いつまでも女々しくて・・・ -26ページ目

いつまでも女々しくて・・・

20年連れ添った妻を自死で亡くした男(hiro)の日記

いろんなところで
いろんな気持ちの交錯するのを最近よく目にするし
このブログにたまに反対論をコメントする方もいます。
(承認制にしてますのでそういうコメントはアップはしませんが)

私の思っているところを。


自死遺族と言ってもいろいろで
配偶者の自死は、血縁関係の方とはやはりちょっと違っていて

私の場合
やっぱり許せない

これが一番にきますね。

私だけならまだしも
子供たちまで捨てていってしまうなんて、考えられない。

子供を捨ててまで自分なのか。
親として、そこは許せない。

本人がそこに陥ってしまっているときには
それしか考えられない状態になっているので
責められない。

よくこういうことを言われるけど
そんなことはわかっているけど
私はそのことを理解したくない。

そこまで私は優しい人間ではない。

この怒りは一生とれない。

妻を下ろしたときの感触
現場であるその家に住み続けなくてはいけない現状
職を失い、その状況でも子供たちを育てていかなくてはならなかった時間
ずっとつきまとう、対人への嘘の会話
あげたらキリがない。

よくも俺の人生をめちゃくちゃにしてくれたなと思ってる。

ただ、そうは言ってても
その自死行為を止められなかった自分自身に
とてもとても大きな罪悪感がある。

それはもちろん愛していたからだ。
愛していたからこそ、辛く悲しみもはち切れそうになる。

たぶん血縁関係の方は
こっちのほうが大きくて苦しんでいられる方がほとんどだから

当人に対して怒りをぶつける私の気持ちなんか
きっと理解できないだろう。

怒りと悲しみ。
このギャップがより苦しいんだよ。

ただ立場が違う人から
理解してもらおうとも思っていないし
そういう方と、分かり合いたいとも思っていないのが正直なところ

立場や気持ちが違うと思っている方
私のブログはスルーしていただきたい。

このブログの注意事項をよく読んで
お願いします。


 

今独りが楽だとか言ってるけど
別に独りが好きなわけではない。
独りが好きになれればいいのに。

もし気の合う相方がいれば
今より有意義な時間になるなと思うけど

それが壊れる時のことを考えると
もういいかなと
それだったら独りの方が楽かも。

そんなところ。

あと妻に対する気持ちは今でもあるし
でも裏切られたという思いもあって

まあ、そっちの気持ちの方が大きいのだけど。

だからその妻以上に考えられる相手が現れれば
なんか面倒くさいことは考えないで突っ走ってしまうのかなと。

でも今は独りだし、環境も変わって
性格もねじ曲がってしまったし。

今期のドラマの中で、“モンテ・クリスト伯 -華麗なる復讐-”とか観てて

ああ、こういう復讐の仕方もあるのかと感心した。

最後妻に全てを投げ出させ自分を選ばせて
そして今度は自分から妻を捨てる。

ドラマの中では、主人公の本心かどうかは定かではないけど

俺もそういう風にできたら
妻を吹っ切ることができるのかなと思った。

ほんと性格がねじ曲がってしまったな。

妻が自死する1年くらい前から二人の仲はすれ違っていた。

もうウチはきっとダメになるんだろうなと
自死する3カ月前にはそう思っていた。

その時期に
平井堅の、思いがかさなるその前に…を聴き
そのときなんだか情けなくて涙していた。

歌詞の中に

ねえ
いつか君は
僕のことを忘れてしまうのかな

そのときは
君に手を振って
ちゃんと笑ってられるかな

こうあるんだけど、この曲を聴く度に
彼女はもう俺のことなどどうでもよいと思っているんだろうなと
聴きながら、悲しみ半分悔し涙を流していた。


今でもこの曲を聴きながら当時のことを思い出すと
涙が自然と出てくる。

実はこの曲に限らず、歌詞の一部が当時と重なる部分がある曲は
他にもいっぱいあって

そんな曲をまとめて聴くと
もう、誰か助けて状態になってしまう。

なぜまとめて聴くのか
聴かなきゃいいのに・・

なんか自分を壊したくなるときがあるんだよね。なぜか
そのときは懺悔なのかな・・

妻の自死は、普段俺は全然悪くないと思っているけど
心の奥底はきっと違っていて
俺が彼女を殺したんだと
俺は悪くないけど引き金を引いたのは俺なんだと。

誰か俺を殺してくれないかな

 

今年で7年。

昨年、もうお坊さんを呼ぶこともこれからはないですから
と親族に伝えた。

毎年毎年、この日は誰かが来るために
家でずっとだまって待っているのが辛かった。
世間ではGWかもしれないが、私にしたらBWだ。

その中
義弟だけ夜にお線香をあげにきた。

いやわからない。
もう来年からはこういうのはやりませんよ的な意味を込めて
親族(俺の方ではない)に伝えたのだけど

それで、誰も来ないだろうと日中家を空けていたのは
俺の勝手な判断なのか?

もしかしたら、留守の時に誰か来たのかもしれない。

でも、いなかったらいなかったで普通用があるなら
電話なり何かあってもよさそうなものだが
そこはほら、そんな常識の通った親族ではないわけで。

うーん
もしかしたら来てたのかもしれない。
来てないのかもしれない。
ま、どっちでもいい。

どうでもいいや。

ただ、まわりにはそう言ったところで
そう思ったところで
俺には毎年命日は来る。

 

なんでだろう。
普段考えない様にすることなんて、もう容易くできる様になっているのに。

心の奥底から、ひしひしと嫌なものが込み上げてくる。

もう7年も経ったのに。
どうして。

何も関係のないテレビで泣いてるシーンですらダメだ。

やはり俺にとっては
特別な、異常な日が近づいているせいか。

考えない様にしていても
あの日を思い出してしまう。

悲しみに怒りに心が押しつぶされそうだ

この先も一生こうなのかよ
くそ
もう消えたい