11、創業家一族として(1)
恭子は辞表を撤回し、再び大橋会計事務所で働く事となった。
勿論大橋公認会計士もこれには大喜び。しかし、丸和に携わると大変なので、他所の会社を担当する事となってしまった。
職場はこれでよかったのだが、問題は住む場所だった。なにしろ今まで住んでいたワンルームマンションを、既に解約してしまったのだ。なので、恭子は一足早いかもしれないが、圭一郎のマンションで一緒に暮らす事となった。
お互い初めての同棲生活。圭一郎と恭子は新鮮な毎日を過ごしていた。
現場仕事で朝の早い圭一郎は、いつも朝7時前には家を出る。そして恭子は玄関先まで圭一郎を見届けると「野島さんいってらっしゃい」と笑顔で言う。
「恭子ちゃん。いつまで野島さんって言うつもり?」
「なんか照れくさいの。野島さんの事、圭ちゃんなんて呼べないよ」
「でも、恭子ちゃんだっていずれ野島になるんだよ」
「う~ん・・・いずれ違う呼び名考えるよ。しばらくは野島さんでいいでしょ」
「あはは。まあどちらでもいいけどね」
恭子は今まで圭一郎の事を「野島さん」と、尊敬の念を込めて呼んでいたので、どうも圭一郎や圭ちゃんという言葉に抵抗があった。
そして圭一郎が家を出ると、まず洗濯をし、そしてそれを終えると8時には家を出る。
成城学園駅前の閑静なる住宅地。そんな冬の住宅街を、恭子は白い息を吐きながら幸せそうな顔で職場へと向かう。
大橋会計事務所では黙々と事務処理に励む。暴力事件で受けた心の傷も癒え、仕事もだいぶ捗るようになってきた。
夕飯は、成城学園駅前で買い物をするが、さすがに『成城石井』には入る勇気がなかった。どうも高い買い物は苦手だった。
圭一郎がたまに「今日は外食しようと」と言うと、決まって恭子は「勿体ないからダメ」と言う。とにかく倹約家の恭子だった。
圭一郎は人付き合いが良いためか、男同士の付き合いでやたらとお金を使う。かえってこのような地味で倹約家な奥様の方が良かったのかもしれない。
ベランダには鉢を並べて、花壇を作ってみた。そして春になれば、お花を植えてみたいと思った。
犬も飼うようになった。動物大好きな恭子は、ずっと犬を飼いたいと思っていたが、ワンルームマンションでは犬を飼う事が出来なかった。
近所のペットショップの捨て犬コーナーで貰ってきた白い雑種の仔犬。
その名も『圭二郎』。
圭一郎、恭子、そして犬の圭二郎の幸せな3人暮らしだった。
そして優太と綾乃も、相も変わらずのラブラブぶり。いや、こちらはラブラブと言うより、バカップルと言った方が妥当かもしれない。
「優太ちゅ~」
「ちゅ~」
食事を食べ終えた綾乃と優太は、いつものように部屋でイチャイチャしていた。大嫌いな優太だったが、イザ付き合ってみると、中々気があった。
「ねえ、優太。子供出来ちゃった」
「え?ほんとかよ」
「うん。この間なんか気になって妊娠判定機使ったら、陽性がでた。ど
うする?」
すると優太は綾乃をギュッと抱き締めた。
「どうするって、勿論産んでくれよ。で、いつ産れんだ?」
「できたばっかだよ。多分一か月ぐらいだよ」
「そっか。じゃあ、俺も親父になれんだな」
二人でそんな話をしていると、突如テレビの画面に『臨時ニュース』というテロップが流れた。
『本日午後8時。丸和工務店本社に東京地検特捜部が強制捜査』
綾乃は、そのテロップを見ると「ゆ、優太、ノンちゃんの実家がニュースで・・・」と言って、画面を指差した。
「ええ?」
優太も即座にテレビの画面に目をやった。するとすぐさま画面が切り替わり、報道特別番組となってしまったのだ。
テレビを前にして肩を並べて座る二人。その姿はまるで昭和30年代、テレビの無かった頃の日本人のようだった。
「たった今、丸和工務店東京本社に強制捜査が入りました。北朝鮮に対し不正送金した疑いです。繰り返します」
テレビの中継は、そう言ってひたすら丸和工務店のスキャンダルをお茶の間に伝えていた。
「大変・・・北朝鮮だって・・・」
綾乃が心配そうな顔でそういうものの、優太は黙ってテレビ画面をじっと見つめていた。そして「来るべき時が来たな」と言って、ぼんやりとした顔をした。
なんとも意味深な優太の言葉。
「来るべき時ってどういう意味?」
綾乃がそう聞くものの、優太はそれ以上何も答えようとはしなかった。
「変なの・・・」