いつの間にか息子にバンドで負けた -12ページ目

ギター購入大作戦

めでたく高校受験もおわり、あこがれの高校生。
待ってました、ギター君、とうとう僕のところへやってくるんだな!

ということで、数ある通販のなかから選んだのはトムソン、トーマスという名前のフォークギターでした。(しっている人も多いのでは?)
さて、ギターといってもピンからキリまであります。
親に予算はときくとどうもピン(最低限ぐらい)が予算らしい。
それは、それは あー。できたらもうすこしピンそばまで、なんとかなりまへんか?
パターでピンそばまで正確にゆっくりもっていきましょう。そのためには作戦が必要です。


「あのな、ギターちゅうもんは木からできていて、安もんのギターは木がちがう。安い物をかうと安もん買いの銭失いいうて、
すぐに木がめくれてきたりわれたりするらしいで!せっかくかうんやからそこそこのもんにせにゃ。」


「そんなもんお前、音さえでたらそんでえーやんけ。お前まだちゃんと弾けるかどうかわからんし、高いもん買っても
それこそもったいないぞ。」


「けっ、けっしてそんなことはございませぬ。友達のギターを弾いてたら、そこそこ弾けたから必ず大丈夫や」


「おっ、おまえ親の知らんとこでそんなことしとったんか!・・・・そうか、別にどっちゅうことないのぉ・・うーん」


「なっ!大丈夫やからせめてこれぐらいでどないかなりまへんか?パチパチ(そろばん)の音」


「イヤーそれは殺生ちゅうもんや。せめてこれぐらいで パチパチ(そろばんの音)これでどないでっか。ええ買いもんでっせお代官様・・」(大阪商人かっ!)


「ゲーそれやと、安すぎて弦が一本足らん小学生用のやつやで!(もちろんそんなものない)そんなんもってたら友だちにはずかして見せられへん!せめて後生や、これでなんとか・・」


「しゃーないのぉー。そうするか・・・・・(カタログの表紙をおもむろに見る。長髪とパンタロンとハイヒールの靴のぐループがのっている。おまけにグラサンまでしている。<ヤバイ>)
なんやこいつらは変なかっこうしくさって!ほんでぇーギターちゅうもんは嫌やいうとるんじゃ<ヤバイ またそっちの方向にいてもた>」


「それは、プロの人やから他の人と違う格好をして目だたんと売れへんねん。僕らは普通の人やからそんな格好しーひんて。)」

「ひっしの説得が続く」

結果発表

なんとかきまったのはトムソンというボディーが大きめで図太い音がするというギター。ソフトケース付きで15000円なり。
まあ、昔からプレゼントなんてくれたことない、あまりお金を使わん親やったから、こんなとこでしょう。汗・汗・汗・でもありがとう。
僕は本当にうれしいです。(高校にいくよりギター買ってもらうほうがうれしいです。)

ということで、注文書をもってポストへ走る、ささやかな庶民の嬉しい一日がす過ぎていくのでした。


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ギターがめちゃくちゃ ほしいー!

中学2年頃になるとギターをかってもらった奴がふえてきた。
僕も当然ほしかった。

あるやつはフォークギターを通り越して親戚の兄ちゃんからエレキギターをもらったといって
わざわざみにいった。
これがテレビで写っているエレキというやつか!と頭の中で長い髪をふりみだし、パンタロンに底の高い靴をはいた外人ロックバンドの光景がうかんできてその一員に僕の顔が
浮かんできて、ひとり妄想をふくらましてニヤニヤしていた。

ギターがほしい!絶対ほしい。なにが何でもほしい!それが音楽の神様からご指名をうけた自分の生きがいではないかっ!
とまでおもうようになって頭のなかはギターのことばかり。

とにかく友達のギターをさわらせてもらって、コードはこうやるんだとか、ストトークはこうだとか、なにやら言葉は全部かっこいい。ユーフォニュウムとだいぶ違う。

思い切って、親父に買ってほしいとたのんだら、やっぱり「あんなギターなんてもんは、不良のやるもんじゃ」。そう、こちら田舎で、開国してないご年配はそういう考えなんですよね。
だいたい長髪にパンタロンやジーパンというのが気にいらんらしい。

歌番組でバンドがでてきたらチャンネルかえられて5分ほどしてからまた演歌、歌謡曲関係がはじまる。またバンドがでる、チャンネルを変える。これのくりかえし。
うーんかなりハードルが高い!

