日本の経済社会と財政をめぐる類書は多いが、主張が明快でファクトをわかりやすく示す。


日本経済は低成長であるがゆえに低金利を維持できており、低金利ゆえに国債の利払いがおさえられているが、GDPが成長しないと国債は返せないし、GDPが成長すると金利が上がり利払いができなくなるという危ういバランスの上に成り立っている。


国債の利回りは市場の心理次第で数カ月で2,3%あがったことも過去に数回ある。現在は2%程度だが、倍になるのにそんなに時間はかからないことはありえる。


日本政府の一般会計予算の歳入92兆円のうち、税収は37兆円しかないので、消費税や所得税を倍にしても国債発行はなくならない。


GDP比の貯蓄率は1974年の23%をピークに下がり続けており、最近は3%前後。個人金融資産は2000年から1400兆円程度だが、2007年をピークに減り始めている。2012年の団塊世代完全リタイアでますます減少傾向になる。IMFは国際の国内消化が2019年にはできなくなるとみている。


年金・医療・福祉を含めた日本の社会保障給付費は1970年代の数兆円から2009年度予算の100兆円近くまで増加し続けている。2025年には152兆円になるとされている。


日本の社会保障給付水準はイギリス並みだが、年金・医療以外の福祉が極端に低い。


日本製品の自動車以外の市場シェアは下がり続けている。液晶パネル:80%⇒10%、DVDプレーヤー:90%⇒20%、カーナビ:100%⇒20%・・・すべてがこの10年程度のこと。


資源のない日本は輸入せざるを得ないが、加工貿易はもはや成り立たない。しかし、輸出をしなければ内需も拡大しない。





副島氏の本は、単純な陰謀論の際物ともとれるが、世界を読み解く補助線として極めて分かりやすい。


「成長の限界」は、1972年にロックフェラーが女性科学者に書かせた。「人類はあと20年で石油を掘りつくす」として石油ショックを起こし、ぼろもうけした。


FRBはもともとロスチャイルドの銀行。


映画「ジャイアンツ」は、テキサスの石油ビジネスで名をはせた人物の総称的な姿。


ブッシュ家は、コネチカットで事業に失敗し、テキサスで石油財閥となった。ロックフェラーの後押しがあった。


映画「カーツーム」でイスラム原理主義がわかる。スーダンの土民の反乱。ゴードン将軍とマハディ。


1933年を境に、日本はイギリスの属国である立場をアメリカにとられた。


90年代からの金融ビッグバン、外為法改正、会社法改正ときた流れがサブプライムローン崩れの金融危機で逆流している。


伊藤博文と井上馨は、ロスチャイルド人脈。


浜口雄幸と井上準之助は、戦争への道を開いた。小泉・竹中の役割とそっくり。


米内光政・井上成美・山本五十六は、日本を戦争に引きずり込んだ張本人。海軍軍人は一人も処刑されていない。

貧困問題を扱った本は一度読むと省みることがないので遠ざけていたが、この本は気になっていた。やはり密度が濃い。実践をふまえつつ、分析が的確。


三層(雇用・社会保険・生活保護)であるべきセーフティネットが三層になっていない「すべり台社会」


生産年齢人口の相対的貧困率では、アメリカについで二位。


五重の排除:教育課程から、企業福祉から、家族福祉から、公的福祉から、そして自分自身から。第一から第四の排除を受け、しかもそれが自己責任論によって「あなたのせい」と片付けられ、さらには本人自身がそれを内面化して「自分のせい」ととらえてしまう場合、人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態にまで追い込まれる。


溜め:お金、自身、人間関係


日本では「貧困ライン」が確立していない。


貧困の存在を認めなければ話にならない。



表題よりも、「漱石とウェーバーを題材にした人生論的エッセイ」という感じで、哲学的論考から個人的な夢までいろいろなレベルのものが入っているが、さすがに含蓄は深い。


漱石の趣意:文明が進むほど人々の孤独感が増し救われがたくなっていく。


ウェーバーは、悲観的で、知性の専門分化・断片化が進み、人間がどう生きたらいいか、どう行動したらいいかという切実な「意味問題」が、ますます非合理が決断の領域におしこめられていく、と予想した。


自分でこれだと確信するものが得られるまで悩み続ける。あるいはそれしか方法がないということを信じる。


自分が社会の中で生きていると実感するためには働くしかない。


相互承認の中でしか人は生きられない。


「老人とは分別があり、老成していて、枯淡である」というかつてのイメージは、現代においてはほとんど崩れつつある。


まじめに考え抜いた果てに横着になることに意味がある。

市場原理主義に疑問を呈し、まともなバランス感覚は示すが、若干認識の甘さも示している。


市場というのは欲望がぶつかり合う場所である。(略)そこで決まったことが全て善などということはありえない。


構造改革、格差、規制緩和という大雑把なくくりではなく、個々のケース、現実に即して、マイナーチェンジで済むものと、土台から仕組みを立て直すものを峻別することが必要だ。


