‟99年、久しぶりに再会したマスード派のヘリコプターのパイロットが、
「いつまでも戦いが終わらないような野蛮な国に、
どうしてまた来たんだ」
と いつになく声を荒げていった。
そして、
「おれたちは戦争のなかで育ち、勉強する機会もなかった。
学んだのは、戦い方だけだ」
と言葉を重ねた。
勇敢ともいわれる彼らの心の底を 垣間見たような気がした。
戦いで苦しみ、悲しむのは 彼ら自身なのだ。”
(長倉洋海【著】
『アフガニスタン 敗れざる魂 ~マスードが命を賭けた国~』
2002年、新潮社、19-20頁)
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☆「日本人まだ生きてる」襲撃犯叫んだ後、中村医師に3発
☆中村医師 若者数人が襲撃か 言葉にパキスタンなまり
☆「中村さんのこと」
(ジャーナリスト西谷文和氏
「イラクの子どもを救う会ブログ」より)
☆新たに浮上した中村哲医師を襲った「真犯人」
☆大竹メインディッシュ【12月6日ゲスト 鎌田實】
(12月13日夕方まで配信)
☆脱貧困へ井戸1600本整備 中村哲医師 死亡
☆「生きておれ。病は後で治す」 中村医師は井戸を掘った
中村哲医師はじめ、
今回の銃撃の犠牲に遭われた方々の死を
心の底から悲しみ悼みます。
犠牲者の方々はじめ多くの方々が
これまで築いてきた用水路や井戸が、
死の商人や戦争によって壊されずに、
むしろ、
貧困や紛争などの不幸や悲劇を
くい止める歯止めや支柱や守護神として
永く生き続ける事については、
祈ってやみません。
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【予告篇】
ヴァンダナ・シヴァのいのちの種を抱きしめて
20世紀中に種子の94%が消滅、
種子の多様性が失われている
/映画『シード ~生命の糧~』予告編
ドキュメンタリー映画
『種子―みんなのもの?それとも企業の所有物?』
予告編
PHC Film:土は生命体
FFTV アマゾン熱帯林火災と日本
〜誰がアマゾンを燃やしているのか?
ゲスト:印鑰智哉さん
(日本の種子(たね)を守る会)
映画『レイチェル・カーソンの感性の森』予告編
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私たちの税金が、
モザンビークの農民の生活を奪う結果に
使われている可能性 NGOが警鐘
20190904 UPLAN
国連「小農権利宣言」「家族農業10年」を受けて
考える 日本の開発援助とアフリカ小農
〜モザンビーク、プロサバンナの事例から
20190221 UPLAN
西尾正道・木村-黒田純
「ネオニコチノイド(農薬)&
トリチウム(放射性元素)
複合汚染問題」
菅原文太代表挨拶
@ネオニコチノイドなど
浸透系農薬に関する研究発表(2014.06.25)
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日米貿易協定「自給率が死語に!」
鈴木宣弘11/28 参院・外交防衛委員会
「日米貿易協定」内田聖子・参考人
11/28 参院・外交防衛委員会
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〈【前ページ(7-⑩)】からのつづき〉
【関連記事】
☆【19-①】「アメリカ式農業モデル」《「開発」の世紀》 ――【監視-AI-メガFTA-資本】――
☆【19-②】アメリカ型大量生産方式【2】~【監視-AI-メガFTA-資本】~
☆【19-③】アメリカ型大量生産方式【3】 ~【監視-AI-メガFTA-資本】~
☆【7-③】《経済成長/GDP》と《自然環境破壊》と《グローバル化&自由貿易》と
☆【16-1】ヴァンダナ・シヴァ《生命の収奪》批判と会計 ~監視社会-AI-メガFTA-資本~
☆【16-2】V・シヴァ《生命の収奪/biopiracy》批判~監視社会-AI-メガFTA-資本~
☆【16-3】ヴァンダナ・シヴァ《開発と経済成長、資本主義の勃興と、その技術的構造の隠れた歴史》
☆【16-4】資本に徴発される《近代技術の二極化/ダブル・スタンダード》
☆【16-5】産業化開発モデルvs糸車 ~依存破壊経済か?自立の経済か?~【資本とテクノロジー】
☆【16-6】〈緑の革命⇨バイオテクノロジー〉と《成長経済型販路確保策と根源的独占》
☆【16-7】「価値」考 ~インド伝統農業に降りかかった《根源的独占》~【AI-メガFTA-資本】
※色彩・フォント拡大・太字・下線による強調は引用者。
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“ロックフェラー財団の農学者の目には、
第三世界の農民と科学者は
彼ら自身の農業を改善する能力をもたない と映った。
