百夜百冊

百夜百冊

読んだ本についての。徒然。

狼の伝説

つげ忠男

 

夕暮れで濃い灰色に染まった街道に、銀色の針となった雨が降り注いでいる。

フード付きのマントで身体を覆ったそのおとこは、足早に街道を歩いていた。
急げば日が沈みきる前にアインツベルスの街にたどり着くと思っていたが、おとこはふともういくら頑張っても夜にならなければ無理だと気がつく。
その考えがこころに浮かんだとたん、何か全てが億劫になった。
道端に大きな切り株があることに気がついたとき、そこに腰を降ろすのはもうほとんど無意識の動作であったといっていい。
おとこは切り株に腰をおろし、フードを取り払うと頭上を見上げる。
大きな木の枝が幾重にも重なり、雨を防いでいた。
雨の中を歩いているときにはなぜかそれほど感じなかったが、こうして雨宿りをすると意外に空から降る銀の針で体温と体力を奪われていたことに気がつく。
おとこは、ふうとため息をつき腰から煙管を抜いた。
金属製の長い煙管を咥えると、腰につけた物入れから煙草を出して火皿につめる。
フリントで、火種をおこし火付け棒で煙管の煙草に火を入れた。
ほう、と紫煙を吐きながら、贅沢だなと思う。
はるか西方のアルケミア近くに住む部族から伝わった煙草は、普及しているとはいえそれなりの贅沢品であった。
煙草の葉は血止めの効果もあるといわれ、従軍していた時には携帯食料や水と一緒に支給されたものだ。
そのときに身についた悪癖を、未だ絶つことがかなわない。
そんなとりとめのないもの思いに耽っていたおとこは、突然ぎょっとして立ち上がり振り向く。
誰もいないと思っていた森の中から、ひとりのおとこが歩み出してきた。
おとこは、手を伸ばせば届くところまでひとが近づくのに気がつかなかったとは、なんとも迂闊すぎると思う。
自分が今、死んでいたとしても文句がいえないほどの迂闊さだ。
森の中から現れたおとこは、少し会釈する。
「驚かして、すまないね」
夕闇の中、黒い影に覆われたそのおとこはわびをいれる。
「火を、貸してもらいたいんだが」
おとこは、頷いた。
もし森の中からきたおとこに害意があれば、自分はとっくに死んでいたはず。
今更警戒してもはじまらないと思い、もういちど火種に火付け棒を突っ込み森の中からきたおとこに渡す。
森の中からきたおとこは、火付け棒を受け取った。
ぼうと、微かな明かりが森の中から現れたおとこを照らす。
銀色の長い髪を頭の真ん中でわけおり、その銀髪の間に浮かび上がった顔は深い皺がいくつも刻まれている。
初老、とまではいかないだろうが、結構な年かさのようだ。
少なくとも自分より十は上だと、思う。
年かさのおとこは、木製の煙管を出して煙草に火を入れようとする。
おとこはその煙管を持つ手を見て、息をのんだ。
年かさのおとこは、独特の形状をしたガントレットを手につけている。
おとこは、火付け棒を返してもらいながらある疑いをもった。
その疑いは、あっというまに確信にかわりおとこは年かさのおとこから目をそらす。
そのガントレットは、手甲に二本のナイフが仕込まれており手首のひねり方次第で発条を使い、刃が飛び出すようになっている。
ウルフファングと呼ばれる、ガントレットであった。
そのガントレットを使う傭兵を、おとこは知っている。
その傭兵は、「狼」と呼ばれていた。
おとこが「狼」にはじめてであったのは、まだほんの餓鬼であったころだ。
「狼」は、彼のことをキッドと呼んでいた。
結局おとこはそのキッドというとおり名を、そのまま使い続けている。
「狼」は、静かに紫煙をはきながら、キッドに語りかけた。
「兄さん、そこはだめだよ」
キッドは、はっとして「狼」のほうを見る。
「狼」は、煙管の火皿を赤く輝かせながら言葉を続けた。
「この街道は、時折馬車がとおる。その切り株の前には、おおきな水たまりがある」
「狼」は皺が深く刻まれた顔に、笑みのような歪みを浮かべた。
「そこにいると馬車が通ったときに、あたまから水をかぶることになる。おれはさっき水をかぶって火種や火付け棒をすっかり湿らせてしまった」
キッドは、思わず苦笑しこころの中で呟く。
らしくないな、あんた「狼」なのにひとの心配をするなんざ、まったくらしくないぜ。
キッドの苦笑をどう受けとめたのか、「狼」はゆっくりうなずいた。
「まあ、好きにすればいい。おれは向こうにいく」
「狼」は、再び森の中へもどり闇へと溶け込んだ。
キッドは、またひとりとなる。
そして、もの思いに耽った。
思いは、過去の記憶へと沈んでいく。

