1/144GMIIその5 腰アーマー
苦労して切断し、プラ棒で軸を取り付けて、アーマーにつけた輪を軸に通す形です。
手作り感まるだし!!いやプラモデルですからそもそも手作りなんですが、模型誌の作例なんかだと、まるで工業製品のように精密な自作関節パーツが出てきますよね。あーゆーのから比べると、目分量で適当に切って貼っただけ・・・アマチュアが趣味でやってるだけだから、と言い訳しておきましょう。
塗装などはこれからです。白の塗装は本当に難しい・・・それはさておき、側面アーマーはこのように左右に開くわけですが、前面アーマーがどうなったかといいますと、
側面アーマーと「ここ」で干渉してしまい、前方へほとんど開きませんでしたorz
仮組みした脚パーツをとりつけて、例の素組みジャンクとの比較です。
立ちポーズは素組みより少しマシになりそうです。
奈良ドリームランド
今月、跡地が公売にかけられる とのことで。
和製ディズニーランドとして有名だったこの遊園地、正直なところ8年前に閉園したことも知らなかったのですが、なんと廃墟になってしまってたとは・・・ってなわけで、ドリームランドの思い出話を少々。これは昭和54年、家族で行った時の半券です。
ガンダムやドラえもんが始まった頃の話なのですっかり忘れていますが、なにやら華やかで洋風な、それこそ夢の国に来たかのような非現実感があったのはなんとなく覚えています。中央のレールについては後述。
右上が光っているのは、写真を貼ってあるアルバムのフィルムの上から撮影しているからです。
メリーゴーランド上のHIRO。もうこの顔で今の私を探すことはできませんからモザイクも不要でしょう・・・。小学生と言っても4年生の男の子。ただまたがってまわるだけのメリーゴーランドはそんなに興味なかったはずなのですが、うれしそうな親の手前、一応笑顔で写っておこうと考えたのかもしれません。
場面変わってゴーカート。
父親と2人で乗っています。10歳未満は1人乗り不可という決まりで、この年の誕生日がくれば10歳というタイミングだった私は2人用カートに乗りました。生まれてはじめての車の運転と言うことで猛烈にわくわくしていたのですが、2つのハンドルは連動していて、父親がハンドルを操れば助手席のハンドルも一緒に回るので、結局ただ座ってるのと同じことで激しく落胆したのでした。
後でこっそり、「今年10歳(になる)」ということで1人用カートにも乗りました・・・
その時の私は、
続いては、当時ドリームランドの目玉(だったと思われる)スクリューコースターの前で母親と。
目玉であるにも関わらず私は乗りませんでした。速いのはともかく高いのがイヤで・・・ジェットコースターに乗らないなんて、なんというヘンな子供だったんでしょう私は。
そして先ほどのレールですが、馬車のレールだったのでした。生まれてはじめて見る馬は巨大で、こわいというよりちょっとびっくりしたのを覚えています。母親が離れたところにいる理由は不明。
ついでに、同じ日に寄った奈良公園。
右端は、この頃我が家でよくやってた「チケットの半券も写真と一緒に」というブームに基づいてアルバムに貼り込んだ東大寺の入場券です。
帽子が傾いてますが、これは実はカッコつけてたわけではなく本人はまっすぐかぶっているつもりで、頭の形がヘンなので傾いてるだけなのです。しかもファンでもないのに阪急ブレーブスの野球帽という謎!!ところで鹿は鹿せんべいを確かに食べるのですが、鹿だってせんべいばっかりじゃのどが渇くのか、知らない子のかき氷に突進してました。
そして5年後、中学校の修学旅行にもドリームランドは組み込まれていました。京都奈良は修学旅行の定番ですが当然ながら神社仏閣ばかりであり、遊ぶポイントとしてはドリームランドが随一だったと思われます。小さい写真ですし顔を隠すほどでもないと思いますが、一応学校名だけ伏せときます。



















