晴耕雨読な日々をめざす日記。 -8ページ目

晴耕雨読な日々をめざす日記。

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といっても、手術の縫い目が切れた訳ではありません。

ぷつっと切れたのはわたしの気持ち。


なんと、手術当日の朝、出頭30分前?直前に自宅電話が鳴る。


両親からの壮行電話かねえ?相変わらず決意を揺らがすような電話をしてくるなあ。

と思って出ると、


「××病院の○○です。(手術の執刀医)本日、入院のご予定でしたよね。実は、緊急の腫瘍の手術がはいりまして、△△さん(わたし)の手術の日にちをずらしてもらえないかと。」


緊急時はそっち優先。という話は前々から聞いていたのだが、まさか本当にこういうことがあるものか。と。

先生自らの電話である。

素人目からも、明らかにわたしの手術より難易度高しだろう。


前々から、この先生は、手術の曜日が固定しており、それ以外では手術はやらない。と聞いていた。

ムリを言って当初の予定で手術をお願いするのもアリなんだろうが、ダブルベッダー(第一試合腫瘍の手術、第二試合わたし)で回されて、お疲れなところ、手元が狂う(そんなことは絶対にないとは思うけど)なんてことがあったら・・・


ちなみに約一週間、手術の日はズレることになるのだが、わたしとしては深刻度満点な今の状況なのだが、現代の医療ではたいしたことがないのか?とちょっと楽観的になったり・・・


先生からも申し出には、とりあえず、了承。という形をとり、電話を切る。

さ、仕事どうしよう・・・行こうとおもえば、行けるのだ。

ただ、確実に役立たず感満点の労働力の提供になってしまう。

有給を無駄遣いするのもなんだしなあ・・・ともちょっとは思うが・・・

かといって、万が一風邪なんかひいたりしたら、手術が本当に延期になってしまう。


・・・もうこのまま自宅療養続行しよう。


というわけで、さらに前座ブログ??が続くことになりました。

緊張がぷっつり、と切れて、気が抜けた感満点であります。

憂鬱な時間を過ごすのももったいないので、気持は明るく行こうと思います。

しかし、長い一週間だな・・・ひきこもりで。












最終出社日を終え、最後(本番を迎えるのはどう考えても微妙だ。練習回数出席日数不足とか)の第九の練習を終え、自宅に帰る。。


留守番電話にメッセージが・・・


「××病院の、○○と申します。○○○○(→わたしの名前)さまの入院に関するご連絡です。また、再度ご連絡します。」


翌日折り返し、詳細を確認。ついに入院日時についての連絡があり、その日を迎えることになった。


というわけで、気の進まない買い物(入院ライフ用)をしてきた。

このような気の進まない買い物というのは、大学時代の就職活動スーツやらなんやらの一式を購入した以来だ。


わたしとしては、退院のあかつきには、二度とお世話になりたくない品々、ということで全て捨てる。と決めているため、あまりお金はかけたくないし、こだわりも全くないのだ。


かなり投げやり感満点なわたし・・・

100均でスプーンやらフォークやらを投げやりに選ぶわたし。

ユニクロでジャージを選んだり。とか。


オット的には、

「入院ライフを快適にするためにも、ちゃんと選びなさいよ。」

ということで、ちょっとこじゃれたプラスチック製のくせに食洗器で使用可能なカトラリーとかを買えという。・・・捨てるんだってば・・・


入院用の小冊子に記載の項目に、謎な用意すべき品があった。

「靴タイプの室内履き(スリッパや紐のある靴は転倒のおそれがあるため禁止)」

・・・?なんですか?ソレは。

電話を折り返す際に確認してみた。

「クロックスみたいなもの。をイメージしていただくといいです。」とのこと。


秋も深まる中、夏に履くようなクロックスを購入。

モコモコタイプでもよかったのですが、お値段が5000円近くしたため、夏にはくタイプを。

どうせ、そんなに外も歩かんでしょうし・・・靴下はけばよいかと。

しかも、間違い防止?のための、カワイイキャラクターシビッツまで購入ですよ・・・

これも絶対に退院の暁には捨ててやる。と心に誓ったわたしであった。


というわけで、前振りがやたら長かった、入院への道のり、でありましたが、いよいよ、次回からは、病院より、こっそり更新。です。(携帯を使ってよい、デイルームとやらの部屋があるらしいので・・・)













