11、創業家一族として(6)
その後、西原開発工事はどうなったかと言えば、吉村と川崎の2名は、一度は辞めると言ったものの、結局は辞めなかった。ただ、圭一郎のいない現場をとてもさみしく感じていた。いろんな問題に対して、あそこまで動いてくれた人物は今までにいなかったからだ。
彼らは、そんな圭一郎に対して尊敬の念すら抱いていた、しかし今、圭一郎は雲の上の世界へと帰って行ってしまった。
そしてクリスマスイブの日がやってきた。
その日は工事も順調に終わり、無事資材置き場へ帰ってくると、優太は「それじゃあ俺帰るわ」と言って、早々と職場を後にした。
綾乃は妊娠中だが、挙式をあげる事が出来ない。彼女には誰一人として身よりがないからである。
だからせめて指輪だけでもと思い、優太は家に帰る前に、資材置き場に止めてあったバイクにまたがり、そのまま渋谷へと出かけた。
はっきり言ってデリカシーの無い優太である。女性に指輪など買ったことが無い。
緊張した面持ちで宝石売り場へ入ると、キラキラと光るガラス越しの宝石達を見つめ続けた。
「女ってなんでこんなもん欲しいんだろ?」
そんな独り言を言っていると、店員に声を掛けられてしまった。
「お決まりでしょうか?」
「う~ん・・・さっぱりわかんねえ」
「どのような方にプレゼントですか?」
「彼女・・・いや、嫁だ」
「そうですか。それではピンクサファイヤ等いかがですか?」
「ピンクサファイア???」
まるでバンドの名前のようだった。しかし実物を見せてもらうと、なかなか綺麗であった。
優太は咄嗟に「これくれ」と言った。
「号数はいかがになさいましょうか?」
「何だそれ?」
「指の太さです」
「細くて綺麗な指だよ」
「いえ・・・あの・・・サイズです・・・」
店員がしどろもどろにそう言うと、優太は「う~ん・・・」と言って考え込んだ。綾乃の指のサイズ等考えた事がなかったのだ。そして店員に「適当でいいよ」と言ってしまった。
困り果てた店員は、指輪の号数別サンプルを持ってきてくれた。
「この中で、奥様のサイズに似たものを選んでください。もし合わなけ
れば後日でも修正できますので」
「助かる!」
そして優太はピンクサファイアの指輪を買い、そのまま大森の自宅へバイクで走って行った。
大好きな綾乃。綾乃の喜ぶ顔が見たい。綾乃を好きと言って抱きしめたい。そして綾乃に好きと言われたい。そんな事を思いながら、優太はひたすら大森の自宅へ向かって走り続けた。
しかし・・・。
人生とは無常なものである。
優太が自宅近くの交差点を通過した時、突如大型トレーラーが側面から突入してきたのである。
バイクごと激しく飛ばされた優太は、そのままアスファルトを転げまわった。
そして血を流し、そのまま道路上へと倒れ意識を失う。
アスファルト上には、綾乃の為に買ってきたピンクサファイヤが、開いたケースの隙間から美しく輝いていた。
『野島・・・後を頼む・・・』
「え?」
圭一郎は、その優太の心の声を聞いて一瞬驚いた。
恭子と共に六本木の街で、自宅でのイブのパーティーの買い出しをしている最中だった。
暗くなった六本木の交差点。信号待ちをしている最中に聞いた優太の声。
圭一郎はその声をしっかりと聞いた。間違いなくあれは優太の声だ。
そして「恭子ちゃん、今、優太の声が聞こえなかった?」と言って、あたりを見回す圭一郎だが、何処にも優太の姿はなかった。
「え?優太さんの声?うそ?何も聞こえなかったよ」
優太の部屋では、綾乃がクリスマスパーティーの食事の用意をしていた。
今日は待ちに待ったクリスマスイブ。テーブルに並べられたオードブルは全て綾乃特製。
優太の大好きなフライドチキンをお皿に乗せると「よし。準備OK」と言って、そのままラップをかけた。
そして再び台所に立とうとすると、突如部屋の電話が鳴りだした。
部屋中に響く着信音。電話機のディスプレイには見知らぬ電話番号が表示されていた。そして綾乃は、その電話機のディスプレイの画面をじっと見つめていた。