11、創業家一族として(4)
その後圭一郎と綾乃は、真っ暗な大森海岸を、二人肩を並べて歩き続けた。
「綾乃さん寒いだろ?お腹の子が・・・」
圭一郎がそう言って気を遣い、自分の上着を綾乃にかけようとすると「大丈夫。私の子は寒さになんかに負けないの」と言って、圭一郎に上着を着せなおした。そして呆れた顔で、先ほどの優太の言動を攻め続けた。
「まったく優太の奴、何であんな事言うのかなあ。私、ちゃんと説得するから、ノンちゃん辞めないでね」
「いや、もういいよ・・・」
「でも、ノンちゃんが居なきゃ、絶対に会社まわらないよ。アイツだって困るって」
綾乃がそう言って困った顔をしていると、圭一郎は優しく綾乃にほほ笑んだ。そして「優太の言いたい事はよくわかったよ」と言って、暗い海の向こうの一筋の明かりを見つめた。
「何で?私、全然わからない・・・」
「綾乃さんも、いずれ優太の気持ちがわかると思うよ」
「う~ん・・・」
「綾乃さん。今まで本当に有難う。そして元気な赤ちゃん産むんだよ」
そう言うと、圭一郎はニッコリとほほ笑んだ。すると綾乃も「有難う。ねえノンちゃん、これからも友達でいようね」と言ってニコリと微笑む・
「あはは、勿論だよ。俺、綾乃さんの為なら何でもするよ」
「ありがとう。じゃあ、またね」
そう言うと、綾乃は真っ暗な海岸通りの公園から消えて行った。
綾乃が部屋に戻ると、真っ先に優太の事をどやしつけた。
「優太!なんでノンちゃんにあんな事言ったの!」
しかし、優太は何も言わず、壁に顔を向けて座っていた。
「優太!聞いてる?ねえ?ねえったら・・・」
なんと優太は泣いていたのである。
「優太・・・な、なんで泣いているの」綾乃は優太の涙の訳を全く理解できないでいた。ふとテーブルの上を見ると、一冊の週刊誌が見開かれた状態で置かれていた。
その内容は『丸和工務店、御曹司の復活か?』であった。
『半年前に前青田社長のクーデター人事 御曹司追放の裏事情』
『メインバンクが推す、元ゼネコン界のプリンス野島圭一郎。次期社長候補か?』
すると優太は声を震わせながら、話し出した。
「俺があそこまで言わないと、あいつは絶対に丸和に帰らないだろ・・・。ただでさえ情に弱い奴だからさ・・・あいつ・・・いつも情に負けるからさ・・・」
「優太・・・」
「これでいいんだ・・・これでいいんだ・・・あいつは俺の下で終わる人間じゃない・・・くだらない情に負けずにもっと大きな道を進めばいいんだ」
優太はポロポロと涙を流し続けた。しかしつらくとも、優太は圭一郎を丸和へと返した。そして圭一郎の為に、自ら鬼となり、自ら嫌われ役を演じた。
優しさとは優しい言葉をかけるだけではない。その人の為を思い、時に悪人を演じられる事こそ本当の優しさと言えよう。優しさの裏側は厳しさ。不器用な優太は、優しさをそのようにしか表現できなかった。