●神社仏閣で誰もが犯しそうなミス。

 

 

 

前々回の双子の兄の記事で、御朱印の事を書きましたが、

 

 

彼にはもう1つ注意した事があったのを思い出しましたので、追加します。

 

 

それは誰でも、参拝した時に犯してしまう可能性のある失敗です。

 

 

特に現代は、誰でもスマホや携帯を持ち歩く時代なのでなおさらでしょう。

 

 

私が彼に注意したのは、神社仏閣を訪れた時の行為です。

 

 

 


私が彼の趣味である御朱印集めを聞いた時、

 

 

御朱印や氏神様の事の他に、もう1つ気になった事がありました。

 

 

それは、

 

 

彼は神社仏閣に参拝に行った時、

 

 

その記念に御朱印をもらう他に、スマホで写真を撮っていたんですね。

 

 

スマホで撮った写真も見せてもらいました。

 

 

どんな写真かと言うと、

 

●神社をバックにした自分の写真や、

●神社の写真や、

●狛犬(こま犬)の写真など。

 

そして、聞くとそれらの写真を、

 

 

ツイッターやインスタにアップする時もあると言います。

 

 


「えっ、それなら私もある!」と言う方がいるかもしれませんね。

 

 


更に、

 

 

「えっ、それのどこがいけないの?」って言うかもしれませんね。

 

 


そう、それだけ誰もがやりそうな事です。

 


この時点で、気が付いた方は、神様関係に敏感な方。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は、彼が犯した失敗は、神社仏閣に行った時に、

 

 

神様仏様の許可なく写真を撮っているという事でした。

 

 

 

神社仏閣は、言うなれば神様仏様の私有地であり、家です。

 

 

そこで勝手に写真を撮りまくってしまうのは、

 

 

そこの神様仏様の機嫌を損ねてしまう可能性あるのです。

 

 

 


ただ、神社仏閣の写真を知らずに撮ってしまっても、

 

 

何も悪い事が起きないという方もいます。

 

 

多分、そういう人はそれを上回る様な良い事をしている人だったり、

 

 

写真を撮る目的に愛があったりして、神様仏様が共感してくれている場合。

 

 

例えば、神社に書かれた落書きを撮って、イケない行為だと広く伝える為だったり、

 

 

この神社の美しい外観を、家で寝たきりの母にも見せてあげようと思って撮ったりと、

 

 

何かしら、神様仏様に共感され許されているのでしょう。

 

 

 


でも、神社仏閣に行って、

 

 

そこの写真を撮ってから、なんか運勢が悪いと思う方は、

 

 

ここから先に私が書く事を読んで頂きたいと願います。

 

 

 


神社やお寺で、写真を撮って何が悪い。と思われるでしょうが、

 

 

先に私は神社仏閣は、言うなれば神様仏様の私有地であり、家です。と言いました。

 

 

これを貴方に身近な現実世界として考えてみて下さい。

 

 

貴方に彼氏が出来ました。

 

 

そこで彼の実家に挨拶に行く事になりました。

 

 

彼の実家に着き、門を入った直後から、

 

 

貴方は彼の家の写真をバシバシ取り始め、彼のご両親が現われたら、

 

 

ご両親の写真も撮り始め、家に入っても家の中の写真を撮りまくりました。

 

 

勿論、なんの許可も得ずにです。

 

 

彼のご両親は、貴方の事をなんと思うでしょうか?

 

 

神様仏様は、彼のご両親ほど短気では無いし、そんな心も狭く無いです。

 

 

でも中には、良い気持ちにならない神様仏様もいるかもしれません。

 

 

それに、神社仏閣には、心の広い神様仏様だけが居るとは限りません。

 

 

その神社仏閣に使えている自然霊が、神様仏様の代わりに怒るという事もあるでしょう。

 

 

 

 

では、彼はどうすれば良かったのでしょうか?

