2019年9月28日
今日は帰宅する予定にしていましたので、午前7時過ぎに尾鷲市で今借りているマンションを出て午前九時過ぎに帰宅した後墓参りに行き、午後名古屋市に向かい、久屋大通駅近くのオグラヘアーサロンで散髪してもらってから栄周辺と名古屋駅前で買い物をした以外は、雑誌を読んだり録画したテレビ番組を観たりして過ごしました。
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古川真人「背高泡立草」(『すばる』2019年10月号所収)を読みました。主人公の祖母の住んでいる家の納屋の周りの草刈りをした一日、そして祖母の住んでいる家に関する過去の出来事で小説は進んでいくのですが、正直な所(小説上の現在である)主人公の祖母の住んでいる家について書かれている部分だけでも読んでいて充分面白かったので、個人的には祖母の住んでいる家に関する過去の出来事を書いた部分は要らないのではないかと思いました。シンプルな方が面白さが増したのではないでしょうか。あるいは書く順番を変えれば感想が変わったかもしれません。更に書けば、小説の途中にある「カゴシマヘノコ」の部分は要らなかったのではないかと感じました。配置を変更すればもっと良くなる様に感じましたが、どうなのでしょうか。
2019年9月27日
今日も今日で普段通り出勤し仕事をして途中会議にも出席する等しましたが、手が遅いせいでつい残業と言う事になってしまい、午後7時過ぎに職場を出た時何とも言えない気分でした。失敗が凄く多いのに、こんなにホッとしているのはちょっと解放感強すぎなんじゃないか…。
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昨日少しだけ読んで止めてしまった倉数茂「百の剣」(『群像』2019年10月号所収)を読み終えました。読み終えた瞬間文字通り本当に愕然としました。差別云々等色々内容盛り沢山で小説が進んでいたのに、最後の最後で女性が団結して頑張ろうと言う場面があるのですが、こんなに絵画的でオーバーな位の描写で終わるだなんて思いもしなかったので、(小さな声でしたが「キャー」と軽く叫んでしまいました。語り手が追っていた真行寺真希の文章や公共ジロジロ運動やMの表現行為や様々な描写が全て吹き飛んでしまいました。
2019年9月26日
今日も普段通り出勤し仕事をしましたが、それなりに残業して(?)午後8時前に事務所を出る事となりました。ああ、普段の行いの悪さ故ですね…。そのせいかどうかは良く分かりませんが、帰宅後は普段にまして集中力がなく、夕食を摂った後は雑誌をパラパラと捲るだけで小説を読むと言った行為は出来ませんでした。(なお、そんな感じの中、最後に倉数茂「百の剣」(『群像』2019年10月号所収)を読もうと思い数頁読んだのですが、気が乗らず止めてしまいました。明日になったら読めるような気がします…。)