「豪快なダンクシュート」に潜む日本語の危機~テレビ表現の画一化が映すもの~
なぜテレビはダンクシュートに「豪快」しか与えないのか


表現の貧困:繰り返される「豪快なダンクシュート」
バスケットボールの国際大会中継やスポーツニュースを見ていると、ある決まり文句に気づく。ダンクシュートが決まるたびに、必ずと言っていいほど「豪快なダンクシュート」という表現が使われる。

たくみなダンクシュート、力強いダンクシュート、美しいダンクシュート――。日本語には数多くの表現があるにもかかわらず、なぜか「豪快」だけが繰り返し使われる。これは単なる偶然だろうか、それとも何か別の要因が働いているのだろうか。

国語教育の敗北か、メディアの怠慢か
豊かなはずの日本語表現力

 

日本語には、同じ事柄を多様に表現する豊かな語彙がある。ダンクシュート一つとっても、

「華麗な」 - 優美で美しい様子

「力強い」 - 力がみなぎっている様子

「圧巻の」 - 他より特に優れている様子

「見事な」 - すぐれていて非の打ちどころがない様子

「ダイナミックな」 - 動きが大きく活力に満ちている様子

など、状況や文脈に応じて使い分けることができる。

テレビメディアの言語習慣


テレビ業界、特にワイドショー内のスポーツニュースでは、視聴者にわかりやすく、印象的に伝えることが優先される。その結果、一度定着した表現が繰り返し使われる傾向がある。

「豪快なダンクシュート」という表現は、おそらく過去に誰かが使い、それが「バスケットボールのダンクシュートを表す定番表現」として業界内で定着してしまったのだろう。そして、新しい表現を考えるより、定番を使う方が安全というメディアの体質が、この画一化を促進している。

問題の根源:三方に存在する責任
テレビ会社という組織の問題

 

テレビ業界には「変わるリスク」を避ける傾向がある。視聴者調査やスポンサーの意向を気にするあまり、創造的な表現よりも無難な表現を選びがちだ。また、時間に追われる制作現場では、いちいち新しい表現を考える余裕がないという現実もある。

一般視聴者の受け止め方
 

私たち視聴者も無関係ではない。「豪快なダンクシュート」という表現に特に違和感を抱かず、むしろ「そういうものだ」と受け入れている面がある。画一的な表現に疑問を抱かない受け手の態度が、この状況を許容しているとも言える。

 

しかし、これを学校教育に照らし合わせて考えると、状況は変わる。つまり、作文などで「豪快なダンクシュート」と書けば、それは表現不足でよい点が取れない。

 

国語教育の重要性が叫ばれるが、我々多くは実はその国語の重要性を認識していないと言える。

国語教育の限界


学校教育での国語教育は、文学作品の読解や文法の習得に偏りがちで、メディア・リテラシーや実際の言語使用に関する指導が不足している。その結果、メディアの言語使用に対して批判的な目を向ける力を十分に養えていない可能性がある。

日本語は変化する、しかし…
自然な変化と作為的な画一化


確かに、言語は生き物であり、時代とともに変化していく。しかし、メディアによる作為的な画一化は、言語の自然な発展を阻害する危険性がある。

テレビという影響力の大きなメディアが表現を使い分けないことは、視聴者の語彙力や表現力にも影響を与えかねない。

テレビに求められる言語感覚


テレビ局は、自らを「日本語のプロフェッショナル」と位置づけていることが多い。ニュースキャスターやアナウンサーは、正しく美しい日本語を話すことが期待されている。

であるならば、スポーツ中継やニュースにおいても、状況に応じた適切な表現を使い分ける努力が求められるべきではないだろうか。

表現の多様性を取り戻すために
メディアへの提案


テレビ関係者には、表現のレパートリーを意識的に増やす努力をしてほしい。

例えば、

選手の特徴に応じた表現の使い分け

状況や文脈に合わせた適切な形容詞の選択

若手アナウンサーへの多様な表現教育

視聴者としてできること
 

私たち視聴者も、メディアの表現に無批判に受け入れない態度が重要だ。

画一的な表現に気づいたら、SNSなどで疑問を提起する

多様な表現を評価する視聴者目線を持つ

自分自身の言語使用でも、豊かな表現を心がける

教育の可能性


国語教育では、メディア・リテラシー教育を強化し、テレビやインターネットの表現を批判的に読み解く力を養う必要がある。また、実際のメディア表現を教材として、より良い表現を考える授業も有効だろう。

