●311のディズニーランドで・・


今日は311、7年前に起きた東日本大震災が起きた日なので、

 

 

震災を偲んで、当時の事にちなんだ話をしたいと思います。

 

 

当時、私は会社に居たのですが、会社の同僚が東京ディズニーランドに居ました。

 

 

彼は大阪から来たお得意様の家族を東京ディズニーランドに接待していたのです。

 

 

そんな金曜日の午後2時46分、あの地震が起きたのでした。

 

 

東京ディズニーランド、震度5強。

 

 

当時園内には、7万人の観客が居ました。

 

 

通常、東京ディズニーランドは夢の国というスタンスなので、

 

 

例え迷子が出ても、館内放送をして夢の国の雰囲気を壊す事は有りません。

 

 

しかし、この日は地震が起きてから僅か1分30秒後には、

 

 

館内放送で、建物の近くから離れて安全な広い場所に行く様に放送されました。

 

 

しかも、ディズニースタッフの対応はそれ以上だったといいます。

 

 

当初は、伏せて頭を守って下さいとみんなに言っていたのですが、

 

余震が襲ってくると、これは普通の地震じゃないと思い、

 

 

頭を防ぐ物を持っていないとお客に、お店にあったぬいぐるみなどを、

 

 

頭を守る為の防災に使ってもらうと、無料で配り始めたのです。

 

 

 

 

 

やがて、段々と暗くなってきて、気温は10度に。

 

 

するとキャスト達は、お客に寒さをしのげる物なら何でも無料で配った。

 

 

普段は絶対外に出してはいけない段ボール、

 

品物を買わないともらえないお土産袋、

 

 

清掃員達は、未使用の青いゴミ袋を配り始めた。

 

 

 


商品なのに無料で配られたのは、ぬいぐるみだけではありませんでした。

 

 

寒さを少しでも和らげる為に、やがてコーヒー、カイロ、スープも配られ始めます。

 

 

ポップコーンの無料配布も始まりました。

 

 

そして、売り物だったチョコレートやキャンディ、お菓子など、

 

 

豪華な箱ごとお客に配り始めたのです。

 

 

やがて、ディズニーランドのお土産物売り場は空っぽになったという。

 

 

 

そんなディズニーランドのキャストの対応に感動したのは勿論ですが、

 

 

そんな中、彼がその日に見た事で忘れられない光景があったそうです。

 

 

 


それは1人の高校生位の女の子が、

 

 

普通なら無料でくれるぬいぐるみは一人一個が原則でしょうが、

 

 

その女の子は欲張って1つ貰ってから、またもう1つ貰いに行っていたのです。

 

 

彼はそれを見て、

 

 

「この緊急時になんて、ズーズーしい子なんだ!」と思ったそうです。

 

 

 


また、キャバ嬢風の女性二人が、

 

 

無料配布のお菓子の箱を、3度も並んでもらっている光景を見て、

 

 

「無料だと思って何度も並んだ、なんて浅ましいキャバ嬢なんだ!」と思ったそうです。

 

 

 

 


しかし、やがて彼が間違っていた事に気がつきます。

 

 

 

ぬいぐるみを2つ貰った女の子は、

 

 

それを弟らしき子と、妹らしき子の頭に乗せてあげると、

 

 

自分は、素手で頭を覆っていたのです。

 

 


そして、お菓子の箱を3回も並んでもらっていたキャバ嬢らしき二人は、

 

 

貰ったお菓子を、全部見ず知らずの子供達に配っていたのでした。

 

 

 

 


また、トゥモローランドテラスの安全が確認されて開放され時、

 

 

女性、お子様連れ、具合の悪い方を優先にお願いします!」というのに、

 

 

子連れの人を見つけては、「早く早く」と、自分はなかなか入らない中年の女性の方が、

 

 

沢山居たそうです。

 

 

 


彼は改めてこう思ったそうです。

 

 

夢の国で働く人も素晴らしかったけど、

 

 

夢の国に来る人達も、素晴らしかった。と。

 

 

 

 


人は奪い合えば足りないが、分け合うと余る。   (相田みつを)

 


END

 

参考:画像はMr.サンデーより

 

●卒業アルバム

 


さて、もう3月も第二週です。

 

 

多分、もう10日もしない内に卒業という子もいるでしょう。

 

 


そこで、今日は卒業にちなんだ話を。

 

 


卒業に付き物なのが、卒業アルバムです。

 

 

卒業アルバムって、後々まで残る物ですから大切ですよね。

 

 