ついに手術前最終出社日を終えたわけですが。

結構仕事、というのは、アタマも使うが、首も使う。ということを今更ながらに実感。

パソコンのモニター見て、手元の資料見て、数字や文字を打ち込んで・・・

ちょっと左手の動きが微妙なわたしには思ってた以上に大変だった。


上司以外には仲のよい信頼できるお友達以外には、わたしの病名は告げておらず、部署内でも「手術入院。」とだけ報告がなされているため、仕事がトロくなったわたしに対し、わたしが休む真の理由。ヘンな噂が飛び交うのかな。とも思ったりもする。(退職するとか・・・)


一番大変だったのは、電話。

今までよくやっていた、受話器を首と肩の間にはさんで、パソコンをちょいと操作し、ということが出来ない。

新入社員のように、必要なことをとりあえず聞き、その場で対応できることは、して、それが出来ない場合は、要件だけを聞いて、パソコン操作は電話切ってから。という感じ。


その次大変だったのは、紙をめくる、ということ。

わたしは利き手が右手なので、右手で筆記具、左手は紙をめくる。という感じで仕事をする。

左手の動きがかなり怪しくなってきており、(キーボードとかの打ち間違いとかも結構多くなってきた)紙がうまくめくれないのだ。

1枚、1枚、がうまくめくれない。

うまく数が数えられない。

通常なら初歩的で、自分が集中していないことを理由にかたずけられてしまう、この書類枚数カウント問題。

枚数カウントは通常わたしは2度行っており、2度で合えばとりあえずゴー。だったのだが、これを3回にすることにより、まあ、ミスの撲滅にはつながるのだが、こんな簡単なことにまで、時間がかかる。


挙げればキリがないのだが、とにかく、何をやるにしろ、いつも以上に慎重に行うことになり、普通の1.5倍はかかる。

本当に役立たず感が日増しに強まる。そんな日々をここ数週間は送ってきた。


それでも最終日には、そんなに個人的に親しくなかった意外な方から、温かい励ましの手書きのお手紙いただいたり、はげまされたり、ということもあったり。


今の会社には10年以上わたしは在籍しているけれども、仲の良いお友達以外からの、「人としての温かさ」をあまり感じたことが無かったので、ちょっと、しんみり。となったりもするのだ。


