晴耕雨読な日々をめざす日記。 -10ページ目

晴耕雨読な日々をめざす日記。

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どっかが痛い(正確には痺れ)んだたら、整形外科かね~。と(当時はこのくらい呑気だった・・・)近所の整形外科に行く。

先生に自分の症状を伝える。伝えたことは、

・左手の指先が(ひとさしゆび、中指、薬指)がしびれる感じがする。

・直接関係ないかもしれないが、左足がコケやすい気がする。

・テニスをやっていても、左サイドにボールが飛んできたときは、追いつけない。バックハンドが打ちづらい。

こんな感じだ。

原因って何か考えられますか?と言われて、

・6月の終わりにスイスに行って、重い荷物を持って移動することがあった。(このくらいしか思いつかない)と伝える。


レントゲン取りましょう。ということになり、レントゲンを撮る。実はこの時点ではどこを撮影されているのかが全く分からない。全身をパシャリされているもの、と思っていた。(人間ドック風)だと思っていた。


そして撮影結果が出る。

撮影されていた場所は、なんと「首」だった!

「ヘルニアですね。」

確かに骨と骨の継ぎ目がちょっと狭い部分が素人目にもわかる。

ヘルニアねえ・・・よくスポーツ選手が腰がいたいとか、で検査した結果ヘルニアでした。ってやつね~。腰は手術するんでしょうが、わたしの首、どうやって直すんかいな?


握力を右左で測るとなんと2倍くらい違う。かなり動揺。(このくらいの差は別に普通と言われたが、高校生のときとかは、左右の差が気になるほどじゃなかったけどなあ・・・)



そして、その後衝撃のひとことが続く。


「MRI撮影してください。その結果で、診断結果最終判断します。診断結果が変わる可能性があります。」


来週大学病院の先生が来るので、その先生がかなりお詳しい、とのこと。MRI撮影したうえでまた、通院することに。


え・・・あの撮影するのが怖くて、お高くて有名なMRI撮るんですか・・・

わたしってそんなに重篤?な病気なんでしょうか・・・

診断結果が変わる可能性って・・・


自宅に戻り、オットにこの話をする。

「実は首じゃなくって、本当は脳も調べないと、確実なこと言えないから、MRI撮るんじゃないの?」


まさかね・・・それはないでしょ。






実は6月の終わりにスイスに行ってきた後、一週間くらい時差ぼけがなおらず、体がダルい状態が続いた。

その後ap bank fesやらなんやらお楽しみイベントが続くのだが、その後も体のなんとなくのダルい感じがなんとなく取れず、今度は左手の指先が痺れてきた。


当初は(ちょうど公募問題、異動問題等が勃発していた)ストレスか?あるいは早すぎる夏バテか?と軽く思っていた。

左側=当時の尊敬できない上司がわたしのナナメ前に座っており、その存在自体がストレスだった。


でも、ストレスだったらよく寝ればいいじゃん。と思い良く寝ても全く改善されない。痺れはどんどん強くなってくる。


勇気をだして病院に行くことにした。

仕事の引き継ぎをやっていると、わたしは説明ベタなのか?と悩んでしまうことがよくある。


この前、今参加している講座で、先生がこんなことを言っていたことをふと思いだした。

「ひとつ前のことから話す、ってわかりやすい説明なんです。今のことを話すときはひとつ前のことから話す。」


「未来のことを話す、ときは今のことから話すと分かりやすいんです。」とも。


・・・なるほど、仕事の引き継ぎが一応終わり、わたしは今新しい部署で新しい仕事を覚えるのに必死であるのだが、同時にわたしの仕事を引き継いだ相手からも、「これってどうでしたっけ?」なる質問が結構来る。そのたびにわたしの思考が遮断されるため、ついつい軽く答えてしまう。


「それはああやればOK」と軽く答えてしまうことが多いのだが、

それじゃダメなんだと。


「前アレやったじゃん。アレはこういう意味なんよ。で、今やらなきゃいけないのはコレよ。」

「これやったら、つぎはアレやるんよ。気をつけるのはこれよ。」とひとこと付け加えることにしてみた。

・・・自己満足か?

