フォーエバー・フレンズ -30ページ目

7、男の修行(2)

暦は10月の中旬。青々とした秋晴れの空。雲の位置は夏と比べてかなり高くなってきた。うろこ雲が流れる青空の下、作業着姿で缶コーヒーを飲む圭一郎の姿は、現場でかなりもまれてきたせいか、かなり逞しい男に見えた。

「あのね野島さん。丸和の事なんだけど・・・」

恭子がそう言うと、圭一郎は「丸和はもういいよ」と一言。

「え?」

「丸和工務店はもういい。俺は俺で今、新しい道を生きているから」

「・・・」

「恭子ちゃん、心配してくれて有難う。でも恭子ちゃんも、もうこれ以上、丸和には深く関わらない方がいいよ。下手すれば青田さん何しでかすかわからないしね」

「でも・・・」

「もう政争ばかりするのは嫌なんだ。会社って権力争いする場所じゃないだろ。みんなが生き甲斐を持って働ける職場にするのが上層部の務めじゃないのかな?だから俺は優太と一緒に新しい環境を作ってみせる。丸和工務店とは全く違う素晴らしい理想郷を作ってみたいんだ」




4か月前は臥薪嘗胆と言って、かつてフィリピンを追われたダグラスマッカーサのように、自分はいずれこの地に戻ると宣言していた圭一郎であったが、他所でもまれたせいか、今では丸和工務店時代の自分を否定するようになっていた。

というか丸和工務店時代の自分は、あまり前向きな仕事をしていなかったような気がしていた。

今の圭一郎にとっての理想郷とは何か?

それは創生期の丸和工務店の姿であった。今のようなM&Aばかりして楽して儲ける会社ではなく、生稲副部長の言う、かつてのサムライ揃いの丸和工務店の姿であった。




「わかった・・・もう丸和の話はやめる・・・」

恭子は力を落としたようにそう呟いた。そして不意に「ねえ、野島さんは綾乃さんの事好きなの?」と聞いた。

この質問には、さすがの圭一郎も驚いてしまった。確かにキスはしたものの、なんとなくこの問題から逃げていたからだ。

「う~ん・・・まあ、好きだよ」

「そうなんだ・・・」

「でも・・・綾乃さんと付き合うっていうのが想像できないんだ。なんか現実味が出ないんだ」

「どういう意味?」


圭一郎は圭一郎で、あれから綾乃の事も真剣に考えた。優太からも幸せにしてやってくれとも言われた。しかし、自分の事を好きと言いながらも、小田社長との愛人関係すら解消していないし、ましてや解消したいという相談すら受けていない。

真面目な圭一郎にとってみれば、付き合う前にまず身辺整理を考えるのが先だろうと言ったところだ。今この状態で自分が何をすればよいのかが、全く理解できなかった。

かといって、綾乃は妙に憎めない可愛さがあり、とても怒る気になれないのだ。

そして「う~ん・・・綾乃さん宇宙人みたいなところあるしなあ・・・」と思わずそんな愚痴をこぼしてしまった。

「ただ・・・綾乃さんって放っておけないんだよね。なんかフラフラしててさ。助けてあげないとって思わせるんだよね」

圭一郎はそういうと思わず笑ってしまった。






しょんぼりと肩を落とす恭子。広尾の駅を後にしたその小さな背中は、いつもより一回り小さく見えた。ただでさえマイナス思考の恭子は「丸和の事はもうどうでもいい」と言われると、まるで自分の存在自体を否定されたかのように思ってしまうのである。圭一郎にとって自分は必要ないのかと。しかも綾乃は圭一郎の事が好きで、会社こそ違うものの、今の自分よりはずっと近い距離にいる。そんな事を思うとなんとなく悲しくなってきてしまった。


そんな時ふと圭一郎の言葉が脳裏をよぎった。




『綾乃さんって放っておけないんだよね。なんかフラフラしててさ。助けてあげないとって思わせるんだよね』




野島さん・・・それって好きって事だよね。




そんな事を思いながら、恭子はションボリと歩き続けた。


そして六本木ヒルズ内の事務所へ帰ると、黙々と残務整理を始めた。机に積み上げられた丸和工務店の財務資料。2か月前から膨れ上がって行ったシステム開発費用は、なんと先月で2億5千万円まで計上されていた。

「いったいこの外注費って何?」

いくら大手企業の丸和工務店にしても、四半期で2億5千万円の開発費なんてとても考えられない数字である。それに大規模なシステム開発を始めるとなると、社内でプロジェクトチームが結成されたりして、噂でもちきりになる筈なのに、今のところ丸和工務店の社員間ではそのような話すらない。

支払先台帳をみると『イー・フラッシュ・ネット』という会社名が記載されてあった。

いまさらアラ探しをする訳でもないが、恭子はこの会社になんとなく興味を抱いてしまった。そしてこの『イー・フラッシュ・ネット』という会社を独自で調査し始めたのだった。