ある日東京に済む叔父が、来たときに、「おまえの好きなものはなに?」という話になって、これは二度とこないチャンス、今しかないっと「僕は音楽がすきで、
いまギターがほしくてたまらない。しかし親父が理解してくれん!」件名に訴えた。それも親父の前で
そこはさすが日本の首都、東京から来た叔父さん様でございます。
親父に「なにいうとるんや、ギターなんて都会いったらだれでも普通にもっとるぞ。親父に買ってもらえんかったら高校受かったら俺が祝いとして買ってやる!」
というありがたい話になった。ちょー最高のタイミングですな。

このことがあって、高校になったら買ってやるという事に目出度く決定したのです。うれしー!
それからどれにしょうかとウキウキしながら高校までギターのためだけに待つ日々がつづいた。希望があるとなんでもうれしいもので、なにをやっても楽しかったな。

とりあず、田舎なので楽器屋もないし、あっても結構高かったので、通販でかうことにして、雑誌にあった無料カタログを何冊もとりよせて眺めていた。
こんな楽しい時間は、人生でもそうそうなかったなーと思う。彼女ができてデートするぐらいのレベルのうれしさでしたね。



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ジョンレノン 「イマジン」に衝撃をうけた中学生のころ

中学生の頃に買ってもらったナショナルマックというラジカセ。
これはオーディオ履歴に詳しくは書いてあるんですが、これによるFMエアチェックを覚えたのは
中学2年ごろかな?
それまではワイヤレスマイクを中心に、小学生からの延長でへんな声を録音したり、友達の自転車に
ラジカセをくくりつけ、トランシーバー代わりにつかって遊ぶという、まあ子供の遊び、おもちゃの
延長線上にあったんです。

ところが説明書をよく読むとFMラジオというのがあって、これは音楽を中心に放送しておる。とのこと
そして、きにいった曲がかかっているとRECボタンを押すことにより、声を録音するのと同じように
FMの曲を録音できるとのこと。

その頃、同じ学級の先駆者たちはビートルズに夢中になってたり、すでにギターを持っていて練習していたり結構気にはなってたんで、一度音楽をテープにとってみようという軽いきもちで、最初にかかってきた適当な曲を録音していました。

そのなかにとてもきれいな英語の曲がありました。歌声はなにかいままで聴いたことのない、下手のような自身のないような。というのは日本の歌謡曲ってわりとそのころは男性は演歌が中心みたいなところがあって、歌詞がはっきりわかる、はっきりした歌い方だったんですね。

その曲がジョンレノンの「イマジン」だったのです。
当然その曲名まではわからないので、テープで何度も何度も「エー曲やなー」と思いながら聴いてすっかり洋楽がすきになってしまったんです。

それからは新聞のFM番組欄をみて録音するいわゆるFMエアチェックをするようになった。
とはいっても昼は部活でいそがしいし、夜は勉強しないけんし、カセットテープは高いからなかなか
買えないし。何度も上書き録音して、前の曲もまたききたいなーと今では信じられないような、せこい聴き方しかできなかったのです。

でもはじめてのエアチェックで「イマジン」に出会えたことは音楽の神さんが私にあたえてくださったものではないのかと思いますね。今でも。ありがとう音楽の神様・・そして ジョンレノン・・・なんか くっさー!?

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ピアノの少女に恋!

