●父は成仏してますか?

 

 


占いの電話相談を受けていると、時々、

 

 

亡くなった父は、成仏してますか? とか、

 

 

亡くなった息子は、成仏してますか? と、

 

 

亡くなった家族や恋人が、今現在、成仏しているか聞かれる時があります。

 

 

 

 


中には、ただそれだけが聞きたくて、相談される方もいます。

 

 

 

 

まず、成仏という言葉ですが、

 

 

解釈は色々あると思いますが、

 

 

私個人としての解釈は、

 

 


人が亡くなった後、この世の未練や執着を全て断ち切って、

 

 

来世に生まれ変わる為に、旅立つ事だと思っています。

 

 

逆に成仏出来ない場合は、この世の未練や執着が立ち切れず、

 

 

いつまでも、あの世に旅立てない状況。

 

 

成仏出来ない場合、もしくは、成仏の道を歩んでいない魂は、

 

 

自分の事で精一杯なので、守護霊となって他の人を助けるという事はできません。

 

 

 

 

 


そんな相談をされた時の答えは、

 

 

1■成仏していないと思います。

 

2■成仏への道を順調に歩んでいると思います。

 

3■成仏しています。

 

 

となりますが、

 

 

3■の成仏しています。という答えは、占い師の私には言えません。

 

 

これは霊能者の方に診てもらうしかないでしょう。

 

 

ただし、アメリカの霊能者の方いわく、

 

 

まず、日本で言う亡くなってから49日以内の場合、どんな人も、

 

 

成仏していない。といいます。

 

 

また、亡くなって半年未満の方も、亡くなった霊との交信が難しいので、

 

 

分からない場合が多いそうです。

 

 

そして、自殺した方は、1年未満では成仏に向う事はほとんど無いと言ってました。

 

 

 

 

 


そういう事で、私が電話相談を受けた場合、

 

 

1■成仏していないと思います。

 

2■成仏への道を順調に歩んでいると思います。

 

のどちらかの答えになります。

 

 


そして、1■の成仏していない場合、家の中で霊障が起きたり、

 

 

誰かに憑りついたり、浮遊霊になってさ迷ったりする訳です。

 

 

 

 


しかし、占い師と言えども、お金を貰っている以上、

 

 

勘や当てずっぽうで言う訳にはいきません。

 

 

話をちゃんと聞いて、それに基づき判断する訳です。

 

 

 

 

では、私がどうやって、

 

 

その亡くなった人が成仏していないかどうか判断するかと言いますと、

 

 

一番大きなポイントは、「時間」なんです。

 

 

 

どういう事かと言うと、

 

 

普通、人が亡くなると、成仏する為には、

 

 

この世に対する執着や未練などの煩悩を消し去り、

 

 

そして、記憶の一切を消し去り、来世に生まれ変わります。

 

 

つまり、亡くなって時間が経つにつれ、体の痛みも消え、痛かった記憶も消え、

 

 

他人への怒りも消え、辛かった経験も忘れていくのですが、

 

 

成仏しない霊は、いつまでも時間が進まないのです

 

 

いつまでも、死んだ時のままの状態だったり、人を怨んだままだったりするのです

 

 

だから、電話相談で、幽霊を見たという相談者に、

 

 

どんな幽霊を見たのかと聞く事によって、

 

 

その霊が成仏していない霊なのかどうか分かる時があります。

 

 

 

例えば、相談者の方が見た幽霊が、首を吊っている幽霊だったとします。

 

 

その場合、その幽霊は首を吊って自殺した時から、時が止まっているのです。

 

 

つまり、亡くなった時から時間が進んでいない訳です。

 

 

だから、ああ、成仏していない霊だな。と判断出来る訳です。

 

 

 

 

 

また、俳優の中尾彬と奥さんの池波志乃さんが、中国地方のある駅で、

 

 

駅から10分位の所のホテルにスタッフの方と泊まった時の実話ですが、

 