入院ギリギリまで働くことを、自らが望み、会社もそう要請してきたとはいえ、ちょっとここ2週間くらいは、病状の悪化に確実につながる日々を送っていたのは事実。

家に帰っても何もする気がおこらず、バタっと寝るのみ。の日々。


最終日を迎えて、上期の評価、が先に上司より行われた。

「ちょっと前の部署で働いてもらってたときよりも、パフォーマンスが悪い。病気のことを考慮一応はするけど。」


確かにね・・・異動してから、全く自分の思うとおりに働けてなかったのだ。

わたしに、要求されていたのは、単に、いわれたことを「ハイハイ」とやることだけではないのだ。

与えられたことを、こなすのみ。で、自らの意見で何かを起こす。ということが出来てない。

何かこうしよう。頑張ろう。という気持ちがまったく起こらず、日々安泰に。手術前の最後の日を迎える。という感じで、仕事をしていたのだ。


わかっちゃいたが、本当に異動してからは、ハイハイとこなすことで精いっぱいで、おまけに時間もちょっとかかったり。と。


最後に上司から、

「外科的な手術って、内臓をいじるのとは違って、悪いところさえ、直してもらえば、今まで通りの生活が出来るはずよ。」

「場合によっては在宅勤務もアリですから。」

「必ず戻ってきてください。」

等々・・・のお言葉をいただく。








といっても、わたしのことではありません。


わたしは、新しい部署に来て、2カ月弱が過ぎた。役立たず感を日々感じながらも、充実した日々を送っている。


わたしが去ったあとの、旧部署には、わたしが入社して以来一番仲良くしてくれていた同士がいる。

年齢も一緒、趣味も似てたり、とかで、結構仲良しだ。


なんと、今月で、会社を去ることになったのだ。


「あと数年ガマンすればよい、ということはわかっていたけど、ガマンできなかった。」

「社内異動も申し出たけど、ダメだった。」

・・・まあ、わたしもあそこにいたら、コキ使われ、さらに病気悪化しただろうな。

彼女からは、新しい職を見つけて、退職する旨を聞いた翌日、こう聞いてみた。


「あのさあ、気が変わって、やっぱ残る。とかないわけ?」

「それがさあ。。。退職届出した日がなんと仏滅、でさ、これはちょっとよろしくないよ。と思って、出し直していいですか?って人事に聞いたら、もう受理しちゃったからダメだ。って言われたの。」


仏滅、とか大安、とか、重要な一大イベント、非常事態?に面白いことをいうなあ。。。


・・・一度出したものはダメなのね。それにしても、エラく早い受理だの。引き留めとかはないのか?

まあ、彼女の出した決断がこれで変わるわけでもないし、単に気分の問題で、仏滅じゃない日にしたかったんだろうから、まあ、これはよしとして。


その後の発言が意外だった。

「退職届だしたときは、その瞬間は、ああすっきり。なワケよ。」

「でもね、今は不安のほうが大きいの。新しいところでやっていけるかどうか。」


・・・不安が大きい。これは意外だった。わたしのような社内異動とかだと、新たな人間関係構築、とかはそんなに考えないで済むし、仕事のフローも同じ会社の中なので、なんとなく、の部分はつながっている。


それでも、それども、同じ会社の他部署、で約2カ月働いた結果なのだが、

「仕事が覚えられない・・・」

というのがいま、わたしが実感するところなのだ。


病気のことを差し引いたとしても、やはり40過ぎての新たなモノは受け入れる、ということはタイヘンなのだ。


そして、退職、転職、を迎えるわたしのオトモダチ、その不安はものすごい大きいものなんだなあ。と。


転職。が天職。に転じると願うのみ。











「迷っている・・・」

「え、やらないの?」

「そりゃ、悩むよ。まずは、頭の一部をハゲにさせられるでしょ~。(わかめちゃんのイメージ、実際は髪の上の部分の長い部分は残してくれるみたいなので、かぶせればそんなには目立たないというが・・・)」

「3日くらいは寝たきりだよ、トイレにも行けないんだよ。」


「万が一の確率があまりにも高すぎる。(例の血のカタマリがどうの。。。というやつ)」

「完治の確率はゼロだし。(これは先生もかなりきっぱり、と言っていた。)あくまでも進行食い止め。」

「輸血で運が悪くC型肝炎になっちゃったりして。わたし、若い部類だから、血管も元気でしょ~。結構血はでるんじゃないの?」(さすがに最近はコレは無いと思うが、知人で運悪く輸血からC型肝炎で命を落としている人もいるので・・・)


「静かに最後のときを迎えるのもアリかと思ったりもする。」


等々、わたしは思いの全てをオットに話す。


彼に話しても、何の解決にもならんのだが・・・


「あの先生さあ、かなりの腕前なんじゃないの?説明上手だし。MRIの画像で自分の手に負えないとわかったら、お断りで、よその神の手を紹介してくれるでしょ。」


先生の腕前がいかほどのものかはわたしは、未知であるのだが、今日の説明タイムの際に、

「わたし、年間200回くらい、同じ説明を患者さんにしててですね・・・首の手術の8割は、今回の術式をとるんですよ。」

「ホントはテープにとって、それを再生したいんですけどね~。(笑)でも患者さんにとっては、一生に一度のことですから、権利と義務、きちんと果たさなければいけないんで。」


