なぜ、いつも、こんなに悲しみに囲まれるのか?


なぜ、神様はこんなに試練を与えるのか?


俺はいつも、正直に素直にいたいのに、


なぜ、こんなにも苦しいのか?


驚くほどの出来事のオンパレード。


もう対処できないよ。


だけど、逃げてばかりではいられない。


これを超えなければいけないのか?


なぜ?それは、なぜ?


超えなければ先はないけど。


わかるけど、だけど、こんな自分、毎日、たまらない。



自分のためとか、既得権益を守るため、己のために行動することに固執することは間違いを犯す。何が大事なのか、一番大切な事、心を忘れちゃいけない。

今日、うちの前で娘に一瞬会った。

かみさんの車の待ち合わせ場所にうちのマンションの玄関を使ったらしい。

偶然、外出から戻った時会った。

今日は日曜だけど、中学に入って合唱部の集まりがあったそうだ。

合唱部に入ったのも始めて聞いた。

すべて、かみさんが話す。

娘の顔、5ヶ月ぶりの顔。

なのに、俺は素直に嬉しそうな顔が出来なかった。

というか、どんな顔、どんな言葉をかけていいかもわからなかった。

「元気にしてる?」「うん」

会話はそれだけで、車は行った。


その直前、実は近所の氏神様の鳥居の前で頭を下げたんだ。

いつも、娘と普通にあえる関係になれますようにと、神棚にお願いしていた。

神様は、少しコマを進めてくれたのかもしれない。


涙が出そうになる。


でも、それは、嬉しさからか、悲しみからか、わからない。

去年のクリスマスに家族に出ていかれて、5ヶ月。


未だ進展なし。


今までパパっ子だと思っていた娘にも無視され続け、


生きる意味を見失い、時間の止まったままの家で、


休みの日は特に途方に暮れる。。。


何をどうすれば、なにがどうなるのか?


神はどうすれば、俺がどうなることを望んでいるのか?


なにもかもわからず、時間が過ぎる。。。。。。

あけましておめでとうございます。


12月はブルームーン、月に2回満月があった珍しい月でした。


そして、年をまたいで満月。


月って携帯で撮るとただの光源でしかありません。


だけど、この光も太陽の光を反射しているのだと思うと、太陽の偉大さも感じます。

大人の男のマル秘純愛日記 ちょい悪オヤジの日常


月は僕のかに座にとっても重要な星です。


今年、おみくじをひいたところ、そんな月のことが満載で、今年は良くも悪くも物事が大きく月の力も手伝って起こりそうな予感を感じます。


咲損後有益   先に損じて後に益あり はじめ悪くとも後によきことあるべし

如月之剥蝕   月の蝕を剥ぐが如し 月食は初め欠けた所もあるが次第に元の満月になるがごとし

玉兎待重生   玉兎重生を待つ 月(玉兎)は満月(重生)になることを待つ

光華当満屋   光華まさに屋に満つべし 再び満月になって光輝き家に満るべし


とありました。


実は、今家の事情はとても悪い。この年末年始を1人で過ごしています。

でも、このおみくじはその姿を見通すような句が書いてあり、一人境内ではっとしました。

きっと、次の満月、またはその次の満月、いつかの満月には少しずつ好転するものと思います。

ただ、それが現状維持なのか、新たな旅立ちなのかは今はわかりませんが・・・



本年も不定期ながら、日記代わりに、ここぞという時には更新します。

よろしく。


ついでに年末に撮影された拾い物の流れ星の写真も。

宇宙は神秘だ。


大人の男のマル秘純愛日記 ちょい悪オヤジの日常

というほど、おこがましいものでもないけど、


自分が窮地に陥った時とか、これからものすごく頑張んなきゃいけない時とか、やばいと思った時とか、人生とってもつらいと思った時の魔法の言葉。


「殺されるわけじゃない。死ぬわけじゃない」


そう思うと、不思議と踏ん切りがつくというか、肝が据わるというか、覚悟できるんだよね。


これって武士道的な気持ちかな。


でも、この言葉を何度となく、心の中で言うことがある。


それで、ものごとうまくやってのけられるので。




全く違う話。


ここからはただの日記です。


今日部長面接、来年の夏の移動候補第一候補だと言われた。


今やっている仕事はまだ他人に任せることはできず、それは仕事の混乱をきたすと言ったが、うちの会社はでかい会社なので人事は人事、直接俺の功績や事情など知らない。うちは、4,5年で移動するのが通常、ましてや、今は関連会社に出向している。だけど、今の仕事は俺にしか出来ず、俺が抜けると確実に路頭に迷う。だけど、そうなることもあるんだ。会社、社会って理不尽すぎる。

理解不能だ。


なんくるないさ~



ましてや死なない。だけど・・・・


仕事を終えて、夜、同僚に「おつかれ」と言う。



家に帰る。



翌日、仕事に行く。


「おはようございます」と言う。




その間、およそ12時間。



声を発さない。



「ただいま」「おかえり」



「いってきます」「いってらっしゃい」



そんな当たり前の言葉のやり取りさえ、もう10年以上したことがない。




だから、夜中、ふと、無性に人と話がしたくなる。

久しぶりに歌スタ大ヒット。


歌を聴いて久しぶりに涙しました。


碓井豊さん。


お父さんも、お母さんも亡くし、6年前に亡くなったママへの歌です。

人生最大くらいの仕事をして、走り続けたよ。


いろんなことがいっぱいあったけど、なんとか一年なんとかなったかなと思う。


これからも、来年もこの忙しさは変わらないけど、立ち上げの力よりは少し落ち着けるかなあ。


家族もさらにほったらかし、子供からきついこと言われるし、寂しさはさらに輪をかけてつらくなる。


心がほっとするところがない。


ひとり酒を飲んでそんなすべての気持ちを忘れようと溺れる。


だまって、だまって、、、、、、、個人的なことを話す人がいない。


声を出すことは仕事のことのみ。家に帰って声を発することがない。


恋ができればいいのにと思う。


そういう人がいてくれたら、この状態は変わるだろう。


ないものねだり。


年を重ねるたびにこの度合いは増していく気がする。


かなり精神状態は低空だけど、社会的にはなさなければならない責任がある。


そんな中で俺はこの心と体をどこまで保てるのか今自信がない。


神様は限界を試してるのだろうか。


何に気づけば光明がさすのだろうか?




自分整理のために初心に戻って、ネット上の記録、ブログなるものをまたたまに利用してみるかと思った。


気が向いたら、個別のことを書いて整理するか。

久しぶりに書いてみる。


アメブロ始めたのは5年前、なんだなあ。ID見て思った。(年をIDの一部にしたから)


あのころは、ブログって目新しかった。知らない人と、いろんなことをブログを通じて話し合えて、知り合えてすごい世界だと思った。


たかだか、5年前なんだなあ。


一時はランキング上位に食い込む勢いだった。


いまや当たり前の世界。


SNSもひととおりした。


ネットで出会うことに、あの頃より、遠さ、バーチャルさを感じる今日この頃。


きっと、みんなこれに慣れて、自分とは切り離した世界になっているんだろうと思う。


だから、面白くなくなった。


知らない人とガチで知り合えていた高々5年前に比べてこうも変わるものかと思う。


アメブロを通じて知り合った中で、今も友達と言える人もいる。


いろんな人とリアルにも会った。


散々ブログで話しあったから、初めて会っても旧友の仲にみんななっていた。


あの頃が懐かしい。


こういうものが一般に浸透した今、かえってまた孤独が訪れている。


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