哀愁の千戸(チョノ)
昨日ご紹介した千戸はまた、世の男性諸氏の間で別の意味で有名な街である。
韓国には俗に5大風俗街と呼ばれる街がある。
清凉里(チョンニャンニ)、永登浦(ヨンドゥンポ)、弥阿里(ミアリ)、龍山(ヨンサン)そして千戸(チョノ)である。
中でも千戸は、未成年売春で全国にその名を知られた街だ。
韓国では売春はもちろん犯罪だ。
最近は警察の取り締まりが厳しく、上記の風俗街も年々その勢いを失いつつあるという。
ソウル最大の風俗街とされる清涼里オーパルパルも、営業している店は全体の3分の1程度になった。
(注:女性のみなさんには不快な話題かもしれませんが、「清涼里オーパルパル」は有名なミュージカル「地下鉄1号線」にも登場する、韓国人なら誰でも知っている常識の一つです)
そしてさらに驚くのは、それら風俗街はデパートのすぐ隣にあるという事実だ。
日本の場合、風俗店はまがりなりにもビルの中に入っているが、韓国では映画に出てくる吉原の遊郭のような状態で、ショッピング施設のすぐ隣にあったりする。
これはけっこうキョーレツだ。
ここ千戸は、売春の中でも特に悪質な「未成年売春」が行われていたとあって、警察が徹底的に摘発した。
風俗街は風前の灯だと聞く。
ここで働いていた未成年たちにはどんな事情があったのか。
大方の想像はつくが、一人一人の人生の悲哀が交錯した街。
それが千戸なのである。
千戸については↓の書籍に詳しい。
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消えゆく「ピマッコル」(下)
そんな歴史の面影を残すピマッコルだが、現在、都市再開発の波に飲まれ、徐々にその姿を消しつつある。
すでに教保文庫裏の「清進洞(チョンジンドン)」では、建物の取り壊しが行われ、大規模な高層ビル建築が進んでいた。
僕の行きつけだったプルコギ食堂(1人前5,000ウォン)も、別の場所へ移転してしまった。
残念なことである。
確かに大都市ソウルのど真ん中に、このような田舎くさ~い路地が残っているのは、近代都市計画にとって支障があるのだろう。
しかし、悠久の歴史を今に伝える路地には、歴史的・文化的価値があると僕は思う。
たとえるなら、京都の中京(なかぎょう)の、室町時代から続く商家街を取り壊すようなものだ。
現に清進洞の工事現場からは、李氏朝鮮時代の貴重な遺構が見つかったという。
都市計画と文化遺産の保存の両立がなんとかできないものか・・・・
お気に入りのプルコギ食堂がベニヤ板で閉鎖されているのを見て、ふーっとため息をついてしまった。
消えゆく「ピマッコル」(上)
ソウルに詳しい方なら、鐘路(チョンノ)に「ピマッコル」という小路があるのをご存じだろう。
大通りに面したビルの裏側、建物一棟隔てた裏側に、人がやっとすれ違えるくらいの狭~い路地がある。
それが「ピマッコル」である。
漢字では「避馬ッコル」と書く。「コル」は「小路」という意味だ。
李氏朝鮮時代、大通りは当時の特権階級「両班」がわがもの顔に馬で通っていた。
両班の馬が通り過ぎる間、庶民は道端によけ、土下座で待っていなければならなかった。
その両班の馬があまりにもひんぱんに、たくさん通るので、庶民は普段の生活にも支障が出てしまった。
そこで考えついたのが、建物の裏に秘密の(?)抜け道を作ること。
これが「両班の馬を避けるために作られた小路」=「避馬ッコル」の起源である。
李氏朝鮮時代、このピマッコルは庶民の貴重な生活の場であり、また庶民がその独自の生活文化をはぐくんだ舞台だった。
(つづく)