それは、血のように赤い夕陽が世界を燃え上がるような真紅に染め上げていた日。
その日キッドはその呼び名の通りまだほんの、子供であった。
キッドは、「狼」の背中に向かって叫んだ。
「おれもあんたと一緒にいくよ、連れて行ってくれ!」
「狼」は振り向くこともなく、鋼のように冷たい声で言い放つ。
「だめだ。おまえは、ここに残れ」
「なんでだよ」
キッドは、振り絞るように叫んだ。
「なんでだめなんだよ、連れて行ってくれ、狼!」
「だめだ」
「狼」は、重く宣告を下すように繰り返した。
「おまえは、ここに残れ」

キッドがその馬車に気がつかなかったのは、あまりに深く記憶に沈んでいたせいか。
はっと顔をあげると、もうその二頭立ての馬車が目の前まできていた。
キッドが腰をおろした切り株の前で、馬車は少し揺らぐと盛大に水を跳ね飛ばす。
「狼」が忠告したとおり、キッドは頭から水を被った。
おそらくは「狼」がそうであったように、煙草も火種もすっかりしけってしまう。
誰が悪いかと言えば間違いなく間抜けな自分であるはずだが、キッドは無性に腹がたった。
キッドが道端の石を拾って馬車に投げたのは、もののはずみであったと、いえる。
八つ当たりの石が馬車の後部にぶつかったのは、運が悪かったというべきか。
少し車輪を軋ませながら、馬車がとまった。
結構つくりの立派な馬車であるから、おそらく貴族の乗り物だろう。
キッドは立ち上がると、ベルトに煙管をさし腰に吊したロングナイフに手をかける。
馬車の御者が、ゆっくりと降りてきた。
マントで身体を覆ってはいるが、精悍な若い男であることは動作の機敏さで伺いしれる。
キッドのロングナイフは鉈のように肉厚で、山刀として使えるほど丈夫であった。
よく使い込み、身体の一部かと思えるほどの武器である。
手に馴染んだ武器を持ってさしで戦えば、そうおくれをとるとは思わない。
御者は、マントを半分ひらき腰に吊した銃をみせる。
西方の大国、オーラの兵士が使う雷管銃であった。
雨で火薬が湿気ることはない、精密で頑強な造りの銃である。
万が一にも勝ち目はない、そう思わせる死の気配がその銃にはまとわりついていた。
御者は、鋭くかつ多少事務的な口調でいう。
「詫びをいれろ。そうしたら、見逃す」
不敬罪を、問われているということか。
キッドは道端に唾をはくと、ロングナイフの柄に手をかけた。
自分の馬鹿さ加減に、ほとほと呆れる。
まあでも、くだらない人生であったのだから。
こういうくだらない終わり方が、お似合いだろうと思う。
御者は侮蔑したようなため息をつくと、腰の銃に手をかける。
「やめろ」
馬車の中から、重々しい声が響いた。
「日が暮れきる前に、宿場へいくといったろう。無駄なことに、時間をつかうな」
「すぐ済みますよ」
御者は、本当に一瞬で片を付けるつもりにみえた。
キッドは、冷や汗が背中を流れるのを感じ、苦笑する。
「おまえは、森の中から獣の気配が漂っているのに気がつかないのだな」
馬車の中から響く低い声には、何か畏敬の気持ちが混じっている。
御者は、はっとなりキッドの背後に目をやった。
キッドは御者から目を逸らさなかったが、カチリというウルフファングから刃が飛び出す音をきく。
御者は、微かに舌打ちするとさっと身を翻し馬車にもどった。
再び車体を少し軋らせた馬車は、雨水を跳ね散らしながら走り出す。
キッドは、振り返った。
そこには薄闇の中で幽鬼のように佇む、「狼」がいる。
残月のように仄かな儚い光を放つナイフが、ガントレットから突き出ていた。
キッドは、呆れたようにつぶやく。
「なんでだよ、あんた関係ないだろう」
「狼」は、皺に覆われた顔に笑みのようなものを浮かべる。
「まあ、火を貸してくれたからな」
キッドも、思わず笑みを返した。
「狼」に牙を剥く理由を問うのは、愚問であったと思う。
かつて、いつも分の悪い戦いに挑んでは傷ついて血塗れになる「狼」になぜと問うたことを思い出す。
そのとき「狼」は、こう応えた。

