12、使命を背負って生きる(4)
翌朝、丸和工務店社長室にて、圭一郎は生稲社長に辞表を手渡した。
「圭ちゃん!」
突然の辞表提出に、生稲は飛び上がってしまった。まさかこんな展開があるとは思わなかったのだ。そして「何が不満なんだ」と聞いてきた。
「不満は何もありません」
「じゃあ何故?」
「友人の残した西原開発工事を受け継ぎたいのです」
「はあ???」
流石の生稲もこれには驚いてしまった。なんと圭一郎は、東証一部上場の丸和工務店の社長の座を捨て、社員2名の土木会社の社長をすると言っているのだ。
「け、圭ちゃん、気は確かか?」
「はい。もう決めたんです。こんな自分でも必要とされるのなら、たとえ2名の会社でもやっていきたいと思うのです」
「そんな・・・ウチだって必要だよ・・・」
「丸和には歴史があります。なんとかなります」
「圭ちゃん・・・」
「社長、すみません。どうか受理してください」
圭一郎はそう言うと、生稲に深く頭を下げた。
「困ったなあ・・・」
どれだけの時間が経ったであろうか。生稲はずっと悩んでいた。そして「わかった」と言って席を立ちあがった。
「親父さんには俺から言っておく。銀行に対してはちょっと考えてみるよ」
「勝手言ってすみません・・・」
「でも、血は争えない。圭ちゃんにも親父譲りの土木の血っていうのが流れていたんだな」
そう言うと、生稲は優しい笑顔を見せた。そして「頑張りなさい。新天地で」と言って、右手を差し出した。
「はい!何年か後、丸和に追いついてみせます!」
「ああ、待ってるぞ!」
そして二人は固い握手を交わした。
その日は、午後から雨が降り出した。
小雨ぱらつく品川の霊園に姿を現した圭一郎は、優太の眠るお墓の目の前へとやってきた。そしてその墓石の前で、自分の決意たるものを優太に告げたのだった。
優太・・・。
なんとかする。
いや、絶対になんとかしてみせる。
熱い想い。それだけあればなんとかなる。
お前だってそれだけでやってきたんだろ?
だから俺にだって出来るはずだ。
俺はお前の意志を継ぐ。
そして何もないところにトンネルを通すように、自分の人生を自分で切り開いてみせる。
そう・・・
かつての丸和工務店のように。
だから優太。
どうか俺に力を貸してくれ。
綾乃は大田区のとある産婦人科へとやってきた。今日は中絶手術の日だった。
タクシーから降りて、冬の澄んだ青空を見上げる綾乃。「さよなら・・・優太」そうつぶやくと、ゆっくりと病院の入口へと歩き出した。
するとその時、圭一郎が綾乃の目の前に立ちはだかった。
「綾乃さん!」
「ノ・・・ノンちゃん・・・」
突然の圭一郎の登場に、綾乃は驚き目を見開いた。すると圭一郎は「綾乃さん。なんとかするよ」と言って、綾乃のか細い肩をガシッと強くつかんだ。
「優太の残した会社は俺がなんとかする。俺が優太の後を受け継ぐ。だから綾乃さんがオーナーになってくれればいい」
「え?」
「だからお腹の子をどうか生かしてくれないか」
「だめだよノンちゃん。もっと自分の人生を大切にして」
「生まれてくる子供が成人した時、俺がその子にバトンタッチをする。優太の意志をその子へと受け渡す。それが自分の使命と思って生きる」
「ノンちゃん・・・」
「言っただろ。綾乃さんの為だったら何でもするって。だから・・・だから・・・どうか俺に優太の残した会社を託して欲しい」
すると今度は病院の影から恭子が出てきた。
「大丈夫。私も頑張る。困ったときは助けるから」
「恭子・・・」
綾乃は恭子の姿を見たとたんに、ポロポロと涙を流し始めた。すると恭子は「友達じゃん」と言って、そっと綾乃を抱き締めた。
「綾乃。綾乃は決して一人じゃない。みんながついてるから。一緒に頑張っていこうね」
「恭子・・・」
2月21日。
野島圭一郎は丸和工務店の常務取締役を退任し、西原開発工事の社長に就任した。
友の意志を受け継ぐ。圭一郎はその使命を背負い生きていく事としたのだ。