まとめ


「豪快なダンクシュート」問題は、小さな現象のように見えて、日本語の豊かさとメディアの責任という大きな問題をはらんでいる。

テレビという強大なメディアが、自らの言語使用に無自覚であることは、日本語の未来にとって由々しき事態と言わざるを得ない。しかし、この状況は、メディア関係者だけでなく、視聴者である私たちの意識改革と、国語教育の見直しによって、変えていくことができるだろう。

次にテレビでスポーツニュースを見るときは、ぜひその表現にも耳を傾けてみてほしい。そして、もっとふさわしい表現はないかと考えてみることが、日本語を豊かにする第一歩になるのだから。
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インター校のクリスマスイベント:ボランティア参加が親子にもたらす深い価値と具体的な関わり方


クリスマスシーズンが近づくにつれ、多くのインターナショナルスクールでは、多様な文化背景を持つ生徒たちが共に祝う特別なイベントが企画されます。この時期、学校からの「保護者ボランティア募集」のお知らせを受け取ったとき、あなたはどのように反応されますか?忙しい日常の中、つい後回しにしがちなこの機会にこそ、実は子どもと学校をつなぐ貴重なチャンスが潜んでいるのです。

 

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なぜインター校のクリスマスイベントは特別なのか?


インターナショナルスクールのクリスマスイベントは、単なる季節の行事を超えた意味を持っています。多様な文化的背景を持つ生徒たちが集まる環境では、クリスマスは「キリスト教の祝日」という枠を超え、異文化理解と共有の機会として捉えられています。装飾、音楽、食べ物、それぞれの国のクリスマス習慣が紹介されることで、子どもたちは自然に多様性を学ぶ場にもなっています。

ボランティア参加の5つの具体的メリット
 

1. 教育的パートナーシップの構築
 

ボランティア活動を通じて教師と築くインフォーマルな関係は、子どもの学習環境を豊かにします。教師は教室外の保護者の姿から、家庭の価値観や関心を感じ取ります。これにより、学校と家庭の間により強固な教育的連携が生まれ、子どもの成長を多角的に支える土台ができます。

2. 学校文化の「内側」からの理解
インター校はそれぞれ独自のカルチャーを持っています。ボランティアとして学校内部に入ると、理念だけでなく、実際の運営や人間関係のダイナミクスを観察できます。この「内側の視点」は、学校選びや今後の関わり方を考える上で貴重な情報源となります。

 

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3. 子どもの社会的関係の可視化

普段は見えない子どもの学校生活の一面が見えてきます。友達との接し方、グループダイナミクス、教師との関係性など、家庭ではわからない社会的スキルを直接観察できます。これは、子どもの社交性や適応力を理解する上で、アカデミックな成績以上に重要な情報かもしれません。

4. 多文化コミュニティへの統合
インター校では、保護者も多様な文化的背景を持っています。ボランティア活動は、異なる文化背景を持つ保護者同士が自然に交流する貴重な機会です。こうしたネットワークは、家族全体の国際的視野を広げ、学校コミュニティへの帰属感を深めます。

5. 子どものモデルとなる機会
「親が学校に関心を持ち、積極的に貢献する姿」は、子どもにとって最も説得力のある社会参加のモデルです。この経験は、子ども自身の学校やコミュニティへの関与の仕方に影響を与えるでしょう。

 

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インター校ボランティア成功のための実践的アドバイス

 

参加前の準備
スキルマップの作成:自分の得意なこと(言語能力、料理、手工芸、組織力など)を事前に整理

時間の現実的な見積もり:無理のない範囲から始める(半日からでもOK)