お問い合わせが少しは減ったような気がちょっとだけした。

というより、わたしの新部署でのテンパリ気味に遠慮しているのかもしれないのだけど。





5分ほどのちょっとだけ遅刻。遅刻扱いにはならず、なんとか出席印を押していただく。

やはり18時半定時出席はキビしいなあ。と思う今日この頃。

今日は、パンフレットに掲載される名前に間違いがないかをチェックしてください。と言われ、チェック。問題なし。

一眼レフでの、カメラ撮影が入っている。適当なカッコと、あわてて出てきたため、お顔が崩れているのをかなり後悔・・・なのだが、レッスン中はカメラも気にならないくらいに集中しないと。なのだが・・・

今日もド~~~ッと進んだ。なんと次回からは、アルトが超目立つフーガのところをレッスンでやるらしい。

とにかく、一日チラっとでも楽譜見て、第九のことを思い出してください。

今日一小節覚えられたら、明日はきっと二小節覚えますから。とも。

去年の特訓もあり、暗譜、についてははあまり心配してないのだが、細かな部分はまだまだなわたし。


下村先生のトークも面白い。

「声帯。は老化が一番遅い器官なんですよ。」なんて話しもあった。

喉で声を出してると、声がつぶれちゃうから、喉を意識しないで。手をぶらぶらと高く揚げて、歌う。なんて面白いことをやった。


声帯、は老化が遅いのか・・・

全く話が逸れるが、わたしは、Mr.Childrenの大ファンであり、可能な限りのライブは出かけることにしているけれど、ミスチルの桜井さん、ライブが土日、であった場合、だいたい、土曜日のほうが声の調子が良い場合が多い。日曜日だと、ちょっと声にお疲れ感が・・・というのをここ最近のライブでは感じることが多い。

これは声帯のせいでなく、体力のせいなのか?桜井さんも40歳過ぎてるもんね。

と、どうでもよいことをふと思ってしまったのだ。(あれだけ動けばそりゃ疲れる)


と、どうでもよいことに、ウツツを抜かしていると、

「音楽は、きまりごと。を守ることなんです。(=楽譜の指示に従う)」決まりごとを守れるように、メモちゃんと、とってください。と。


あとは、姿勢、に注意しなさい。という話しも。

「みなさんは、聴衆に憧れ、の存在として見られるんですよ。」とも。

姿勢を正さないと声は出ない。トレーニング?としてはお相撲の四股みたいな、股関節を広げる系のがよい。なんて話もあった。









何故に大阪にまで行って第九?

先日の懇親会で、こんな話になった。ご一緒させていただいたテーブルの皆様に聞いてみた。

驚いた話をふたつ。


お一人は、母娘参加な方。2度目の参加と言っていた。

娘さんは小学生。なんともう暗譜出来ていて、全部のパートが歌えるらしい。

お母さんはワーキングマザーな方。娘と一緒に触れ合える時間としての第九。なんだそうだ。

小学生で人生変わるかも、の第九経験・・・羨ましい。


もう一人は、父息子初参加な方。息子さんは中学生。なんとお父さんが去年出張で大阪に行った時に新幹線の隣に座っていた人が、楽譜らしきものを見て、ガチで音楽を聴いていたので、

「プロの方で演奏会ですか?」と話しかけたところ、

「1万人の第九に参加するんです。」と、1万人の合唱団の一人とたまたま、話をすることがあり、1万人の第九がいかにすごいか的な話しを聞き、興味を持ち、ことし参戦を決意した。とのこと。(その時まで1万人の第九の存在すら知らなかったそうです)

出会いを偶然にするか必然にするかはその人次第。なんでしょうが、こういう出会いもあるのね。












ウイキペディアで調べてみると、1万人の第九とは、

サントリー 1万人の第九は、毎年12月の第1日曜日に大阪城ホールで行われてきている、一般公募により都度結成される合唱団をバックに控えてのベートーベン「第九」演奏をメインとする音楽イベントである。


「何故に大阪まで第九に行くわけ?」


これはオットに言われたコトであり、わたしも第九のレッスンでお会いする人にとりあえず聞いてみる質問なのであるが・・・

何故にわざわざ大阪まで第九を歌いにいくのか?である。


この1万人の第九は年末に東京だとTBSあたりで12月に放送される。ドキュメンタリーもBSのTBSで放映されっている。


演奏後、出演者である合唱団が自分たちに対して拍手をする。指揮者の佐渡裕さんが涙したりする。という、ちょっとありえない光景を毎年テレビで観ていたわたし。


そんなに感動するのか・・・自分たちに拍手するくらい感動するのか・・・


この感動経験はいかなるものか?を体感するために、わざわざ新幹線代とホテル代をかけて、参加するのだ。

昨年の地元合唱団での第九参戦で、翌年のための特訓(つまり2012年の今)まで重ねる、というわたしにしては珍しい超計画的な行動に基づいた、2012年自分の中での最大級のイベントなのである。


