●僕は死なない。

 

 

これはアメリカの一匹のワンちゃんのお話です。

 

 

ブレンダという高校生の女の子が、

 

両親に、1つのお願い事をしました。

 

 

 

 

それは、

 

中学卒業のお祝いに何が欲しいかと尋ねられた時、

 

私、ワンちゃんが欲しい。」と両親にお願いしたのです。

 

 

アメリカでは日本の様なペットショップはありません。

 

ブリーダーから直接買うか、保護犬から選ぶかです。

 

 

 

しかし、彼女は第三の方法を考えていました。

 

それは、

 

 

 

 

彼女のお祖母ちゃん家がある町に、犬猫の殺処分場があったので、

 

そこに居る子の中から引き取りたいと思っていたのです。

 

なぜなら、保護犬は、一応助かっている状態ですから、

 

きっと誰か新しい飼い主が見つかるでしょう。

 

でも、殺処分場にいる子は・・・・・・

 

 

 

 

 

両親の許可が下りると、彼女はすぐに殺処分場に出かけました。

 

 

殺処分場はかなり街から離れた所にありました。

 

日本では殺処分する時は、ガスや薬による安楽死かと思いますが、

 

当時のアメリカのこの施設では、で犬猫を撃ち殺していました。

(現在は分からない)

 

 

処分場に入ると、

そこには20匹位の犬が殺処分の順番待ちとなって保護されていました。

 

どの子も可愛く、助けたいと思いましたが、

 

両親から許されていたのは、一匹だけでした。

 

ブレンダは、そこに20分位居ましたが、どうしても一匹を選べませんでした。

 

そこでその日は、候補の8匹のワンちゃん達の写真を撮るだけで、

 

お祖母ちゃん家に泊まりした。

 

 

その夜は、撮って来たワンちゃん達の写真を見ながら、

 

ずっと8匹の内、どの子を引き取ろうとかと考え余り眠れませんでした。

 

そして翌朝、一匹の元気な白い犬に決めました。

 

 

朝食を済ませると、再び処分場に向かいました。

 

係りの人から、「どの犬にしますか?」と聞かれた時でした。

 

 

白い犬に決めていたので、「白い犬!」と言えばいいだけの事でした。

 

しかし、彼女は気になる事があったのです。

 

 

それは、

 

どのワンちゃんも、彼女に愛想が良かったり、

「ク~ン」と吠えたり、歩いていたりしていのに、

 

 

一匹のワンちゃんだけ、ずっと床に倒れて、ただ彼女の方を見つめているだけで、

 

まるで、その子だけは、

 

どうせ、僕なんか選ばないんだろ。

と無関心の様子だったのです。

 

それは、前日も同じ格好でした。柵の一番近い所に横たわり、

 

私が近づいても、立つ事も、吠える事も、甘える事もなく、

 

 

ただただ私をじっと見ているだけ。

 

 

 

ブレンダが係りの人に、「あの黒い犬は?」と聞くと、

 

係りの人は、「ああ、あの黒い犬は止めた方がいいですよ。」という。

 

「えっ、なんで?」と聞くと、係りの人が、

 

 

 

 

 

前足が片方折れてんですよ。

 

しかも、今日この後処分する事になっていると言う。

 

 

 

 

 

係りの人いわく、

 

あの黒い犬は、山で保護されてからずっとあんな感じなのだという。

 

他の子がピストルで殺される音がすると、

 

他の犬はびっくりしたり、吠えたり、走り回ったりするのに、

 

あの黒い犬だけはビクともしないで、瞬き一つしないという。

 

係りの人が思うには、

 

狩猟出来る山で保護されたし、ピストルの音を怖がらない事から、

 

多分、あの黒い犬は狩猟犬だったんじゃないかな。

 

狩猟犬とは、鹿などを追い込んだり、

 

ハンターが撃ち落とした鳥を探して持ってきたりする犬の事です。

 

 

 

 

ハンターの中には、動きの鈍くなった犬や、新しく買った犬がいると、

 

いらなくなった犬は、山に捨てて来るのだと言う。

 

 

 

すると、捨てられた犬は、一生懸命ご主人の車を追いかけて来るので、

 

 

 

 

ハンター達は、犬の足を折ってから、山に捨てて来るのだと言う。

 

多分、あの黒い犬はハンターに山に捨てられたんだろう。という事だった。

 

 

 

 

 

ブレンダは、その話を聞くと、

 

ふざけんな!と、

思わず怒り声をあげてしまいました。

 

そして係りの人に、白い犬ではなく、

 

「あの黒い犬をお願いします。」と言っていました。

 

白い犬は元気だし、きっと

 

後から来た動物愛護の人達か誰かに選ばれるかもしれない。

 

でも、あの前足が折れた黒い犬は、この瞬間がラストチャンス

 

 

私が、・・

 

私が殺させない!