彼らは
生産性向上の解決策は アメリカ型の農業システムにあると考えた。
しかしながら、
アメリカの農業モデルの押し付けは、
第三世界やアメリカ国内で批判を受けずには すまなかった。
メキシコの試験場事務所のエドムンド・タボアダ所長は、
インドのK・M・ムシンと同じく、
生態的にも社会的にも適切な研究戦略は、
小農民の積極的な参加なしには生まれないと主張した。
科学研究は
その成果を応用する人々を考慮しなければならない……。
おそらく発見がなされるのは実験室、温室、試験場においてであろうが、
有用な科学は、すなわち応用し、使いこなせる科学というのは
小農民、共有地、地元の共同体の……地元の実験室から現れるはずである」。
【E Taboada,
quoted by Gustava Estava
in 'Beyond the Knowledge/Power Syndrome:
The Case of the Green Revolution',
paper presented at UNU/WIDER Seminer,
Karachi,January 1989,p.19】
小農民と科学者は一緒になって、
小農民の田畑でも再生することができる「クリオロ」種子
(自然交配による土着品種)の質を高める方法を探求した。
しかし、
1945年頃には、
メキシコ農務省の特別研究局は、
ロックフェラー財団の資金と管理のもとに、
土着の研究戦略をないがしろにして、
メキシコにアメリカの農業革命を輸入し始めた。
1961年に、
ロックフェラー財団の資金をもらったセンターは、名前を
国際トウモロコシ・小麦改良センター(CIMMYT)に変えた。
アメリカの戦略は
メキシコで練り直されて、
第三世界全体に「緑の革命」として入ってきた。
アメリカの農業モデルは、
その非持続可能性や高い生態的コストが度外視されたままであり、
あまりうまくいっていなかった。
化学肥料、大規模な単一栽培、集約的で徹底した機械化は、
アメリカの大草原の肥沃な耕地を
30年も経たないうちに砂漠に変えてしまった。
1930年代のアメリカのダストボウル(黄塵地帯)は、
ほとんどが農業革命によってもたらされたものであった。
ハイマンは次のように報告する。
「1889年から1900年にかけて、
数千人の農民がオクラホマに移住してきた時に、
彼らが築いている農業文明は
エジプトほどに長く続くと思っていたに違いない。
ところが
移住民の孫の代はおろか、息子の代に早くも土壌は疲弊し、
農場は荒廃し、作物は埋められたか、根こそぎにされ、
彼らは死んだ土壌を見捨てて、
自分たちがつくりだしたホコリを目や髪にあびながら、
かつては豊かな平原であった不毛の砂地を
歯をきしらせながら去っていった。
西をめざした哀れな行列は
神に呪われたオーキーと呼ばれ、蔑まれた。
この呪われた移住農業労働者は
時代のスケープゴートであり、
彼らを地獄に落とした神は おそらく女神であり、
ケレース、デーメーテール、マイア
(いずれも農業の女神の名ー訳注)、
あるいはそれよりも古くて、
もっと恐ろしい女神であろう。
女神が罰したのは、
彼らの堕落であり、
女神の世界である自然についての根本的な無知であり、
この惑星における生命の基盤である協力と返報という法則に
逆らったからである」
【E Hyam,
Soil and Civilisation,
Lndon:Tomes and Hudson,1952】
この生態的に破滅的な農業観を
ロックフェラー財団を通じて、
世界の別の地域に広げようという試みが行なわれたとき、
警告の声があがった。
ロックフェラー財団とフォード財団がとっているアメリカ戦略は、
土着の戦略とは異なり、
自然のプロセスと民衆の知識に対する敬意を根本的に欠いていた。
持続可能で長続きすることを
後進的で原始的であると間違って判断し、
自然の限界を、
取り除くべき生産性の制約であると認識することによって、
アメリカの専門家は
生態的に破滅的で、持続不可能な農業慣行を世界に広げた。”
(ヴァンダナ・シヴァ【著】/浜谷貴美子【訳】
『緑の革命とその暴力』
1997年、日本経済評論社、25-27頁)
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“緑の革命は、
人類史上でも前例のないような政治的および技術的偉業
という前触れで登場した。
緑の革命は
平和のための技術的・政治的戦略として計画されたが、
自然の限界と可変性を打破することによって
豊かさを創ろうとする計画であった。
逆説的であるが、
20年間に及ぶ緑の革命は、
パンジャブを
暴力と生態的な破壊による欠乏によって荒廃させた。
豊かさどころか、パンジャブには
疲弊した土壌、病虫害に蝕まれた作物、湛水した砂漠、
借金を背負い絶望した農民が残された。
