14、責任とは(6)
ふと恵が目を覚ますと、空が明るくなりかけていた。
そして恵の体には陽一の長袖のシャツが、そっと掛けられていた。
陽一が何処に行ったのかとあたりを見回すと、陽一は一人浜辺に座って夜明けの海をみつめていた。
恵は自分にかけられていた陽一のグレーのシャツを持って、浜辺へとゆっくりと歩いて行き「陽一、風邪ひくよ」と言って、陽一の肩へシャツをそっと掛けた。
「ありがとう」
陽一の顔は、なにもかも決断がついたように吹っ切れていた。
「なあ恵、俺なんとなくわかってきたよ」
「何が?」
「3年前になんで港南の野球部が崩壊していったのか」
「そうなの?」
「結局誰かがハラキリしても、何の解決にもならないんだよ。そんなの責任でもなんでもないんだ」
恵は黙って陽一の話を聞いた。
「3年前に前監督を辞めさせて、そして次の監督も責任とって辞めて、一体何が残った?今仁科先生が辞めたら、野球部は絶対に崩壊する。間違いないよ。出世目的にくる顧問なんて、誰もついていかない。一ノ瀬がやめても同じだ。あいつがいなかったら、このチームは勝てないんだ。あいつが足でかき回すから、俺と真は打てるんだ。あいつが盛り上げてくれたからここまでやれたんだ。いや・・・誰一人欠けても駄目なんだよ。誰一人欠けても野球部は成り立たないんだ」そう言って陽一は、これから日が昇ろうとする夜明けの由比ガ浜の空をみつめた。
「恵、責任とは辞める事じゃなく、次の一歩を踏み出せるようにする事なんだ」
そうだ、俺達はこの由比ガ浜の夜明けの空と一緒なんだ。
今はただ沈んでいるだけで、再び日が昇ろうとしているんだ。
この17歳の若者も、恵と同じくまた一歩強くなろうとしていた。

(c) すなべしょう
|写真素材 PIXTA
次の日の昼下がり、仁科先生は学校へやってきた。
正門前の校舎を見つめると、仁科先生は「さよなら、みんな」とつぶやいた。
そして校長室に入ると、仁科先生は自分の意思が変わらない事を、校長先生に伝えた。
「そうか・・・残念だ・・・」と校長はポツリと言った。
仁科先生は「勝手言ってすみません」と言って、校長へ深く頭を下げた。
「しかしね、生徒達にも気持ちってのがあるんだよ。生徒達は君を甲子園に連れて行って、正教諭にすると言ってたんじゃないか?確かに最初は冗談で言ってたかもしれないが、生徒達はその約束を果たしたんじゃないか?違うか?」
仁科先生はずっと下を向いていた。
その時「その通りだよ!」と廊下から声が聞えた。
仁科先生は驚いて入り口の扉を見ると、陽一をはじめとする全部員が校長室に入ってきた。
「みんな・・・・」
「先生、絶対に辞めさせない。先生が辞表を撤回しないと、俺達はここを離れない」
陽一も賭けに出た。
そして全員が肩を組んで、校長室を封鎖した。
「徳永君・・・みんな・・・これは大人としてのけじめなの」
「ダメだ!絶対にここをどかない」
「徳永君!ダメ!そこをどいて!」と仁科先生が言うと、古屋監督が選手の間から出てきた。
「古屋さん・・・」
「先生、これだけあなたを慕っているこの子達を置いて、去って行くあなたの責任とはなんなんだ?」
「古屋さん、でも・・・私は取り返しのつかない事をしてしまったんです」
「それじゃあその解決策を、この子達と一緒に考えればいい。答えはこの子達がもっているんだよ」
仁科先生は下を向いた。
「この子達はあなたの期待に応えたじゃないか。あなたを甲子園に連れて行ったじゃないか。だからこの子達をもっと信頼しましょうよ」
司は涙目で「先生、俺達先生が辞めるなら、廃部する事にした。先生がいなきゃ俺達ここまでやってこれなかったんだ。先生がいてくれたから、甲子園まで行けたんだよ」と言って、A4サイズの『廃部申請書』を仁科先生に見せた。
その廃部申請書を見せられて、仁科先生は泣き出した。
「みんなだめだよ・・・・廃部なんて・・・やっとここまでこれたのに・・・」
すると今度は修二が「やっとここまでこれたんだ。だから・・・これからも・・・・これからも・・・」と最後まで言えずに、泣き出してしまった。
そして古屋監督は「みんなで一緒に考えて行こう。この子達はあなたの教え子じゃないか。教師が生徒を信用しないでどうするのですか」と言うと、仁科先生はその場で泣き崩れた。
古屋監督は「さあ、行こう。答えをこの子達と考えよう」と言って、泣き崩れる仁科先生の両肩をしっかりとつかんだ。
『泣き虫先生』が復活した。
そして仁科先生の辞表は校長室のゴミ箱へ捨てられ、そして次の日ゴミ回収業者が持っていった。
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