小学校の放送委員で真空管アンプをさわっていた
そういえば、思い出しました。
小学5年ぐらいですかね。放送委員というのがあって、構内放送の担当になったことがありました。
そのころから声が「え~声」でしたので、よくたのまれて放送をしましたね。
まだまだ古い木造校舎(明治時代建造?)だったので暗い放送室のなかにゴッツイ、面構えをした
放送用アンプがデン!とおいてあって、スイッチなんかは銀色にめっきされた奥行きが3センチはあろうかというすごいアンプでした。(そう少年のわたしにはおもえた)
たしか、真空管だったので電源をいれてから、数分はつかえずじっとまっていたとおもう。そのまっていなダメというのがいかにもそのアンプの威厳をあらわしておった。
トーンスイッチやボリューム、放送場所の切り替えスイッチなど、オーディオ好きの源流はこの放送質かもしれない。
タイトルにかいたように40才から50才ぐらいの人!覚えてるでしょう!おなじ記憶を共有しておるはずです。イヤーなつかし~ メーカーはわすれたがシャープだったような気がする。
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衝撃!小学生の頃のブラザー製ポータブルカセットデッキ
これは本題の【無題】のところでも書いた。自分の一番最初のオーディオでしょう。本題の【無題」参照
いま思うと、当時としては今の新型ゲーム機なんか、へ みたいな衝撃でしたよ。
自分の声が録音できるなんてことは、学校で先生がもってるカッセトデッキでしか見たことないんですからね。それはいつも立派な革製のソフトケースがかかっていて、Noなになにとかマジックで必ずかいてあるんですよね
そしてそれをさわれるのは学級委員とか先生に信頼されてる奴だけ。
特別なものでしたね。最新技術の結晶というか。
私は田舎に住んでましたんで、まだそのころはダルマストーブで薪と石炭でしたもの。
電子機器といえばテレビと先生のカセットぐらいかな。
わたしのかかわったオーディオ(?)についてここではかいていきますね。
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ブラザーのカセットってどんなモノ
ところでブラザーカセット君についてかいていませんでしたね。
ラジカセではなくカセットのみ。カセット挿入口とスピーカーは上部についていて、正面にレバー押し下げ式の再生スイッチなどがついています。
ひらべったい正方形です。もちろんモノラルで、音楽鑑賞用というよりは、音声の記録が主な目的でつくったものでしょうね。
それでも、マイクには録音スタートボタンもついていて、リモコン式になっていたのはすごいですね。電源は電池とAC。上部は黒、下部は黒だったと記憶しています。
親戚のかたが電気屋さんでしたので当時めったに見ることのなかったカセットが家庭に入ってきて、それはびっくりたまげましたよ。友達もたくさんわざわざカセット見にやってきたもんです。
いまでいう、新しいゲーム機を買ったようなものですが、それよりも絶対インパクトありましたね。
あーなつかしい。現物はすでに壊れて捨ててしまってありませんが、見てみたい。だれかお持ちでしたらデジカメ写真でもアップしてくれればうれしいですね。
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文化祭 有志バンド本番の結末!
悲惨な練習になった有志バンドもとうとう、文化祭本番の当日を迎えた。
私の、通販の安物ギターを大事にかかえ、やるぞと意気込んで本番にのぞんだのでした。
しかーし。また、例のドラムの彼が、騒動を巻き起こす。
本番直前まで、一緒にいたのにさて、はじまるぞという肝心なときに、・・・「いない」「どこいった」
「さっきまで そこに」「い・な・い」
「わーーーーー」
というわけで皆で手分けして、捜索開始!