芸能人の方の場合、下の様によくネットに出回っています。

 

 

 

 


(全てhttps://matome.naver.jp/odai/2133946873798774801より)

 

 


そんな卒業アルバムはアメリカにもあります。

 

 

ただ、日本では余り見かけないのですが、

 

 

アメリカではよく話題になる卒業アルバムがあります。

 

 

 


皆さんは、筋ジストロフィーという病気をご存知でしょうか。

 

 

筋ジストロフィーとは、体の筋肉が段々と衰え筋力低下して、

 

 

歩行や呼吸が難しくなる病気です。指定難病に認められています。

 

 

 

 

 


アメリカのルイジアナ州に、Joseph Ware君が生れました。

 

 

とても可愛く、元気な赤ちゃんでしたが、彼が3歳の時、

 

 

歩き方がすこしぎこちないので医者に行くと、

 

 

筋ジストロフィーだと診断されたのです。

 

 

 


それでもJoseph君は、元気に学校に通い続けました。

 

 

でも10歳の時、段々と病気が進行して、床に落ちた物が拾えないなど、

 

 

通常の生活の補助を助ける介助犬を向い入れる事になりました。

 

 

Joseph君の元に来たのは、2歳のゴールデンデオドルで、

 

 

Presleyという名前の犬ちゃんでした。

 

 

すぐに二人は仲良くなり、いつも一緒に行動する様になりました。

 

次の日からJoseph君と愛犬Presleyは、毎日学校に行く様になりました。

 

 

 

 


しかし、学校では、全ての人が教室に犬が来るのを歓迎した訳ではありませんでした。

 

 

ある子は、「犬が必要なら、他の学校に行った方がいいじゃないの!」

 

 

「犬、クサッ」など、自分達が歓迎されないのが分かったといいます。

 

 

それでもJoseph君は愛犬Presleyと、毎日毎日学校に頑張って通いました。

 

 

愛犬Presleyも、学校では騒がずキチンと静かに授業を聞いている良い子でした。

 

 

すると、段々と周りの子供達も理解してくれる様になり、

 

 

その後約4年間、Joseph君と愛犬Presleyは、毎日欠かさず通学したのでした。

 

そんなJoseph君と愛犬Presleyの頑張っている姿を、

 

 

ある1人の先生が、いつも見守っていました。

 

 

そして、学年卒業の時、

 

 

その先生がJoseph君に近づいて来て、ある提案をしたのです。

 

 

 

「よく毎日学校に通ったね。偉いぞ。 そして・・・・・おまえもだよ。」

 

 

 

その提案を聞いて、Joseph君は

 

 

Why not?」(もちろんだよ!)と即答したと言います。

 

 


その提案とは、約4年間も毎日頑張って学校に通った彼女(愛犬Presley)は、

 

 

私達学校の生徒の一人として扱ってもいいんじゃないかという先生の粋な計らいでした。

 

 

 

 

その年の学校のYearbook(卒業アルバム)には、

 

 

Joseph君と、その隣には、愛犬Presleyが載っていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカでは、この様に介助犬を生徒の一人として敬い卒業アルバムに載せる事が多いのです。

 

「毎日一緒に来てくれて、ありがとうね。」

 

 


END

 

参考:https://www.today.com/pets/boy-s-service-dog-poses-yearbook-she-s-part-our-t91281
http://www.al.com/news/index.ssf/2016/05/middle_school_includes_student.html

http://thechive.com/2017/06/25/good-dogs-that-made-it-into-the-school-yearbook-18-photos/

 

 

●私が最初に知った霊能者

 

 


私が中学生だった頃、まだ霊能者がどのくらい凄いかなんて知らなかった。

 

 

マレーシアに行った時も、まだ高校生だったし、

 

 

マレーシアはテレビも2チャンネルしかなく、

 

 

イスラム国なので、お祈りの時間になるとテレビも中断され祈りになった。

 

 

だからほとんどテレビも見なかったし、新聞も見ないという生活だった。

 

 

その後、私はアメリカの大学に行った訳だが、

 

 

最初の年は、一人での生活に慣れるまでが大変で、

 

 

大学の授業や、学費を稼ぐ為のアルバイトなどで、

 

 

興味が他に行く事は無かった。

 

 

 

やっと一息つけたのが、その年のクリスマスである。

 

 

 

私は親の所に帰るお金も無かったので、周りの大学生が実家に帰宅する中、

 

 

1人寮に残っていた。

 

 

日本と違って、クリスマスはほとんどのお店は閉まっている。

 

 