自分なりに日本や世界の将来を考えることが人生の使命だと中曽根氏は思っている。


二大政党制が本当にいいのか。


役人のいない国家はありえないわけでそういう人たちをくじけさせることがいかにマイナスか。


国家とは、国民が割り勘で運営している組織にすぎない。


金銭的な理由で治療を受けられないというケースが、他国に比べるとないに等しい。



日本人はアイデンティティを気にしなくて良いのに気にしているのは不思議。


国際貢献は手段なのに、日本では目的になっている。


日本ではフォーム(型)とサブスタンス(内容)が両方大事。


政治任用システムは、政策の継続性という点で問題。


日本で政策の中身に関する報道がほとんど皆無なのは問題。


政治のゲームが変わったので、新しいルール、思考の改革が必要。

構造改革のマネジメントとの副題どおり、政策決定のプロセスに深く入り込んだ両氏による改革のマネジメント論。


小泉首相はアジェンダ(検討課題)設定の天才。アジェンダ設定→基本方針→制度設計→合意形成、で難しいのはアジェンダ設定と制度設計。


経済見通しの年央改定、骨太方針、予算の基本方針、改革と展望、予算の年央改定で日本のマクロ経済運営の体制が整った。


一人の国会議員が改革を応援したり抵抗勢力になったりする。既得権益には、オープンに議論するしかない。


総理の国会演説に入れてしまえばやらざるをえない。


政策のプロセスは詳細な知識や情報を持っている役人を入れなければできない。


日本には植物学者(政治経済を分析する学者)はたくさんいるが庭師(政策立案のプロ)がいない。


引き受けた以上は、八十点が三十点になっても、三十三点、三十五点になる努力をするべき。


思い(政治家のパッション)と弾(官庁の政策)だけでは政策にならない。戦略アジェンダが必要。

戦略アジェンダは、ボウリングのセンターピン。それが上手くいけば、突破口になる。


ラムザイアーとローゼンブルースの「日本政治の経済学」=加藤推薦。


霞ヶ関の2000人の再就職のために日本の構造改革ができないのはおかしい。


加藤が敬愛するピグーは「社会的情熱」を説いた。


加藤は三木首相の審議会で三公社五現業のスト権に反対した報告を書き、「自民党の犬」「人間の心と歴史の流れを知らぬ豚」と言われた。米価審議会に入る際には、農民に背広を裂かれメガネを壊された。国鉄改革では「駅のホームの端に立たないように」とアドバイスされた。


鈴木善幸首相は中曽根を行政管理庁長官にすえた。


前川レポートの背景には総合政策学と公共選択論。

リンボウ氏は自ら声楽や能に本格的に取り組んでいる。


「初めから横丁の隠居の義太夫レベルでいいんだ、とそんなふうに思ってテキトウにやるのと、志高く必死必勝の眼差しで取り組むのとはおのずから結果に大きな違いが出てまいります。」


イギリスと比較して「逆に日本では、芸術を犠牲にして、英語や算数を一生懸命にやらせている。これは、どちらがいいとか悪いとかいう問題ではなく、限られた時間をどうマネージし、何を優先するかという価値観の問題なんです。」


「たとえレベルはいくらか低くても、若いアーティストが生きるか死ぬかの覚悟で真剣に演奏し、聴き手もそれを正面から受け止めて、相手の力量を見極めようと本気で食らいついている小規模ホールのほうが、よほど刺激的な芸術空間だといえるでしょう。」


「ただ薀蓄を傾けるだけなら勝手におやりなさいという話なんですが、困るのは彼らが往々にして初心者に冷たい態度を取ることです。」


「百万聴いた後で、そこには含まれていないアーティストのCDを聴いても、単に百枚が百一枚に増えて、浅くて広い知識がさらに広がるだけのこと。自分自身の見方が育っていないので、芸術に対する見識という面では、いつまでたっても初心者の域をでられないんです。」


「何でもいいからひとつ『核』になるものを持って、そこで自分の鑑賞力を鍛えれば、それはほかでも使えるんです。」


「デッサン力は、先人の絵を真似することで意外と身につくものでして、上手く真似て描けるようになると、ものの見方そのものも変わったりするものなんです。」


「ベッリーニの『優雅な月』とか、リヒャルト・シュトラウスの『献呈』とか、モーツアルトの『もう飛ぶまいぞ、この蝶々』とかね。そういう好きな曲がイメージどおりに歌えないというのは、これは悲しいものです。」


先週に続き「その時歴史は動いた」。内容充実。

改革者はつらい。


大塩平八郎

 与力として不正を追求。辞職後、乱を起こし、潜伏先で自害。45歳。


菅原道真

 讃岐の国の現実を目にし、それを背景に中央へ。

 無駄な決算報告を廃止。遣唐使を廃止。土地課税で貴族の反発を買う。

 藤原氏の陰謀で九州大宰府へ左遷。罪人同様の扱いで、57歳で病死。


上杉鷹山

 17歳から50年の改革。綿服に限る。一汁一菜。抵抗勢力は倹約令を無視。

 武士に畑仕事をさせ、反発を買う。偽の建言書に厳しい処罰を下した。

 改革に意見を求め、340通の意見書。さらに、上書箱で身分の上下なく意見を求めた。

 鷹山の側室が蚕を飼うことで、藩士も見習った。

 なせばなる。なさねばならぬ何事も。ならぬは人のなさぬなりけり。

 72歳で没。(改革者としては例外的に長生き)I


徳川吉宗

 就任直後、五老中に年貢などの基本的数字をきいて答えられないので、頼らなかった。

 通貨量増やして、米価安定。

 62歳で引退。「商人農民には決して倹約を押し付けるな」


小栗上野介

 造船所の必要性を説く。勘定奉行、軍艦奉行、再び勘定奉行。徳川慶喜に解任される。

 隠居したが、公金持ち出しの疑いをかけられ、取調べもなく、死罪。42歳。


田沼意次

 老中として銀行設立を訴えたが、解任された。

 幕府は失脚後も意次を監視し、往診をわざと控えさせ、死期を早めさせた。69歳。(意外に長生き)