6、経営者としての責任(5)
次の日、圭一郎は吉村の自宅を訪問した。やはり自分が間に入ってやらねば解決しないと判断したのだ。
平和島のワンルームマンション。彼はここから蒲田の太陽エンジニアリングへ、原付で通勤していたのである。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、吉村はすんなりと出てくれた。そして二人して近くのファミレスへと行き、ハンバーグランチを奢ってあげる事にした。
「もうコリゴリ」
吉村の第一声はそれだった。
「そんな事言わずに・・・」
「とにかく野島さんも、あんな奴についていったら人生ムチャクチャになるよ。辞めたほうがいいって」
「だから君の言う社会保険関係も、給与明細も11月からキチンと整備するから。労働災害や雇用保険もキチンとする。だから戻ってきて欲しい」
「野島さんが会社やるんだったらいいよ。でも、社長は優太さんだろ?人間の本質なんて絶対に変わらないって。絶対また変になるよ」
とにかく5年に渡り優太につき従った吉村。もう優太の性格はお見通しだった。
「う~ん」圭一郎はまたしても考え込んでしまった。そして「優太がどう変われば戻ってきてくれるんだ?」と聞いてみた。
「殴らない。二日酔いで会社を休まない。勤務中に酒を飲まない。人の財布からお金を持ち出さない。飲み代を強要しない。ええと・・・仕事に失敗して、現場から走って帰れって言われた事もあったかな・・・とにかくまだまだ沢山あるよ」
その話を聞いて、圭一郎は愕然としてしまった。
これは平成時代の職場ではない。まるで小林多喜二の蟹工船の世界だった。そして思いついたかのように「わかった。それを改善すればいいんだね」と言った。
「絶対無理だって。優太さん、逆ギレするだけだよ」
「大丈夫。俺を信じて欲しい。他にはないのかな?例えば残業時間の問題とか」
「それはいいよ。仕事だから、やれと言われれば徹夜でも何でもやるよ」
感動する言葉だった。丸和工務店の社内には、このような事をいう者など一人もいなかったのだ。残業の多さを指導すれば業務量を減らせと言い、業務量を減らせば今度は残業しないと住宅ローンが返済出来ないと不平を垂れる始末。
挙句の果てには、労働組合が口を挟み、『パワハラ』だの『セクハラ』だの言い、とにかく労務問題は大変だった。
生稲副部長は、かつての丸和工務店はサムライ揃いだったと言っていたが、そのサムライと呼べる者が、こんな小さな職場にまだ存在していたのだった。
そして数日後の晩遅く、優太の部屋で『第一回社内ミーティング』が開催される事となった。オドオドとした川崎に、恐る恐るやってきた吉村。その二人を威嚇するかのように睨みつける優太。
そしてその3人を目の前にして、圭一郎は熱弁をふるった。
「西原開発工事で就業規則たるものを設けたく思いますが、社長いかがでしょうか?」
「就業規則???」
優太は高校時代、学校の校則等、一切守ろうとしなかった。縛られるのが嫌で、自分で事業を始めたのに、何故社長がそんなものに縛られないといけないのか?
そう思い、咄嗟に「ダメだ」と一言。
「どうしてですか?」
「俺がルールブックだ」
「違います。まず法律がルールブックです」
「俺だ!」
「まず法律です!」
するとお約束かの如く、優太は逆ギレをした。「うるせえ!グタグタ言うなら辞めろ!」
「はい社長。ただ今のお言葉アウトです」
「アウト???」
「今の言葉は、労働法上禁止されている言葉です。従業員が法律を守ろうと言っているのに、辞めろと言うのはパワハラにあたります」
「パワハラ???」
「それと事業を行う上で就業規則は、労働基準監督署へ届け出する義務があります。その内容は法律を遵守した内容でなければなりません」
「くっそ・・・」
優太は渋々納得せざるを得なかった。これで彼の従業員への反社会的行為は阻止できるようになったのである。
さらに圭一郎は、腕を磨く事も忘れなかった。毎週木曜日の晩には生稲副部長と酒を飲み、土木の極意を教えて貰っていた。そして今日も麻布の韓国料理屋で、生稲副部長の講義を承る。
「アーク溶接で一番大切なのは、最初の鉄の溶かし具合が肝心なんだ」
「最初ですか?」
「そう、スパークした直後にしっかりと溶かすと、後は惰性で鉄は溶けて行く。それをしっかりと盛り付ける。そうすれば溶接は外れたりはしない」
「なるほど」
「ガスの溶断もそうだ。最初にしっかりと鉄に熱を加えれば、後は酸素を吹き出して切る。鉄も人間も一緒。何事も最初が肝心」
「それじゃ次の質問です。山を読む極意はなんですか?」
「うん。推進の場合、最初の発進口に直径5cmほどの穴を開けるんだ。そうすれば、大体の土質は読める。その時山が来ても、たった5cmだからウェスで塞げばいい」
「なるほど」
「泥がタラタラと流れると、掘れば角度は上がっていく。底部に土砂がたまるからな。逆に岩盤のような固い山だと下がる」
「固い山だとどうして下がるのですか?」
「固いと掘るのに時間がかかるからだ。するとどんどん鋼管の下部分の土を削り、空洞が出来る。そうなると管の重みで下がっていくんだよ」
「じゃあ、下げない為にはどうすればいいのですか」
「推す力を加えると下がらない。但し推しすぎると、先端が排泥しなくなる恐れがある」
「そうなるとどうなるのですか?」
「先端部分の土砂に圧力がかり、カチカチ状態になると、穴は掘れない。推進工事とは、先端の土砂を除去しながら掘り進む事なんだよ。要は、削る力と推す力のバランスが大切なんだよ」
「ふ~ん」
圭一郎は感心しながら、生稲の言った言葉をこと細かくメモに取っていった。
そして帰宅後も、復習を欠かさない。風呂上りには再びノートを広げる。夜中は2級土木施工管理の勉強。圭一郎は情に弱いという欠点を持つものの、大変な勉強家であった。
そして現場での昼休み時間を利用して、アーク溶接の練習。移動式クレーン、玉掛けの資格も取った。吉村に教えられ、マシーンの据え付け方もマスターした。
こうやって圭一郎も、メキメキと腕を上げて