 

 


それは簡単な事です。

 

 


写真を撮る前に、一言、

 

 

ご神体の有る方向に向かって、

 

 

 「写真を撮らせていただきます。」とお願いしてから、撮る事です。

 

 

もちろん、撮影禁止の場所はダメですよ。

 

 

近くに撮影禁止の看板が無いか確かめて下さいね。

 

 

また、この「写真を撮らせて下さい。」の一言が無い為に、

 

 

せっかく貴方が参拝しても、願いが叶わないという事になってしまいます。

 

 

 

 
それにもう一言、

 

 

写真を撮るのは、参拝の後にする方がいいです。

 

 

参拝の時に手を合せながら、お願い事などをした後に、

 

 

「写真を撮らせていただきます。」とお願いしてから、撮る事です。

 

 

ちなみに、写真を撮っている時に、

 

 

急にシャッターが下りなくなったり、

 

なぜかこのタイミングで電池が切れたり、

 

写真を撮っている最中に、他の人に睨まれたり、注意されたら、

 

 

それは、偶然では無く、

 

 

もう写真は撮るな。と神様仏様に注意されていると思って下さい。

 

 

また、絵馬など他の人の名前が分かってしまう、

 

 

他の人の秘密を暴露する行為やバカにする様な写真は撮らない方がいいです。

 

 

 

 


あと、彼がスマホで撮った写真の中に、下の様な写真があったのですが、

 

 

皆さんは、下の写真のどこが上の写真よりも悪いと思いますか?

 

 

すぐに気が付いた人は、神様関係に敏感な方です。

 

 

 

 

どこが悪いかと言うと、

 

 

皆さんは、こんな話を聞いた事はありませんか?

 


「参道を歩く時、真ん中を歩いてはいけない。」

 

 

なるべく参道の真ん中を避けて歩いた方がいい。

 

 

なぜなら、真ん中は正中(せいちゅう)と呼ばれ、神様仏様が通る道だから。

 

 

つまり、神様に無断で写真を撮った上に、正中で撮っているのです。

 

 

 

 

 

実は、この上を行く悪い行いがあります。

 

 

彼の場合、写真をツイッターやインスタにアップしていましたが、

 

 

もし、神社仏閣の写真を乗せ、その説明文の中に、

 

 

その神社仏閣を中傷する言葉や悪口を書いたら、それはつまり、

 

 

神様仏様に無断で写真を撮った上に、

 

 

勝手にSNSに乗せた上に、悪口を書いた事になります。

 

 

そこまで行ったら確実に、

 

 

そこの神様仏様やそこに使える霊(自然霊)の怒りを買うかもしれません。

 

 

 


彼の場合、そこまで酷い事はしていませんでした。

 

 

ただ、話題作りや記念として、

 

 

その日に行った神社の写真をインスタにアップしていただけでした。

 

 

 

 

そこで、私が彼にアドバイスしたのは、下の2つのどちらかでした。

 

 

●1つは、スマホに入っている写真と、インスタにアップした写真を、

 

全て削除して、現像した写真は全てお焚き上げしてもらう。

 

 


ただ、せっかく長年記念に撮った写真を消すのももったいないし、

 

 

インスタにアップした写真を削除するのも記念を無くすようでもあり大変でしょう。

 

 

 

そこで、もう1つの選択。

 

●神棚の前に、写真とスマホを一晩置き、

 

今まで無断で写真を撮った事をわび、これから気を付けますので、

 

今まで撮ってしまった写真を、どうか使わせて下さい。と手を合せてお願いします。

 

 


ただ、彼の場合、自分の家や実家にも神棚が無いと言うので、

 

 

近くの神社に持っていき、スマホを差し出して置いてから、

 

 

お賽銭をあげて、そのまま3分間、他の参拝者の邪魔にならない様にして、

 

 

今まで無断で写真を撮った事をわび、これから気を付けますので、

 

 

今まで撮ってしまった写真を、どうか使わせて下さい。と3回、

 

 

手を合せてお願いする様にアドバイスしました。

 

 

 

 


これを読んでいる方は常識人が多いから大丈夫だと思いますが、

 

 

もし、貴方のお子さんや友達が、一緒に神社仏閣に行った時に写真を撮ろうとしたら、

 

 

お金がかからず出来る事ですから、

 

 

ぜひその子の為にも教えてあげて欲しいと思います。


END

 

 

●猫は自分の死を予知できるのか。

 

 


昔から、猫は自分の死を予知すると、

 

 

どこかに出かけて行って見知らぬ所で死ぬと言われていますが、

 

 

本当にそうでしょうか?