 

このまま死んだら、可哀想すぎるだろ。

 

 

 

 

 

勢いで黒い犬を引き取ったものの、

 

その後が大変でした。

 

 

 

一応医者に連れて行くと、診査の結果、

 

壊死するので、折れている前足は付け根から切断した方が良いというのだ。

 

結局彼女の貯金を全部はたく事になってしまいました。

 

 

 

しかし、その後は、黒い犬はとても優秀な事が分かりました。

 

3本足でも素早く走る事が出来、教えなくてもお手も待ても出来ました。

 

また、まるでブレンダの言う事が分かるかのように、散歩に行こうと言うと、

 

言わなくてもリードを咥えて持ってきて来る良い子だったのです。

 

「お前、優秀な子だね。」

 

彼女は黒い犬に、Great(偉大な)という意味で、グレイと名づけました。

 

3本足で散歩もしました。

 

 

3本足は恥ずかしいどころか、みんなの関心を呼び、

 

沢山の犬友が出来きました。

 

「グレイのお蔭で、沢山の友達が出来たよ。ありがとね。」

 

 

 

 

 

ある日の散歩道、

 

献血の車が来ていたので、ブレンダはグレイを車の近くに繋ぐと、

 

「ちょっと待ってて、献血してくるから。」と言って献血しました。

 

 

すると、男性看護師の方が、ブレンダに、

 

「君の犬?」

 

「はい。」

 

 

「随分、筋肉質で丈夫そうな犬だね。」

 

 

そう言うと彼は、名刺を彼女に渡し、

 

犬の献血もやっているので、もし良かったらお願いします。と言われたのです。

 

 

「へぇー、犬にも献血ってあるんだ。」

 

 

「グレイ、どうする? 献血やってみる?

 

 他のワンコを助けられるかもしれないんだよ。」

 

 

すると、グレイは賛同したかの様に、「ワオーン」と吠えたという。

 

 

人間の血液型は、皆さんも知っている通りA型B型O型AB型の4種類ですが、

 

犬の場合、DEA式で10種類あります。

 

だから、まずは検査して登録してから年2回位の献血が行われます。

 

ただ、どの犬でも献血出来る訳では無く、いくつか条件があり、

 

1歳以上7歳以下とか。体重が15キロ以上とか、

 

毎年予防接種をしているとか、注射を怖がらないなどの犬が献血出来ます。

 

グレイはピストルの音にも動じない勇敢な犬だったので、

 

注射もへっちゃらでした。

 

そんなある日の事でした。

 

突然家に電話がかかってきました。

 

出ると、それは市内の動物病院からでした。

 

急な話で悪いんだが、グレイ君の献血をお願い出来ないだろうか」というのです。

 

「どうする?グレイ。

 

 助けてあげるよね。」

 

すると、グレイは賛同したかの様に、「ワオーン」と吠えたという。

 

病院に駆けつけると、すぐにグレイの採血が始まりました。

 

 

 

そして、献血が終わると、看護師の方からグレイに、

 

ケーキのご褒美がふるまわれました。

 

 

 

 

ところが、病院から出る時です。

 

 

 

 

 

 

急に後ろから一人のお婆さんが、走しり寄って来て、

 

泣きながらグレイの事を抱きしめたのです。

 

「ありがとう。

 ありがとう。」って号泣していました。

 

きっと、彼女の犬がグレイの献血で助かったのでしょう。

 

お婆さんは「ありがとう。」

 

何回も何回もグレイに感謝して手を振っていました。

 

 

「良かったね。グレイ、お前が助けたんだよ。」

 

 

「ワオーン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3年が経った時です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレイの具合が悪くなり、病院に連れて行くと、

 

もうガンが全身に回っていて手遅れだといいます。

 

医者からは2週間は持たないだろうと言われ、

 

安楽死にしますか?と聞かれた。

 

それを聞いたブレンダのお母さんは、

 

娘の犬なので、それは私には判断出来ません。」

 

と言って、グレイを家に連れて帰って来ました。

 

 

 

 

 

 

 

医者が言う様に、グレイは2週間を過ぎると、

 

何も口に出来なくなり、何とか水を飲める程度になり、

 

もういつ亡くなってもおかしく無い状態になりました。

 

ところが、それから何も食べないのに、3日経っても生きていました。

 

1週間経っても生きていました。

 

10日経った時、さすが可哀そうになり、安楽死も考えたそうですが、

 

やはり娘の犬なので、勝手には決められないと思い、

 

その代わり、アニマルコミュニケーターでもある霊能者の所に相談が来たのです。

 

グレイは何か言いたい事があるんじゃないか? 