 

その時に、中尾彬と奥さんは501号室に泊まったそうです。

 

 

中尾さんが夜寝ていると、奥さんが泣いているので目が覚めたそうです。

 

 

そして、「どうしたんだい?」と聞くと、

 

 

奥さんの池波志乃さんが、「変なものを見ちゃった。」と言うんです。

 

 

「変なものが、水くれ~。水くれ~。」って言うんです。

 

 

「そんなバカな。」って中尾彬は言って、大丈夫だよって言って寝たそうです。

 

 

そしてしばらくすると、今度は二人同時に起きたといいます。

 

 

そして、部屋の中を見ると、

 

 

壁から黒焦げになった10人位の人が、歩伏前進の様に這って近寄って来るんです。

 

 

「やばいな…出たな…」と思い、

 

 

「私は何もできませんから。私は何もできませんから。」

 

 

って言ったら消えたんですよ。

 

 

それで、部屋を変えてもらうと、ロビーに出ると、

 

 

そこには、若手の劇団員達が、やはり部屋から逃げ出して来ていたというのです。

 

 

それもいずれも幽霊が出た部屋はホテルの一番端の501号室、401号室、301号室、

 

 

201号室、101号室だったそうです。

 

 

何が一番恐ろしかったかって、中尾彬さん一人だけでなく、

 

 

妻も、そして他の多くの劇団員達が見たという事実だったそうです。

 

 

 

 

 

 

この例なんかも、原爆で亡くなったか、火事で亡くなったかは分かりませんが、

 

 

黒こげになって、水を欲しがる姿は、

 

 

やはり亡くなった時から時間が止まっているとしか思えません。

 

 

つまり、この場合も成仏していない幽霊だと判断出来る訳です。

 

 

また顔が自動車事故の時のままのぐしゃぐしゃになっている幽霊とか、

 

 

飛び降りる瞬間を見せ続ける幽霊なども、やはり時が止まっていると言えます。

 

 

 


逆に、成仏への道を歩んでいると判断出来る霊は、

 

 

亡くなった時から、良い方向へ進んでいるので、

 

 

例えば、亡くなった時は、車いすだったのが、

 

 

夢の中に現われた姿は、立って歩いているとか、

 

 

ガンで亡くなった人が夢に現われ、「もう、どこも痛く無いんだ。」と知らせたり、

 

 

夢の中に笑顔で現われたり、元気いっぱいの姿を現したり、

 

 

逆にこちらの心配をしてくれているのも良い兆候だと言えます。

 

 

また、夢の中で、来世の事や、今度生まれ変わったら、みたいな話題をするのも、

 

 

順調に成仏への道を歩んでいる魂と言えます。

 

 

なぜなら、未浄化な魂や不成仏霊は、来世の事まで考える余裕が無いからです。

 

 

 


上の様に、幽霊として出たり、夢の中に出て来ると分かりやすいのですが、

 

 

そのどちらにも表れない場合でも、なんとなく成仏しているなと思う時が有ります。

 

 

 

 

例えば、「父は成仏してますか?」という相談を受けた時ですが、

 

 

詳しく話を聞くとお父様は、心筋梗塞で亡くなったそうですが、

 

 

亡くなる1年前に、急に何を思ったのか、家を建てると言い出したそうです。

 

 

そして、家が完成して、家族が喜ぶ姿を見たあと、

 

 

滅多に自分の持ち物を片づけたりしない人が、珍しく片づけを初めて、

 

 

妻に、これは捨てて良いから。と言って、その2日後に亡くなったそうです。

 

 

この場合、多分お父さんの魂は、亡くなる事を知っていて、

 

 

家族の為に家を建てて、身のまわりの整理をして逝ったんだな。と、

 

 

感じずにはいられませんでした。

 

 

こういう魂は、成仏への道を歩むのは間違いないでしょう。

 

 