 

 

野良猫の後をいつもついて行く訳にもいかないので、

 

 

実際の所、確かめるのは難しいかと思います。

 

 

 

はたして、

 

 

猫は自分の死を予知できるのでしょうか?

 

 

 


今日は、私なりの結論を書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その野良猫と出会ったのは、今から約1年前でした。

 

 

全身がねずみ色の猫なので、ちょっと暗がりに入ると、

 

 

陰とまぎれて探すのが難しい色でした。

 

 

首輪が無いし、色もねずみ色なので、すぐ野良だと思いました。

 

 

仮に、その野良猫の名前をザトー君と呼びましょう。

 

 

「黒系の色は人気が無いから、お前も野良なんだな。」

 

 

当時、スズメに餌をあげていたので、

 

 

どうやらスズメ目当てにうちの庭に来たのでしょう。

 

 

「お前もお腹が空いてるんだな。」

 

 

そこで、私が飼っている猫のミミの食事を分けてあげました。

 

 

分けてあげたと言っても、ミミの為に買ったのに食べてくれなかった種類です。

 

 

ミミは保護猫で、約3ヵ月くらいの時に家にやってきてウチの子になりました。

 

 

当初は、何が好きなのか分からなかったので色々な種類を買って与えた結果、

 

Shebaが好きな様で、すべてShebaを買う様になりましたが、

 

それも1年だけで、好みが変わったのかShebaの粒が大き過ぎるのか、

 

Shebaを食べなくなりました。

 

現在は、MonPetitの7種のブレンド(しらす入り)と(小魚入り)それと、

 

懐石Zeppinの本枯れ節添えと、Aixiaのかつお味だけを交互に食べています。

 

他の種類は食べません。たまに黒缶のかつおをあげます。

 

 

 

 

野良猫ザトーに食事をあげると、喜んで食べました。

 

 

すると、次の日もやって来て、木の下で私を待っています。

 

 

そうなると、なんか可愛くなって、

 

 

ザトー様に食器を買い、そこにペットフードを入れてあげるようになりました。

 

 

ただ夜中に雨が降ると、残したペットフードがふやけてしまい腐りやすくなってしまいます。

 

 

そこで、庭の屋根付きのテラスの上に置いてあげました。(お水も隣に)

 

 

 

 

それからは、ほぼ毎日来るようになり、

 

 

私が庭に来るまでは、庭で日向ぼっこして待つ様になり、

 

 

私が鳥達にエサをあげ終わるの待っていて、私が家に戻るとテラスに上がってきて食べるのが常でした。

 

 

多分、ザトーは今まで一度も人に飼われた事は無いのでしょう。

 

 

もうザトーに1ヶ月も食事をあげている私にさえ、姿を見ただけで威嚇してきますし、

 

 

近づくともっと威嚇してくるのが常でした。

 

 

近づけても1mです。1m以内に近づくと、威嚇しながらゆっくりと逃げます。

 

 

用心深いというよりは、プライドが高く常に威勢を張っているという感じでした。

 

 

 


やがて、その性格が災いを呼ぶ事になります。

 

 

 

 

 

私が一番ザトーの事を可愛いと思ったのは、

 

 

ある日、私が車で出かける時に、隣の室外機の上に寝転んで、

 

 

ずっと私の方を眺めていた時です。

 

 

柵があるとはいえ、私との距離はわずか40cmほどなのに威嚇もしません。

 

 

両目を開き笑顔で、ただ私を見送ってくれている気がしました。

 

 

写真を撮っておけば良かったと思います。

 

 

ザトーもすっかり私の家が好きになったのか、

 

 

夏の暑い日には、日陰のコンクリの上で寝転んで時を過ごしていました。

 

 

そんな姿も写真に撮っておけば良かったと思います。

 

 

 

 


そんなザトーに悲劇が訪れたのは、今から約半年前の夜中の2時でした。

 

 

 

庭で激しく猫同士が威嚇し合っている鳴き声がするのです。

 

 

当時、スズメを狙ってか、ウチの庭にはザトーの他にも2匹の野良猫が来ていました。

 