中学生になると色めきたちますねぇー。女子に!
最初にときめいたのは、ピアノをすばらしく、うまく演奏する女の子で、夢にまでピアノの音と共に
その子の顔が、きらきら輝きながらでてきましたから、恋の芽生えでしたね。

たぶんピアノがなかったらそこまで、真剣にはならなかったと思いますが、いろんな意味で音楽が自分の一部になってきたってことかなとおもいます。

残念ながらおとなしいシャイな自分は告白もできず。夢だけでおわりましたが今でもはっきりピアノを弾く彼女の姿はおもいだせますね~。もう30年も前なのに。

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中学校でブラスバンドと武道 両立

ハーモニカの挫折ではじまり、トランペットの音で華やかに無事小学校はおわりました。

にきび面をひっさげていよいよ中学生です、
そのころ中学ではスポーツは部活動、文化活動はクラブ活動というふうに分けていました。全員が両方に入部する必要がありました。

部活動は武道にあこがれていたので迷わず「剣道部」

クラブの法はまよったあげく、「アイデアクラブ」つまり、なにかを発明してモノを作ろうというくらぶです。小学生の頃の怪獣ドラマの仲間といっしょにはいり、モノづくりの体験者としていろいろつくりましたね。つまらんもんでしたが結構おもしろかった。

余談ですが、剣道の方は、まあまあでしたが先輩や同輩が強くて地区優勝で近畿退会ベスト8までいきました。とはいっても私は副将で、はからずも団体戦は全廃しまったのでぜんぜん貢献してませんが(泣)
とほほ。

クラブ活動は2年生からブラスバンドにした。なぜ、1年からはいらなかったかというと部員は女ばかりで
男子はゼロ。でも小学生の体験から絶対やりたかったのでやってた友達をさそってはじめての男子部員ということではいりました。

まあ小さい学校なので、10人程度のメンバーしかいません。それに活動日は確か週に2回程度でしたから
うまいもへたもありません。
担当はユーフォニュームというマイナーなものになりました。でも、結構おもしろかったし、小学校のトランペットの経験が生きてそれなりに吹けたので。いよいよ自身がついたのです!

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ナショナルマックでエアチェックをしまっくった

イマジンを覚えた僕は、ナショナルマックでエアチェックをしまくった。
モノラルで音質は、ほとんど考慮されてなかったけど大満足。

次に覚えたのはビートルズ。LET IT BEなんか鳥肌もん。
そろそろ級友もそういったものにめざめだしてきたものも多かった。

どなたか、あの懐かしいナショナル マックの写真をもってないかなー。1973年ごろだと思います。
デジカメでアップしてもらったらとてもうれしいです。

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トランペットの洗浄と先生のタバコの香り(どへ~)

いきなりトランペット少年となった僕は、それまでの楽器嫌いがうそのように
練習ばかりしてました。
一生懸命に吹いていると、唇にマウスピースの形がついてしまって、先生から
そんなに押さえつけなくても良い」と言われ、軽く、うまく唇を振動させると
いい音がでてきて、そして疲れないんですよね。不思議な楽器だとおもいました。

そして感動したのはその構造。
複雑な管を長さを調整して、音階を出すということがスゴイと思いましたね。
とくにピストンの構造には関心しまくり。
そのピストンや管を定期的に洗浄、調整するのも子供達の仕事です。
皆はいやがっていましたが、ぼくはたのしくてしかたなかったなー。

先生はタバコを吸うので、ハーモニカの時とおなじように、こうやってやるんだと見本
をみせるときに自分のマウスピースを使わずに子供のをそのままつかうんですよ。
いまだと考えられんですね。不潔、きったなーとか言われておわりでしょう。

でもその頃は先生の「権力」は絶対的でしたから、文句も言えんかった。
それがまた、たばこのにおいですよ。
20歳になるまえに、タバコの匂いは十分体験させてもらいましたね。

予断ですが、先生は教室でタバコすってましたからね。

すごい時代ですね。児童は1クラス 48人いましたしね。


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劇的な音楽体験 トランペットだっ!