とにかく走り回り、放送部に頼み込んで呼び出してもらおうか、いや待て、そんな、恥ずかしい、んなことできん。
とにかくさがさんとーっ。
と汗だくになり、やっとみつけた彼は、例のけろっとした様子で、ツレと呑気にダベッてた。
もういいかげんにしてちょ。もう始まるでえーハア ハア 汗 汗
とう状態であわてて本番に望んだんですが、当然チューニングの時間もなく、事前打ち合わせもほとんど
できずで、散々な結果におわったのはゆうまでもありません。
ドラムの彼は、オオノリでたたきまくって、ニコニコして終了されました。
こちらは疲れがどーっとでてきた。(今日はなんやったん?)
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文化祭で有志バンド 悲惨な練習
文化祭で、有志でフォークソングのバンドをやることになった。
エレキ関係もやりたかったが、リーダー的存在の奴がフォークどっぷりだったので自然と
フォークになった。
だいたい、アリス系の曲や、たしか、H2Oの曲なんかやった記憶がある。それと
松山千春の初期の頃のフォーク。
オリジナルも確かやったが忘れました。
最初は、いろいろな面々が集まり、なかにはシンセサイザーを自分で作ってしまった当時としては最先端の
科学技術者がいて、かれが、プログレやシンセサイザーミュージックには
まりこんでいて、一緒にやろうとなったけど、結局はメンバー全体がまとまらずに
せっかくつくったシンセサイザーは、ステージで日の目を見ることがなかった。
このシンセサイザーについては後述します。
とにかく練習ということで、リーダーの下宿に集まってやろうということになったの
が悲惨な練習のはじまりだった。
最初はギターとベースのみで音量を気にしながら、小さな声でご近所迷惑を考えながら
やっていた。
ところが、後から参入してきたドラムが、いきなりこの小さな下宿の部屋にドラムを
もちこみ練習をはじめた。
かれは、まったく近隣の迷惑を考えず。また世帯主のいない部屋で、他の友人数名と共に
大音量でドラムをたたきまくったのだ!
私達が、練習にリーダーの下宿に向かう途中、すごいドラムの音が・・・・
いやーな予感が、背筋をはしった。(まさか・・)
近づくにつれ、それは確信に代わって行った。それとともに、近所のおっさんやおばさんの
怒った顔が恐怖とともに、襲ってきた。
ドウシヨー!!!!
えらいこっちゃ!僕らは、一秒でもはやく部屋にたどり着くべく全力疾走した。
アパートについた。
階段をかけあがろうとした。(必死の形相)
辺り一面はドラムの大音響がこだましていた。
「ちょと、またんかいワレー!!!」突然、予想通りの怒鳴り声で階段途中で凍りついた。
「おまいら、何考えトンジャー!仕事にもなんにもならんやないかい!!」
超怒級の、おっさんの怒りだった。
「すんません。スグヤメサセマスー」平謝りに謝って、とにかく部屋に入って
ストップさせ、おっさんの怒りを皆に伝え、平謝りにあやまったがおっさんの怒りはおさまらず
「出て行け」「ここにはいられんぞい!」等とすごい事になってしまった。
ドラムの当人は、けろっとしていて、なんと図太い性格だと思った。
「だって。ドラムは大きい音がでるもんやん」「しやーないやんけ」などといっている。
リーダーは生活の基盤をエグラレ、急降下して落ち込んでいる。
さあ、この始末どないつけましょう。
なんとか、大変な事が怒ったことをドラムに理解させ、即刻、練習場を学校内に確保。
そして改めて、おっさんに謝罪。
「まあ、若いうちは、いろいろあるもんじゃ」と最終的には許してもらえたが
大変な、そして悲惨な、練習になってしまった。
本番は、後日。。。。
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文化祭の指揮者だぞ
高校時代の音楽体験というと、部活以外では文化祭ですね。
たしか2年の時の文化祭。クラスで何ヤルーということになって、とりあえず、合唱ということになったのはいいのですが、問題は指揮者。
