。

「多分、キラ・パイセンは、あんたがひとであったときの仮想人格モジュールなんだろ」

 ルサルカは、頷く。

「そうだよ。キラ・メイエルホリドが、わたしのひとであった時の名前。キラは、わたしの懐かしくもない過去。まあ、優しく扱ってやってくれ」

 ハクは、ため息をつく。

「あんたはひとというより、シベリアン・ワームが演じているひとのようなものというわけだ。そしてシベリアン・ワームはダンジョンの寄生虫型魔獣を、殺すことができる。さらに、シベリアン・ワームはあらゆる魔獣に入り込み、そいつをあんたの思いのままに操ることができる」

「概ね正解、なんだけどね」

 ルサルカは、ため息ををついた。

「肝心の魔王を、操ることはできないんだ」

 ハクはなぜかその言葉に少し嫌な予感を感じたが、取り敢えず深く考えないことにする。

「もうひとつ聞きたいんだが、デルファイというのはなんだ」

 ハクの問いに、ルサルカはシンプルに答える。

「わたしたちの、世界のことさ」

「デルファイからきたら、どうなんだ」

「デルファイからきたものは魔法を無効化できると、ここでは信じられてる」

 ハクは、驚いた顔をする。

「あんたはどうなんだ、ルサルカ」

「わたしは、死んでるから対象外だ」

 なるほどと、ハクは思う。おれが死んだことにならないのは、おれの中で元の身体の持ち主が眠ってるからか。

「君はまだ目覚めていないが、ある程度の魔法無効化はすでにできてるよ、ニンジャ・ボーイ。君は、竜の首を斬ったろう」

 ハクは、頷く。

「あれは、魔法を無効化できているからだ。魔法が活性化していれば、竜は斬られてもすぐに再生する」

 ふむ、とハクは思う。

「それでおれに魔王を斬らせようと、考えてるわけだな」

 ルサルカは、明るく笑う。

「魔王は、魔法の塊みたいなものだから、君は魔王の天敵といえるね」

 ハクはようやく、自分がここにいる意味を知ることができたと思う。