スられたり囲まれたりしたら嫌なので、普段はジーンズにスニーカーという大した事のない格好でそこら辺をふらふらしている。
その日は、珍しくいつもよりちゃんとした格好をして、バスティーユ駅にあるオペラ座に一人でオペラを鑑賞に行った。
カバンは財布とスマホが入るくらいの小さなもの。気をつけんといけんなぁ、と思いながら地下鉄に乗っていた。
少し混んでいる車内。なんとなく違和感を感じて肩からさげたカバンを見ると、まっすぐな焦げ茶の長い髪、グリグリとした大きな瞳の少女が、私の顔をじっと見ながらカバンのチャックをゆっくりと開けていた。
急いでチャックを閉め、カバンを胸に抱える。
少女はそのまま私の顔を見つめながら、丁度駅に到着し開いたドアから降りていった。
だいたい少女のスリはグループで行動しているイメージがあるが、その子は一人きりのようだった。
擦れたふてぶてしいような雰囲気もなく、降りていく後ろ姿にはむしろ「物悲しさ」とか「孤独」という言葉が合っているような気がした。
なんで私の顔をずっと見ながらチャックを開けていたんだろう。スリってスピード勝負じゃないのか。私が気づくか気にするよりも、サッと開けてサッと盗った方がいいんじゃないのか。
私の目をじっと見つめるあのグリグリとした大きな瞳が、なぜだか今も忘れられない。
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