 

何か思い残した事があるんじゃないか?

 

そんな相談でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっそく、グレイの霊視が始まりました。

 

 

 

 

 

すると、霊能者の方が、意外な事を言ったのです。

 

 

 

 

「グレイちゃんですが、

 

 何回も、僕は死なない。と自分に言い聞かせてるんですよね。」

 

 

「えっ、僕は死なない。ですか?」

 

 

「はい。

 

 誰か、このグレイちゃんと約束とかしてませんか?」

 

 

 

すると、その約束という言葉を聞いて、お母さんが泣き出したのです。

 

 

 

 

 

訳を聞くと、

 

 

今から3年前、ブレンダは大学進学の為、

 

グレイと離れ離れになって、大学の寮に行ったのでした。

 

その時、ブレンダはグレイを抱きしめて、こう言ったと言います。

 

「私が戻って来るまで、

 

 元気で待ってね。グレイ。

 約束だよ。

 

 

しかし、2年前、

 

ブレンダさんは、交通事故で亡くなったのでした。

 

 

霊能者いわく、

 

それを知らないグレイは、ただ約束を守る為、

 

ブレンダさんとの

約束を守る為に、

 

ブレンダさんが帰って来るまで、絶対死なないで待っているんですよ。

 

ただそれだけの気力だけで生きている。

 

 

 

お母さんが、グレイに、

 

お前は、ブレンダを待っててくれているのね。

 

 ありがとね。

 

 本当にありがとうね。

 

 でもね。

 

 ブレンダは天国に行ってしまったのよ。

 

 だから、もう帰って来ないのよ。」

 

 

それを聞くと、

 

グレイは分かったのか。

 

翌日、静かに目をつぶり、天国に旅立っていった。

 

 

END 

●おバカなスージー(発達障害)。


1961年、イギリス、スコットランドの、

エディンバラに一人の女の子が生まれました。

 

末っ子として生まれたスージーでしたが、

母親のブリジェットが47歳の時に産んだ子で、

生まれた時に酸欠状態で生まれた為、

脳に軽い障害を受けて生まれました。


のちに、アスペルガー症候群(発達障害の一種)と診断されます。

知的能力に遅れは見られないものの、

「気を利かせる」とか「他人の気持ちを察する」といった

他人とのコミュニケーションが苦手だったり、

限定的な関心やこだわり強かったりする事で、

対人関係や日常生活に支障をきたしてしまう障害です。


本来、知的能力に遅れは見られない障害なのですが、

まわりの子供の中には、残酷な子もいます。

スージーがちょっと可笑しいと気が付くと、

彼女の目の前で、「お前、脳に障害があるだろ!」と平気で言い、

それから学校では、彼女の事を「おバカなスージー」と呼びイジメが始まります。

このイジメによって、彼女は自信を失くし、

重度の学習障害を発症してしまいました。

 

彼女の学習障害を理解してくれなかった教師は、

生徒と一緒になって、彼女をイジメました。


 

 

