晴耕雨読な日々をめざす日記。 -7ページ目

晴耕雨読な日々をめざす日記。

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ひろこさん、お母さんよ。

の、母の声で、目を開ける。

何とか戻ってこれたみたい。
手足も動く。
しびれの具合はこの時点では、わからない。

執刀医先生の話だと、出血は30㏄くらい。レントゲン的にもオッケー。なんだそうだ。

足には血栓防止の足を揉むポンプが、つけられていて、シューシュー音をダースベーダーのように音をたてている。

最低限の症状の進行食い止め、は成功例したようだ。

そして、長い夜が、始まる。

麻酔から覚めると、包丁で、首を刺されたらきっとこうなんだろう。という激しい痛み。

明日の朝までは水も飲めないから、喉がモーレツに渇く。
看護師さんが、マックのコーラに入ってるような氷を紙コップに入れてもってきてくれた。
おまけに、コーフン覚めやらず?なのか、体温が、38度まで上昇。
氷枕を両脇に抱えさせられて、寝かされる。

この日はミスチルのライブ先行抽選の結果発表の日だったのだが、確認する気になれない。

包丁で、刺されてエコノミークラスで、世界一周旅行。という感じ。

痛いときは、頼めば痛み止めの投与があるらしいけど、この痛みが普通なのか、それとも異常なのか、が全く判らず。

とりあえず、ひたすら耐えるのみである。

耳に無理やりねじこんだ、iPodからミスチルの音楽が流れてくる。
わたしのiPodにはほとんど全てのミスチルの楽曲が入っているから、一曲4分×約 180曲=720分
ミスチルが全て終われば、朝を越えて明日の昼?
なんてことを考えつつ、一睡も出来ず。で、朝を迎える。







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鼻をちーんとかんで、いざ、手術へ。壁には、ソニーの50インチくらいの壁掛けモニターが、掛けてある。心電図とかを映し出されるぽい。
ベッドに寝ると、ベッドの上にもモニター。ドラマのセットさながら。怖さ満点。
身体中に、いろんなものが付けられる。左手の薬指の手のひらの付け根あたりに、一本注射が、打たれる。が、失敗したっぽい。もう一本。
だんだん眠くなりますよ。
心配しないで。
起きたときは、もう終わってます。

なんてことを言われたところまでは覚えているが、その先の記憶はない。

全身麻酔は、本当に、こうなんだ。と、今更思う。

全身麻酔中に、一瞬白い部屋?手術室?が見えたなんとなくの記憶。

因みに手術終了後は、レントゲンまで、撮影されており、ビフォー、アフターのレントゲンを夫、わたしの両親は見せてもらったそうです。





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10月24日。
今日の終わりは、明日の始まり。だけど、長い1日が始まる。今日が手術なのだ。

8時に、夫到着。ミスチルのファッションクラブ会報を持ってきてくれた。これは、手術の後のお楽しみ。ということで。その後、アホ話を暫し。

8時半頃。執刀医先生が白い巨塔の財前教授風?に若い先生方を連れて登場。念のためのアホ確認を最後にする。
「今日は先生が、やってくださるんですよね?」
執刀医先生は、「勿論ですよ。でも今日の手術はこいつら(=若い取り巻き先生)でもできますから。」
8時45分。手術室担当看護師さんのお迎えが来る。夫が手術室の入口まで、付き添ってくれる。
いよいよである。
朝イチの手術室は混んでいる。と、看護師さんが言ってたけど、自分だけのことを考えてればいいのに、目の前には、小さい子どもが、数人、わたしと同じものを着て待っている。
見なければよかった。。。
こんな小さな子ども恐怖体験するのか。
ヤバい。涙が出てきた。
自分の数分後のことを思い、更に涙が出てくる。


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入院生活2日目の真剣な悩みのひとつは、大が、ちゃんと出てくるか。だった。
なんか、大が出ないと浣腸、なんてことが、闘病ブログなんか見てると書かれてるからだ。
これは、問題なかった。とりあえず今日は出てきてくれた。

あと、しばらくは30度までしか、ベッド起こせないから30度生活できるように水飲む練習してください。と、言われた。

試しに30度にベッド傾けて、ご飯たべてみましたが、難しい。水はストローあれば何とか。
写真は30度傾けた先の今日の晩御飯。



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午前中にCT撮影。あとは、承諾書、手術の予定、リハビリの予定の話など。

