3、あの時こうすれば(3)
優太は他に2人の男を雇用していた。一人は吉村拓也という25歳の男。彼は20歳の頃から優太につき従い、優太に代わって工事現場を仕切る事が出来る程の腕があった。
もう一人は、川崎慎也という53歳の男。気の強い吉村と違い、もの凄く気弱な男である。しかも喋る事はない。幼い頃病気にかかってしまい、言葉というものを失ってしまったらしい。しかし几帳面で手元としては最高の人材である。また、彼自身にも俺は名手元という自覚があった。
良い手元が良いオペレーターになれる訳ではない。ただ、手元とは工事を円滑に進める為にあらゆる下準備をする係であり、それはそれでとても重要な役割である。
優太と圭一郎を合わせた4人の今日の工事現場は、相模原の下水管取り付け工事である。
ベビーモールという油圧式マシンを使用し、直径30cmの穴を、地中5m下にある下水本官まで掘りつなげる工事をするのである。
小さなマシンをユニッククレーンでトラックの荷台から降ろすと、優太は「これがベビーモールさ」と自慢気に言った。
「へえ、これがそうなのか?」
圭一郎はそう言いながら、そのベビーモールマシーンをまじまじと見つめた。オレンジ色のカラーリングの油圧機器。これぞ数メーター地中に20mもの小さな穴を掘るマシーンである。
「知ってるのか?」
「ああ、積算で見たことあるよ。取り付け専用の堀機だろ?」
「まあ、そうなんだけど、もっと多種多様に使えてな、もう少し大きなマシンだとガスの本官だって掘る事が出来る」
「そうなのか」
すると優太は「さあ、やるぞ。野島、レベルとスタッフ用意してくれ」と言った。
「レベル?スタッフ???」
「そうだよ。早くしろよ」
「何それ???」
「はあ???お前そんな事も知らないのか???」
「う、うん・・・」
優太は半ば呆れた顔をしながら、トラックの助手席からレベルとスタッフを取り出した。レベルは測量用の望遠鏡のようなものであり、スタッフとは、1cm、2cmとメモリの書かれたバーの事である。つまり二つ合わせて測量セットとなるのである。
レベルをアスファルト上に置いた優太は、スタッフを圭一郎に手渡し「カリベンとってくれ」と言った。
「カリベン?何それ?」
「KBM!!!仮ベンチマークの事だよ!!!」
ベンチマークとは、現在の地点が海抜何メートルかを道路上に表示しているマークの事である。普段歩いていると、みる事が出来る。
そして工事の図面とは、地上高何センチで表示されるのではなく、あくまで海抜何メートル部分をこのように工事せよと記載されてあるのである。
しかしこの年齢まで財務一本で生きてきた圭一郎。ゼネコン界のプリンスと言えど、工事の事など何もわからなかった。というか、職人仕事なんて最初からなめてかかっていたのだ。しかしイザ現場に立ってみると、オロオロと何もできない自分の姿があった。
年下の吉村からは「てめえ、邪魔だ!どけ!」と言われ、川崎も黙々と仕事をするだけで何も教えてはくれない。何をしていいかわからずただボーッと立っていると、優太から「何ボーッとしてんだ!H鋼サンダですっとけ!」と言われる始末。
しかしサンダなんて使った事もなく、それにH鋼のどの部分を削ればいいかもわからない。圭一郎はただオロオロとするだけであった。
結局その日。朝から夕方まで優太に叱られまくった。
そして工事現場からの帰り。優太はダンプを圭一郎に運転させ、一人助手席で缶ビールを飲んでいた。
「おい。勤務中だろ?ビール飲むなよ」圭一郎がそう言って注意すると、優太は「うるせえ。カリベンも知らねえお前なんかに言われたくねえよ」と言う始末。そして次に「お前、そりゃ丸和クビになるわ」と言ってきた。
「?」
「野島。お前現場の事なんにも知らねえじゃねえか。よくそれで取締役になれたな。よかったそんな奴がゼネコンの社長になったら、丸和の社員みんな路頭に迷っちまうぜ」
「ひどい言い方だな・・・」
「ひどいのはお前さ。お前ってゼネコン界のプリンスなんて言われてるけど、結局は親が敷いたールを歩いてきただけだろ?つまりバカ息子だぜ。現場も理解してないって本当に酷いバカだぜ。あははは。バカバカ。バカ息子」
『バカ息子・・・』
圭一郎にとってこれほど傷つく言葉はなかった。偉大な父を持ち、少しでも失敗すれば世間からこのような事を言われたりする。だからこの言葉だけは絶対に言われたくないと思い、これまで頑張って生きてきた。それを友人の優太から言われたのである。もう自分が情けなくなってしまった。
勿論優太も悪気があって言ったわけではなかった。自分もこうやって先輩から仕事を教わってきたからである。土木の仕事とは大変厳しく、誰も丁寧には教えてはくれない。
先輩のやる事を見て覚え、陰では溶接やユンボウの練習をし、そして時には怒られて悔しくて涙を流し・・・。
その悔しいという気持ちを胸に秘め、今日まで必死に腕を磨いてきた。職人を極めるという事、それは本当に大変な事なのである。
そして今や優太は、ユンボウによる開削工事だけでなく、アンクルモールと言った、大型工事も行える程の腕を持つようになった。