私と同じように日本から留学して来た吉岡君(仮名)も寮に残っていた。

 

 

彼の父親は外交官で、息子にも将来外交官になってもらいたいと、

 

 

彼を留学させていた。

 

 

そんな私と吉岡君と、ドイツ人の留学生の男性と、

 

 

イランからの留学生の男性の合計4人が、ある家庭のクリスマスに招待された。

 

 

イランと聞くとウソ!と言われそうだが、

 

 

当時は何故かイランからの留学生が沢山いたのである。

 

 

 


家族とクリスマスを暮らせない留学生をディナーに招待してくれるボランティアの家族は、

 

 

大学で紹介してもらい、私達はそれに応募したのだった。

 

 

私達を招待してくれたのは、息子さんが2人いるクリスチャンの夫婦だった。

 

 

しかも奥さんがケイコさんと言って日本人だったのである。

 

 

 


アメリカのクリスマスは、どんな料理が出るのか初めてだったので、ワクワクした。

 

 

出て来たのは期待通りの豪華な料理だった。

 

 

ローストビーフとマッシュポテトがメインである。

 

 

それに人参やインゲンなどが添えられ、デザートにアップルパイが出て来た。

 

 

一人で食べるよりも、沢山の人達と食べるディナーはやっぱりいい。

 

 

とても美味しかったのを今でも覚えている。

 

 

 

 


食後には、ゲームをしたりして、その後、

 

 

私と吉岡君と奥さんのケイコさんの3人で世間話をした。

 

 

その他の人達はまだ旦那さんや息子さん達とゲームを続けていた。

 

 

ケイコさんは、久々に日本語が思う存分話せると言い、色々な話を聞かせてくれた。

 

 

 

 

彼女が聞かせてくれた話の中で、私が一番興味が湧いたのが、

 

 

霊能者の話だったのである。

 

 

 

 


彼女は今から9年前、単身アメリカに留学しに来ていて、

 

 

当時カルフォルニアに住んで居た。

 

 

大学時代から1人のアメリカ人男性と付き合っていたのだが、

 

 

付き合って4年経っても、プロポーズされないままだった。

 

 

いつも「I love you.」とは頻繁に言ってくれるのだが、プロポースはしてくれない。

 

 

 

 

 

 

彼の事は好きだけど、信じていいのか?

 

 

 

相手が日本人なら、なんとなくニュアンスで分かるのだが、

 

 

初めての外人との恋だったし、アメリカ人の本音が分からなかった。

 

 

周りには、自分よりも美人でスタイルの良いアメリカ人が沢山いる。

 

 

 

 

 

もしかしたら、ただ遊ばれているだけなのかも・・・・


そう頭をよぎった。

 

 

 

 

 


彼を信じて、このまま付き合うか。

 

 

それとも、日本に帰った方がいいのか。

 

 

 

 


彼女の頭の中は、それだけに支配されたいたのだが、

 

 

彼に答えを聞くのは、怖かったという。

 

 

 

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

彼女は友人から霊能者を紹介されたという。

 

 

名前を Ron Elgasという男性の霊能者だった。

 

 

(ちなみに、今調べてみると、もうご高齢だとは思うが、

 

 まだご活躍している様である。http://www.ronelgas.com/

 

 

 

 

彼女はワラにもすがる思いで、その霊能者の所に相談に行ったという。

 

 


すると、Ron Elgas氏は、彼女をじっと診て霊視を始めた。

 

 


そして、こう言ってくれたという。

 

 

 

「彼は今、仕事で悩んでいる様ですが、

 

 いずれ貴方と結婚します。

 

 多分、北の方に行って、家を買い、

 

 男の子が二人できて幸せになるでしょう。」

 

 

 

それはまさしく彼女が望んでいる答えだった。

 

 

彼女は結婚もそうだが、男の子が欲しいと思っていたからだ。

 

 

 

 


占ってもらってから2週間が過ぎた時、

 

 


彼がいきなりケイコさんに言ったという。

 


「仕事を変えようかと思うんだ。

 

 ワシントン州のシアトルに行こうと思うんだけど、

 

 君も一緒に来てくれるかい?」

 


ケイコさんは涙を流しながら「はい」と答えたと言う。

 

 


ワシントン州はカルフォルニアの北にあったのだ。

 

 

 

 

その後二人は結婚し、男の子が二人生れたのだった。

 

 

それから彼女はボランティアにも積極的になったのだという。

 

 

 


私はケイコさんのその話を聞いてから、

 

霊能者という存在にどんどん魅かれていったのである。


END