END

●7月28日の惨劇

 


テレビをつけると、ほとんどのニュースは那須町の雪崩で、

 

 

8人もの尊い命が奪われた事故をやっている。

 

 

とても残念である。

 

 

 


事故当時は吹雪の状態だったという。

 

 

そこで、講習会に参加していた高体連の登山部の委員長と副委員長の教職員が

 

 

27日午前6時頃、予定されていた茶臼岳まで往復する登山の中止を判断した。

 

 

そこまでは良かったと思う。

 

 

しかし、何故か1時間半後、雪をかきわけて歩くラッセルの訓練を、

 

 

することを決めたのである。

 

 

せっかく集まった部員たちに、訓練させてやろうという考えだったのだろうが、

 

 

そこまでなら、時間を有効に使いたいという先生の気持ちが分かる気もする。

 

 

しかし、選んだ訓練場所が悪かった。

 

 

 

ラッセルとは、積雪を「かき」「踏みしめ」道を作りながら進むことを言うのだが、

 

 

この訓練は、積雪が胸当りまで積もっていれば、どこでも良かったのだが、

 

 

 

生徒達が訓練した現場は、雪崩が起きるのに十分な斜度があり、

 

 

木がなく、いかにも雪崩が発生しやすい地形だったという。

 

 

また吹雪だったので、雪崩の発見も遅れる視界だった。

 

 

しかも、なだれ注意報が発令中にやるって、どういう事。

 

 

 

 

もう一つ私が残念に思うのは、

 

 

春山安全登山講習会は54年前から行われている伝統ある訓練で、

 

 

昔からの色々な技術を教えようというものなのだろうが、

 

 

時代が変われば、技術も変わるのだと割り切れなかったのだろうか。

 

 

 


雪崩が起き、生徒達を雪の中から掘り出すのに30分。

 

 

しかし、それまでに探したり、掘る場所を決めるのに約2時間。

 

 


助けに入った救助隊は言う。

 

 

もし、雪崩に巻き込まれた生徒達が、位置情報を知らせる

 

 

電波発信機(ビーコン)を身につけていたら、もっと早く救出できたのにと。

 

 

せめて、先頭をかって出ていた大田原高校の生徒たちにだけでも、

 

 

持たせてあげられなかっただろうか。

-20度~ー45度に対応

 

 


また、54年の伝統のある訓練もいいのだが、

 

 

現在の世の中、雪崩にあっても助かるという、

 

 

雪崩用のエアバックというものがあるのだ。

 

 

そんな最先端技術の導入は出来なかったのだろうか。

 

 

 

 

 


今回の事故とは関係が無いのだが、

 

 

 

生徒達の訓練中の事故という事で、私はある事件を思い出した。

 

 

 

 

 

その事件は、橋北中学校水難事件として、今も語り継がれている。

 

 

この事件は、その後、日本怪奇大全に掲載された。

 

 

橋北中学校では、学校行事として毎年、水泳訓練を実施してきた。

 

 

そして予定通り、昭和30年、7月28日に文化村海岸で水泳訓練を開始した。

 

 

この日も、絶好の海水浴日和だったという。

 

 

 

 


この海岸は、遠浅で、数十メートル幅の砂浜がある海岸なので、

 

 

急に深くなったりする海岸とは違い、安全な場所と考えられ、

 

 

子供達は貝を拾ったりして、遊び場所としては最高の海岸だった。

 

 

 

しかし、不思議な事に、こんな遠浅で安全と思われる海岸なのに、

 

 

津市は昔から、ここを正式な海水浴場として認めていなかった

 

 

その恐ろしい隠れた事実が、後で分かる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲劇は午前10時頃に起こった。

 

 

それは、女子生徒約100人が海に入ってからわずか5分後に起きた。

 

 

突然大波が来て、女子生徒たちが次々に遠浅の海で溺れ始めたのである。

 

 

