12、店長のはからい(1)
港南学院は見事甲子園で決勝進出を果たした。
バイト先の休憩室で、茜と恵はあさっての決勝戦の話をしていたが、二人とも野球オンチなのか、結局いつも陽一と真の話になってしまう。
疲れが溜まっていた恵も、この快挙に少しエネルギーをもらった気分になった。
「恵、いよいよあさってだね。本当ここまでくると思わなかった」
「そうだね。こんな事ってあるんだね」恵は4ヶ月前の事をふと思い出して言った。
すると突然店長が休憩室にやってきた。
そして夜行バスの回数券4枚と、あさっての甲子園の入場券をテーブルの上に置いた。
「店長、これなんですか?」と茜が言うと、「二人に出張に行って欲しいんだよ」と店長は、しらじらしく笑いながら言った。
「出張!!!」これには二人とも驚いた。
「いやあ・・・。甲子園研修って言うのがあってさあ」
「はあ???甲子園研修」
「つまりだな・・・甲子園のはつらつ球児達のプレーを参考にしてだなあ、お客様と接するマナーをこの研修で・・・」店長はしどろもどろにそう話すと、茜は「店長、何かたくらんでいるでしょ?」と言った。
「何もたくらんでいないよ・・・。その・・・なんだ・・・」
店長は嘘をつくのが下手だった。
茜は店長を問いただすと、店長は全て白状した。
実は店長は、陽一と真との事を知っていたのである。
「店長やらしい。私達の話に聞き耳たてて」
「違うよ。聞こえてきたんだよ。春先にいつも大きな声で徳永君や遠山君て言って、それがだんだん真や陽一と言い出して・・・好きだとか、気持ちが見えないとか・・・そしたら県大会の準々決勝の放送で、恵ちゃんの学校のこの二人がインタビュー受けてるのを見て・・・」と言って、スポーツ新聞に載った陽一と真の記事を見せた。
二人は愕然とした。
そんな大きな声で話していたのかと。
すると店長は「いいからとっとけ!会社の経費で上手いこと落としてやるから」と言った。
実はこれも嘘だった。世の中そんなに甘くない。
いつも一生懸命に働く、乙女たちへのはからいだったのだ。
バイトが終わると、恵と茜の二人はマクドナルドにいた。
そしてお互い向かい合わせに座りながら、テーブルの上に置いた夜行バスの往復の回数券と甲子園のチケットを黙って見続けた。
「恵どうする・・・明日の晩に横浜を出れば、次の朝に甲子園に着くけど・・・」
恵はしばらく考えた。
そして「私・・・無理。由香子を放っておけない」と言った。
「じゃあ。私も行かない」
本当は二人とも今からでも飛んで行きたいが、恵は由香子を放っておけず、茜は恵を放っておけなくて、ただただ羨ましくこのチケットを見続けた。
すると恵が「茜、行きなよ」と口を開いた。
「恵がこんな状態なのに行けるわけないじゃん」
「一日だけじゃん。大丈夫だよ。私が茜の立場なら絶対に行く」
「でも・・・やっぱり行けないよ・・・」と言って涙を落とした。
「お願い茜、行ってきてよ。そうだ、私、陽一に渡して欲しいものがあるんだ。渡してきて欲しい」
茜は、涙を拭って甲子園へ行くことを決意した。
それは生まれて初めて行く一人旅だった。
夜の横浜駅のバスターミナル。
目の前の夜行バスに乗り、これから甲子園へと旅立とうとしている茜を、恵は見送りに来ていた。
恵は、茜がまるで別の世界に行ってしまうように感じながら、これから乗ろうとする最新の夜行バスを、じっと見つめた。
「恵、本当にごめんね」茜はすまなそうにそう言った。
すると恵は「いいの、いいの。それよりこれ、甲子園に着いたら陽一に渡して欲しいんだ」と言って、赤い小さな手さげの紙袋を茜に差し出した。
そして「人が多くて渡せなかったら無理しなくていいよ」と笑って言った。
茜は「大丈夫。絶対に渡してくるから」と言って、恵に約束した。
いよいよバスの出発時間だ。
「私、茜の事大好き」と恵がそう言うと、茜は「馬鹿」と言って笑い、バスの中へと乗り込んで行った。
そして最新型の夜行バスは、二人の夢を乗せて横浜駅を出発した。
目的地は甲子園球場。
恵は、その走り去る茜の乗った夜行バスのテールランプを、ずっと見つめていた。

(c) 弘前・写心観
|写真素材 PIXTA
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