 

1匹は黒と白が交互になっている猫で、この猫とは、

 

 

昼間に距離20cm位で威嚇しあっているのを目撃した事がありますが、

 

 

黒白の猫が静かに退散するという結末を目撃した事がありました。

 

 

もう1匹の猫はザトーよりもやや大きなチャトラの猫でした。

 

 

この猫は相当お腹が空いているのか、

 

 

雨でふやけて置いといたエサも残さず食べている所を見た事がありました。

 

 

実は、スズメにエサをあげる様になる1年前に、庭にチャトラの猫がいた事があります。

 

 

同じ猫かどうかは分かりませんが、

 

 

それに気が付いたのは、ウチのミミがやけに興奮しているので、

 

 

ミミが見ている窓の外をみてみると、チャトラの猫がいたのです。

 

 

もしかしたら、ミミ目当てに来たのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

やがて、威嚇し合う声から、激しく走り回りながら威嚇する声に変わりました。

 

 

喧嘩が始まったのです。

 

 

猫同士の縄張り争いです。

 

 

やや家から遠い所でも声が聞こえたので、1方が1方を追いかけて行ったのでしょう。

 

 

翌朝、庭に出てみると、雑草があちこちでなぎ倒されていて、

 

 

激しい喧嘩が庭で行われたのを物語っていました。

 

 

 

 

そして、その日の午後でした。

 

 

庭にザトーが現れたのですが、左目がつぶれていたのです。

 

 

昨夜の喧嘩で負傷したのは明らかでした。

 

 

ザトーには悪いけど、前よりも顔が怖く見えます。

 

 

眼帯でもしていれば違うのでしょうが、片目をつぶったままの顔で威嚇されると、

 

 

以前よりも迫力があり、怖く見えました。

 

 


体に怪我は無いようでしたが、片目だけつぶれている様でした。

 

 

その頃から、あのチャトラの猫を見ませんので、

 

 

ザトーは縄張り争いに勝ったのかもしれません。

 

 

でも、その代償は余りにも大きなものでした。

 

 

 

 

その時、私が一番心配したのは、

 

 

また今度こういう事があったら、今度はもう片方の目を失ってしまうという事でした。

 

 

野良猫がメクラになったら、生きていけません。

 

 

 

 

そこで、

 

 

私はザトーに食事をあげる前に、

 

 

じっとザトーを直視しながら、さとす様に言い聞かせました。

 

 

「もう喧嘩しちゃダメだよ。

 

 夜は危険だから、ウチに来ちゃダメだよ。」

 

 


それから2週間、毎日の様に何度も言い聞かせました。

 

 

ザトーは「くどいなぁ。」と思いながらも、静かに聞いていました。

 

 

 

 

 

 

それからは、ザトーは食べ終わると、日が沈む前にどこかに消えて行く様になりました。

 

 

毎日来ていたのも、1週間来なかったり、続けて5日来たりと、

 

 

かなり変則的に訪れる様になりました。

 

 

長い事見ないと、どこかで死んでいるのではないかと心配になったものです。

 

 

やがて冬が近くなってきて寒くなってきました。

 

 

冬が無事越せるように、ドライペットフードの他に、

 

 

缶詰のペットフードと、小魚を一匹と、ソーセージを輪切りにしてレンジでチンしたものを、

 

 

あげる様にしました。

 

 

ただ、ザトーは全部食べたのは最初の一回だけで、次からは、

 

 

ソーセージは残す様になり、ソーセージは他の猫が食べた様で、朝にはカラになっています。

 

 

ドライフードもCaratの腎臓の健康に配慮したものでビタミン強化のものにすると、

 

 

ザトーはそれが一番好きで、それが入ったボールだけをよく食べる様になりました。

 

 

最近は私も、野良同士が喧嘩しない様に工夫するようになりました。

 

 

常に置いておくペットフードは庭の前に置き、ひいきの野良猫には、

 

 

その庭とは反対側で、その猫が来た時だけそこであげる様にしました。

 

 

すると、ひいきの猫はエサも何も無い場所でずっと待っててくれるので喧嘩も無くなりました。

 

 

 