なんてことを言っていたことをふと思い出した。

ネットで検索すると、ちょろっとは名前が出てくる先生。


オットはいたって楽観的だ、というよりここ数日のわたしのボヤキへの付き合いがそろそろ限界なのか、

「初期の段階で手術が出来るのは、ラッキーだったと思え。」

「たまたま行った近所の整形外科に、大学病院の先生が回診に来ていて、運命の出会いがあったことを幸せに思え。」

「あなたが心配するのは自分のことだけで、良いんだから。仕事はとりあえず大丈夫でしょ。」


「あなたはどうして、そういうつまらん確率のことを、大きくとらえるのか?」

「髪の毛はいずれ伸びるでしょ。」

「寝たきりに数日間なったとしても、下のお世話は看護師さんがやってくれて、自分は苦労しないんでしょ。」

「もう、いっそうのこと、休んじゃえば。入院前でもいいからさ。そんな状態でシゴトはできないでしょ。」


ここ数日のわたし、はちょっとヘンだ。

新入社員でも気づくだろうが、の海外市場の休日を見逃し、相手先から指摘を受ける。という痛恨のミスまで犯している。


難しく考えすぎてはいけない。ということはわかっている。

自分が必要以上に悲観的になっていることも。

わたしは、自分のことだけ考えていればよいのだ。

ただ、決断する。ということだけなのに。







今回手術をするにあたって、の手術内容に関する説明があった。

手術名:頚部脊柱管拡大術 全身麻酔

付記事項:症状が残るリスク、手術のリスク


簡単にまとめるとこんな感じになるのだが、なかなか承諾をしづらい説明が1時間以上続く。


今回の手術は例えるなら(実際の先生の話)、

あなたの首には3つの線路が通っている、と仮定する。その線路わきの土砂がだんだんと崩れてきました。

・一本の線路は土砂で押しつぶされてしまって、もう電車は通れない。

・一本の線路は普通に電車が通っている。

・一本の線路は土砂が線路にかかっているが、土砂を取り除けば、また電車の通行が可能。


今回の手術は、土砂を取り除ければ、電車の通行が可能な状態な状態にするのであり、もう押しつぶされてしまったものは元に戻らない。


これが、手術した後の、症状の残るリスク、の主たる要因のようだ。

まあ、神経や脳細胞の移植ってのは聞いたことがないから、一度死んだものはダメなんだろうな。と納得。


承諾しづらい内容説明はまだ続く。

全身麻酔のリスク、

術後直後のリスク、

血がたまって、他の神経を圧迫する系、が思っていたよりも高確率に発症することを知る。(1%)手術やり直しとか、やり直せればいいけど、そうじゃない場合は手足にまひが残るとか。(さすがにこれはめったにないが、ゼロではない。という話)

手術したことにより、他の病気を引き起こすリスク、

輸血するかもしれないリスク、(出血量は50cc~3ℓと個人差大なんだそうだ)