それに加えて、父親は鉱夫でしたが、戦争に行った後PTSDを患い、

イライラすると、スージーに暴力を振るったのです。


同級生や先生、そして父親からもイジメられた彼女でしたが、




唯一幸せだったのは、

母親が彼女を愛した事です。

元々教師志望だった母親は、勉強が出来なくても彼女を愛し、

タイピストだった事から、彼女の為にピアノを弾いてあげて、

スージーが音楽に興味を持つようにさせました。

少なくとも学校の音楽の授業だけでも興味を持つようにと。

学校でイジメられない様と、母子で決めた事があります。



気分が激しく変化しそうだと感じたら、

その場を離れるの。

パニックなったら、一旦人前から離れ一人になるの。

そして落ち着いたら戻ってくるのよ。 

出来るわね。スージー。



これが彼女の対人関の対処方法だったという。



頑張って高校を卒業すると、働き始めました。

母親は彼女が安全に楽しく働ける場所として見つけたのが

「ウェストロージアンカレッジ」というキッチンでした。

近くに劇場があり、仕事終わりなどに劇場に行ってミュージカルなどを見ました。

その時見たのが「レミゼラブル」でした。

その中の歌、「I Dreamed a Dream」を聞いて感動した彼女は、

いつの日か、自分も「I Dreamed a Dream」が歌えれば。と夢見ました。

母親の協力の元、デモテープを沢山作り、

それをさまざまなレコード会社やテレビ局、ラジオ局に送りました。

スージー35歳の時、テレビ「My Kind of People」のオーディションを受ける事が出来ました。

長年頑張った母子のチャンス到来です!!

彼女は見事な歌を歌いあげたのです。

しかし、結果は予選も通らないという惨敗でした。

(後にお兄さんは、この時の失格について、

 妹の歌は最高だった。本当によくやった。

 なのに・・・


 テレビに合わない外見(ブス)だから落とされたのさ。と語った。)


のちに出場した音楽番組では、男性司会者が彼女の事を「mong=ダウン症」と

侮辱的な言葉を浴びせた事もあった。(今なら問題視される発言)


それに対して、彼女は、

「私はこれまで、数多くの侮辱を受けてきたの。

 私がどうするかって?

 

 無視するのよ。」と語った。



みんなが(私の事を)どう思っていたかは分かっている。

けど、歌えればいいんでしょ?

ミスコンじゃないんだから。



その後も母親の後押しもあり、

彼女は地元のクラブや教会・パブでの歌のパフォーマンスを続けました。

41歳の時、母親は自分たちの生活費を切り詰めても、娘スージーの為に、

プロの歌のレッスンが必要だと感じて、歌手コーチのフレッドオニールを雇いました。


さあ再挑戦! そんな時期でした。



姉が喘息の発作で亡くなり、

父親も亡くなり、母親も病気になってしまったのでした。


彼女の歌手になるという夢は、ここで終わります。


彼女は全てをあきらめ、病気の母親の世話をするために戻りました。

今まで私を愛してくれた母親をほっといて、自分の夢など追えなかったのです。


結婚もせず、定職も持たず、年老いた母親の面倒をみながら、

教会でボランティアをしました。

母親の介護をしながら教会やパブなどで歌を歌う毎日。


しかし、2007年、もっとも恐れていた事が起きてしまいます。

最愛の母が亡くなったのです。

今までずっと彼女を愛し、支えてくれてきた母親の死。

 

歌手になりたいと思っていたスージーは、もう45歳になっていました。

「もうダメ。 

 私にはもう何も無い。」

あまりのショックに、電話に出る事も出来ず、数日間家に閉じこもっていたので、

近所の人はスージーも後追い自殺したのではと心配するほどでした。

悲しみに潰れた彼女は、もう歌も歌えなくなりました。

ただ教会などでの慈善活動だけは続けていました。

この頃から、近所に住む不良たちからもイジメを受け始めていたと言います。

スージーが買い物なので見かけると、不良たちは、

「汚ねえ~ぞ・ババア!!」と罵倒しながら、

彼女の顔を狙って、石を投げられる事もありました。















そんな時です。


テレビをつけると、

テレビのオーディション番組で、素人のポール・ポッツが優勝するのを見ます。

それを見て、羨ましいという気持ちと、自分にも出来るかもしれない。と思います。


その時、母の遺言を思い出したのです。


「貴方は本当に歌の上手い子なのよ。

 だから、絶対あきらめないで。

 テレビに出られるように、挑戦し続けてね。」


彼女は母との最期の約束を果たす為に、再び歌を練習し始めます。

そして、2009年彼女は既に47歳になっていましたが、

『Britain's Got Talent』のオーディションを受ける事に。

勝負の曲は、あの「レミゼラブル」の「I Dreamed a Dream」でした。

大舞台で歌った事などありません。

 

ただ、

 

教会に救いや助け・癒しを求めてやってきた人の為に、

 

心を込めてボランティアで歌っているだけでした。

 

このボランディだけは、母が亡くなっても、どんなに苦しい時でも続けていました。

 

 

 

 


全国から多くの芸達者な若者がオーディションに来ています。

みんな自分の順番を待っている間、緊張していますが、

 