合唱指導の先生も「人生変わります」なんてことをレッスンの節々で、声を大にして言う。

懇親会でお会いした人で合唱参加がリピーターな人は本当にリピーター参加だ。とにかく良い。の一言に尽きるそうだ。

5度目の正直でやっと参加。嬉しい。なんて方も。(過去4回落ちた。ということだ。)


感動は片手間では味わえません・・・本番が終わったとき、後悔しないためにも頑張らないと。







1万人の第九は出席管理がかなり厳しい。12回の練習のうち休めるのは2回だけ。今回も18時半に何とかギリ到着。


今日のレッスンは暗譜で歌うことを要請される場面が結構あった。

まだ2回目のレッスンだよ。初心者の人はビックリだよ。(今日は前回とは別の方がお隣に座っていた。やはりビックリしてました)


昨年の府中残酷物語が身にしみついている私はなんとか、怪しげながらも、楽譜無しで歌えることは歌える。とりあえず、デカイ声で。


ここで先生のお言葉がズドン。と響く。

先生は大学受験の段階で始めて音楽、と向き合ったそうです。

それまでは楽譜も読めなかったそうです。

音大受験をするならおそらく通るであろう、3歳からピアノ始めて・・・というルートは通らなかった。

(どこまでが本当に話かはわからないけれど)


今みたいに心がカサカサして、直接的な本音のお付き合いが無くなっている今日この頃、1万人の第九に本気で向き合えば、何ごとにも変えられない感動があります。


という話をしてくださった。

今日の学び。としては、

・一生懸命やらないと、本番での感動は無いよ。

・わたし(=先生)は芸術家として、皆さんには第九は音楽である、ということを実体験させてあげたい。音楽である。ということは芸術。周りの人にどう聞こえるか。を考えられるようになってほしい。

・ただ、大きい声で歌うんじゃないよ。芸術よ。


二つ目と三つ目はズドン、と、来ましたね。

デカイ声では確かに私は歌えている。今のところ。

発音度外視、歌詞の意味度外視。

これじゃいかんのだ。







少し前のことになるけれども、8月の半ばから始まった第九の練習について。

わたしは今回は初参加で、アルトのパートで東京夜クラスに参加することが決まった。このクラスは初心者向けということなのだが、結構経験者の人も多いんじゃないかな~。と思ったのだ。


初回の練習では、なんとテレビカメラが入っていた。

芸能人の方が参加しており、その方のドキュメンタリーを撮影し、後でテレビ放映するらしい。


6時20分ごろ練習会場である築地のホールに到着。受付をし、ホールに入る。前の方はほぼ埋まっている。なんとか前の方の席を見つけ着席。

その後大阪の毎日放送の方から注意事項が入る。

・欠席は12回の練習のうち2回まで。

・今年は30回記念演奏会。気合入ってます。

等々の話があり、一緒に練習をする芸能人の方がその場で紹介される。(篠山輝信さん、失礼ながら後で知りましたが、篠山紀信さんの息子さんだそうです。)


そして、合唱指導の下村先生と伴奏の先生が入ってくる。

・私の練習は結構早いって言われます。でもそのくらいの勢いでやらないと追いつかない。

・感動は片手間で取り組んでる人にはやってきません。仕事等忙しいでしょうが、時間を見つけて練習してください。


わたしのなかでは2番目のコトバがズドンと響いた。去年出た府中の第九もそれなりの達成感はあったのだが、それ以上のものを目指そうと。


実際の合唱練習が始まる。なんとかついてけそうだ・・・ほっ・・・(1回でも第九を歌ったことがある、というアドバンテージは初心者クラスでは今の段階ではあると思う・・・その後そんなに差は無くなると思うけど)