文化的配慮の確認:学校の多様性に配慮した関わり方を事前に理解

活動中のアプローチ
観察者の目を持って参加:単なる「作業」ではなく、学びの機会として捉える

自然な関わりを心がける:教師やスタッフとの会話は、子どもの話だけに限定せず、広い視野で

他の保護者との協働を楽しむ:ネットワークを広げるチャンスと考える

参加後のフォロー
子どもの反応を丁寧に聞く:親が学校に来たことについて、子どもの感想を聞いてみる

教師に感謝の気持ちを伝える:短いメールやメッセージでねぎらいの言葉を

経験を振り返る:何を学び、どのような発見があったかを家族で共有

ボランティア活動の具体例:インター校クリスマスイベントの場合
多国籍クッキー作りサポート:各国の伝統的なクリスマスクッキー作りのアシスタント

国際装飾コーナーの設営:さまざまな国のクリスマス装飾を紹介するコーナーの準備

多言語朗読会のサポート:さまざまな言語でのクリスマスストーリータイムの運営補助

文化交流ファシリテーター:異なる文化背景を持つ保護者同士の交流を促す役割

よくある懸念点とその解決策
 

「英語に自信がないのですが…」
→ 言語はコミュニケーションの一手段に過ぎません。笑顔と積極的な態度は全ての言語を超えます。多くのインター校では、多様な言語背景の保護者がいるのが普通です。

「初めてで何をすればいいかわからない」
→ 多くの学校では、初心者向けの簡単なタスクから始められます。事前にコーディネーターに「初めてなので、簡単なところからお手伝いしたい」と伝えれば、適切な役割を提案してくれます。

「忙しくて時間が限られている」
→ 短時間でも意味のある貢献は可能です。2時間だけの参加や、準備作業のみの関わりなど、柔軟な参加形態を相談してみましょう。

長期的な視点:ボランティア経験がもたらす持続的効果


ボランティア参加は、単発のイベントを超えた影響を持ちます。定期的に関わることで、子どもの学校生活の変化や成長を継続的に観察できるようになります。また、教師陣との関係性が自然に構築され、必要な時に相談しやすい土壌ができます。さらに、学校コミュニティの一員としての自覚が、家族全体の学校への関与度を高めます。

まとめ:小さな一歩が大きな変化の始まりに


インター校のクリスマスボランティアは、「手伝い」以上の教育的価値を持っています。それは、学校と家庭の橋渡しとなり、子どもの学習環境を豊かにし、家族全体の国際的視野を広げる機会です。

最初は小さな一歩からで構いません。今年のクリスマスシーズン、ぜひボランティア募集のお知らせを「義務」ではなく「機会」として捉え、新しい形での学校関与を始めてみてください。きっと、想像以上の気づきとつながりが待っているはずです。

学校の扉を保護者としてではなく、コミュニティの一員として開くとき、見えてくる子どもの世界は、より豊かで多面的なものになるでしょう。

 

国際バカロレアの「エリート化」がはらむ矛盾~多様性こそが生む真の学び~
誰のための、何のためのIB教育なのか


東京の国際バカロレア校:選抜から生じる歪み


東京都が推進する国際バカロレア(IB)教育が、本来の理念から離れ、「エリート教育」 として機能しつつある。都立国際高等学校のIBコースは、2025年春の入試で外国人枠が6.60倍という驚異的な倍率を記録し、文字通り「選ばれた生徒」だけが学べる環境となっている。

この状況は、IBが掲げる「すべての生徒のための教育」という理念と明らかに矛盾する。では、なぜこのような歪みが生じているのだろうか。

国際バカロレアの本来の理念
多様性を力に変える教育
 

国際バカロレアは本来、多様な背景や能力を持つ生徒たちが共に学ぶことを前提としている。世界中のインターナショナルスクールでは、学業成績だけでなく、様々な関心や適性を持つ生徒が同じ教室で学んでいる。

「大学進学を目指す生徒も、そうでない生徒も、同じ環境で学ぶことで得られるものがある」という考え方が、IB教育の根底にある。

 

 

現実の教室が教えてくれること

海外のインターナショナルスクールでは、同じ教室に次のような多様な生徒が共存している。

難関大学を目指すエリート志望者

職業訓練を希望する実践志向の生徒

芸術やスポーツなど特定の才能を伸ばしたい生徒

学習ペースがゆっくりな生徒

この多様性こそが、現実社会の縮図として機能し、生徒たちに貴重な学びの場を提供している。

 