手術自体2時間半くらい。

入院は標準で2週間くらい。その後の社会復帰は気合による(?)。


わたしの頭にはここに書いたことくらいしか、あまり記憶には残っていない。


難しく考えすぎなのだろうけれども、リターン(よくなる)よりも、リスク(万が一のこと)がひっかかる。


諸々の説明を先生はした上で、

手術しない、という選択もアリですよ。よく考えていただいて、実際入院してから、やっぱ辞める。もアリですから。


ただ、症状が進む可能性は高い。本当に歩けなくなってから、手術に踏み切る人もいる。

・・・先の線路の話しだと、放置しておくことにより、土砂で線路がぐちゃぐちゃになる、という状況がどんどん進行する、ということだ。


わたしの場合、病名が正式に判明したのが8月の初旬。当初は12月末の年末年始あたりで手術、とのんきに構えていた。

が、日を追うことに、自覚症状が強くなっているのを認識せざるを得ない状況に陥ったのが、9月の中頃。どう考えても症状が進んでいるのだ。


それまでは左手がしびれているね。くらいだったのが、左手の痺れが強くなり、本とかのページがめくりづらい、という状況に。

と同時に、右手にも微かな痺れ。初めて整形外科に行った時に感じた程度の痺れが出てきた。

右足のひざから下がなんとなく、冷たい感じ(麻痺)が常にしてきたのもここ最近。


ただ、普通に歩いたり、普通に生活するにあたっては、ちょっと慎重になれば、全く問題は無い。

この、慎重になれば全く問題が無い、という今のこの状況のウラでは確実に神経弱体化が進んでいる。


手術しなくても命に別条は無い(究極のリスクとして歩けなくなる、とかあるけど)というのが、わたしの決断を鈍らせる。手術したほうが命にかかわるんじゃないか。と。


今回はいつもかかっている近所の整形外科に先生が回診に来る際にムリをお願いで、術前の説明をしていただいた。(オットが正式な承諾書サイン時に同席できるかが微妙だったため)


というわけで正式な承諾書のサインは入院初日になるわけで、簡便版(今いっている整形外科の)を渡され、これにオットのサインを入れて、入院時に持ってくること、となった。






ちょうど先週、9月の最終週は、オットが出張でなんとスペインに行ってしまった。その間、第九の練習やら、スマップのコンサートやら楽しいことも満載だったのだが、

ひとりきりになるとやはり不安が押し寄せる。


行く前は「ロエベの財布を景気づけに買ってきて。」とかアホなことをお願いしたのだが、(もちろん買ってきてはくれませんが)いざ、夜、家にひとりでいると、いろんなことを考える。


病院の先生には「ネットでの情報はウソも多いから、あまり見ないように。」ということを再三言われていたのだが、ついつい、見てしまう。


民間療法?みたいなのもいろいろとある。ということも知る。


ほとんどの闘病記、は相当ひどい状態になってからの手術。ということがわかる。


わたしの場合は、かなり軽症(とわたし自身は思っているが)だから、本当は手術以外の選択もあったのかも。とふと思ったり・・・民間療法のお試しもアリかと思ったり、何よりもセカンドオピニオン、というのをわたしは受けていない。


セカンドオピニオンを受けなかったのは、「いずれ手術することは確実。」という診断が下されていたことだ。先延ばしにしてよいことは無い。という、わたしなりの判断だ。


ちょうど、オット不在の直前に術前検査やら、母親からのひとこと。があったり、とか、気分もかなり滅入りがちであり、やはり一人になっていろいろ考えると不安が募る。


実家からは「手術前に帰ってきなさい。」という連絡が来るが、ここで実家に帰ったら、確実にわたしの決意が揺らぐことが明らかであったので、

「手術前までは、意識せず普通に生活したいので、そっとしておいてほしい。」と伝える。

これに対しては、「そうよね。」ということで落着。


手術して早くラクになりたい、という半面、ラクになれないかも(これはすでに言われている。)、まさか、のこと。とか、いろいろ頭をぐるぐるよぎる。






とりあえず、本番の日が決まったので、以下のことを実家に伝える。

本番の前には、先生から手術についての説明がある。

これは第三者の同席が必要。夫同伴の予定だが、最悪仕事の都合でダメだったら来てほしい。と。

何とかしてもらえると信じてはいるのだが、オットはわたしのこの一大イベント中に、なんと海外出張を命じられているらしい。

オットの仕事も今は評決のとき。を迎えていることをわたしも重々承知しており、夫もただいま苦悩中である。


母いわく、

「旦那様に同席してもらうのが基本よ。仕事やってる場合じゃないでしょ。手術前の説明のとき、どうしてもダメだったらいってあげるけど。」とのこと。


そして母の話が続く。

「本番の日はどうしても行けない。(これは理由がもっともであり、わたしの手術うんぬんより、もっと重篤な病気を患った、妹の旦那さんのお父さんがお宮参りのために、この日に長野の田舎まで宮崎から来るのだ。重篤すぎて、たぶん孫にあうのは今回が最後だと思われる為。)本番の日にもし何かあったら、ということを考えると、この日は絶対に旦那さんにいてもらったほうがよい。」

