12、使命を背負って生きる(1)
優太の葬儀が行われたのは、12月28日の事である。
暮れの差し迫った品川の葬儀場。沢山の人に見送られて、この世を去っていく優太。その生涯はあまりにも短すぎた。
綾乃は正式な妻ではない。なので、奥様としてではなく、友達として参列せざるを得なかった。しかしお腹の中には、優太の残した命が宿っていた。
寂しげに俯き、時折顔を上げては優太の葬儀写真を見つめる綾乃。もう泣き疲れたのか、その目は涙も枯れて出ないような状態だった。恭子は、そんな綾乃の傍にずっと寄り添うようにしていた。
吉村は「くそ!バカ野郎!」と声を出して号泣する。直行も「くそ・・・まだ仕返ししてないのによ」と言って涙した。
しかし圭一郎は一切泣かなかった。
ただでさえ負けず嫌いな優太の事。沢山の人に泣かれると辛いだろうと思っていたからだ。そんな思いからか、圭一郎は目頭を熱くさせながらも、ぐっと涙をこらえていた。
そして12時。
優太は霊柩車に乗せられ、沢山の人に見届けられながら、品川の葬儀場を去って行った。
優太の葬儀の終わった翌日、圭一郎は太陽エンジニアリングの事務所を訪れた。すると、がらんとした事務所の奥で、小田社長は一人酒を飲んでいた。本来今日は納会の予定だったが、優太の死により、中止にしてしまったのだ。
小田社長は「やあ、野島さん」と、少し酔いで赤くなった顔をしながら言った。
「こんにちは。おひとりですか?」
「そうだよ」
小田社長はそう言うと、コップ酒で日本酒をグイッと飲んだ。そして「毎年仕事納めってのは楽しいものなのに、今年はなんだろうなあ・・・人の運命は本当にわからんな・・・」と言って、暗くシーンとなった事務室内を見渡した。そして「野島さんも飲め」と言って、紙コップに日本酒を注ぎ、圭一郎に手渡した。
「あ、有難うございます」
「つまみならそこにあるからな」
そして二人は、しばらくの間黙って酒を飲んでいた。すると圭一郎は「あの・・・西原開発工事はどうなりますか?」と聞いた。
「どうするもなにも、経営する者がいないのだから終わりだろう」
「・・・」
「経営者がいるなら勿論取引は続ける。しかし経営責任を果たせる人間がいないのだったら仕方ないだろ?どうやって取引をするのだ?」
その小田社長の言葉に、圭一郎は何も言えなくなってしまった。全くの正論だった。そして小田社長は寂しげに話し続けた。
「綾乃がやるわけにはいかないだろ。昔、借金滞納してブラックリストに載っているから、経営なんて出来る訳ない。部下の職人達にだって無理だろ。出来るとなれば野島さん、あんた以外にいないだろ?違うか?」
「・・・」
そして太陽エンジニアリングの資材置き場へ行くと、そこには沢山のユニック車が止められてあった。ユニック車だけじゃなく、ベビーモールマシーンにグラウトポンプ。油圧ユニットにセメントにベントナイト。積み重ねられた塩ビパイプ。スペーサーに溶接機にアセチレン。
そこには職人の誇りたるものが沢山に詰まっていた。まさしく男の職場である。
すると一人の男が、ユニック車を、ホースを使いながら丁寧に洗っていた。よく見るとその洗車をする男は吉村だった。
「吉村君!」
「あ、野島さん!」
「何してるんだ?」
「あはは。次の現場に行く準備も兼ねて、洗車してるんだよ。いつ西原開発工事が呼ばれるかわからないからさ」
「吉村君・・・」
西原開発工事の廃業は、ほぼ確定的なものだった。しかし吉村はまだ諦めていなかった。あのハンドブレーカーで岩を砕き掘り進んだ時のように、最後まであきらめようとはしなかった。
そして吉村はニコリと微笑みながら話し出した。
「小田社長に、太陽エンジニアリングの社員になれって言われたけど断ったよ。俺は、西原開発の人間だからな。野島さんと優太さんの作ったこの会社で骨を埋めるつもりだ」
「・・・」
「俺は経営の難しい話はわからない。でも、俺も、川崎さんも、体の中には推進の熱い血が流れているんだよ。この仕事に命をかけているんだよ。だからいつでも出動する準備は出来ている。そりゃあ、地味な仕事かもしれないけど、だけど・・・俺たちの仕事が無いと、この地面の中には何も出来やしないんだよ」
すると、トラックの荷台から川崎がニッコリと顔をだした。川崎はグラウトポンプの手入れをしていたのだ。彼も吉村と同じく、この推進という仕事に命をかけていた。
今日は年末の最終日。世間が納会で飲み浮かれている中、彼らは自分達の仕事道具のメンテンナンスをしていたのである。
この文明社会の地中には、沢山のトンネルたるものが存在する。それが直径30cmのトンネルで、光ファイバーを通しているのもあれば、直径10mのトンネルで、地下鉄を通しているものもある。
その一つ一つ開けられたトンネルは、沢山の職人の汗と涙の結晶である。