 

 

ザトーは無事冬を越せた様でした。

 

 

3日も見ないと心配でしたが、元気な姿を見ると威嚇されても嬉しいです。

 

 

 


ところが、今月の4月に入ってもザトーは庭に現れません。

 

 

もう1週間もどこに行ったきりになっているのでしょうか。

 

 

誰か、片目の猫でもいいという人が飼ってくれているのならいいのですが。

 

 

そんな心配をしていた4月5日でした。

 

 

 

 

 


ザトーが庭に現れたのです。

 

 

 

 

こんどは右目を失っていました。

 

 

きっと、必死の思いで、私の家にたどり着いたのでしょう。

 

 

「お前は、とうとう座頭市になってしまったんだね。」

 

 

長い間、何も食べていなかったのかもしれません。

 

 

歩く姿がもフラフラという感じでした。

 

 

すぐに食事を与えると、ヨロけながらも近づいて食べてくれました。

 

 

ただ少し深くなっている器は食べにくそうにしていたので、

 

 

すぐに100円shopに走り、お皿に近い器を買ってくると、

 

 

この方がずっと食べやすいという感じで食が進んでいる様でした。

 

 

でも、口の中が怪我している様で、何度も何度も噛んで飲み込んでいる感じでした。

 

 

そんな状態なので、ドライのペットフードは食べられない様でした。

 

 

 

 


それよりも、これからが問題です。

 

 

 

この子は、もうこの庭から出たら危ないし、生きていけない。

 

 

そこで、テラスの上に段ボールの家を作ってあげました。

 

 

と言っても簡単なものです。

 

 

やや横幅の大きな段ボール箱をスーパーから貰ってきて、それを横にして、

 

 

100円shopで買ってきたバスマットを底に敷いただけのものです。

 

 

すぐには入ってくれませんでしたが、

 

 

夕方が近づき、他の猫が来るかもしれない時間が近づくと、

 

 

ザトーは気に入ってくれた様で、段ボールの家に入ってくれました。

 

 

私は座頭に近づくと、こう言い聞かせました。

 

 

「ずっとここに居ていいんだよ。」

 

 

 

 

その日から、座頭はずっと庭から出ないで、ここで暮らす様になりました。

 

 

 

夜はずっと家に入り、朝の5時ころになり、スズメの鳴き声がすると、

 

 

庭に出ているというパターンが始まりした。

 

 

 

 

座頭をよく観察すると、まったく見えないというのでは無い様です。

 

 

新しくつぶれた右目はまったくダメでしたが、

 

 

半年前につぶれた左目がかすかに開いていて、私が置いたお皿の位置がかろうじて分かる程度です。

 

 

 

座頭は安心した様で、庭に居る時は、いつもの木陰に寝転んだり、

 

 

庭の右端にいたと思ったら、庭の左端にいって寝転んだりと、日光浴を楽しんでいる様でした。

 

 

水は大切だと思い、庭の5か所に水を入れたお皿を置くようにしました。

 

 

水を探しだして飲んでいる姿を見ると嬉しくなりました。

 

 

「えらいぞ、座頭。」

 

 

 

 

 


しかし、更なる試練が座頭を襲います。

 

 

ここに来た時にすでに口の中を怪我している様で、ドライフードは食べられませんでしたが、

 

 

その怪我が進んでいる様で、柔らかい小魚も食べられなくなりました。

 

 

そこでスーパーでシーチキンの水煮で、味付けしていない素材そのままというのを買ってきて、

 

 

更にそれを砕いて細かくてあげる様にしました。

 

 

頑張ってモグモグして食べていましたが、それも3日間だけで、

 

 

やがて、それも食べなくなりました。

 

 


もう噛む力が無くなってしまったのでしょうか。

 

 

でも食べないと。座頭は確実に死んでしまいます。

 


悩んだあげく、D2に行って液体状のチャオチュール(ピューレ状の食事)を買ってきました。

 

 

すると、嬉しい事にお皿に出したものを全て舐めて食べてくれのです。

 

 

チャオチュールって結構高いです。20本800円位ですが、

 

 

嫌いになったら困ると思い3種類買ってあげました。

 

 