1時間の練習の後、お隣にいた方に、

「すごく歌えてますよね~。」とお言葉をいただく。

それをきっかけに、わたしの去年の府中第九残酷物語?を話す。自分も初めはグタグタだったことを。

「わたし全く初めてなんです。大丈夫ですかね~?」なんてことになったので、

CD使って練習すれば、何とかなりますって。という話とかをした。


その後の懇親会、も、わたしの両隣に座っていたお二人と一緒に参加させていただく。

共通の話題がある飲み会って楽しいものだ。

ちなみに乾杯の音頭は「フロイデ!」だった。







引き続き異動ネタである。

今回の異動。約10年同じ部におり、役職的には役がついてないとはいえ、サッカーでいうところの司令塔的な存在である(と信じたい)わたしの異動、である。


異動発表後、言われてうれしかったのは、

「また戻ってきてくれるんですよね?」

・・・これは嬉しいひとことではあるが、尊敬出来ない上司のもとでは働けないからねえ。

「困ったとき、誰にきけばいいんですか?」

・・・これも嬉しいひとことではある。が、答えようがない。やりづらいだろうなあ。というのは想像がつく。

「また絡めるとうれしい。」

・・・これもうれしい。異動により全く、仕事上お付き合いのなくなる人も出る。


逆にドキリとすることも言われた。

「プロフェッショナルへの道を何故に絶ったのか。」

・・・これは確かに当たっているのだ。この部署にいれば、間違いなくプロフェッショナルになれたはず。

ただ、この環境の悪さに耐えられなかったのだ。新しいところでも頑張って、ダブルプロフェッショナルを目指します。


そして、ちょっとほろり。とすることも言われた。

引き継ぎ最終日。ちょうど尊敬出来ない上司は休み。

なんとか引き継ぎもとりあえず終わり、後任者とわたしだけで最終的な確認を済ませる。


「困ったことがあったら、いつでも言っていただければお手伝いしますから。」

早くパソコンとかも動かし、席も移動したい気持ちをおさえつつ、正直なところ、全く心にも思ってないことを、わたしが言ったところ、


後任者が、

「実は謝らなければいけないことがある。ずっと気になってた。たぶん気分を害されて、ずっと引き継ぎをされていたと思う。」

と切り出した。


引き継ぎの過程で、型無し、型破り論議(わたしのやっていたことをまず否定。いきなりおニューな業務フローを勝手に模索する。という恐ろしい引き継ぎ・・・)が勃発する中、


「あなたはそれでもいいけれども、こっちは困る。」みたいなことを、後任者に言われたことがある。

このことについて、彼はとても気にしていたみたいだ。上司とわたしとの間に挟まれていて大変だったんだろうと思う。


いわゆる型があっての型破りであってほしい。型無しはダメよ。

という私の考えを真っ向から否定された瞬間だったのだ。


その瞬間はこっちもカチン。と来たのだが、まあ後任者は職責もわたしより上だし、求められる職務も違うだろうから、そうなのかねえ。と、理解をしていた。


模索中のおニューな業務フローも、これは絶対にヤバいでしょう。というのがいくつかあったのだが、特にわたしは自分の意見はもう言わなかった。

つかえていた何か、が取れた瞬間であった。


それまでは、何かが起こってもわたしはもう知らんよ。と思っていたのだが、これからやろうとしているオニュー業務フローについて、気づいたことをいくつか指摘させていただく。


彼には新しいやり方を模索しながら、これから頑張ってね。と思った瞬間であった。















異動が正式に発表される。わたしがいなくなるのは、抱えている仕事量から判断するに、大きなダメージを、与えたのは間違いない。尊敬できない上司の態度が明らかに硬化した。

「わたしも現場を知らなきゃ。あなたの引き継ぎには全てわたしも同席するわ。」


そして引き継ぎ。


わたしの異動により、さらに雰囲気悪化が加速する。この雰囲気のよろしくないこと、が引き継ぎの過程においても、多大なる影響を及ぼす。


しまいには、引き継ぎの進捗状況を尊敬できない上司に聞かれ、

「今までのやり方を踏襲されないのなら、引き継がなくてもよいのかな。と正直思います。」

という、いままでのわたしには考えられない爆弾発言が飛び出したくらいだ。


今まで脈々と受け継がれてきた業務フロー。時間の流れとともに変更になるのは多いにアリであり、賛成すべきことだ。


ただ、脈々と受け継がれてきたこと、にはそれなりの理由があり、型があってのことなのだ。非効率部分も含めて。


型があっての型破り。であるべきだ。本来は。型がなければ、単なる型無しだ。


わたしが置いていく仕事は会社でも中枢を担っている仕事だ。間違いは許されないのだ。いきなり型破り、型無し、は危ないのだ。


とりあえず、引き継ぎ時点ではおとなしく、わたしがやってきた方法をマスターし、後で変更なり、を加えてほしいのだ。


というわけで、何かの説明をすると、これはこうしたほうがいいですね~的な反論をまず上浴びせられ、まったく話が進まない。ということが多々ある。


ちなみにこの反論は例の尊敬できないあの方、が業務の本質もどこに作成フォルダが存在しているか、どこにリンクがつながっているのかもわからないのに、思いつきで発言し、新任者もよくわかっていないのに、そうっすね~、とやるのだ。


まあ、こんな感じで引き継ぎはのろのろ、と進む。