そもそも、それがインターナショナルスクールの特徴でもあり、そのインター校が国際バカロレアのIBDPを高校で取り入れると、そこに優秀層があつまり、多少の矛盾が生じる。それを防ぐために、中高は一貫校とし、IBDP選抜は行わないで、最低限IBDPで卒業までできるかを基準にする程度の選抜が行われることが多い。

 

 

エリート化がもたらす矛盾
大学進学実績という呪縛

東京都のIB校がエリート教育化する背景には、高い大学進学実績を求める保護者や社会の期待がある。特に医学部などの難関学部への合格者数を重視する風潮が、この傾向に拍車をかけている。

しかし、ここに重大な矛盾が生じる。IBをエリート教育として位置づけると、「全員が難関大学に合格する」という不可能な期待を背負わされることになる。

 

海外の大学を視野にいれる生徒・保護者が多くなるが、大きな問題点がある。

アメリカの大学などは、1つの高校から同年度に複数の合格者をださない。つまり、みんなが優秀でも、1つの高校からは最大数人程度の合格者が調整される。優秀な生徒の中で、さらに基準のあいまいな競争が激化し、「一般的な高校から出願したら合格できたのに」という逆転現象が起きてしまう。

 

高校はそれを解消するために、出願生徒数調整を行い、その対策に生徒・保護者は大学受験対策ではなく、校内選抜対策が行われ、教育理念もなにもなくなってしまう。


選抜の論理が破壊するもの
 

エントリー段階で厳選された「できる生徒」だけを集めても、そこには現実社会の多様性が欠落している。この環境は、異なる能力や背景を持つ者同士が互いに学び合うという、IB教育の本質的な価値を損なってしまう。もちろん、アジアには高度に選抜されたIBDP校がある。そのいろいろな意味での競争は、現在の受験の仕組みとは多少ことなり、全く別物であることを認識したい。

 

 

海外の実例に学ぶ多様性の力
多様性が生む相乗効果

世界中のインターナショナルスクールでは、多様な生徒が共に学ぶ環境から、驚くべき相乗効果が生まれている。

異なる視点からの気づきが、すべての生徒の学習を深める

助け合いの精神が自然に育まれる

現實的な問題解決能力が養われる

困難から生まれる真の成長
 

「そこには大学に行かないような生徒も一緒に学ぶ。その難しさの中から勉強して抜け出すことが重要」

この指摘は核心を突いている。均質でない環境こそが、生徒たちに現実社会で必要とされる力を身につけさせるのである。

大学が求める人材とIB教育
大学入試のパラドックス

 

大学、特に難関大学が求めているのは、画一的な優秀さではなく、多様な経験と視点を持つ学生である。IBのエリート化は、この大学が求める人材像と矛盾する。

すべてのIB生徒が難関大学を目指す状況では、「失敗」や「挫折」 を経験する機会が失われ、かえって大学が求める「逆境を乗り越える力」を育てることが難しくなる。

医学部が求める多様な資質
 

医学部を例にとると、受験の点数だけでなく、コミュニケーション能力、共感力、多様な患者との接点経験などが重視される。これらの資質は、均質なエリート環境よりも、多様な生徒が混ざり合う環境でこそ育まれる。

 

 

東京のIB教育のあるべき姿
多様性を受け入れる制度的設計

そこで、東京都の新設IB校では、以下のような取り組みが求められる。

多様な入学ルートの確保

学習支援体制の充実

異なる進路希望を受け入れる柔軟なカリキュラム

エリート教育から「 inclusive excellence」へ
 

「 inclusive excellence」(包括的优秀さ)という概念がある。これは、多様な背景や能力の生徒たち全員の優秀さを引き出すという考え方だ。

東京のIB教育は、一部のエリートを選抜するのではなく、この「 inclusive excellence」を目指すべきである。

私たちが問い直すべきこと
教育の目的とは何か

 