前回書きました小学5年ごろの劇的な、事件とは・・・・
そうです。小学校に鼓笛隊ができたのです。トランペットと太鼓と、指揮棒(りっぱな銀色でフリフリ付き!)
音楽授業ぎらいの僕は当然、なんの興味もなかったのですが、全員がトランペットの
練習を開始することになりました。

当然はじめて見る楽器。金色で重くって・・しかし、3本の指しかつかわなくてよい。

ちょっとかっこいい(そのころトランペットといって思いつくのは戦争映画でやっていた希少ラッパぐらいのもの。あれ結構カッコよかった)
しかし、そんな甘いものではなかった。
縦笛はフーッとふくととりあえず、音は出た。トランペットはでない。吹けば吹くだけしんどい。
プッともでない。
しかし、マウスピースをあれこれなめながら、やっていると、ブッとかプッとかおならの様な音がではじめた。
そのあたりまでは皆同じれべるだった。

しかし、僕はなぜかこれからが変わった!
ひとよりも早くドレミファソラシドが3本指をつかって出せた!
みんなびっくり。自分もびっくり。先生もびっくりです。

音も結構サマになってきて、鼓笛隊の第一次選抜チーム(かっこよすぎるか!?)に選ばれてしまった!
当時他の学校も、進めていて、第1回の地区の演奏会に出場しました。

まさか、まさかの連続で、秋の運動会にはマーチングバンドとして、ご父兄様の前で披露するまでになったのです。
あのハーモニカ、縦笛、オルガンと挫折を繰り返してきた僕がデスよ!
感動 感動 しましたよー。僕にもできるものがあったんだってね。(続く・・・)


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ステレオ(たしかビクター)が家にきた!キャプテンウルトラだっ!

悲惨な音楽の授業がつづいているときに、おやじがふるいステレオなるものを
もらってきて職場(自営業をしていたので)において聴いていました。

それはスピーカーとターンテーブルとラジオが一体化したもので、
ちゃんとステレオになっていましたね。

聴くものは、おやじが演歌。

ぼくは、小学○年生(たしか学研)についてくる付録のソノシートという
ぺらぺらの薄いレコードでした。

結構、いろんなものがあって、「キャプテンウルトラ」なんか印象にのこってますね。
童謡集みたいなものもあり、結構すきでした。

おもえばあのステレオが僕の音楽好きの原点かもしれませんね。

聴くのは職場(工場)までいかなければきけなかったので、みんなの暇なときや
よるにいって聴いたりしましたよ。

だんだん、付録のソノシートやレコードも増えてきて聴くのが楽しみになってきました。
今おぼえてるのは
●「トッポジージョ」の歌と会話入り。
●キャプテンウルトラ
●怪談話
●鉄腕アトム
●虫の音声
などなど、他にもあったと思いますがわすれてしまいました。
今はなにも残っていません。
残しておいたらよかったなーと思います。
最後にはこわれてしまいましたから
バブル時期の前に一気に処分をしてしまいましたからね。こんなに懐かしくなるとは思いませんでした。

まだこの頃には劇的な小学校の出来事ははじまりません。

この前は、一気に卒業の時期のことを書いたけど、小学生のころの音楽体験は悲惨でした。
実は、一番きらいな授業は「音楽」でした。
昭和42年ごろの音楽の授業で使われたのは、いまのリコーダー(縦笛)ではなくて
ハーモニカでした。
そう、ハーモニカって大人になって難しいですね。吹いた、吸い込んだり
ドレミファソラシド自体が難しいですから。それで小学低学年が、曲をふくということは
大変むずかしかったのでは?
みなさんはうまく吹けましたか?
僕は一番大事な、ハモニカの一回目の授業に風邪をひいて
休んだので、それからは、ずーットわけのわからん授業が続きました。
そして、臭いですしね(笑)いやでした。
うまくふけないと先生が、僕のハーモニカをとって「こうふくんや」といって自分のくちで
ふいてみせました。すると、タバコや口臭でとてつもなく不気味な楽器になったのですが
しかられるのでやむなくまたそれに口を間接キッスするのでした。
ああおぞましい。