平和どころか、パンジャブは
紛争と暴力と受け継いだ。
1986年にパンジャブでは598人が殺された。
1987年には、その数は1544人となった。
1988年には3000人が殺された。
パンジャブ危機のほとんどは、
資源集約的で、
政治的にも経済的にも集権的に食糧生産を行なった悲劇的結末である。
この実験は失敗した。
それにもかかわらず、
ロックフェラー財団、フォード財団、世界銀行、
種子や農薬の多国籍企業、
インド政府や各種行政機関など、
それによって利益を受けるすべての機関が
あらゆる政策方針で
いまだに緑の革命の奇跡の宣伝を続けている。
共同体間の争いの根を 宗教的に還元するということを、
ほとんどの学者や評論家がやってきたが、
紛争は 経済的なものであるから、
そうすることは誤っている。
その争いは
たんなる2つの宗教的共同体の衝突ではなくて、
文化的および社会的な分裂を反映しており、
幻滅した農業共同体と、
農業政策、金融、信用、投入物、
農産物の価格を支配している中央集権的な国家との緊張関係を
表している。
こうした紛争と幻滅の中心に緑の革命がある。
本論は
緑の革命物語のもう1つの側面、
すなわち、隠れて見えにくい社会的・生態的なコストを報告する。
そうすることによって、
民族的および政治的暴力の複数のルーツについて
別の様相が見える。
そして、
生態的で民族的な分断と分裂が密接にからみあっており、
それらが、
自然と文化の多様性を計画的に破壊して、
中央集権化された管理システムに必要な均一性を
つくりだすための政策の本質をなしていることが わかる。
本書は
今日のパンジャブのパラドックスを理解するための試みである。
統計によれば、
パンジャブは
インドでもっとも富裕な州であり、
他の地域や地方があこがれる模範である。
パンジャブの1人当たりの国内総生産(GDP)は
2528ルピーであった。
インドの1人当たり平均のGDPは1334ルピーであった。
パンジャブの平均所得は
「平均的なインド人」の所得よりも65%も多かった。
1981年の国勢調査によると、
パンジャブ人口は1670万人で、
インド人人口の2.5%弱である。
しかし、パンジャブは
インドの穀物の7%を生産しており、
インドのテレビ台数の10%、
インドのトラクターの17%を所有している。
1平方キロ当たりの道路面積は3倍である。
平均的なパンジャブ住民は
平均的なインド人にくらべて
1時間当たりのエネルギー使用量は2倍で、
1ヘクタール当たり当たりの肥料の使用量は3倍である。
灌漑地は
縁国平均が28%であるのに対して、
パンジャブの5万4000平方キロの農地の80%が灌漑地である。
平均的なパンジャブ住民は、
平均的なインド人よりも2倍の銀行預金をもっている。
進歩と開発とを示す在来の指標のすべてにおいて、
パンジャブはインドのどこよりも上回っていた。
しかし、パンジャブは
不満や、搾取され、差別的に扱われているという気持ちが
もっとも煮えたぎっている地域である。
不平不満の感情が極度に高まっているので、
パンジャブでは
インド独立後の平時における殺人が もっとも多い。
少なくとも
1万5000人がこの6年間に
パンジャブで暴力によって命を失った。
現代のパンジャブの暴力は
従来のあらゆる知識を裏切るものである。
社会的な暴力について
一般に受け入れられている見解によれば、
人間に対する人間の残酷行為を基本的に決定するものは
「物質的欠乏」である。
新石器時代の前から、
社会集団は
つねに物質的ニーズを満足することができないほど
貧しい環境で暮らしてきたと言われている。
したがって、
自然は経済的欠乏の根源と見なされており、
欠乏こそ不十分な資源をめぐる争いのもとであり、
そして争いこそ暴力の根源と見られてきた。
そこで「開発」は
物資的豊かさをつくりだすために、
「欠乏を克服し、自然を征服する」戦略となる。
このような欠乏と暴力の考え方は、
左翼も右翼もともに抱いている。
自然を利用することによる資本の蓄積は、
伝統的な政治的スペクトラムの両翼によって、
物質的な豊かさを生み出す源として見なされ、
したがって平和の条件であるとみなされた。
このオーソドックスな見解は、
「高度な技術が促した環境の未曾有の管理、
すなわち苦労と貧困を排除する可能性が、
人間どうしの争いを克服するのに必要な前提条件である」
と主張する。
【R Eccleshall,
'Technology and Liberation',
Radical philosophy,No.11,Summer 1975, p.9】
緑の革命は
このオーソドックスな欠乏と暴力観のなかで考えだされた。
緑の革命は
農業社会を豊かにして、
共産主義の反乱と農民紛争の脅威を少なくするような技術的・政治的戦略としてとして規定された。
