かねてから申し込んでいた市民農園が当たりました。とりあえず、1年だけどね。今までずっとベランダんでやっていたからうれしいです。でも、畝つくりから何から大変。はっきりいって野菜買った方が安いです。でも、取れた手の安全野菜を食べたい。


今日は午後から暗くなるまで畑で定植(植えつけること)してました。





これががわがそのちゃん農園全貌です。接写モードで撮っちゃたためボケボケですが。全部で5畝あります。




きゅうりとスイカの苗。






トマトと枝豆の苗。



ナスとピーマン、ししとう。



この中に小松菜、ほうれんそう、サトイモがはっています。




トウモロコシ。


わかんないかな?

途中、同じく市民農園の当たったおばさんが、まだ、手付かずなのよぉ。これはきゅうりね・・・という風に全部苗見てあてました。

僕と同じで今まではベランダ菜園をやっていたらしい。



ところで、永田農法って知ってる?

永田さんが考えた方法なんだけど(糸井重里が推しててちょっと金の匂いもするけど)、今までの常識を覆す、でも、本来の野菜の力を引き出す農法です。

まず、肥料は液肥だけ。普通は定植前に元肥と言って、土に肥料を混ぜておいて、苗を植えます。ところが、永田農法では一切それを行わず、週一回を目安に液肥の入った水を与えるだけ。

水も週一回だけ。枯れる寸前まで、のどをからからにさせます。

別名、スパルタ農法。そうすることによって、野菜が欲しがる水と肥料を一気に吸収させるわけです。

もっと驚くのは植える前の処理。普通は苗を買ってきた場合、そのまま、ポットから土のついたまま穴をほっと植えます。

ところが、永田農法は土をすべて洗い流し、さらに、せっかく生えている根を2、3cmに切り浅く植えます。

これは、苗で売られた土には植える場所と違う土がついているし、肥料も入っている。それを畑の土に入れないため。根を切るのは、そうすることで、(水が与えられないことも関係するが)、細かい根がたくさん生えてくるためです。

根を洗うまでは水耕栽培で経験済みだったけど、切るのは勇気いりました。でも、せっかく畑借りたんだからいろいろ試してみないとね。

そうそう、根を洗っていたら、おじさんが寄ってきて、折角の槌を洗っちゃダメだよ。といってくれました。こういう方法で試してみようと思ってるんです。というと、そんなのこの道30年だけど聞いたことないなあ。と、去っていきました。

そんなおじさんおばさんとの触れ合いも楽しいものです。

今日植えたのは、きゅうり、大玉トマト、中玉トマト、ピーマン、ししとう、ナス、トウモロコシ、枝豆、小玉スイカ、種から、小松菜、ホウレンソウ、台所でほったらかされて芽の出たサトイモです。

ほぼこれでいっぱいになっちゃった。今うちのベランダで、枝豆、モロッコ、枝豆、トウモロコシの発芽をさせてるんだけど、あまり植えるところがないかも。

ベランダでも今年もきゅうり、水耕栽培のミニトマト、バジル、大葉、ゴーヤくらいはやろうと思ってます。バジルと、大葉は去年のこぼれ種がいっぱい発芽してきています。


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日曜日東京は雪でした。

今はもう消えてなくなってしまった、はかない雪だるまくんの姿を見てやってください。

2008年ビックリマーク 平成二十年ビックリマーク ねずみ年ビックリマーク


本年も細々と(笑)よろしくねドキドキ





みんな覚えてくれてるかなあガーン


mixi等SNSがどちらかといえばまだ書いてます(^^; 


そっちでも!って方はメッセくださいね!!


でも、ブログはブログのよさがあるのも事実。閉鎖はしませんよグッド!




キスしたい。


ハグもいいけど、唇と唇をあわせたい。






















































































以前の日記よりやんでるでしょ 笑

 