国際バカロレアを「エリート教育」として運用することは、結局のところ、「誰のため、何のための教育か」 という根本的な問いを投げかけている。

私たちは、子どもにどのような力を身につけてほしいと願っているのだろうか。テストで高い点数を取る技術か、それとも多様な社会で生き抜く力か。

保護者としての選択
 

保護者として、私たちは次のことを考える必要がある。

わが子を「できる子」だけの環境に置くことの利点と欠点

多様な友人から学べることの価値

困難や挫折から得られる成長の機会

 

 

まとめ:多様性こそ最高の教育環境

国際バカロレアの本来の強みは、多様な生徒が共に学ぶ環境にある。東京都のIB教育がエリート化することは、この強みを自ら放棄することになりかねない。

教育関係者、保護者、そして社会全体が、「多様性こそが最高の教育環境を生む」 という信念を持ち、すべての生徒にとって真に意味のあるIB教育の実現を目指す時が来ている。

誰もが同じ方向を向いて競争するのではなく、異なる道を歩む仲間から学び合う――そんなIB教育の実現こそが、東京、そして日本の教育の未来を切り開くのではないだろうか。
 

なにより、公立校の役割が変わりつつある東京都、いやすでに大きく変わっていっている最中の東京都では、もう一度公教育の理想を作り直す必要がある。

 

国際校ブームの深層

東京で急増するインター校志願者と海外大学進学希望者の背景
多様化する教育選択が生む新たな潮流


大げさな見出しでごめんなさい。

 

今日は高倍率が続く東京の国際系学校の話しです。ちょっと真面目な話。あいかわらず、学校名はふせます。いろいろあって、ちょっと具体的な名前はだせませんが、それでもよくわかるはず。


2025年、東京の国際系学校やインターナショナルスクール(インター校)の入試倍率が驚異的な数字を記録している。某国際バカロレアコースは20人の募集に対し100人以上が応募、倍率は6倍近くに達した。たしかに倍率は6倍以上という狭き門となっている。

この人気は私立のインター校にも及んでいる。都内の古くからのインター校は、いずれも高い入学基準と倍率を誇る。首都圏では、約4,800人以上の日本人児童が国際教室で学んでおり、この数は年々増加傾向にあるというデータ。

 

👇受験ストレスと学校起因のチックについて。

 

【インター校人気の背景にあるもの】

 

教育への不満とグローバル化への対応


国際校人気の背景には、日本の公教育に対する保護者の不満がある。教育社会学が専門の早稲田大学の岡本智周教授は、「国際校の人気上昇は、不満を抱える保護者がより質が高いと認識する代替策を求めるという、日本の公教育の「弱体化」の兆候」と指摘する。ここで問題を整理すると、小学校においてはあまり不満がないが、中学校からは不満のある割合が極端に上昇する。

一方で、公教育の画一的なカリキュラムや詰め込み式教育に疑問を感じる保護者が増えていることも背景にある。インターナショナルスクールでは、討論型で生徒中心の学習が行われており、日本のNational Education System の標準化された方法とは大きく異なる。

 

 

英語力と異文化適応力への期待

文部科学省の調査によると、高校3年生のうち「英検準2級程度以上の英語力」を持つ生徒は約47.1%に留まっている。これに対し、インター校では日常的に英語を使用する環境が整っており、実践的な英語力を身につけられる点が評価されている。もちろん、その反面、国語力(実際は日本語力)は落ちている。

また、多国籍の生徒と学ぶことで異文化適応力も自然に養われる点も見逃せない。グローバル化が進む現代社会において、これは将来の強力な資産となるとの判断があるようだ。とくに、グローバル環境では意見を主張し、議論できる生徒が多いのが特徴となる。

【インター校から海外大学へ:広がる進路】


海外トップ大学への進学実績


インター校人気を後押ししているのが、海外トップ大学への進学実績である。日本のインターナショナルスクールからは、ハーバード、イェール、プリンストンなどのアイビーリーグ校をはじめ、オックスフォード、ケンブリッジ、だれでもが聞いたことのある名前の世界の大学に多くの合格者を出している。学費を心配する人も多いが、年間1,000万円程度を払える層は実はかなり多い。年間1億円を払える層はかなり少ないが、それでも子供1人の海外大学進学費用を払える親というのはかなりの人数がいる。