と。


考えたこともなかった。手術が成功することを前提にわたしは手術することを決めた。

でもよくよく考えると、全身麻酔で数時間かかる手術なのだ。

万が一、ってこともあるのだ。

激しく自分の気持ちが揺れる。


「で、あなたの今回の病気、原因は結局何だったわけ?」


「生まれつきと老化。っていわれた。」


母いわく、

「生まれつき・・・じゃあ、お母さんが悪かったってことなのね。」


いや・・・そんなことはもちろん無いし、今まで、幸せだったし、これからも今の幸せが続くって信じてる。わたしは。





術前検査の一環で、全身麻酔の説明を受ける。

全身麻酔、とはいかなるものかがイマイチわかっていなかったわたしは、

「あの、全身麻酔、は心臓もおねんねするのでしょうか?」というアホな質問をいきなりしてしまったくらいだ。

テレビドラマとかで、口にマスクを装着している場面を単純に思いだしての質問だったりする。


このおねんね質問に関しては、

「全身麻酔では、自分で呼吸する力が弱くなるため、人工呼吸が必要。そのために、口から肺への通り道に管を入れる。」

んだそうだ。

「心臓がおねんね=死ですよ。」


全身麻酔=心臓もおねんね。という安直な理解をしていたわたしの誤解は解けたのだが、説明そのものは、かなり恐怖をあおる事柄が満載だった。


点滴をして、数秒で眠くなる、

手術が終わって30秒後に目が覚める、


身の上に起こる、ことがら、はこんな感じなのだが、

但し書きで、

現在は安全に行われています。他の医療行為と同じく100パーセント安全とはいえません。

と、具体的な合併症やらが記載されている。


そもそも、いま、わたしが生きている、ということも奇跡的なことなのだ。40になるまで、大きな病気をしたことがない。ということがそもそも奇跡的すぎるのだ。


わずかな確率にグラっと気持ちが揺らいではいかんのだ。






まさかの失態・・・

出席カードを忘れてしまった。いま、わたしが参加している、サントリー1万人の第九、は12回のレッスンのうち、2回休んだらアウトなのだ。

このたびの入院騒動で、2回の休みはすでに確定しているわたし。

それなのに、それなのに、大事なハンコを押してもらう出席カードを忘れてしまった。

そして、いつもながらの大遅刻。19時近くに練習会場到着。


受付で出席カードを忘れた旨を伝える。

「身分証明書出してください。」

う・・・キビしいの。管理がキビしい。これじゃ、今回の入院騒動で医者の証明書をもらっても2回以上の休みは認めてもらえなさそうだ。


免許証を見せて、とりあえず、運営側の出席簿にはハンコを押してもらえた。自分用の出席カードには次回まとめてハンコを押してもらえる、ということ。


会場は前回より一杯だった。前のほうの席がほとんど空きが無かったので、後ろのほうに座る。


噂では聞いていたのだが、後ろの席だと、周りの人の歌声が聞きづらいので、うまく歌えない。というものがあるのだが、まさにその通り。


自分の鍛錬。と思えば、頑張れるのだが、本当に後方の席は歌いにくい。

「できるじゃん。」と思ってたところも「あ、ここ半音下がるのね。」といまさら気づいたり。とか。


フロイデ!の意味は友よ!だ。

ということで、隣の人と手をつなぎ合いながら、歌を歌った。

不思議とうま~くなれるから不思議。