フォーエバー・フレンズ -221ページ目

19、小さないのち(2)

「いたい・・・いたいよ・・・」

「茜、しっかりして!」

しばらくすると看護婦が病室へと入ってきた。

「遠山さん、そろそろ分娩室に行ってみますか?どうします?」

「は・・・はい・・・行ってみます・・・」茜は、顔を痛みで歪ませながらそう言うと、恵に肩を借りてゆっくりと起き上がった。

そして恵に肩を借りた茜は、病院の廊下をゆっくりと歩き、分娩室の中へと入った。

茜は分娩台の上で、横になった。

「いたい・・・いたたたた」

「茜・・・大丈夫?」

「だっ・・・大丈夫・・・だと思う・・・」

すると看護婦は「すぐには生まれませんから、大丈夫ですよ。生まれそうになったら、出てすぐ右にナースステーションがありますので、呼んでくださいね」と恵に言って去っていった。

看護婦が去ると、恵は茜の腰をさすった。

すると茜が「恵・・・看護婦さん呼んできて・・・」と苦しそうに言った。

「えっ?」

「生まれるよ・・・」

「でっ・・・でもすぐには生まれないって・・・」

「ヤバイ!これ本当に生まれる!恵!看護婦さん呼んできて!」

「うっ、うん!わかった!」

恵が分娩室を駆け出して行こうとすると、茜は「恵!そっちじゃないよ!出て右だよ」と叫んだ。

「あっ!間違えた!こっちだった!」

「しっかりしてよ!もう!」

茜は陣痛に苦しみながらも、呆れ返ってしまった。



恵が先生を呼んでくると、既に茜は出産を迎えようとしていた。

女医さんは「ああ、これは産まれそうですねえ」と言って、事務的に準備を進めだした。

恵は、茜の手をしっかりと握った。

すると茜は段々と下りてくるお腹の子供の感覚を感じた。

「いたいよ、いたいよ、恵助けて・・・恐いよ、恐いよ、恐いよ・・・」さすがの茜も、あまりにもの痛さと恐怖のために、涙をポロポロと流して泣き出した。

気の強い茜が「恵助けて」なんて今まで一度も言った事がなかった。

恵は心が折れそうになった茜をしっかりと抱きしめて「茜、大丈夫だよ。頑張ってね。私がちゃんとついてるからね」と言った。

「うん・・・頑張るよ・・・恵、一緒にいてね・・・帰らないでね・・・恐いよう・・・恵恐いよ・・・」

「絶対に帰らないよ。店長にもバイト休むって言ったから大丈夫」

「ごめんね・・・ふえええん、こわいよう・・・いたいよお・・・」

そう言った直後に茜は物凄い激痛を感じて「ああ!いたあああい!」と叫んだ。

そして「わあああ!いたあああい!いたあああい!恵たすけてえ!いたいよお!」と言って泣き叫びだした。

「茜!頑張って!頑張って!」恵は茜の額から流れ出る汗をハンカチで拭いた。

「いたいよおーいたいよお!いたああああい!恵!助けて!いたいよお!」茜は思いっきり顔を歪めながら泣き叫けび、必死に歯を食いしばった。

そして汗と一緒に涙がポロポロと流れ出た。

「頑張って!私がついてる!」恵は茜の手をしっかりと握りしめた。





その日の夕方、茜は産まれたての女の子の赤ちゃんを抱いて、ベッドで寝ていた。

「すぐに産まれちゃったね・・・」恵がポツリと言うと、茜も「そうだね・・・」と小さな声で言った。

ふたりは少し呆然としていた。

二人とも今日は日が変わる事を覚悟していたのだが、茜は分娩室に入ってわずか20分で出産してしまったのだ。

二人は少し拍子抜けしてしまった。

「どうだった?」

「凄く痛かった。あんな痛み今まで経験した事ないよ」

「そうなんだ・・・私もいずれそんな経験するのかな・・・」

「でも恵は私みたいに、泣いたりわめいたりしないんじゃないかな。恵は、最初はパニックになってたけど、いざと言うときは結構強いよ。それに比べて私ってなんだろ?全然ダメだよね。恐い怖い助けてって・・・」茜は出産時の自分を思い出して、笑ってしまった。

「そんな事ないよ。茜は頑張ったよ」

「ううん。私って結局弱いんだよね。今回でよくわかった。恵がいてくれて本当に助かったよ。恵がいてくれなかったら、私まだ分娩室にいたと思うよ」

すると恵は、席を立って茜の生んだばかりの赤ちゃんの顔を見つめた。

「かわいい」

「そうかな?なんかお猿さんみたいだよ」

「そんな事ないよ。かわいいよ。ねえ茜、私にも抱かせて」

「いいよ」

恵は、茜の生んだ赤ちゃんを抱っこすると、少し心が癒された気分になった。

「ねえ、名前は決めているの?」

「真理」

「どうして真理なの?」

「真と理子ちゃんから一文字ずつとって真理」

「そんな簡単に決めていいの?」

「いいの。二人とも私の大切な人。その大切な人の名前をとるの」

「遠山君はそれで納得するの?」

「男だったら自分が決めるけど、女なら勝手に決めろって言ってたから」

「そうなの・・・真理ちゃん。恵だよ。よろしくね」

そう言うと、恵は真理の顔を笑顔でじっと見つめた。

生まれたばかりの小さな命だった。

すると茜は、窓の外の夕暮れを見ながら話し出した。

「よかった・・・。あの時スカジョを辞めて、真を選んで・・・。よかった・・・あの時子供を堕ろしてなくて・・・違った道に進めば、きっと私後悔していた」

「茜・・・」

「私、後悔だけはしたくないんだ」

恵は黙って下を向いた。

「ねえ恵、以前陽一君は恵に、俺には野球の血が流れているって言ったんだよね。そして恵はそんなひたむきな陽一君の事を好きになったんだよね」

恵は顔を上げると、茜の顔を見た。

「そんな陽一君だから、アメリカに渡って野球がやりたいんじゃないかな?そんなひたむきな陽一君だからこそ、そこまでしてでもアメリカでやりたいんだよ」

茜はひたすら窓の外の夕暮れの空を見続けていた。

「だから、そんな事を理由に別れて欲しくないんだ。このままだと、きっと恵は後悔するよ」

「でも・・・陽一は春にはいなくなってしまうんだよ・・・」

「恵がアメリカについていけない気持ちもわかるよ。春になったら陽一君への思いは消えてしまうかもしれない。でも陽一君はまだ日本にいるんだよ。まだ恵の側にいるんだよ。だったら、最後まで好きなままでいようよ。それで沢山の思い出を作って、陽一君を送り出してあげようよ」

「茜・・・」恵の目から涙が一筋落ちた。

「こんなに素敵な思い出が一杯あるんだから、その思い出をもっともっと素敵にしてあげようよ」

恵も茜と同じように、これから聖夜を迎えようとしている夕焼けの空を見つめた。


沈み行く夕日 - 写真素材
(c) AIRストック写真 PIXTA