フォーエバー・フレンズ -59ページ目

1、臥薪嘗胆(1)

「俺はそろそろ引退しようかと思う」




圭一郎はある日の夜、突然社長室へと呼び出され、父からそのような事を告げられた。

「俺はもう歳だし、病院で人工透析を受けなければならなくなってしまった。これ以上社長を続けるのはもう限界だ。それでだ、次期社長だが・・・残念ながらお前はまだ若い。だから青田を中継ぎとして社長に就任させようと思っている。俺は非常勤の相談役につく」

「はい・・・わかりました」

「まあ、青田は桜子の旦那だ。親族だから大丈夫だろ。野島家の事もキチンとやってくれる」

そう言うと父の克彦は社長席を立った。父克彦の青田への信頼は絶対であった。そしてこの父の決断に、圭一郎はあえて反論はしなかった。反対したところで、却下されるのが目に見えていたからだ。






夜の六本木ヒルズは、濛々とした明かりを放つ摩天楼。その姿は、まるで旧約聖書の世界に登場する、バベルの塔のように見えてしまう。

この六本木ヒルズには、IT関連、金融、証券といった、いわゆるホワイトカラーとでも言えるべき大手企業が多数軒を連ねている。しかしその中では珍しく、丸和工務店と言う大手ゼネコン企業がここ六本木ヒルズに本社を置いていた。


昨今のゼネコン不況の影響も何のその、この丸和工務店はゼネコン界の勝ち組企業である。

ゼネコン業界では、この企業だけがバブル期のゴルフ場開発等には一切手を出さず、早くから海外進出を手掛け、いまや中国を始め、南米はブラジル。中東、インドと言った、経済成長著しい新興国への技術提供を行っている。

そしてこの丸和工務店を率いるのは、野島克彦68歳。裸一貫からここまで丸和工務店を率いてきた、ゼネコン界の雄である。




そしてそんな彼には若干28歳の御曹司がいた。


その御曹司の名は、野島圭一郎と言う。

目鼻立ちの整った顔だが、笑顔は少年のように優しく、唇はまるで女性のように美しい。180cmをゆうに超える長身な背丈だが。強面な父とはとても似つかぬ風貌である。

父の克彦が『ゼネコン界の雄』と呼ばれるのであれば、この御曹司の圭一郎は『ゼネコン界のプリンス』と呼ばれていた。経済誌にもしょっちゅう顔を出し、この業界ではかなりの有名人である。そんな彼は、この丸和工務店の若き取締役として活躍する。担当は財務である。




圭一郎は、今日も会社で夜遅くまで資金調整業務に励んでいた。

既に社員は帰宅してしまっていた為、事務所内のほとんどの照明は消してある。圭一郎の頭上のLED蛍光灯だけが、広い事務所内でぼんやりと明かりを照らしていた。


ノートパソコンを前にして、ひたすらエクセルの画面を見つめる圭一郎。その目は真剣そのものだった。


すると、一人の20代半ばぐらいの女性が、この財務部の事務所へと入ってきた。

「野島さん」

そう言って笑顔で微笑むのは、この六本木ヒルズ内にある、『大橋会計事務所』に勤務する、宇佐美恭子という女性だった。


「恭子ちゃん」

「どうしたの?こんなに遅くまで」

「あはは、会社にお金が無くてね・・・」

「え?そうなの?でも、四半期予算クリアしてたよね」

「業績だけはね。でも、受取手形が多すぎるんだ」

「割らないの?」

「割ってしまえば、手形割引料だけで業績を圧迫してしまう」


そう言って頭を悩ます圭一郎。この業界は、工事完了とともにお金が入金される経理システムなので、どうしても約束手形と言うもの横行する。例え帳簿上の業績が良くても、実際の資金調達はまた別の話となってしまう。


「大変ね」

「まあね。ああ!もう面倒くさい!恭子ちゃん、ぱあっと飲みに行く?」

「え?でも野島さん、まだ仕事が・・・」

「明日の役員会で、借り入れ提案する事に決めた。これでいい。さあ行こう」

「は、はい」