そんな中、スーザンだけが他の人と違っていました。

若者の中で47歳という飛びぬけて高い年齢というだけではなく、

まるで緊張していないかの様に食べ物を食べている余裕さえ感じさせています。







彼女の番が来ました。

審査員が彼女に年齢を聞き、47歳と分かると、

会場のみんなは、呆れて、彼女の事を「こんなおばさんが」と鼻で笑った。



続いて、貴方の夢は?と聞くと、

エイレン・ペイジの様な歌手になる事。」と言うと、

エイレン・ペイジ

会場から「あんたの容姿で、なれる訳が無いじゃない」という様な笑い声が沸きます。





ところが、

スーザンが歌い出すと、観客も審査員も「ギョッ!」とします。

審査員の一人は、「君は、今までの3年間で、最も大きな衝撃だったよ。」と称賛。


スーザンは、パニックになったのか、歌い終わると、

すぐに帰ろうとして、スタスタとそでに下がろうとするハプニングもありましたが、


見事予選を通過し、結果は準優勝。

その後、スーザン・ボイルCDが全世界で発売される事になり、

デビューアルバム「I Dreamed a Dream」をリリースし、瞬く間に成功。

これは、史上最高の売り上げを誇るイギリスのデビューアルバムと見なされていて、

総売上枚数は世界で250万枚以上にのぼると言われています。

2009年と2010年にそれぞれリリースした2枚のアルバムは、

アメリカとイギリス両国のチャートでナンバー1を達成。

たった1年間で、これを成し遂げたのは、

 

モンキーズとビートルズだけという快挙だったのです。



スーザンは足が震えて身がすくむような恐怖を感じるたびに、

アメリカの数学者フランク・クインが言ってくれた言葉を思い出すようにしているといいます。


その言葉とは、


自分を信じなさい。

自らの物語を書くのは、

あなた自身なのだから。」

 

 

 

 

 


貴方も、夢をあきらめないで。 

私でも出来たのだから。      スーザン・ボイル

END

●「早く、この家から出て行ってよ!」。

 

 



これはアメリカに居た時の話です。

私が住んでいたのは、アメリカのワシントン州・シアトルという所でした。
シアトル市とワシントン湖をはさんで、Medinaという地区があります。

 

このメディナ地区というのは、本当にお金持ちだけが住んでいるという地域で、

あの世界一のお金持ちと言われたマイクロソフト創業者のBill Gates(ビル・ゲイツ)が住んでいる地域です。

ビル・ゲイツ宅

 

現世界一のお金持ちと言えば、私もよく使っている、あのAmazon(アマゾン)の創業者、

Jeff bezos(ジェフ・ベゾス)さんですが、

実は彼もこのメディナ地区に住んでいるのです。

ベゾス宅

 

つまり、世界一と世界二の金持ちが、どちらともシアトルのメディナ地区に住んでいるのです。





そんなメディナ地域のすぐ隣にノースウエストベレビューという地域があります。

 

ここも小金持ちの方々が住んでいる地域でしょう。

 



私と霊能者の方が訪れた家も、結構立派な家でした。

 

 

 

 

 

 

出張鑑定は、通常の鑑定の約3倍の費用がかかりますが、

お金持ちの方としては、どちらにしてもはした金だった事でしょう。

 



依頼主は、この豪邸の奥さんでした。

 



依頼内容がちょっと複雑だったので、要点を要約してお話しいたましょう。






現在の奥さんの年齢は46歳。

今から約18年前の事、彼女が28歳の時、

航空関連の社長だったご主人(45歳)と出会い、結婚しました。

奥さんが28歳で初婚、ご主人が45歳で再婚でした。


ご主人側には、幼い女の子の連れ子が2人いました。

つまり、彼女は結婚と共に、2人の女の子のお母さんになった訳です。


その後、彼女は夫との間に、男の子と女の子を身ごもり、合計4人の子供のお母さんとなり、

一家6人、幸せに暮らしていました。





しかし、その幸せも長くは続かなかったと言います。

結婚して10年が経った時でした。

ご主人が階段から落ちて、車椅子生活となったのをきっかけに、

体の具合も段々と悪くなり、その2年後にはガンを発症。

その後は、長男に会社を譲る為に入社してもらい、

後継者になる為の教育が始まりました。

長男の頑張りもあり、会社の方は無事だったのですが、ご主人の方は転移が見つかり、

1年前に亡くなったのでした。



その後、遺産相続になり、

夫が残した遺産(家・預金・会社)を彼女と4人の子供で分け合いました。

彼女は長男の為もあり、家よりも現金と会社の株式などを相続したといいます。






ところが、遺産相続が終わると、不思議な事が起き始めたのです。


4人の子供達がいっせいに、口を合わせる様にして、

彼女に「家から出て行け。」と言い始めたのです。

特に今まで可愛がっていた長男から言われた、

「早く、この家から出て行ってよ。」

 

という言葉にはショックだったと言います。




奥さんは、子供達の急変と夫の死が関係あるのではないか?