座頭は舐めて食べられるならと、一日10本食べてくれました。

 

 

高くても、座頭が嬉しそうに皿をカラにしてくれると嬉しかった。

 

 

 


ところが、日に日に食べる本数が少なくっていくのです。

 

 

毎晩神様にお願いしました。

 

 

「どうか、座頭が食べれる様になりますように。」

 

 

しかし、座頭の食欲はどんどん減退していったのです。

 

 

6本になり、4本になり、1本になり、残りを残す様になってしまったのです。

 

 

 


もう私の力では、ダメだ。

 

 

 

私は千葉県の動物愛護センターに電話してしましました。

 

 

「うちの庭に、ほとんど目が見えない野良猫が迷い込んで来ました。


 普通の餌を買ってきて与えたのですが、歯であまり噛めないようで、よう食べません。


 多分どこか悪いのかもしれません。フラフラとしか歩けないようです。


 噛まれると怖いので、あまり近づいていません。


 どうしたらいいでしょうか?」

 

 


何でもいいからアドバイスをもらえないかと、電話してしまい迷惑をかけてしまいました。

 

 

電話に出た方は、ここでは野良猫を捕まえるという依頼になるので引き受けられないといいます。

 

 

もし、迷惑なら、その猫を庭から追い払ってください。と言われました。

 

 

私が捕まえて、そちらに連れて行ったら、どうなりますか?と聞くと、

 

 

それなら譲渡会で引き取り手を探してくれると言います。

 

 

ただ、譲渡会でも残ってしまったら、どうなるのか聞くと、殺処分だといいます。

 

 

両目をほぼ失ってる座頭を引き取ってくれる物好きな人など、きっといないでしょう。

 

 

座頭を捕獲しても殺処分だと思いました。

 

 

係りの人は、「他に聞きたい事はありますか?」と聞いてきましたので、

 

 

「もし、捕獲して去勢しないといけない場合は、無料でしてくれる所はありますか?」

 

 

と聞くと、係りの方は、「そういう場所があるというのは聞いた事はありますが、

 

 

こちらでは、一か所も知りませんので、教えられません。」と言われました。

 

 

 

 

 

やがて、座頭は半分も食べられなくなり、やっと水だけを飲むだけとなりました。

 

 

それでもフラフラしながらも、庭に出ると、じっと寝て過ごしていました。

 

 

このころも、私が近づくと威嚇はするのですが、こころなしか優しい威嚇の声になっている気がしました。

 


そして、夕方が近くなるとテラスの上に作った段ボールの家に戻ってきて、

 

 

中で寝てくれるのです。

 

 

 

 

 


ところが、4月の19日でした。

 

 

その日も夕方になる2時間も前に、段ボールの家に入っていました。

 

 

ただ、夕方もう一度鳥のエサをあげに庭に出た時、

 

 

段ボールの中にいたはずの座頭がいません。

 

 

どこに行ったのかと、庭のあちこちを探したのですが、いないのです。

 

 


私は、その瞬間、

 

 

座頭は、死に場所を探しに行ったのだ。」と思いました。

 

 


念の為に最後にテラスの下を草をかき分けて調べてみると、

 

 

テラスの下に潜り込んで、じっとしている姿を見つけました。

 

 

座頭が今までテラスの下に行った事など、私が知っている限り1度もありません。

 

 

見つけましたが、やはり死に場所を探しに行ったのだと、

 

 

座頭の意思を尊重して声はかけませんでした。

 

 

 

 


私も家に戻ると、覚悟しました。

 

 

その翌朝、2時頃でした。

 

 

無性に座頭の事が頭に浮かび悲しくなりました。

 

 

その瞬間、座頭が死んだ。と思いました。

 

 

 


翌朝、行ってみると、座頭は横に横たわっていて亡くなっていました。

 

 

私は座頭が、自分の死を予知して、

 

 

安全な段ボールの家にいたのに、あえて危険な外に出て、

 

 

しかも今まで一度も行った事が無いテラスの下を死に場所に選んだのだと思いました。

 

 

 

 

 

 

その時、私は初めて座頭を触りました。

 

 

まだ少し温かく感じました。

 

 

何度も何度も、撫でてあげました。

 