その次に、キライになったのは、オルガンの演奏でした。
その時もたまたま風邪かなんかで一回目の授業をやすんだのです。
つぎからはわけがわからん授業にウンザリ。そしてその頃の教師が非常に怖い先生
でしたので怖い顔で、指を無理やりつかんで、それはそれは恐怖の授業でした。
おかげさんでドレミファソラシドもどの鍵盤かわからず、音楽の授業をボイコットして
体育館の倉庫にかくれたりしてたもんでした。

おかげで自分は、不器用でなにもできない人間だと、落ちこんでしまい、。
ハーモニカもオルガンも見るのもいやで、音楽は大嫌いな授業でした。
でも、音楽鑑賞の時はだいすきでした。家にはない「ステレオ」という大きな機械から
でてくる迫力のある音がだいすきでしたね。
一番すきだったのは「ダークダックス」というコーラスグループの唄う箱根の山は天下の剣
という出だしの歌でした。なんてタイトルでしたっけ?
すばらしい迫力ときれいな声だとおもいました。僕のいえにもあんな機械がほしい。おやじに
頼みましたが当然買ってもらえませんでしたが・・・・。

そんなときにおやじが、オルガンをもらってきてやろうかという話があったのですが、
とんでもない、あんなものいらないと考えるまでもなく拒否しましたね。

みなさんハーモニカ、オルガンはどうでしたか?
そんな、わたしでしたが小学5年生の時に劇的なことが起こります。
それは次回で・・・

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小学校の悲惨な音楽授業!ハーモニカとオルガン大嫌い。

この前は、一気に卒業の時期のことを書いたけど、小学生のころの音楽体験は悲惨でした。
実は、一番きらいな授業は「音楽」でした。
昭和42年ごろの音楽の授業で使われたのは、いまのリコーダー(縦笛)ではなくて
ハーモニカでした。
そう、ハーモニカって大人になって難しいですね。吹いた、吸い込んだり
ドレミファソラシド自体が難しいですから。それで小学低学年が、曲をふくということは
大変むずかしかったのでは?
みなさんはうまく吹けましたか?
僕は一番大事な、ハモニカの一回目の授業に風邪をひいて
休んだので、それからは、ずーットわけのわからん授業が続きました。
そして、臭いですしね(笑)いやでした。
うまくふけないと先生が、僕のハーモニカをとって「こうふくんや」といって自分のくちで
ふいてみせました。すると、タバコや口臭でとてつもなく不気味な楽器になったのですが
しかられるのでやむなくまたそれに口を間接キッスするのでした。
ああおぞましい。

その次に、キライになったのは、オルガンの演奏でした。
その時もたまたま風邪かなんかで一回目の授業をやすんだのです。
つぎからはわけがわからん授業にウンザリ。そしてその頃の教師が非常に怖い先生
でしたので怖い顔で、指を無理やりつかんで、それはそれは恐怖の授業でした。
おかげさんでドレミファソラシドもどの鍵盤かわからず、音楽の授業をボイコットして
体育館の倉庫にかくれたりしてたもんでした。

おかげで自分は、不器用でなにもできない人間だと、落ちこんでしまい、。
ハーモニカもオルガンも見るのもいやで、音楽は大嫌いな授業でした。
でも、音楽鑑賞の時はだいすきでした。家にはない「ステレオ」という大きな機械から
でてくる迫力のある音がだいすきでしたね。
一番すきだったのは「ダークダックス」というコーラスグループの唄う箱根の山は天下の剣
という出だしの歌でした。なんてタイトルでしたっけ?
すばらしい迫力ときれいな声だとおもいました。僕のいえにもあんな機械がほしい。おやじに
頼みましたが当然買ってもらえませんでしたが・・・・。

そんなときにおやじが、オルガンをもらってきてやろうかという話があったのですが、
とんでもない、あんなものいらないと考えるまでもなく拒否しましたね。

みなさんハーモニカ、オルガンはどうでしたか?
そんな、わたしでしたが小学5年生の時に劇的なことが起こります。
それは次回で・・・

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