夫の霊が長男や子供達を急変させたのではないか?

そんな事を考えると、気が変になるといい、

今回子供達が居ない時に、霊能者の方に来てもらったのでした。






さっそく霊視が始まりました。




霊能者の方の鑑定結果が、とても意外で衝撃的なものだったので、

 

今でも忘れられません。

 



さて、この時点で真相が分かる方は、すごいです。

少し考えてみてから、先をお読みください。

































さっそく霊視が始まりました。



普通、霊能者の鑑定が始まると、

2、3分ですぐに霊能者の方が何か言い出すのが常なのですが、

この時は、なんと10分以上も霊能者の方は何も言わなかったのです。

ただ、奥さんのやや上の方を見ながら、黙っていました。

そばにいる私にとってはその10分が30分の様に感じたものです。



やがて、霊能者の方から、驚きの鑑定結果がくだされたのです。


その口火を切ったのが、この言葉でした。











「貴方の後ろにね、



 怖い顔をした女の人が見えるの。





「貴方が結婚した時、

 まだこの家に、前妻さんがいたでしょ?」






実は、彼女、不倫の恋の末に彼と結婚したのでした。

つまり、略奪婚だったのです。


元はと言えば、ご主人の不倫がいけないのですが、

彼女の方も彼が社長だと知っていたので、あえて避妊しませんでした。

やがて、妊娠した子供が男の子だと分かると、

彼に離婚をせがむ様になります。

彼の方も、若い彼女の方が好きだったし、

後継者として男の子が欲しかったというのもあり、

奥さんに別れてくれと言います。

しかし、奥さんに断れると、それに怒った彼は奥さんに暴力を振るう様になり、殴る蹴る。

最後はボコボコにして強制的に離婚を承諾させたのでした。

ただ、奥さんは子供と離れたく無かったし、帰る所もなく、離婚後もこの家に居座ったといいます。

そこに再婚した彼女が、この家に乗り込んで来たのでした。

こうして、彼は前妻に若妻との生活を見せつけて、早く家を出て行けと急かしたのでした。

前妻さんは、結局わずかな手切れ金を渡されて、

幼い娘2人を残して、この家を追い出されたのでした。



霊能者の方の霊視によると、

その前妻さんは、その後ボロアパートに一人で住んでいたものの、

二人を怨みながら、誰にも看取られず8年後に孤独死したといいます。



霊能者いわく、

ご主人が結婚後10年目に怪我したのも、奥さんの霊による復讐だと言います。



それを聞いた奥さんが、

「私は、どうすればいいんですか?」と霊能者に聞くと、

霊能者の方は、

「とにかく、精魂込めて前妻さんに謝る事ですね。

 まずは毎月お墓参りに行って、謝ってください。」


すると、奥さんが、

「前妻さんのお墓の場所なんて知らないんですけど・・・」と言うと

霊能者の方が、しばらく考えてから、こう言いました。

「自宅の貴方の部屋に、

 前妻さんの写真を飾る場所を作って、毎日寝る前に、

 前妻さんに謝ってみて下さい。

 そして2週間が過ぎたら、長女にお墓の場所を聞いてみてください。

 教えてくれるはずですよ。」





最後に、奥さんは、こんな事を霊能者の方に聞きました。

「本当に、そんな事があるのでしょうか?」


すると、霊能者の方が、

「あるんですよ。

 
 貴方、

 前妻さんがまだこの家に居る頃、

 ご主人と一緒になって、彼女を家から追い出したでしょ。


 その時、貴方が彼女に言った言葉と同じ言葉を、

 今回、彼女は貴方にぶつけているんですよ。

 それは、私が言っているんだと、貴方に分からせる為でもあるんです。」



「早く、この家から出て行ってよ!」
 

END

 

 

 

 

PS.この話と写真の家は関係ありません。