7、男の修行(3)
恭子は六本木ヒルズ内の事務所へ帰ると、黙々と残務整理を始めた。机に積み上げられた丸和工務店の財務資料。2か月前から膨れ上がって行ったシステム開発費用は、なんと先月で2億5千万円まで計上されていた。
「いったいこの外注費って何?」
いくら大手企業の丸和工務店にしても、四半期で2億5千万円の開発費なんてとても考えられない数字である。それに大規模なシステム開発を始めるとなると、社内でプロジェクトチームが結成されたりして、噂でもちきりになる筈なのに、今のところ丸和工務店の社員間ではそのような話すらない。
支払先台帳をみると『イー・フラッシュ・ネット』という会社名が記載されてあった。
いまさらアラ探しをする訳でもないが、恭子はこの会社になんとなく興味を抱いてしまった。そしてこの『イー・フラッシュ・ネット』という会社を独自で調査し始めたのだった。
11月1日。この日遂に『西原開発工事』の営業許可が東京都から下りた。これで優太は正式に一国一城の主として認定されたのである。
代表取締役社長 西原優太
専務取締役 野島圭一郎
技術屋の優太と、経営肌の圭一郎。それは楚漢春秋の劉邦と簫何のように、お互い無くてはならない存在である。事務所は当面太陽エンジニアリングの建物の一室を借りて行う事となった。
30平米程の小さな部屋に置かれた社長席とミーティング用デスク。そしてこの部屋で社員4名が集まり祝杯を挙げた。
「これからも頑張ろう!乾杯!」
「乾杯!」
乾杯とともに拍手が巻き起こった。そして優太は3人の社員を前にして下手くそなスピーチを始めた。
「これで、正式な会社となった。みんな今日まで本当に有難う。そしてこれからも頑張ってくれ。今回野島がいてくれた為、ここまでやってこれた。でも、ここからはみんなの力が大切だ。生きるも死ぬも一緒。俺はそんな熱い気持ちでこれからも頑張る。だからみんなついてきてくれ」
青田と比較して、とても下手なスピーチだった。
しかし『生きるも死ぬも一緒』『熱い気持ち』その言葉に圭一郎は深く感動した。
グローバルだのITだの、株主向けのパフォーマンス性の強いスピーチの多い昨今。現代の経営者達は、生きるも死ぬも一緒だと思っているのだろうか?熱い気持ちを持っているのだろうか?この下手ながらも、心に伝わる言葉を圭一郎は深く胸に刻み込んだ。
そしてその後、圭一郎は小田社長と3日後に控えた、神奈川県足柄のガス管工事。第17工区についての打ち合わせを始めた。
小田社長の吸うタバコの煙が立ち込める社長室。綾乃は部屋の片隅で事務処理をするフリをしながら、二人のやりとりにずっと耳を傾けていた。
「なんだと!推進機のレンタルの詳細を教えろだと?」
「はい。現状、機器使用料として、月間150万円お支払しておりますが、その内訳を明確にしていただきたいのです」
「バカ野郎!償却だけじゃなく、特許料金てのもかかっているんだぞ!」
「それもキチンとお支払致します。ただ、今後月間50万円の最低保証を無くして工事を請け負わせていただくわけですから、減価償却費、特許料、メンテナンス料、使用手数料を明確にしていただきたいのです。勿論代金のお支払はさせていただきます」
小田社長は痛いところを突かれてしまった。今まで工事の少ない月に最低保証料を支払う代わり、工事のある月は機器使用料という名目で、既に減価償却の終了したタダ同然の機器を、償却費があると嘘をついて貸し付け、膨大な利益を得ていたのだ。
しかし圭一郎はファイナンスのプロであり、そのような子供騙しなトリック等簡単に見破っていたのだ。7年償却の機器に、月額150万円の使用料の請求など完全なぼったくりだった。
「と、取引停止だ!」
小田社長がそういって声を荒げるも、圭一郎は至って冷静に話し出した。
「そうなればお互い損になるのではないですか?」
圭一郎の言うとおりだった。今まで優太の腕で困難な工事も乗り越えてこれたし、それで業績や信頼も伸ばす事が出来た。
西原開発工事は建設業の許可を受けている。イザ取引停止となれば、別に他の業者から仕事を請け負う事だって出来る。ましてや優太の腕があればそれも可能だろう。
「わかった・・・野島専務。お前の言うとおりにする」
そういうと小田社長は、ゆっくりと席を立った。これで次の工事の第17工区は、なんと600万円もの工事費が入る計算となった。
「有難うございました」
そう言うと圭一郎は社長室を出て行った。
気まずい雰囲気の社長室に取り残された小田社長と綾乃。小田社長は不機嫌そうにコーヒーを飲むと「西原の奴、いい番頭を手に入れやがったな」とつぶやいた。