これが現実よ

ここ数日、誰とも話していない。


コーヒーを買う店員と数言交わすくらいなものだ。


原稿用紙半ページにも満たないだろう。


一日に何度も、あーあー、あいうえお、と自分の声を確認する。


どんどん、自分の中に入り込んでいくのが怖いからだ。




精神的にとても不安定だ。




トイレのすれ違いざま、かみさんに舌打ちされた・・・

ひとりぼっちの心。

ひとりぼっちの僕。



とっても単純なこと。

だけど、一番難しいこと。


帰り道、道端でキスをするふたりを見た。

僕がきたのを意識して、足早に去っていった。


いいじゃない。

知らない人。


でも、そうして恥ずかしがる2人のシルエット

とてもほほえましかった。




僕がほしいもの


とても、単純な、たった一つのこと。

でも、それが手に入らない。


それが、とてつもなくさみしい





安倍総理が国会を前にして突然の辞任。


国を背負っていることよりも、自分の心が先に壊れちゃったんだろうな。


今頃、ほっと、何も考えずに、寝ているんじゃないだろうか。


ひどい話だよ。


だけど、安倍にせよ、朝青龍にせよ、壊れちゃいけない、強いはずの人の心が壊れる。


なんか変な空気が人間の神経を蝕んでいるような気がする。


俺の心も壊れている。


まだ、仕事に穴はなんとか空けていないけど、ギリギリの中でなんとか自分を誤魔化してやっている。


だけど、しんどい。しなくてもいいならしたくない。そんな気持ちと戦っている。


甘えといってしまえばそれまでだ。


だけど、そういうことで片付けられない、説明のつかない気持ちの鬱がずっと続いている。


ここのところのNEWSを見聞きして、なんだか、俺とこの人たちも同じ状態なのかもって思う。


国を背負う人間があんな風に投げ出すことは断じて許されない。


だけど、個人的に1人の人間として見れば、なんだか他人事ではない。



今日から9月。


8月は精神的に本当に調子が悪かった。


どっかの力士みたいにたいした理由があるわけではない。


小さなこと一つ一つが深刻になるのだ。


なんとなく気分がうかない。集中できない。考えがまとまらない。する気が起こらない。逃げたくなる。


これって鬱だよなあ。


と思う。


鬱と思えるなら、鬱じゃないってよく言われるけど、長いことこんな気分の上下に付き合ってる俺はわかる。


今はかなり調子が悪い。


どうしようもない。


でも、名横綱でも、精神を病むし、練習を積んだ世界陸上の選手だってプレッシャーに負ける。


人間の精神はもろいんだ。


俺に問題があるとしたら、これを誰にも相談できず、誰も受け入れてくれて、なんでも話せる人がいないということだ。


これは、結構、深刻なことだと思う。




週明けまでに、なんとか仕事を片付けなければ・・・。


タイムリミットは迫る。


頑張れ、俺。



頑張れとこういうときは言わない方がいいらしいいが、そんなこと言ってられない・・・・




子供の頃から思っていた。


結局は人は孤独。だれも、助けちゃくれない。


自分を助けられるのは自分だけ。


だから、自分をしっかり持たなきゃ。


ここのところ、そんなことをよく思い出す。




おじが死んで週末、葬儀に神戸に行ってきた。


父の姉の旦那。


子供の頃、よくかわいがってくれた。


もう、10年以上あっていなかった。


人の死に直面したのは2度目。


母の父、おじいさんが死んで以来、人の死んだ姿を見たのは2度目だ。


不思議なくらいに魂のないその姿にショックを受ける。


その肉体にはもう魂は宿っていない。


おじいちゃん、お花がいっぱいだね。


と言う、はじめて会う、甥たちの言葉に、思わず涙する。




骨を拾うのははじめてだ。


システマチックに焼かれていく肉体。


70数年生きた体は一瞬にして焼かれる。


残った骨は高熱でボロボロだ。


糖尿で切断したため、大腿骨は片足しかない。


慣れた手つきで、これはどこどこの骨ですと解説を加えながら、ハシで骨壷に入れることを促す係員。


すべての骨は入らないのでなのか、何の感情もなく、ボロボロと壊していく。


そんな風に扱うな!ともしも、例えば僕の両親だったら、俺は怒鳴っただろう。


人は死ぬ。


死ねば、すべて終わる。



その後、故郷である福岡にも足を伸ばし、親妹たち家族とともに過ごす。


父方のおばあちゃんのお見舞いにも行く。


もう97だ。


その姿は、先ほど見た魂の抜けた体に似て、かなりやせこけ弱り、話す言葉もわからない。


弱弱しく見つめるその潤んだ瞳だけが、生を物語っていた。


2年ぶりに会った祖母。変わらず寝たきりのその姿。


次に合うことはあるのだろうか。


人の人生。


人の生。


人の死。


生と死。





久しぶりに、死ぬことが怖くなった。


死ねばそれで、何十年も過ごしてきた自分という存在は消える。


その一秒後には、世界を認識する自分はいなくなる。


そして、肉体は数日後焼かれる。


少なくとも後、数十年後にはそうなる。


いや、明日かもしれない。




生きることの意味。




こうしていることの意味。



あなたはわかりますか?



僕は、あまりにも身近な死と、死に近い祖母と、そして、いずれ死ぬ、最近めっきり老いてきた両親に会い、自分の死を身近に感じ、わからなくなりました。




おじさん、まだ、そのへんうろうろしてるの?


なくなった夜、線香のにおいがした。


すべての仕事をキャンセルして、葬儀に行くことに決めた。


あれから、俺、おかしいよ。


もう、天国行ってくれよ。


おじさん。




さようならね。


楽になってよかったね。


でも、1人で行きなね。










ペルセウス座流星群。


子供の頃から毎年楽しみにしている。


星大好き少年だった僕は、アインシュタインのようになりたかった。


小学校の卒業アルバムは将来の夢、天文学者。


全く違うことになったけど、大学に入るまでそれはあきらめなかった。


子供の頃は、田舎に夏休みに行った時、夜通し外にいて100個見た。


今年は、2個。


空を流れる流れ星。


偶然、地球に届く、宇宙の小さなチリ。


宇宙に比べると、自分の存在のあまりにも小ささを感じ、そんな自分の小さな悩みなんてたいしたことないと、励まされ続けてきた。


だから、空を見るのは好きだ。