ある夜、音楽仲間の数人で集まり、酒をちびちびやっていた時のこと...。


話題は当時私が作曲を始め、曲を一曲書き上げたことについて。理論も何もわからないのに、「頭に浮かんでるこの景色を音で表すんや!!!」の一点突破で、先生にもたくさん助けてもらってなんとか書き上げたクラリネット二重奏曲。


最初の方は、「大丈夫かな...変じゃないかな...しょーもない曲かな...」と一生うじうじしていたのに、発表会で自演して好評価を得てから一転、調子に乗りまくり。



チーン「感動した!なんて言われちゃってさ〜!」



と、にやにやしていると、



「俺は別に感動したって言われるために書いてるわけじゃない!」



と、作曲家の友人が渋い顔でひとこと。



チーン「じゃあ何のために書いてるのさ!」



とキーキーやっていると、だんだんヒートアップ。ついには酒の入ったグラスをドンッとテーブルに叩きつけ、友人が吠える。



「俺は100年後に残すために曲を書いてるんだ!!!!!」



しーん...と静まる一同。



「そんな風に考えてたんだね...。」



と、ピアニストがぽつり。私も思った、そんなこと考えてたんだ...。縁があって作曲を始めたものの、私の本業は演奏家。CDで演奏を残すことは確かにできるけど、基本的には今、この一瞬のためにやっている。なんとか自分の名を後世に残そうと躍起になっている野心溢れる方もたまにいるけど、正直難しい。


けど、作曲家は違う。脈々と続く音楽史に突然穴が空くことはない。必ず誰かの名前は作品と共に残るのだ。それはもしかしたら、私とくだらない話でしょっちゅうギャンギャンやり合っているこの友人だってことも...。


改めて、作曲家ってのは私たちとは別の人種なんだなぁと深く感心する。なんてったって100年後の未来を見据えてるんだ。それとも、これって若さゆえの思いなんだろうか。時代のトップを走り、円熟の域に達している作曲家の皆様はどうなんだろう。同じように思っているんだろうか、ちょっと恐れ多くて聞けそうもない。


生きている間に流行ってたくさん演奏されても、あっという間に名前を聞かなくなってしまう作曲家もたくさんいる。反対に、死後に再発見されて歴史に名を残すことだってもちろんある。結果が分かるのは100年後。命のエネルギーを燃やしながら、新曲を生み出すべくもがいている友人達のうちの誰かの名前が、ぜひ残ってくれていたらいいなぁと切に思う。



チーン「作曲家にはロマンがある!」





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