だれかの、おまえブラバンやから、「音楽は得意のはずやろ。お前やれ。」の一言で断言した奴にみんな拍手。
一発で指揮者に決まってしまった。
しかし、ブラバンといえど合唱なんぞの指揮なんかやったことないし~。
と遠慮しつつも、こころのなかでは「やったるでー」と早くも燃えるものが出てきた若かりしころでした。
ということで、やってみると、やはり音楽と共に生きる身。自然と身体がうごいて、皆から評価の声が・・・サッスガー 来年もお前やナー・・ とか 誉めておいて、またやらす魂胆見え見え。
本番も、それなりにこなし、やはり私は音楽か!なにをやらしてもやるなー。と自分を自分で誉めてあげた。ほかにも文化祭の出し物や体育祭の準備でいそがしかったが充実していた・・あの頃です。
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部長だ 演奏会だ 成功だあ
ながらく、体験談ご無沙汰しました。
ブラス部は、あの県大会の一件以降、すこーしは、ましになった(練習熱心になった)時期もありましたが、やはり、生徒がよほどボンヤリなのか、指導者先生様が強烈個性を出しすぎるのかわかりませんが、テレビドラマのような劇的な発展もなく、なんとなく日が過ぎていきました。
そのうち、なんとなく、野球部の投球練習のとなりで、ブカブカとチューバをふいたり、剣道部の「ギャオー」という声に負けるかという理由だけで、思いっきり大きな音をだしたりして、なんとなく3年生になった。
そしたら、お前が部長をやれってことになってもうた・・・・・・
えらいことです。それまで、長がつくものなんて小学六年生の学級委員長(それも生徒会長を落選して自動的になっただけ)以来やったことがないので、よわりました。
それでも、大きな演奏会や文化祭を、部長殿ととして、100人の部員を統率し、ついに日本一になったのであります。先月もプロジェクトエックスの伏見工ラグビー以来はじめての高校テーマということでNHKより出演依頼が・・・って、だれか止めてくれよ。
そんな、わけないしー。
とりあえず、無難に前年度よりも質をおとさずに、運営したってところですかねえ。
それでも女子部員には、「ぶちょーぶちょー」と、どこでも挨拶され、おまえの名前は「ぶちょ」か等といわれつつ、すこしは充実した高校生活を送ったのでありました。
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コンクール本番の日 ドキドキ
とうとう県大会の本番の日がきました。
みな無事そろってしゅっぱつ。忘れ物ないかとか、あれやこれやで不安でいっぱい。
バスの中では、いつものノリで、不安を払拭しようと、バカなことばかり言ったりやったりまるで遠足気分。まあはじめてバスにのってでかけるんでしょうがないか・・・
とやっと会場につき、他校の演奏がはじまった。順番待ちの間、私達は凍りついた。
全然レベルがちがう。いまやってるのは「中学生」の部 ではないかっ!
なんどみても、なんとか中学と書いてあるし、パンフにもこの時間帯は中学生の部となっている。
ぼくらより完全に「うまい」感動させてる・・・・・・・。
みんな、だんだん普段のノリがなくなって無口になってきた。
いったい僕らは何をしてきたんだろう。このレベルの差はいったいどうすればいいんだ。
高校の部がはじまって、自分達の番が来たときには皆、放心状態というか、半ばあきらめ状態。
開きなおって「とりあえずはじめて、出てきただけでもええやん。一歩前進や」とかいいながら舞台にでるのが恥ずかしくてたまらなかった。
みんなもそんな状態のようで、結局、いつもの演奏もできず、ボロボロの演奏で聴衆のあざ笑いを感じこそこそをバスに帰っていったのを覚えています。
帰りのバスのなか、思い沈黙・・・・。
いつまでも、そうしてばかりもいられない。元気をだそう!とうことで一人がいつものノリのふたをあけた。みんな開き直って、いつものようにわいわいがやがやにぎやかに楽しい部にもどった。
安心していたら。先生が突然切れた!!