溺れて助けを叫ぶ声を聞いて、見ると女性教諭までも溺れているではないか。

 

 

大波にのみ込まれたのは、先生を含めて49名。必死の手当てで13名が、

 

 

意識を回復したが、女生徒36名が水死した。

 

 

 

 

なんと溺れるはずが無い、遠浅の海で36名もの女の子が亡くなったのだ。

 

 

 


これが、橋北中学校水難事件のあらましである。

 

 

 

 

 

 

 

多分、ニュースや新聞などには、

 

 

これ以上の事は余り書かれていないだろう。

 

 

 

 

 

 


しかし、

 

 

かき消されたある生き残った少女の証言が、一部で話題になった事がある。

 

 

その生存者の少女の証言とは、こうだった。

 

 

 

 


泳いでいると、突然何人かの友達が悲鳴をあげながら溺れだしたんです。

 

 

私は助けを呼ぼうと、海岸の方へ向きを変え、泳ぎ始めました。

 

 

ところが、その瞬間、足に何か冷たい物がからみついたんです。

 

 

私は海藻でも足にからまったのかと思って、振り払おうとしました。

 

 

 

 

 


でもそれは、海藻ではなく、人の手だったんです。

 

 

 

 

 

海の底から手が伸びてきて、私の足をつかみ、

 

 

海の底の方へと引きずり込もう引っ張るんです。

 

 

そして辺りを見ると、防空頭巾を被った沢山の人影と手が海の中に居たというのです。

 

 

ある子は、防空頭巾を被った黒い影に、抱きかかえられて海に沈んでいったそうです。

 

 

彼女は、そこで気を失ったそうだが、幸いにも駆け付けた人たちによって救助された。

 

 

 

 

 

その後も、助かった生徒の多数が、

 

 

「防空頭巾をした人の手が足をつかみ、海に引きずり込もうとした。」と証言したが、

 

 

そのいずれもが、ニュースにのる事は無かった。

 

 

 

 

 

しかし、あるジャーナリストが、少女達がウソを言っているとは思えず、

 

 

気になって調べてみると、

 

 

 

 

 

 

事故の10年前は、第二次世界大戦中で、、

 

 

アメリカ軍の空襲で、この津市では、500名もの市民が焼け死んでいた。

 

 

そして、火葬出来なかったという身元の分からない多くの遺体を、

 

 

なんと、この海岸に埋葬したというのである

 

 


そして、防空頭巾などを被った多くの市民が空襲で亡くなった日こそ、

 

 

昭和20年の7月28日だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、いかにも泳ぎやすそうな穏やかな中河原周辺の海岸が、

 

 

今も、遊泳禁止となっている。

(Wikipediaより)

END

●幽霊の本質

 

 

 

 


このお話は、昨日のブログ(●結婚したい男性の職業、女性の職業。)の続きです。

 

 

 

従って、昨日のブログ(http://ameblo.jp/hirosu/entry-12259685362.html

 


を先にお読みください。


そしてから下をお読み下さい。
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[前回までのあらすじ

 


ある時、お医者さんと結婚されたという方から電話相談が来た。

 

彼女がお住いの自宅が、かなりの豪邸だという事はすぐ分かった。

 

場所も高級住宅地にあるという事だった。

 

駐車場には、車が3台あり、うち一台は彼女専用の車だという。

 

お子様にも恵まれていて、普通に考えても、玉の輿で何不自由の無い生活である。

 

ところが、そんな彼女も離婚を考えた事があるという。

 

まず、彼女がご主人と結婚を決めたのは、当然医者だった事もあるが、

 

彼の家が、豪邸だった事や、デートの時に、高級車で迎えに来てくれたり、

 

高級なレストランに連れて行ってくれたり、

 

また家に招待してくれた時にお父様も医者で、

 

将来的にもお金に苦しむ事はないと確信出来たからだといいます。ところが、

 