そのうち、冷静になれたら書きますが、全てにおいて、乗り越えられるか、わたし?なのだ。

今日は、転院の方が退院された。病室が一気に静かに。それまではこのご婦人たちは朝から晩まで、カーテンも閉めずに、しゃべってたけど、今はみなわたしみたいにカーテンをひいている。

昨日、わたしの前のベッドで、いろんなものに囲まれた方は腕の骨折。お風呂場で。と、話してくれた。今日は、もう何も繋がれてない。
手術自体はなんてことないらしいが、持病との兼ね合いで、この病院に来た。とのこと。

今日みたいに天気が良くないときは、会社に行かなくていい。てのは、喜ばしいんだけど、昨日のキムタクドラマで、たかが500円稼ぐために空き缶を拾ったりしても、全然稼げなくて、稼ぐことの大変さを知る。というシーンを思い出す。
この入院生活も有給使ってるからお金でてるんだなぁ。何も労働力提供してないのに。と、また、しんみりするのであった。

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入院1日目の続き。

部屋は四人部屋。明日転院というご婦人、入院2ヶ月というご婦人
、そして、今日、おそらく数日後のわたしはああなるんじゃ?の手術を終えて来たばかりのご婦人。
この、ご婦人のご主人と思われる方、よくしゃべる。
二時間で終わった。よかった、よかった。先生も旨く行った。と言ってた。
と麻酔が覚めたばかりのご婦人に話しかけている。そして、本人もそれに答えている。

ご婦人、と三人に対して表現したが、お歳は皆さん、わたしの倍近く、と思われる。

わたしなんて、おねーさん、と話しかけられたくらいだ。

病室では、残りのご婦人二人が、ずっとしゃべっている。詳しい病気はわからないけれど、歩けないお二人。
今、何時?
まだ、明るいね。
トイレ何時にお願いする?

なんてことをずっとしゃべっている。

片方が黙ると、
寝ちゃった?
まだ。
なんていう会話も。

おねーさんは、何をするにも悲しい。ご婦人方の何気ない会話をカーテンごしに聞くと、自分の老後を想像したり、テレビで月9ドラマやスマスマ観ても、今ごろ家でまも同じものが録画されてるなー。帰りたい。とか。



入院1日目。
看護師さんとの面談、執刀医先生とのご挨拶。(診察ではない)

わたしの正面のベッドの方が数日後のわたしの姿と思われる。いろんなものが繋がれていて、恐ろしさ満点。チラ見しただけだが、数日後の自分の姿を想像し、一人涙。


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晴耕雨読な日々をめざす日記。-20121022
入院における最終持ち物チェックをする。

先週つめたスーツケースはそのまま放置してあったので、一応中身チェック。


持ち物、のひとつに、MRI写真というものがある。この写真は大学病院とは別の施設で撮影したものだけれども、これをもとにわたしには非情?な判定が出たのだ。


写真は一枚が10センチ四方くらいで、いろんなタイプのものが撮影されており、1枚×16枚、で一枚の大きなシートになっている。

わたしの手元には大きなシートが4枚あるので、64枚のMRI画像を撮影したことになる。


写真の真ん中あたり、白い線がぐにゃっと骨に押し出されて、切れかかっているところがある。これが手足の麻痺の元。

しみじみと見ると、なんか、不安が募りますが・・・

先週一週間の自宅療養という名のダラダラ生活のほとんどは、ネットで自分と似た症状の方のブログを読んだり、ネットで情報を収集していたのだが、本当に不安だらけである。


執刀医先生によると、「ネット上の情報は正しくないですから・・・」とのことだけれども。


このプチっと切れている部分を繋げる感じの手術を受けてきます。


・・・というわけで、いよいよ次回からは、病院よりひっそり更新になります。




晴耕雨読な日々をめざす日記。-1020
久しぶりに化粧をして、まともなカッコをして外出。

一万人の第九の練習会の出席カードにハンコをもらうのが主たる目的。(練習もだけど)

全12回の練習のうち、2回休んだら、本番参加が出来ないのだが、今後の術後の状況とかを考えるとかなり微妙な感じがするのだが、とりあえず、貴重なハンコをもらいに行く。


軽く人酔い・・・

新宿ってこんなに人多いっけ?


軽く電車酔い・・・

乗り物酔い。ではなくて、電車ってこんなに揺れるんだっけ?