1952年にイギリスとアメリカが後援したコロンボ計画は、
アジアの小農民を萌芽状態の革命家と見なし、
あまりにも苛酷に搾取したなら、
政治的および経済的な権力集団に反対して結集するだろう
とみる開発哲学を明確に表すものであった。
一般的には農村の開発、とりわけ緑の革命は、
外国資本の援助を受け、外国の専門家が計画したものであり、
農村地域を政治的に安定化するための手段として計画されており、
「農村地区における重大な要素である一触即発的な不満を
取り除くことを含む」ものであった。
この戦略は
科学的および技術的革新によって進められた農業革命の構想にもとづいている。
なぜならそのアプローチは、
政治的に厄介であった農業関係を変えるという展望をもっていたからであった。
科学と政治は
インド農村に平和と繁栄をつくりだす戦略として、
緑の革命のそもそもの発端から密接にからんでいた。
しかしながら、20年たち
緑の革命の隠れていた生態的、政治的、文化的コストが
見えてくるようになった。
政治レベルでは、緑の革命は
紛争を少なくするよりも、紛争を起こしていることが
わかってきた。
物質的レベルでは、
商業穀物の高収量の生産は、
生態系レベルで新たな欠乏をまねき、
それが新たな紛争の原因となった。
このような多数の要素がまじった生態的および文化的破壊の状況のなかで、
パンジャブにおける暴力の性質を、
暗黙および公然たる暴力のレベルで、
現状および仮想の紛争のレベルで、
生態学的および政治的脆弱性と不安定さのレベルにおいて、
理解しようと試みる。
パンジャブの生態的および民族的な危機は、
多様性、分権化、民主主義の要求と、均一性、中央集権化、軍事化との
未解決の基本的解決から発生していると見ることができる。
自然に対する支配と人間に対する支配は、
緑の革命の中央集権化された戦略、
また中央集権化しようとする戦略の基本要素であった。
自然の生態的な破壊と社会の政治的な破壊は、
自然と社会をともに引き裂くことを土台とする政策がもたらす必然的な結果であった。
緑の革命は、
技術が自然にかわる優れた代用品であり、
したがって、
自然の制約を受けることなく成長をもたらす手段である
という仮定にもとづいている。
概念的にも経験的にも言えることは、
自然が欠乏の源であり、技術が豊かさの源であると仮定すれば、
生態的な破壊によって自然に新たな欠乏をもたらすような技術がつくられるということである。
肥沃な土地と作物の遺伝的な多様性が、
緑の革命を実践した結果、少なくなっているということは、
生態的なレベルで、緑の革命が
豊かさではなくて欠乏をもたらしていることを示している。
さらに、
緑の革命によって社会的および政治的不安定がもたらされる多くの側面を見極め、
緑の革命が農村地帯を安定させ、平穏にするどころか、
いかにして新たな形態の衝突と暴力に火をつけたかということを
確かめようと試みる。
それには、
緑の革命にともなう政治的変革過程が原因で発生したパンジャブの紛争が、共同体間の紛争に転化してゆく分析も含まれる。
生態的、社会的、経済的な脆弱性の新たな段階を予想することも試みる。
この脆弱性は
パンジャブの第2の技術的解決策から発生するものであり、
インドの開発計画の新時代を告げるペプシコ・プロジェクトの形態を
とっている。
最後に、
農業の中央集権化と支配が深化するという状況において
可能な生存の代替案を 最終章で考察する。
ガンジーが
第1次産業革命と結びついた植民地化に糸車で挑戦したように、
小農民と第2世界のグループは
バイオ革命に付随する再植民地化に土着の種子で挑戦している。
緑の革命に組み込まれた社会的および政治的な計画は、
種子のみならず、社会関係をも操作することをめざしていた。
パンジャブは、
この操作が物質レベルにとどまらず、
政治レベルにおいても制御不能になってしまった例である。
この分析は、
緑の革命が解き放った複雑で予期せぬ要因を
理解することをめざしているので、
決定論的で単線的な因果関係にもとづいた説明は
避けている。
複雑な社会・経済的な現象でも、
当初は単純に、単一の原因が単一の結果をもたらす
という技術的な決定のパラダイムで考えだされている。
もっとも良いのは
文脈的な因果関係を求めることであり、
いかにして ある状況の発生が
ある過程の引き金となる圧倒的な条件をつくりだすのか
という指標や手掛かりを引きだすことである。
目に見えず、予見できない連鎖という
大きな枠組みのなかでのみ、
パンジャブの暴力の根源を
緑の革命の生態的および政治的状況にまで
たどることができる。”
(ヴァンダナ・シヴァ【著】/浜谷貴美子【訳】
『緑の革命とその暴力』
1997年、日本経済評論社、1-7頁)
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