いざ結婚してみると、まず違ったのが結婚後は急に忙しくなったのかデートどころか、

 

外食も滅多に連れて行ってくれなくなり、一緒に遠出など皆無だそうです。

 

例え外食しても、病院から緊急連絡が入って、すぐに病院に戻ってしまった時など、

 

彼女が一人レストランで取り残され、タクシーで帰った事もあるそうです。

 

それは家に居ても同じで、年に何回かの休日も学会が入っていたりして出張したり、

 

休日も昼間は寝て、夜はお付き合いで飲みに行くといいます。

 

それは子供が出来ても変わらず、家事育児には一切協力は無かったといいます。

 

そして、お医者さんと結婚すると優雅な生活を期待していたのですが、

 

それは買ってもらった車だけだったといいます。

 

車だけは、対面もあり、高価な車を買っていただいのですが、

 

それ以外の生活費などは、贅沢は出来ない状態だったそうです。

 

なぜなら、医者になったからには、大きな病院を建てる資金を貯めたり、

 

良い医療器具を買う為の予算に当てたり、

 

生れて来た息子を医大に通わせる為の貯金だったりと、

 

とにかく将来の為にと、彼女が贅沢出来るお金など無かったそうです。

 

そして、この息子を医大に通わせるという考え方にも、かなり抵抗があったそうです。

 

まだ生れて1歳にもなっていないのに、将来の道が決まっているのはどうなのか。

 

この事を話題にした辺りから、姑と何かとあたる事が多くなったそうです。

 

元々、姑さんは、ハッキリ物事を言うタイプの人で、自分も今までそうだったから、

 

貴方もこの家に来たら、こうしないさい。と言う人だったという。

 

一度対立してしまうと、お義父さんも夫も、忙しくて家に居ない時が多いので、

 

とにかく家には、姑と彼女だけになってしまい、よけい気まずくなっていったという。

 

それでも、何とか姑の顔を伺いながら、子育てしていたそうです。

 

しかし、息子さんが幼稚園に通う頃になってから息子への教育の口出しも激しくなり、

 

それでも少しは姑の意見も取り入れて来たつもりだったそうですが、

 

ある時、私には内緒で、夫に「あの女とは離婚したら」と言ったのです。

 

それはある時、夫とちょっとした口論になった時に、

 

「だから、母さんから離婚したら。なんて言われるんだよ。」と言われ、

 

初めて、姑はそんな事考えていたんだと、愕然としたそうです。

 

また、彼女は昔から、日記をつけていたのですが、ある日、

 

その日記の位置が微妙に動いていたそうです。それでこれは絶対姑が盗み見たと思い、

 

翌週、見られない様にと、小さい金庫みたいなものを買って、

 

そこに日記やら印鑑やらを仕舞う様にしたそうです。

 

すると、その事がまた新たな火種となり、姑との対立が激化したそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女とお姑さんは、家族がいる前では話す事もありましたが、

 

 

昼間二人きりになると、ほとんど会話をする事が無くなったといいます。

 

 

 


仕舞いには、台所を少し整理して、お姑さんはお姑さん専用の冷蔵庫を買い、

 

 

台所の使用時間を別々に決めるなどして、

 

 

日中は、台所でも顔を合せない様になったそうです。

 

 

 

 


こうして、お互いのご主人が仕事に行った後は、

 

 

二人は会話を交わす事がほとんど無い生活が2・3ヶ月続きました。

 

 

 

 

 


そんなある日、

 

 

 


悲劇は起きたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


それは、息子を幼稚園に迎えに行く時の事でした。

 

 

 

ちょっと遅れ気味だったので、急いで用意して1階に走り降りました。

 

 

昨日も遅刻気味だったので、今日は絶対定時にお迎えに行かなければと、

 

 

少し焦ってもいたのです。

 

 

階段を2段飛ばしで降りて、靴を履いている時でした。

 

 

 

 

 