例えば、The American School in Japan(ASIJ)はアイビーリーグ8校のうち10校(系列校を含む)に合格実績を持つ。当然のことだが、認識されることが少なく、気づいた親はインター校を選択肢にいれる。ちなみに、実績で言えば聖心インターナショナルスクールも8校、K. International School Tokyo(KIST)は6校の名門大学に合格者を輩出している。

 

👇最初に手に取る本。

 

国内大学との二重路線可能性

インター校の卒業生は海外大学だけでなく、国内大学にも進学している。国際バカロレア(IB)のIBDPコースがあるインター高校では国内大学の特別入試(IB入試)を通じて受験が可能であり、早慶・東大京大にも合格者を出せる。

実際、インター校ではないが都立国際高等学校の2025年の実績を見ると、海外大学だけでなく国内の難関大学にも合格者を出しており、進路の多様性が際立つ。

【インター校進学の現実的課題】

 

学費の壁
 

インター校進学には現実的な課題もある。その一つが学費の高さだ。授業料は通常、約100万から300万円(7,000から21,000ドル)の範囲にあり、 Boarding Program を含むと費用は1,000万円近く(約70,000ドル)に達することもある。

法的なグレーゾーン
 

もう一つの課題は、法律上の位置付けだ。文部科学省によって正式に認可されているインターナショナルスクール(初等部・中等部)はごく一部に限られている。認可されていない学校に通う場合、日本の法律では小学校または中学校を修了したとみなされないことがある。これは、海外駐在などで海外に行き、小学校から高校まで過ごした場合にも、日本的には学校を卒業していない。この場合は海外の学校卒業となるが、日本国内の生徒の場合は、日本の中の海外校なので多少話しがややこしくなる。

このため、保護者は教育法違反による罰金のリスクを負うことになる。ただし、実際の執行は地方自治体に任されており、居住地区によって対応が異なる。それもおかしな話だと言える。

 

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【インター校ブームの今後】

 

増え続ける志願者
 

現在のところ、インター校人気が衰える気配はない。むしろ、「子どもにグローバルに活躍して欲しい」と願う若い日本の保護者の間で、国際教育への需要は着実に増加している。
 

「若い日本の保護者には、子どもに世界的に活躍してもらいたいという願いが強まっている」と指摘される。

多様化する教育ニーズ
 

国際校ブームは、教育の選択肢が多様化していることの表れでもある。従来の公教育では満たせないニーズを持つ家庭が、子どもの可能性を広げる場としてインター校を選択している。

一方で、経済的手段や動機を持つ家庭が公教育システムから離れることが続けば、その衰退に拍車をかけるだけだと警告もされる。公教育の国際化と多様性への対応が、今後さらに求められることになるだろう。

 

 

【まとめ】

東京の国際系学校・インター校の高倍率は、グローバル化時代における教育選択の多様化を象徴する現象だ。英語力と異文化適応力を重視する保護者たちの選択が、この需要を押し上げている。

一方で、学費の高さや法的位置付けといった課題も残る。それでも、海外大学進学という明確な目標と、国内外の進路を柔軟に選べる可能性が、インター校人気をさらに加速させている。

この潮流は当分続くと思われ、中高から海外大学を目指す生徒はさらに増えていくと予想される。日本の教育環境は、大きな転換点に立っているのかもしれない。
 

ちなみに、今後新設される予定のインター校は現在未発表で3校。これをどのように考えますか?

「寄付という贈り物」がつなぐ新しい絆~クリスマスプレゼントの選択肢として~
本当に必要なものは何か、贈り物を通じて考える季節に


プレゼントの新しい形:寄付という贈り物
クリスマスシーズンが近づき、贈り物選びに頭を悩ませる時期がやってきました。大分の火災や香港の大火災といった災害を見るにつけ、私たちは物質的な豊かさとは別の、本当に必要なものについて考えさせられます。

今年のクリスマスプレゼントには、従来の商品の代わりに「寄付」を贈るという選択肢があります。これは、プレゼントとしてお金を払い、その代金を相手の名前で寄付するという新しい贈り物の形です。

 

日本人にはまだなじみのない、あなたへのプレゼントが「寄付」

 

