16、ゴールドメダル(1)
恵は何も語らずに、試合を見ていた。
すると恵の顔を知る報道関係者がやってきた。
先程オーロラビジョンに映ってしまったので、試合会場にいる事がバレてしまったのだ。
「やあ、恵ちゃん」
「ど・・・どうも・・・」
「徳永君、勝つといいね」
「はい」
「ところで、徳永君は最近何処の球団に行きたいとか言ってるかな?」
これが嫌で、恵は試合に来なかったのだ。
「特には・・・はい・・・」
「西武とか阪神に行きたいとか言ってない?」
記者のウザイ質問にも、恵は丁寧な言葉使いで「すみません。何も聞いてないんです」と応えた。
「本当かなあ?恵ちゃん知ってるんじゃないの?デートの時とかに、俺本当は西武に行きたいんだとか言ってない?」
「私、何も知らないんです・・・」
恵は下を向いてしまった。
見るにみかねた茜が「ちょっと!」と言い出した。
すると恵は「いいの、いいの」と言ってニコッと笑った。
結局恵は、その後も「はい、ええ」と言って、報道関係者の質問を適当にかわした。
報道関係者が去っていくと、茜は「恵、よく我慢できるね」と言った。
すると恵は「仕方ないよ。私が失礼な事言ったら、陽一が悪く言われちゃうし・・・」と寂しく言った。
恵もつらい立場だった。
7回裏、仙台学園は清志朗のビーンボールが通用しない左打者に、オーダーを組み替えてきた。
そしてビーンボールが全く通用しなくなった清志朗は、じりじりと苦戦を虐げられる事となる。
先頭打者にいきなりヒットを浴びてしまったのだ。
そして次の打者に、バントをされると、打順は一番に戻った。
清志朗は懸命に投げたが、一番打者に長打を放たれてしまった。
3―3の同点で、しかも1アウトランナー2塁。
追いつけ追い越せの試合展開に、観客は固唾を呑んだ。
「タイム!」淳紀は清志朗を心配して、マウンドへとやってきた。
「なんだよ淳紀」清志朗は少しイライラしていた。
しかし淳紀は真っ青な顔で笑顔を作り「落ち着いていこうよ」と言った。
「お前よう、自分の心配しろや。そろそろ交替してもらえよ」
「僕は大丈夫」
清志朗は淳紀の顔を見つめると「困った奴だな・・・」と言った。
すると淳紀は「お互い様だよ」と言って、笑って去って行った。
「あいつ・・・」
淳紀の言葉に清志朗は少し落ち着きを取り戻したのか、次の打者を三振にしとめた。
次の打者は、強打者の堀場である。
清志朗は、堀場の顔をじっと見つめた。
そしてセットポジションから、全力で堀場に向けてビーンボールを投げた。
しかし堀場はまるで読んでいたかのように、ピクリとも動かなかった。
「ボール!」
「ちくしょう!」
そして清志朗は第二球を投げると、これもボール。
堀場は物凄い集中力を見せていた。
そして第三球目、堀場は清志朗の甘く入ったシュートを見逃さなかった。
カキーンという金属音がなると、堀場の打った打球はセンターの陽一の頭上を越えて行き、そのままフェンスへと直撃した。
2塁ランナーは悠々ホームインし、陽一と同じく俊足の堀場は2塁ベースをけって、一気に3塁へと走っていった。
陽一はサードに向けて全力で投げたが、堀場の足は速く、結局3ベースヒットとなってしまった。
これで4―3となり、港南学院は再び逆転をされてしまった。
そして次の打者は、今日ホームランを放っている前原だった。
「クサイとこついていこう」淳紀のサインに清志朗は首をたてに振った。
そしてカウント2―3、清志朗の投げたスライダーがすっぽ抜けてしまった。
「まずい!」
「もらった!」
前原はそのすっぽ抜けを思いっきり振りぬくと、カキーンという音とともに、ボールはセンター奥深くへと飛んでいった。
誰もが入ると思った。
仙台学園ベンチは、全員立ち上がってガッツポーズをした。
しかし名手陽一はそれを許さなかった。
陽一はフェンス一杯に張り付くと「届け!!!!」と叫びながら思いっきりジャンプをした。
そして前原の打ったボールはスタンドに入る前に、陽一のグラブにスポッと入ったのだ。
ボールをキャッチすると、陽一は地面にドドッと音をたてて着地した。
陽一のファインプレーに甲子園は多いに沸いた。
「入った・・・助かった・・・」陽一は、芝生の上にそのまま寝転がって空を見た。
「陽一!ナイスキャッチ!」そう言いながら真がやってくると、手を差し伸べて陽一を引き起こした。
7回裏を終わって4―3。
港南学院は1点のビハインドで、終盤を迎える事となる。
見事なファインプレーに、スタンドから徳永コールが沸き起こった
「とーくーなが、とーくなが、とーくーなが」
その観客の声援に応えるように、陽一は右手を高々と上げると、スタンドから「ワー!」という大歓声が起った。
そして陽一はベンチへと帰っていった。
「陽一君!ナイスキャッチ!」茜はそう言ってパチパチと手を叩いた。
しかし恵は何も言わずに、笑顔で陽一の姿を見続けた。
あの人は本当に陽一なのかな?
ひょっとして、どこかで入れ替わってるんじゃないの?
本当の陽一は宿舎でご飯食べてたりして・・・。
恵はそんな事を思いながら、スーパースター陽一の後姿を見続けた。