 


「座頭、お前はえらいよ。

 

 いい子だ、本当にいい子だ。

 

 座頭、お前は、ウチの子だ。

 

 最後は、野良じゃないぞ、野良じゃないぞ、

 

 

 お前はウチの子、ウチの子として亡くなったんだよ。

 
 今度生まれてくる時は、幸せになるんだよ。」

 

END

 

 

●一途と八方美人

●一途と八方美人。

 

 


このお話は、昨日のブログ(●運が良い弟と、運が悪い兄の違い。)の続きです。

 


 

従って、昨日のブログ(https://ameblo.jp/hirosu/entry-12455261418.html

 

 


を先にお読みください。


そしてから下をお読み下さい。
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[前回までのあらすじ

 


一度、双子の男性のお兄さんの方を鑑定した事がありました。

 

やはり双子だけあって、兄弟の顔はそっくりでした。

 

それなのに、兄は常に運が悪く、弟は常に運が良いといいます。

 

お兄さんいわく、二人に違いが出始めたのは、大学3年の時からだと言います。

 

大学3年になると、弟には彼女が出来たそうだが、お兄さんには出来なかった。

 

大学を卒業すると、弟は地元の有力企業に就職出来たが、

 

お兄さんは、その会社には落ち、東京にある企業に就職したという。

 

それから4年後、弟は付き合っていたその彼女の家の婿に入り結婚した。(養子)

 

奥さんの家は、地元でも有数のビルを持つ地主さんだそうだ。

 

しかしその頃、お兄さんは付き合っていた女性と別れたという。

 

そして現在、弟家族には2人目の子供が産まれ、先日出産祝いに行ったというが、

 

彼の方は未だに彼女もいないし、仕事もパットしないという。

 

いったい二人の兄弟の幸不幸の差はどうして起きたのか、教えて欲しい。そんな相談だった。

 

つまり、仕事、女、金。と全てにおいて弟に負けている兄は、

 

弟の事をうらやましく思い、同時に自分が惨めに感じてしまっているのである。

 

彼はとにかく、こう言うのである。

 

「一般論はいいですから、弟と私がどうしてこうも違う人生を歩んでいるのか、診て欲しい。」

 

二人は、双子だから生まれた日も一緒で、顔相もほとんど一緒なので、私の専門も通用しない。

 

育った環境も、親の教育や親の遺伝も一緒。

 

手相は多少違うのだろうが、弟さんの手相が分からないので比べられない。

 

私はいつの間にか、彼に二人の生い立ちから尋ね始めていた。

 

小学校時代は瓜二つと言われ仲良かった兄弟。

 

中学・高校と同じ学校で共にサッカー部だったという。

 

練習も一緒、休日もサッカーづくしとほぼ変わらない生活。

 

その他にも、良い事、悪い出来事も聞いてみた。

 

例えば、ボランティア活動をしたとか、誰かを助けたとか、

 

猫を殺したとかの殺生を行ったとか、悪い行いをしたかとか。

 

しかし、特に目立つ良い事も悪い事も二人ともしていないという。

 

生活面で、二人の兄弟に目立つ違いはまったく無いのである。

 

しかし、1時間も話している時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は二人の運を分けたと思われる出来事を、ついに見つけたのである。

 

 

それは二人の趣味を聞いた時だった。

 

 

 

弟さんは、映画やDVD鑑賞と内向的な趣味だったのに対し、

 

 

お兄さんの趣味は、御朱印集めだという。

 

 

以前はパワースポット巡りを兼ねた登山が趣味だったというが、

 

 

ここ4年間位は御朱印集めが趣味になっているという。

 

 

実は私は御朱印をもらった事が無い。

 

 

「へぇ~、すごですね。」と言うと、「見せましょうか?」と言う。

 

 

なんと占いをしに来ている時でさえ、御朱印帳を持ち歩いているのだという。

 

 

いつ何時、神社仏閣に巡り合うか分からないので、常に持ち歩いているらしい。

 

 

しかも、カバンから3冊もの御朱印帳を出して見せてくれた。

 

 

彼いわく、御朱印の種類によって書いてもらう御朱印帳を変えているのだという。

 