普通に生きてると、何もかもが希薄になって息苦しい。
戦って、血塗れになっているときだけだ。
満足に息ができるほどに、空気が濃くなるのは。

そう。
「狼」にとって戦うことは、息をするのと同じこと。
理由など、どうでもいいのだ。
そこに戦いがあるのなら、「狼」は身を投じることになる。
「狼」は、キッドに向けて軽く会釈した。
「じゃあな、兄さん。おれは、そろそろアインツベルスへ向かうよ」
そう言い終えた「狼」は、ふらりと踵を返し雨と闇へ消えようとする。
キッドは急に狂おしい気持ちにとらえられ、叫んだ。
「狼!」
ぴたりと、「狼」は歩みを止める。
「なあ、あんたぁ狼なんだろ」
ゆらりと、身体を少し傾げるようにして「狼」はふりかえった。
その顔には、なんの表情もない。
今にも闇の中へ消え去りそうに思えるほど、その気配は希薄になっている。
気配の薄さにキッドはぞくりとしたが、言葉は続けた。
「おれを、覚えていないか。ほら、あんたと一緒にアインツベルスで暮らしていたキッドだよ!」
もう十年前のことであるばかりか、あのころの自分はほんの餓鬼だったから、「狼」は忘れ去ったかもしれないなとキッドは思う。
雲が月の表面を通り過ぎるように、「狼」の表情が変わっていく。
「キッド、おまえキッドなのか」
「狼」の吐いた言葉は、予想外に間抜けな言葉だった。
「おまえ、随分でかくなったな」
キッドは、苦笑する。
「そりゃあ、十年もたてばな」
「狼」は、少しだけ苦しそうな目をした。
「キッド、おまえ堅気にならなかったのか」
キッドは、思わず鼻で笑った。
「なんだよ、そりゃあ。おれは、そんな生き方知らねえよ」
「狼」は、それはそうかというように、ため息をつく。
「なあ、狼。おれはあんたについていくぜ。あんたは、あんときみたいに」
キッドは、狼の目に少し悲しみのような痛みのようなものが漂うのを、感じた。
「おれを拒絶するのか」
「狼」は、あきれたように乾いた笑い声をたてる。
「好きにすればいい。おまえはもうおとなだ、キッド」
「狼」はそう言い終えると、ゆらりと雨の中に向かって歩み出す。
 

 

スクラップ学園

吾妻ひでお

 

山形浩紀氏が、ギブスンについてTwitterでこんなことをいっている。

@以下引用
ウィリアム・ギブスンの、「スプークカントリー」と、同じシリーズの最終作で未訳の「zero history」を読んだけど……なんか全部同じなのね。それを言うならもう「あいどる」の頃から、いやそれ以前「カウントゼロ」からホンッと全部同じ。