👇国際バカロレア校を選ぶ前に読んでおく本。

 

【なぜ「寄付というプレゼント」なのか】

 

不必要なもの増やさないという配慮
 

現代の私たちは、すでに多くのものに囲まれて生活しています。クリスマスプレゼントとしてさらに物を贈り合うことは、時に不必要なものを増やす結果につながりかねません。

「寄付というプレゼント」は、この消費サイクルから一歩離れ、本当に支援を必要としている人々へと思いを届ける手段となります。

個人の社会貢献意識を高める
 

企業が寄付を行う場合、通常は「会社」という匿名の団体名義で行われます。しかし、社員の名前で寄付を行うことで、従業員一人ひとりが社会貢献に参加しているという実感を持てるようになります。

これは福利厚生の一環としても有効で、企業と従業員の双方にとって意義のある取り組みとなります。

 

👇なにも調べずに海外大学を受験してみようと考えていませんか?

 

【企業における「寄付というプレゼント」の可能性】

 

従業員の帰属意識と社会貢献


企業が社員に対し、寄付をプレゼントする場合、以下のようなメリットがあります。


社員の社会貢献意識の向上

企業と従業員の共通価値の創出

地域社会との絆の強化


この取り組みは、企業の社会的責任(CSR)と従業員の福利厚生を同時に実現する効果的な方法と言えるでしょう。

 

👇寒すぎる今に。

 

具体的な実施方法

企業として「寄付というプレゼント」を実施するには

寄付先の団体を複数用意し、社員が選択できるようにする

クリスマス時期に限定せず、年間を通じて実施可能な制度とする

寄付の効果や成果を定期的に共有する

 

などが考えられます。税務処理などの問題もありますが実施する企業も増えています。

家族で考える「寄付というプレゼント」

子どもたちへの贈り物として、子どものクリスマスプレゼントとして「寄付」を選ぶことは、物質的な豊かさ以上の価値を教える機会になります。

 

「あなたが大好きな動物の動物園に、あなたからとして餌を寄付したよ」

「海が好きだから、プレゼントとして海の保全活動に寄付をしてあげる」
「あなたがすきなおもちゃと同じ物を親のいない子供の集まる家へプレゼントとして贈ったよ」

この一言が理解できる子ども。それは、子どもにとって社会とのつながりを実感する貴重な経験となるでしょう。

 

👇インター校受験は特殊です。

 

家族で話し合うきっかけに

どの団体にいくら寄付をするか、どのような支援が必要かを家族で話し合う過程自体が、社会問題について考える良い機会となります。それは、消費者としての意識から、社会の一員としての意識への転換を促します。

日本での広がりに期待


「寄付というプレゼント」は、日本ではまだなじみの薄い概念かもしれません。しかし、以下の理由から、今後広がっていく可能性を秘めています。

ミニマリズムや断捨離といったライフスタイルの広がり

エシカル消費への関心の高まり

社会貢献意識の世代を超えた広がり


特に若い世代を中心に、物質的な豊かさ以上に、体験や社会貢献に価値を見いだす傾向が強まっています。

 

👇受験ストレス、学校ストレスでチックになる子供は2割です。

 

実践のための第一歩

「寄付というプレゼント」を始めるには、

信頼できる寄付先をリサーチする

国際NGOから地域の慈善団体まで、多様な選択肢があります

相手の関心に合った寄付先を選ぶ

動物好きの方には動物保護団体、子どもに関心がある方には児童支援団体など

そして、寄付の証としてそれを書いたカードや証明書をプレゼントとして手渡します。

目に見える形で贈り物であることを伝えましょう。

まとめ:贈り物がつなぐ新しい関係性
 

クリスマスプレゼントとしての「寄付」は、単なる慈善行為ではなく、人と人、人と社会をつなぐ新しい関係性を築く手段です。

それは、物であふれた現代社会において、本当に必要なものを見つめ直すきっかけとなります。今年のクリスマスには、従来の贈り物に加えて、あるいは代わりに、「寄付というプレゼント」を選択肢の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。

贈り物を通じて、個人と企業、家族と社会がより良い関係を築いていく、そんなクリスマスの新しい形が、日本でも広がっていくことを願っています。