1階のお義母さんの部屋から、私を呼ぶ声がしたのです。

 

 

 

私は急いでいた事もあり、靴を履きながら、振り返りもせず、

 

 

「何ですか? お義母さん?」と聞くと、

 

 

タクシー、呼んで。」と言うのです。

 

 

 

 

内心、なんで私が、この忙しい時に・・・と思いました。

 

 

そして、

 

 

「すみません。今、お迎えに遅れそうなので、

 

 

 ご自分で呼んでもらえますか。」

 

 

と言って、そのまま出て来てしまったのです。

 

 

 

 

 


息子のお迎えは、何とか間に合い、

 

 

それから息子と一緒に、スーパーに買い物により、家に帰りました。

 

 

 

 

 


私は台所に行き、冷蔵庫を開けている時でした。

 

 

息子が居間で、「おばあちゃん!」と叫んでいる声が聞こえ、行ってみると、

 

 

お義母さんが、今の電話機の前で倒れていたのです。

 

 

 

 

 

 

直ぐに救急車を呼んで、病院に運ばれましたが、

 

 

 

お義母さんは、助かりませんでした。

 

 

 

 


クモ膜下出血でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あの時、私がタクシーを呼んであげていたら・・・

 

 

あの時、私がお義母さんの様子を見てあげていたら・・・・

 

 

 


それよりも、あの時、私が救急車を呼んであげていれば・・・

 

 

 

 


お葬式の間も、ずっと放心状態だったという。

 

 

 


夫やお義父さんは、私に気を使って、気にするなと言ってくれましたが、

 

 

それはあの日の真実を知らないからでした。

 

 

 

 

私もどうしても、あのタクシーの一件を夫に伝える機会が無いまま、

 

 

あれよあれよという間に、お義母さんが危篤となり、亡くなり、

 

 

葬式になり、納骨となる中、あの日の真実を言えないまま時が過ぎてしまいました。

 

 

 

 

 


しかし、お義母さんが亡くなってから3ヶ月が過ぎた頃から、

 

 

何度も夢を見る様になったのです。

 

 

それは、あの時と同じ様に、お義母さんが「タクシーを呼んで」という場面です。

 

 

そして、家の中でも、

 

 

 

お義母さんが私を見ている視線を感じるんです。

 

 

特に私が、お義母さんが電話機の前で倒れていた居間に居る時や、

 

 

仏壇がある畳の間に居る時、そして、ガレージで車に乗る時に、

 

 

後ろから、お義母さんが私を見ている視線を感じるんです。

 

 

そして、一度だけですが、息子が居間おばあちゃんの幽霊を見たと言いました。

 

 

 

怖いです。

 

 


きっとお義母さんは、私を怨みながら居間の電話機の前で倒れたに違いありません。

 

 

今でも、お義母さんは私を憎んでいるのです

 

 

私が夫やお義父さんに、あの日の真実を言わない事にも、怒っているのです。

 

 

きっとそうに違いありません。

 

 

 


最近は家に独りで居るのが怖くて、

 

 

息子を幼稚園に連れて行くと、そのまま外で時間を潰す事が多いんです。

 

 

 


そして、テレビを見ていても、

 

 

画面にタクシーが出てきたり、タクシーという言葉を聞くと、

 

 

思わずドキッとして、しまうのです。

 

 

 

 


私は、どうしたらいいのでしょうか?