アートスクールにいそうな女子が、謎の金持ちに謎の捜し物を頼まれて、いろんな人がそれをめぐり蠢くんだけれど、結局その謎の捜し物は死ぬほどどうでもいいもので、さらに見つかって何か起こるわけではなく「じゃあまたね」で終わるだけ。
@引用終わり

なるほど、「あいどる」と「パターン・レコグニション」見分けがつかなかったのはそういうことかと思ったのだけれど。
しかし、これはどこかできいたようなと思い。
そうか、おれの書くものって、全部これじゃあないのかと気がついた。
「星よりきたりしもの」も、「土曜日の本」も、「虎よ、世界の終わりをみよ」も大体そんな感じの話といって差し支えないのではないだろうか。
ああ、自分はギブスンだったのかと思いつつ、でもこれにはなんとなく源流があるような気がしてたどっていったわけだが。
結局、吾妻 ひでお氏の「スクラップ学園」ではないかと思いいたった。
吾妻 ひでお氏がいなければ萌絵というものは存在せず、コミケも今のような形になることはなかっただろうというひともいる。
ある意味、彼はサブカルチャの方向性を決めたひとであったともいえるし、そのひとつの完成形が「スクラップ学園」wではないかと思う。

「いろいろあってオチ」

吾妻 ひでお氏は、そういう。
世界では色々おこって、混乱が発生する。
そして、主人公の少女はその中心にいるのだが、彼女は飽きっぽくたいていのことは途中で投げ出すので、世界を変容させることも、物語を駆動することもない。
いうなれば、空なる中心を持ちながら変容し崩壊していく物語なのだといえる。

のちに、ライトノベルの世界には「なろう系」といわれる作品群が出現し席巻することになる。
「なろう系」では、世界がゲーム化し主人公である転生者は、世界の中を観光者として旅していくことになる。
ある意味、「スクラップ学園」はその先駆的な作品でありながら、その一歩先をいっていたように思える。
世界は変容し崩壊することで、「なろう系」よりもさらに先鋭的な世界を実現していた。

彼は孤高であり、最初にやってきた最後のひとであったのだと思う。

吾妻 ひでお氏は、2019年10月13日に永眠された。
謹んで個人の冥福を、祈ります。

 