「おまいらー!はずかしないのかー!わしははずかして堪らんかった!もっと自分達のことをわかって反省でもしたらどないや!!!!!!カーツッ!」
先生の最初で最後の大爆発だった。カミナリどころではなく火山大噴火そのご溶岩もながれだして、えんえんとしかられ続け説教がつづいた。
このときから、部活のあり方、みんなの考え方がかわった。ひとつコンクールという目標を持ったこと。レベルの差があまりにも違いすぎることに気づいたこと。それを縮め、いずれは上位をめざす部にならなくてはならないこと。
そう、これはどの運動部もやっていることなんですが、文化系はちょっと甘いところがあって、初めての雪辱を味わったこの日は大きく替わった記念すべき日だったかも・・。
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演奏レベルの問題!
入部のころは部員がすくなくて、まともな編成ができないような状態でした。
ところが私達の学年が一気に充実したため、はじめてまともな編成になってコンクールのはなしもでてくるようなになったのです。
次の年度も結構な人数が入部してコンクールにでられるような編成になりました。
そこではじめて、県の大会にでることになったのですが、いままで井の中の蛙、世間のレベルがどのようなものかまったくわかりません。
一番近くの高校とは交流がありましたんで、そこのレベルよりはまし、と皆自負していましたが、指導の先生によると「まだまーだ」らしい。
これではいかんということで、特別の練習時間をとって、休日も関係なく練習にうちこんだのでした。
しかし、いままでコンクールなどでたことのない部にとって、どのように練習をすすめたらよいのかわからない事だらけ。いままでは、文化祭や近隣の演奏会で、なんとか曲が最後まで無事おわれればそれなりに観客は拍手して感動して、良かったよーと言ってくれます。それで安心してたんですね。
そのノリで、部員なかよく毎日たのしくという練習をしてたから、レベルはぜんぜんあがらず。
一人一人のレベルも全然違うのでひとりが足をひっぱって、演奏が台無しになることもしばしな。
でも、はっきりそれを言うものもおらず、先生だけが危機感をもって必死になってましたね。
そのような甘ーい練習がダラーと続いていたようです。
さてさて次はコンクール本番のおはなしにしましょう。
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ええ~環境のブラスバンド部へ
晴れて、高校生になった。
僕のもとへさっそく各部から勧誘があった。恒例の行事らしい。
びっくりしたのは一番最初にきたのは、美術部だった。なんでーときいたら
中学校での美術担当の先生が根回しをしていたらしい。あいつはちょっと変わっとる(つまり変人に近い)独創性のあるものを作るから
勧誘するようにということらしい。
音楽のことばかりかいてたけど、美術も結構すきで、変な絵や物体をかなりつくっていた。その先生もかなり変人でかわったことばかり
していた。その先生はいつも、僕のことを、人と違うなー。こんなんを皆もつくれとか、自分ではたいした事無いと思ってたのによく言っていたものだ。
ここまで買ってもらっていたとは正直おどろいた。
しかし、高校にはいっても音楽関係をやりたかったので3番目にきたブラスバンド部に入部した。
ちなみに2番目は剣道部でしたが、もうしんどいのと痛いのと「はだし」はいやだったので断った。
めでたく経験のあるブラスにはいった。
最初は管楽器など持たせてもらえない。打楽器だけ。大太鼓、先輩達のレベルがぜんぜん違う。むちゃくちゃうまい!
特にトランペットの先輩とフルートの先輩、ドラムセットの先輩には脱帽した。
この人たちは将来プロになるのではないのか、真剣に思った。
そうこうしている内に担当の楽器を本格的にきめる時がきた。とりあえずいままでやってた「ゆうふぉにゅうむ」を希望した。
一緒にやってる先輩も美しい女性でそれもラッキーとおもっていたので・・・(^^v
ということで楽しく苦しくせつない、高校生活がはじまりました。
ブラバンということでやっぱり女子が多いのでよりどりみどりで、結構な環境でした。
先生は、名物先生で音楽だけのためにうまれてきたような人でした。ピアノや楽器にはうるさいが
他の社会生活はてんでダメみたいな人で、この方にもなにかとたくさん教わりました。ありがとうございました。
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