 

 

教えて下さい。助けて下さい。

 

 

 

 

 

 

そんな様な電話相談でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼女の話を聞いていて、

 

 

現場には行っていないのですが、お義母さんの霊は居ると思いました。

 

 

視線を感じるという3ヵ所の場所も、いずれも出る可能性が有りそうな場所だし、

 

 

お義母さんが亡くなった時の事情や、息子さんの幽霊の目撃などを考えると、

 

 

やはり、お義母さんの無念の気持ちはあったに違いありません。

 

 

 

 

 

そんなお義母さんの無念の気持ちと、

 

 

彼女の自分がお義母さんを殺してしまったという様な、負の気持ちが

 

 

引き合う事があるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が彼女にアドバイスしたのは、単純な事でした。

 

 


それは、

 

 


謝る事です。」(あやまることです。)

 

 

 


「ごめんなさい。お義母さん。」「ごめんなさい。お義母さん。」

 

 

「どうか成仏してくださいね。」

 

 

と、視線を感じた時は、手を合わせて声に出して言ってあげて下さい。

 

 

 

心から謝って下さい。

 

 

そばに誰か居る時は、心の中で言ってあげて下さい。

 

 

 

 

 

 

そして、仏壇にはお水とお花とお線香を毎日あげて、

 

 

お義母さんが好きだったものを供えてあげましょう。

 

 

最初は怖いかもしれませんが、怖いと思わず、

 

 

亡くなったお義母さんは、貴方に甘えていると思って下さい。

 

 

熱心に供養してくれるのは、貴方だけなので頼って来るのだと思って下さい。

 

 

 

 

 


お義母さんが好きだった物が食卓に並んだら、

 

 

一番先にお義母さんに、食べてもらいましょう。

 

 

お茶を飲む時も、一番最初にお義母さんに飲んでもらいましょうね。

 

 

 

 

 


いいですか。今から仲良くなるのです

 

 

今日からでも、貴方とお姑さんは仲良くなれる様に努力するのです。

 

 

今からでも決して遅くないのですよ。

 

 

 

 

 

すると、彼女は、

 

 

「はい、やります。

 

 

 夫にも、あの日に何があったかも正直に話します。」と言いました。

 

 

 

 


あの日の事と言うのは、

 

 

タクシーを呼ばなかった一件です。

 

 

 

 


しかし、私はそこだけは反対しました。

 

 

「ご主人には、あの日のタクシーの一件は言ってはいけません。

 

 

 貴方にとっては、あの日の事を隠しているのは辛い事でしょうし、

 

 

 夫に隠し事をしているのは、良く無いと思うでしょう。

 

 


 でもね。

 

 

 男って、貴方が思っているよりも、マザコンな生き物なんですよ。

 

 

 その時は、許してくれても、

 

 

 心の奥底で、ずっと、母親を見殺しにした女という気持ちは残るのです。

 

 

 それが、ふとしたつまらない喧嘩の時に、

 

 

 普通なら、離婚になど発展しない喧嘩でも、

 

 

 最後の最後で、母親を見殺しにした女という気持ちが、許せないという背中を押すのです。

 

 

 

 特にご主人やお義父さんは、医者です。

 

 

 日々命を大切に扱う医者です。

 

 

 
 言ってはいけません。

 

 

 貴方は、全てを言って、すっきりするかもしれませんが、

 

 

 言われた方は、これからずっと、

 

 

 母親を見殺しにした女と、生活し、老後を一緒に過ごすのですよ。

 

 

 これからずっと、そんな気持ちにさせていいのですか。

 

 

 ご主人を愛しているなら、言ってはいけません。

 

 

 あの時の事は忘れるのです。

 

 

 いいですね。忘れるのです。」

 

 

 

 

 

 


貴方が、お義母さんに謝り、毎日の様にお義母さんを思って、

 

 

心から供養してあげれば、

 

 

例え、お義母さんが亡くなった時に、貴方を怨んでいても、

 

 

謝り供養をしている内に、段々とその怨みも和らいでいくものです。

 

 

 

 

 

いいですか。

 

 

 

お義母さんの幽霊の本質は、

 

 


「母親」なんです。

 

 


いつの日か、きっと貴方の謝罪と供養は通じる時が来ます。

 

 


キツイ視線も温かい視線に代わって来るでしょう。

 

 


そして、きっと言ってくれるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


息子と孫を、頼みますよ。」と。

 

 

END