ユーリ・ノヴァーリスは、ブリッジで操舵レバーを握っている。
パルシファルの減速プロセスは、もう最終段階にはいりつつあった。
ブリッジの全天周スクリーンは、天頂付近に惑星セルビアが映し出されている。それは、青く美しい星であった。
惑星全体が、海に覆われているときく。その星は、サファイアの輝きを漆黒の宇宙に放っている。ユーリは、セルビアの輝きを美しいと感じられるほどに自分の気持ちが落ち着いていることを不思議に思う。
ブリッジは、これからはじめて行う暗黒種族との戦いに向けて、はりつめた緊張感に満ちていた。ユーリの隣、砲手の席に収まっているダーナ王女はどこか不機嫌そうな顔で武装のチェックを行っている。
その姿に少し恐怖を感じるユーリではあったが、それでもこころはそこまで乱れることはない。そうした落ち着きは、パルシファルとシンクロするようになってからユーリに訪れるようになった。
何か感情の一部が麻痺しているような、不思議な感覚でもある。とりあえずユーリは、そのことを深く考えないようにしていた。
ブリッジの奥にある艦長席には、いつものようにワルターの姿がある。
ワルターのそばには、ティーク執務官の姿があった。その姿は実体ではなく、ホログラム映像である。ティークの身体は、CICの王陛下と共にあるはずだ。ユーリの耳に、ティークとワルターの会話が入ってくる。
「あれから暗黒種族についての情報を、検索してみたのだが」
ワルターは、凶悪な輝きを放つ目をティークに向ける。
ティークは、ひとを殺せそうなその眼差しを気にすることなく、言葉を続けた。
「暗黒種族は精神波で攻撃をしかけてくるので、魔導師を随伴しない艦隊が暗黒種族と戦うのは自殺行為だと書かれていたのだが」
ワルターは、あからさまに呆れたという顔をする。
そして、今ごろそれを言うのかという目でティークを睨んだ。
ティークは気にすることもなく、ワルターに笑みを投げかけていた。
ワルターは不機嫌そうに、鼻をならす。
「そういうことは、作戦参謀に質問したまえ」
「まあ、そうなんだが」
ティークはワルターに、少し困惑したような顔を向ける。
「王陛下は、おれがいるから心配するなとしか言わないんだよ」
ワルターは、その言葉に頷く。
「作戦参謀の言葉は、正しいよ。ティーク執務官」
え? という顔でティークはワルターを見る。ワルターは、憮然とした表情で言葉を続けた。
「王族種に、暗黒種族の精神波攻撃は通用しない。そして、王族種の乗る船全体に精神波に対するレジスト効果は波及する。そもそも、カール・ハインツ・シュトラウス博士が王族種を生み出したのは、暗黒種族に対抗するためとも言われる」
ワルターはそんなことも知らんのかという目でティークを見ているが、ティークは気にする様子はなく素直に頷いている。
ワルターは、あきらめたような調子で言葉を続けた。
「暗黒種族の精神波攻撃は、ようはデーモンとのシンクロと似たようなことを引き起こす。だから、優秀なパイロットほど、攻撃の影響をうけやすい。ブリッジには、姫殿下がいるからまず大丈夫だ」
ユーリはワルターとティークの会話を聞きながら、かつて学校で受けた授業を思い出す。ユーリたちが船に乗るようになってからは暗黒種族がソル星系内まで遠征することは無くなっていたため、暗黒種族と遭遇したことはない。
しかし大人たちの大半は暗黒種族との戦闘を経験しており、戦闘時のノウハウは受け継がれている。暗黒種族の精神波攻撃のことは聞かされており、その対策がなされていなければ間違いなく勝ち目はない。
テラ艦隊が連邦艦隊と戦闘できたのも、連邦艦隊が魔導師を随伴していなかったためだ。もし魔導師が艦隊に随伴していれば、テラ艦隊は戦わずして敗北していた。
だが、魔導師は連邦艦隊にとって貴重な存在なので、暗黒種族との最前線から離れることはまずない。人類同士の戦いに魔導師が繰り出されることは、ほぼなかった。だから、そうした精神攻撃はユーリたち子供たちにしてみればまるきり未知の世界である。
ユーリは授業で受けた暗黒種族の精神波攻撃について、記憶をたどってみた。それは気がつかぬうちにこころを浸食してゆくと、いう。そして攻撃を受けたものは、夢の中に取り込まれ自力でその夢からでるのは不可能と聞いた。
「心配することは、ないよ。ユーリ航海士」
ダーナの声に、はっとユーリは我にかえる。ダーナは、いつもの不適な笑みをみせていた。
「わたしがここにいるかぎり、暗黒種族の精神波攻撃がここに届くことはないから」
ユーリは、ダーナに笑みをかえす。ダーナは、白い歯をみせにっと笑う。
ユーリは気をとりなおし、操舵レバーを握ると前をむく。そこで見たものにユーリは驚愕し、思わず声をあげそうになった。