■1冊は、神社用

■1冊は、お寺用本能寺の御朱印

 

以前、神社の御朱印とお寺の御朱印を一緒にしているのを叱れた事があったそうで、

 

それで分けているのだという。

 

■最後の1冊は、綺麗な絵が描かれている御朱印だという。

 

牛玉山観音寺            千葉 櫻木神社

 

この御朱印帳は、帰宅してビールを飲みながら眺める事がよくあるという。

 

そんな彼は、約4年間で250種類以上の御朱印を集めたというから凄い。

 

 


「弟さんも御朱印を集めていますか?」と彼に聞くと、

 

 

「弟は、こういうもん全然興味ないです。」

 

 

弟さんは大学時代に彼女が出来ると、

 

 

彼女の地元の神社(彼女の実家の氏神様)以外には行かなくなったという。

 

 

彼いわく、自分は日本中の御利益がありそうな神社仏閣に行っているのに、

 

 

どうして、どこにも行かない弟の方が御利益があるのか分からないという。

 

 


「でも、貴方も正月などにはちゃんと毎年自分の氏神様にお参りに行くんでしょ?」と聞くと、

 

 

「昔は、弟や両親と一緒に毎年氏神様にお参りに行ってたけど、

 

 御朱印を集めるようになってからは、自分だけ他の神社にお参りに行ってます。」と言う。

 

 

「えっ、それはなんで?」と聞くと、

 

 

正月には、正月限定の御朱印がもらえる神社に行くのだと言う。

 

 

だから、正月限定の御朱印がある神社仏閣を何か所も巡るのだそうだ。

 

千葉 櫻木神社

 


なんか、彼の話を聞いていて、彼と弟さんの運勢の違いが分かった様な気がした。

 

 

 

■弟さんは、大学3年から今まで、ずっと彼女の実家の氏神様だけを一途にお参りしているのだ。

 

正月は勿論、大学に合格すればお礼に参拝、結婚すればご報告に参拝、

 

子供が産まれれば、お礼に参拝、七五三になれば参拝と、

 

何年間もずっと1つの氏神様だけに通っているのである。

 

 

■それに対して、お兄さんは色々な神社仏閣を多岐にわたって参拝しているのだった。

 

 

しいて言うなれば、一途と八方美人の差だろうか。

 


別に御朱印集めが悪いという事ではない。

 

 

御朱印は参拝記念だったり、奉納記念だったりして、思い出になり良いものだ。

 

 

ただ、御朱印集めの為に、自分専属の神社仏閣を持たないというのは、

 

 

願いが叶わないとは言わないが、いざという時や、困っている時に、

 

 

タイミング良く手助けしてくれるという期待が余り持てないのである。

 

 

霊能者いわく、ずっと特定の神社仏閣にお参りしていると、

 

 

その神社仏閣で働いている霊(自然霊)が、家まで来てくれて、

 

 

貴方の願いが叶う様に手助けしてくれる事がよくあるのだという。

 

 

 


もう1つ気になる事があった。

 

 

それはお守りとお札である。

 

 

■弟さんは、彼女の実家の氏神様の所のお守りとお札しか持っていない。

 

それを毎年買い替えているのである。

 

■それに対して、お兄さんは30ヵ所以上の神社仏閣のお守りとお札があるという。

 

きっと中には1年の期限を過ぎて持ち続けているお守りもあるだろう。

 

実はお守りとお札は、数が多ければ良いという訳では無い。

 

むしろ多いと、お互いが作用しないで、効力が発揮されないという現象が起きる事が多い。

 

それは宜保愛子さんも、江原啓之さんも指摘している。

 

宜保愛子さんにおいては、むしろ悪い事が起きる事もよくあると言っていた。

 

 


お守りやお札は多くても3種類ずつに抑えたいところである。

 

 

 


どうか皆さんも、

 

 

何か絶対叶えたい願い事ある時、

 

 

たった一度だけ訪れて祈願する有名で大きな神社仏閣よりも、

 

 

何度も参拝している小さな神社仏閣の方が頼りになる事の方が多いと思って下さい。

 

 

 


貴方の願いが叶って、

 

幸せになれます様に・・・

 

END