おまけに練習会場のある、築地の朝日新聞のビルの前では、デモ?が行われており、警察官やら、君が代の合唱やら、でものすごいことになっていた。


一週間の療養生活という名のダラダラ生活により、かなりの体力の衰えを感じるのであった。

入院初日はオットの付添はなくなったため、一人でスーツケースを転がしていけるかがかなり不安である。


で、肝心の今の体調、でありますが、

手の痺れ。

左は、親指と小指意外に痺れ。じゃんけんしたら、後出しになる。形は作れる。

ただ、仕事してたときよりは調子いいかも。

右は、人差し指の指先が軽くしびている。じゃんけんは普通にできる。


足の痺れ。

実はこっちのほうが、深刻。

8月当初の病気宣告のときは、足の不調は全くなかったのだが、ここ最近で、悪化が著しい。

まあ、普通に歩ける。

ただ、電車に駆け込むのは無理。走る気はあるが、足が反応しない。

特に右足のひざから下の感覚があまりない感じ。レッグウオーマーが欲しい感じ。


今回の第九の練習は、最後に立って通しで歌うことがあったのだが、先生もノリノリで、指導に超熱がはいっており、なかなか進まない。

正直なところ、立ってるのがちょっと、キツかったので、「早く終わってくれ・・・」と思ったくらいだ。


しかも、ありえないことに、このたった数時間のお出かけ、の翌日ですが、バタっと23時くらいには寝たにもかかわらず、なんと起床時間が昼の12時近くだった。







「昨日はドラマのロケで空き缶拾ってました。今日は皆さんに囲まれて”やった”って感じです。」と木村君。


「ドームだと自分の声が反射して、気分悪くなりますが、野外だと、それが無くて気持ちいいです。」と中居君。


(最近の皆さんの仕事の話になって、)

「俺もドラマやりたい。貝にはなりたくなかったの・・・」と中居君がいうと、

「おまえは、貝じゃなく、司会、になりたいんだろ。どれだけ働いてるんだよ?」と木村君。


あれだけの多数の女子の心をわしづかみにする、SMAP。トークも冴えわたっていた。

またもやキャーキャーしてきた。

黒バラでのやる気のない中居君もいいが、ライブでの中居君は踊りが素晴らしい。

さすがにお歳をとった?と世間では言われている木村君も、アイドルオーラがビシバシ出ていた。


アナタ病気でしょ・・・なのですが、東京ドーム公演に続き、味の素スタジアムでのライブ(10月13日)にも参加してしまった。

体調自体は悪くない。ただ、コケないことだけ注意しながら出かける。


同じライブに複数回参加。というのはミスチルのライブでは経験がある。

ミスチルの場合だと、基本的にどのライブでも内容もしゃべる内容も一緒。

しかし、スマップは違ったのだ!


味の素スタジアムは会場が広いせいか(移動の時間がかかるのか)、曲目が東京ドームのときより多かった。青いイナズマ、とかDear Womanが追加になっていた。


この日のわたし的イチバンのきゃ~。はコントコーナーである。

なんと、中居君の計算マコちゃんが登場したのだ。(わたしが参加した東京ドームでは見れなかった)

もちろんマコちゃん以外にもしょうわ時代もちゃんとあった。


任侠ヘルパーのやくざ風お兄さんに扮した剛君とマコちゃんとのコントだったのだが、


「つよちゃん、髪の毛クルクルパーマにするなら、ひとことマコにいってからにして。いつから暴力さんになっちゃったの?」

「つよちゃん、マコのこと、どのくらい好き?」(この時剛君は味の素スタジアム×個分、というところを、味の素スタジオ、と言って言い直してましたが)

「ちゅん、ちゅん、ちゅん、またね~」と言って、ピンクの衣装を着た中居君がいなくなるのだが、

この後、5万人の前で、なんと剛君との生チューを披露してくれたのだ。


もう、キャ~~~~!!!!大絶叫の会場であった。


中居君のマコちゃんは、40を超えたおじさんの姿とは思えないくらい、かわいかった。


東京ドーム公演だと、天井から風船が降ってくる演出があったのだけれども、味の素スタジアムでは、突如大きな青い風船があちこちに現れ(アリーナだけじゃなく、スタンド席にも)、それがバンっと割れて、中から普通の大きさの無数の風船が飛び出してくる。という演出だった。

あと、花火もあった。