その窓の向こうには、大きな湖が広がっている。
秋のどこか心地よく乾いた空気の中で、その湖は空の夕陽を受け真紅に染まっていた。
鏡面のように、凪いで静かに澄み渡る湖面は生命そのものを燃やして輝いているかのような夕陽を写し血を湛えているかにみえる。
そして、その湖面に真紅を与えている空はといえば、本当に燃え盛っているかのような炎の色をみせて輝いていた。
それは、どこかひとのこころを魅了しつつも、世界の終わりを目のあたりにしているかのような不安をもこころに植えつける色である。
「やめておくれ、わたしはそんな景色は嫌いなのだよ」
陶器のように白い肌、そしてミルクを流したように白い髪を持つ少女は、ルビーを埋め込んだように紅い瞳を輝かせながら眉を顰めてそう言った。
もうひとりの、魅入られたように輝く夕陽を見つめていた少女は同じようにアラバスタのような白い肌を持っているが、その瞳はサファイアのように青い。
青い瞳の少女は、桜色の唇に薄く笑みを浮かべると、紅い瞳の少女に応える。
「どうしてですが、お姉さま。ほら、こんなに世界を美しいというのに」
青い瞳の少女は、彼女とそっくりな顔をした姉の言葉に逆らうように、燃え上がる夕焼けを見つめつづける。
「ああ、やめておくれ。わたしは、嫌いなのだよ。それに、ほら」
少女は爪の先まで骨のように白い指を、窓の外へと向けた。
赤い空に落とされた黒い墨のような、影が飛んでいる。
その姿は、大きな黒い鳥のようだ。
それは一羽だけではなく、幾羽も幾羽もあとに続いてきた。
「ごらんなさい、とうとう死の鳥たちがやってきたわ」
青い瞳の少女はどこか残酷な風に唇を歪め、頷く。
「いよいよ、滅びがはじまりますよ、お姉さま。でもそれは、寿ぐべきことではありませんか」
赤い瞳の少女は儚げな色をその顔に浮かべると、いやいやとするように首をふった。
「ああそうなのだろうね。この世は深き鉄の牢獄、そこから私たちは解き放たれるのだろうけれど。それでもいやなのだよ、妹よ」
「ああ、お姉さま」
青い瞳の少女は姉の言葉を無視するように、喜びの笑みを浮かべると眼差しを窓の外へ投げる。
「はじまりますよ」
燃え上がる赤い空を横切る黒い鳥たちは、その腹から火の塊を落としてゆく。
おとされた炎の塊は、湖に大きな水柱をあげると、轟音を響かせた。
そしてその炎の塊は、次第に彼女たちのいる窓へと迫っている。
「さて、そろそろわたしたちは行かなければ、なりません」
「そうだね、妹よ」
白い長衣をまとい白い髪を靡かせたふたりの少女は、夜空で月が雲に隠れるように部屋の奥にある暗がりへと入り込む。
それでも白い少女たちは、朧月のように闇の中で輝いてみえた。
ふたりは部屋の奥にあるクローゼットを開くと、その中へと入ってゆく。
衣服の連なる森のようなその中を進むと、突然ストンと穴へ入り込んだ。
ふたりは、螺旋のようにのたくる穴を滑り落ち、ぽとりとその部屋へ辿り着く。
あの黒い鳥たちが吐く炎が落ちているのか、時折轟音が響き部屋の床が震えた。
まるで巨獣の体内で、その鼓動を聞くかのようだと思う。
ふたりの白い少女は、夜に降る雪の結晶みたいにその姿を輝かせ部屋の奥にある幕を開いていった。
そこには微かな光が差し込んでおり、山羊の頭をもつ巨人像が照らしだされている。
「はじめましょうか、お姉さま」
「はじめようか、妹よ」
青い瞳の少女は、巨人の手にしている刀を手に取った。
ふたりの少女は、互いに身につけている長衣を脱ぎさり、白百合の花びらにも似た裸身をさらけだす。
青い瞳の少女は、すらりと刀を抜き放つ。
「ああなんて美しいのでしょう、お姉さま」
紅い瞳の少女は、妹の言葉に頷いてみせる。
「ああ、美しいね。白百合丸は」
その刀には、白い花びらを散らしたように、白い刃文が踊っていた。
その刀はまごうかたなき死の静謐を秘めていたが、その繊細な美しさはあたかも美少女のようである。
ふたりの少女は裸の胸と胸を合わせると、溶け合おうとするかのようにしっかりと抱き合った。
まるで元々ひとつのものであったものが、分け隔てられていたのを再びもとのひとつに戻ろうとしているかのようだ。
ふたりの少女は互いの吐息を浴びながらその頬と頬を、そして、胸と胸を、その足と足をしっかりと合わせている。
青い瞳の少女は白百合丸の刀身を手にすると、姉の背中に突き刺した。
紅い瞳の少女は、ふうと息を吐き出し、陶酔するように目を閉じ眉間に皺をよせる。
そして刀身は、青い瞳の少女の胸に届き、純白の肌を真紅の血に染めながら少女の体内へと侵入していく。
ふたりは刀に貫かれながら、ひとつの全きものへと変化したような気持ちになる。
ふたりの足元には、真紅の血が湖のように広がってゆく。
それは、命そのものを燃やしているかのように紅い水であった。
ゆっくりと虚像が動き大きな角を生やした山羊の頭を、ふたりの少女によせる。
「おまえたちの捧げた贄は、確かに受け取った。では何が望みであるか」
青い瞳の少女は悽愴に顔を歪めつつ、しっかりとした声で言い放つ。
「わたしたちは、この世の理の外へゆくことがのぞみでございます」
「いいだろう」
山羊の頭は、少し笑ったように見える。
そしてふたりの少女に口付けるように、吐息を吹きつけた。
とたんにふたりは、白百合の花びらとなり真紅の海へと沈んでいく。